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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


束の間の休息、動乱の胎動


 死体写真である。
 人間の死体ではない事を、フェイトは知っている。だが、大量殺人事件の現場写真にも見えてしまう。
 何しろ、人間の体型をした生き物の屍が、廃工場のあちこちに散乱しているのだから。その多くは、首を刎ねられている。
 包帯を巻かれた腐乱死体のような、大量の屍。
 記事の見出しは、こんな感じである。
『編集長の御ために! 新兵、噂の生物兵器工場へ決死の潜入任務。二階級特進なるか!?』
「その新兵ってのは、お前の友達だろ?」
 穂積忍が、笑っている。
「自力であの工場を探し当てるとは大したもんだ。俺たちがドンパチやらかした跡……ばっちり撮られちまったな」
「……ま、生物兵器の工場なんて誰も信じないだろうけど」
 病室のベッドに横たわったまま、フェイトはその雑誌をめくっていた。
 月刊『アトラス』最新号。穂積の、見舞いの品である。
「で……穂積さんは、もう退院なわけ?」
「お前に比べりゃ、かすり傷みたいなもんだしな」
 穂積が、椅子から立ち上がった。
「お前の持ち物は、IO2ジャパンの一時預かりって事になってる。しばらく返って来ないぜ」
 フェイトの持ち物の中には、拳銃もある。退院まで、IO2日本支部に預けておくしかないだろう。
「まだ……しばらく、入院って事?」
「休暇みたいなもんだ。ゆっくりしてろよ」
 またか、とフェイトは思わない事もなかった。
 以前も、自分を見つめ直すための長期休暇を与えられた事がある。
 その最中、1人の少女と出会った。まあ日本で会う事はないであろうが。
「せめて携帯くらい返して欲しいんだけど」
「携帯持ってたら、本部と連絡がついちまうだろ? しばらく仕事は忘れろって事だ」
 穂積は言った。
「怪我が治るまでは、な」
「治すと言えば……あの子たちは?」
 フェイトの妹とも言える、7人の少女たち。
 うち3人は、とある女性に乗っ取られて姿を消した。
 3人は、フェイトの念動力をまともに受けて倒れ、生死不明である。
 そして、もう1人は。
「日本支部で……再教育、ってとこだな。ああ、どっかの国の強制収容所みたいな事はしてないから安心していいぜ。今のお前みたいに、ゆっくり休ませて美味いメシ食わせて、人間ってものについて考え直させる。そんな感じだ。ちなみに、お前に殺されかけた3人は培養液に漬けられてる。これもお前と同じで、徹底的な修理が必要だからな」
 生きてはいる、という事だ。
 思わず安心してしまった自分を、フェイトは恥じた。
 自分の弟とも言える怪物たちは皆殺しにしてしまったのに、人間の姿をした妹たちは1人も殺せなかった。
 これを、少なくとも優しさとは言わないだろう。
「消えちまった3人は捜索中だ。ま、あの女1人を探し当てるよりは楽だろうよ」
 言いつつ、穂積はフェイトに背を向けた。
 その背中に、問いかけてみる。
「1つ、いいかな。前から気になってたんだけど……穂積さん、エージェントネームは?」
「そのうち教えてやる。格好良く名乗れる状況になったらな」
 振り向かずに片手を上げて、穂積は病室を出て行った。
 ベッドに寝転んだまま、かと言って眠れるわけでもなく、フェイトはとりあえず月刊アトラスを開いた。
 アメリカ・ネバダ州に巨大ロボット出現。そんな特集が、巻末で組まれていた。
 先日フェイトが、とある新聞で見かけた記事と、内容は同じだ。
 あの新聞と同じく、娯楽が8割で真実が2割。そう思われがちな雑誌である。
 一方で、取材の正確さに定評のある雑誌でもある。
 面白いものを誇張する編集方針であるのは否めない。
 その背後にはしかし、一筋の真実と言うべきものが確かにある。フェイトは、そう思っている。
 アトラスに載っているのなら、少なくとも丸っきりの虚報ではないだろう。ネバダ州で何かが起こったのは間違いない。
 巨大ロボットと聞けば、フェイトの頭には、1人の同僚の顔しか思い浮かばなかった。
「お前、何かやったんじゃないだろうな……」
 手元に携帯電話があれば、すぐさま確認しているところである。
 だが今、この場でも確認出来る事が、ないわけではない。
 写真内で暴れている、2つの巨大なもの。
 その片方は、フェイトが以前、虚無の境界の地下施設で目撃した機械の巨人と、ひどく似ている。
 あれは確か、IO2によって分解・押収されたはずだ。
 まさか、そのまま機械巨人に組み直して再利用などするまい、とフェイトは思っていたのだが。
「IO2が……組織ぐるみで、何かやらかしてるんじゃないだろうな……」


 日本国内、某空港。
 飛行機を下り、人波に乗ってロビーに出たところで、彼女は気付いた。
 男が1人、いつの間にか近くにいる。傍らを、歩いている。
「ホヅミ……」
「相変わらず、下手な日本人よりずっと勤勉だよな。あんた」
 穂積忍が、ニヤリと笑った。
「部下1人を連れ戻すためだけに、わざわざ来日とはな」
「そして、お前はそれを妨げるために、わざわざ空港まで?」
「俺はただ、あんたを出迎えに来ただけさ」
「……フェイトが、負傷したらしいな」
 言葉と共に、彼女は穂積を睨みつけた。
「私の部下を、ずいぶんと乱暴に扱ってくれたのではないか?」
「いやあ、あんまり便利だったんでな。あいつも強くなったもんだ」
 穂積が、なだめるような視線を返してくる。
「そう目くじら立てなさんな。あいつがアメリカへ帰るのを邪魔したりはしないさ……フェイトが本部の人材だって事くらい、俺にもわかってる。ただ、もうしばらくは日本で養生させた方がいいかも知れんぜ」
「そこまで、ひどい怪我なのか」
「俺が、ちょいと便利に使い過ぎた。弾避けとしてな」
「どのような任務であったのかは、こちらでも調べ上げてある……フェイトのクローンが計7体、出現し、IO2ジャパンで4体を確保、残り3体は行方不明。そう聞いているが」
 フェイトの、出生に関わるような戦いであったらしい。
「フェイトだけではない。お前にとっても因縁のある戦いであったようだな?」
「まあな。俺が昔、始末し損ねた奴が、つまらん研究を続けてやがった」
「問題はそこだ、ホヅミよ。かつてNINJYA部隊によって潰されたはずの研究が、密かに続いていた……何故、続ける事が出来たのだろうな。その資金は、どこから出ていた?」
「そりゃあ虚無の境界が密かに……って事にしときたいが、あんたをごまかすのは無理だよな」
 微かに、穂積は溜め息をついたようだ。
「お察しの通りさ。金を出してたのは、IO2ジャパンだ。おかげでまあ、フェイトのクローンが4人ばかり手に入った。即戦力になりそうなのは1人だけだがな」
 フェイトの能力の基本は、虚無の境界の研究施設によって培われたものだ。
 虚無の境界こそが、IO2エージェント・フェイトの生みの親である。そう言い切る事も、出来なくはない。
 能力者を作り上げる研究に関して、虚無の境界は、IO2の5年あるいは10年先を行く。
 その技術を盗むために、IO2ジャパンは投資を行っていたという事だ。
「……それを責めようとは思わん。我々アメリカ本部とて、錬金生命体などという出来損ないを大量生産してしまったばかりだ」
「なかなか面白いお祭り騒ぎだったぜ。端から見てる分にはな」
 穂積が笑った。
「しかも、まだ完全に終わったわけじゃあないんだろう? その上アメリカじゃあ、あれ以上の馬鹿騒ぎが始まりそうな気配もある……大変だな、あんた方も。フェイトの奴を、何としても確保しときたいわけだ」
「連れて帰る。邪魔立てはするなよ」
「今回は、まあ見舞いだけにしとけよ。慌てなくても、フェイトは必ずアメリカへ帰す……あいつを育ててくれたのは、あんた方だ。俺たちは何もしていない。あいつを、アメリカへ放り出しただけだ」
「……何もしていないのは、私も同じだがな」
 フェイトが、日本ではなくアメリカで一人前のエージェントに育ったのだとしたら、それは彼自身の意志と努力によるものだ。アメリカ人は、何もしていない。
「目元の皺……ずいぶん上手く、隠してあるじゃないか」
 穂積が突然、話題を変えた。
「それでも何だ、仕事の疲れみたいなもんは化粧じゃ隠せないんだよなあ。いい感じだと思うぜ? 生活の苦労が滲み出た年増女……悪くない」
「貴様、何を……!」
 つい怒鳴ってしまいそうになりながら、彼女は睨みつけた。空港の人混みを、見回した。
 穂積忍の姿は、どこにもなかった。