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<東京怪談ノベル(シングル)>


激戦! 怪人対巨大ロボット


 魔法やら何やらが出て来るファンタジー映画は山ほど作っているくせに、妙なところで現実主義から逃れられない。だから「巨大ロボット」という素晴らしい文化が根付かない。
 アメリカ人の悪い所だ、と彼は思っている。
 日本人のような柔軟性を皆、もっと身につけるべきなのだ。
「魔法や超能力の方が、巨大ロボより現実的だってのか!? 答えろハリウッド関係者ァアアア!」
 操縦席に、怒声が響き渡る。
 ナグルファル。
 ラグナロクを引き起こす魔の軍船の名を冠した、機械の巨人。
 今は巨人ではなく、大型航空機の形態を取っている。
 ネバダ砂漠へと向かって空を裂き爆音を発する、巨大な戦闘機。その操縦桿を握りながら、彼は吠えた。
「時代が! ようやく俺に追い付いたあああああ!」
『おい、調子に乗るなよ』
 癇に触る声が、通信機から流れ出て来る。
『お前なんかに合わせて調整された機体じゃないんだ。何しろ急に動かす事になったからな……気をつけろよ。お前は別に死んでもいいけど、ナグルファルは絶対に壊すな』
「ばかやろう、ロボに乗って死ねるんなら本望ってモンだろうが」
 ネバダ州のとある街で、巨大な怪物、としか表現し得ないものが暴れているという。
 映像を見て、彼は狂喜した。
 それは、どう見ても『悪の巨大ロボ』であったからだ。
「かくして俺とナグルファルに出動命令が下ったと、そういうワケだ!」
『まったく、5色の強化スーツの開発もまだだって言うのに……』
「んなモンいらねえから、おめぇーはとっとと美少女を作れ! 試験管ベイビーでもアンドロイドでもいいからよお!」


 破壊するために作られた街である。
 建物は全て実物大だが、外装だけで中身はない。もちろん人が住んでいるわけでもない。
 とある映画会社が、撮影のために作った町だ。
「本物志向、ってわけか……」
 その街が破壊されてゆく様を眺めながら、アリーは呟いた。
 場所はネバダ砂漠、ラスベガス郊外。
 巨大な機械の竜が、実物大の張りぼてビルを破壊しながら、地震のような足音を響かせている。
 アメリカ政府が極秘に造り上げた、ドラゴン形の機動兵器。それが暴走して破壊を行う、という内容の映画らしいが、まだ撮影は始まっていない。
 実物大の機械竜が今、本当に暴走している。作り物の街を蹂躙・破壊しながら、ラスベガス市内へと向かっているのだ。
 このままでは、作り物ではない街に被害が及ぶ。
「行け行け、ブチ壊しちまえ! あんな街!」
 外見だけはしっかりと作り込まれた、張りぼてのビルの屋上から、アリーは声援を送った。
「ラスベガスなんざぁ、地図から消しちまえ!」
『お前……さては、カジノで大負けしたな?』
 ポニーテールの似合う頭に装着された通信機から、呆れたような声が流れ出す。女性上司の声だ。
『だから、ラスベガス近辺にお前を行かせるのは気が進まなかったんだ……まあいい、遊ぶ金がなくなったところで仕事に入ってもらおうか』
「わぁかってるよ」
 口元に伸びたインカムに向かって、アリーは言い放った。そうしながら、空を見上げる。
「あ、でも……まず、あいつらに頑張ってもらわないと」
 戦闘機が、飛んで来ていた。
 3機。撮影用の作り物ではない、本物の米軍機である。
 本物のミサイルが発射され、機械竜を直撃した。起こった爆発も、本物だ。
 本物の爆炎を押し割って、しかし機械竜が、ほぼ無傷の姿を現した。
「おいおい……」
 アリーがそんな声を発している間に、反撃が行われていた。
 機械竜が、炎を吐いたのだ。
 いや炎と言うより、高熱量の破壊エネルギーそのものか。
 燃え盛る球体と化したそれが3つ、竜の大口から、上空へと放たれる。
 流星にも似た、3発のエネルギー火球。全てが、戦闘機を直撃していた。
 本物の米軍機が3機とも、爆炎の花火と化した。パイロットたちが無事に脱出したのかどうかは不明である。
「……本当に、映画用?」
『映画という名目で、本物の破壊兵器が造られていた……という事だ。映画の出資者を、調べてみたのだがな』
 女上司が、いくつかの企業名を口にした。
『全て……とある上院議員の親族が、何らかの形で経営に関わっている会社だ』
「なるほど。懲りもせず、強いアメリカ復活を目指していなさると」
 アリーが上司とそんな会話をしている間、状況に変化が起こっていた。
 新たなる戦闘機が1機、爆音を轟かせて空を裂き、機械竜の頭上を旋回している。
 米軍機、ではない。IO2の所管物である。
 ナグルファル。虚無の境界からの、押収品だ。
 今は大型航空機の形態を取っている、その機体が、爆音を引きずりながら空高く舞い上がって行く。
 見上げながら、アリーは口ずさんだ。
「ゆー……ゆぶろうぃどぅすかいはぁい……」
 かつて、この歌をこよなく愛する少女がいた。
 高々と空を飛ぶような、曲名と曲調。何もかも台無しとなって最終的には地に墜ちる内容の歌詞。
 アリーも、それが気に入っていた。
 その少女は、人間ではないものに変わり果てて死んだ。
「あーらぁぶはどういんつとぅふらぁい……」
 飛行形態のナグルファルが、機銃を乱射しながら急降下して来る。
 銃弾の嵐が、機械竜をいくらかは怯ませているようだ。
 そこへナグルファルが、空中から激突して行く。航空機から巨人へと、変形しながらだ。
 超高空からの、飛び蹴り。
 その一撃が、機械竜の巨体をドグシャアァアッ! と激しく歪めた。
 歪んだ機体のあちこちで装甲が破裂し、内部機器類が押し出されて血飛沫のような火花を散らす。
 そんな状態でも、しかし機械竜は倒れない。
 踏みとどまりながら巨体を猛回転させ、尻尾を振るう。
 アリーはフェンスを掴み、屋上から身を躍らせた。
 飛び蹴りの後、格好良く着地を決めたばかりのナグルファルが、尻尾の一撃に叩きのめされて吹っ飛んだ。
 そしてビルに激突する。
 瓦礫にまみれたまま、ナグルファルは動かなくなった。
 アリーの背中で翼が広がり、羽ばたいた。
「うぃくーだぁぶたっちざぁすかぁい……」
 豊かなポニーテールを暴風になびかせながら、アリーは一気に空中を突き進んで行った。
 動かなくなったナグルファルに向かって、機械竜が大口を開く。口内が、熱く発光している。
 その光が急速に膨張し、エネルギー火球を成した時には、アリーは機械竜の懐に達していた。半ば激突のような形に、しがみついていた。
 長大な頸部と、分厚い胸部の中間。
 破裂し、ささくれ立った装甲を、アリーは、
「ゆぶろうんいどぉる、すかいはぁああああああい……っとお」
 一気に、引き剥がした。
 操縦席が現れた。
 1人の白人青年が、シートベルトで座席に拘束されたまま血を流している。意識はない。
 操縦者の状態に関わりなく、機械竜は暴走を続けている。その口からエネルギー火球が、動けぬナグルファルに向かって、今にも吐き出されそうだ。
 アリーの綺麗な右手が、細く鋭利な握り拳となった。
 気絶した青年の眼前で稼働中の、コンソールパネル。そこに、
「おうりゃ!」
 アリーは思いきり、右拳を叩き込んでいた。
 操縦室内のあちこちで、火花が生じた。
 叩き割られたコンソールパネルが、焦げ臭い煙を噴出させる。
 機械竜が、動きを止めた。
 吐き出される寸前だったエネルギー火球が、発射機能を止められて口内に残り、爆発した。
 機械竜の頭部が、綺麗に吹っ飛んで消滅した。
「任務完了……こいつ、どうすんの?」
 シートベルトを引きちぎり、青年を解放してやりながら、アリーは指示を仰いだ。
「死んじゃあいない、みたいだけど肋はバッキバキに折れてて肺とかにも刺さってそう……あん中にいる奴も多分、同じ目に遭ってる」
 瓦礫に埋もれて動けずにいるナグルファルを、アリーはちらりと見やった。
『救護班が間もなくそちらに到着する。現状維持』
「なあ……使い物になるわけ? あの鉄クズ」
『操縦者次第、という事はわかった』
 女上司が、呻くように言った。
『やはり何としても……彼を、日本から呼び戻すしかあるまい』


 俳優志望の若者が、売名を望むあまり映画撮影用の巨大ロボットを勝手に動かし、暴走させ、騒動を引き起こした。アメリカはネバダ州での出来事である、らしい。
 真実2割・娯楽8割というような新聞であるが、はっきり言って今、アメリカという国では、どのような馬鹿げた事も起こり得る。
「虚無の境界とIO2が、本気でやり合えば……巨大ロボ騒ぎの1つ2つ、起こっても不思議はない。かな?」
 病室のベッドの上で、彼は苦笑しながら新聞を畳んだ。
「ゆっくり休んでる……暇なんて、ないかもな」