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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.35 ■ 闇の巫女、霧絵





 

 ――それは、争いに疲れた一人の男と、まだ世界を知らなかった一人の少女との出会いから、全てが始まった――




 ――時は遡る。

 世界各国で未だ続く紛争。
 政権への不満が爆発し、誰かが引鉄を弾いた事から始まった戦争。
 国家間での折り合いがつかず、表立ってマスメディアには取り上げられはしないものの、戦争が続いていた頃だった。

「――日本って国は平和で良い所だ。
 あぁ、俺はなんて馬鹿だったんだろうな……。戦場に立って戦いたいなんて夢を見て、俺はその故郷を捨てちまった。おかげで、今こうして日本のことばかりを思い出しちまうんだ」

 とある小国での戦争に、傭兵として参加していたファングに向かって一人の東洋人が呟いた。

 それは、自分達を雇っていた本軍が自分達を見放し、戦地に置き去りにした夜のことだ。
 火を点ければ敵に見つかる可能性がある。
 その為に真っ暗な森の中で、鬱蒼とした木々の下で小休止している最中だった。

 本来なら会話ですら自分達の命を脅かしかねない愚行だ。
 それでも男たちは、そんな言葉を皮切りに次々と故郷の話を口にした。

 自分達がいるのは死地であり、もうすぐ真っ黒な死神が鎌首をもたげながら這い寄って来るだろう。
 そんな尋常ではない状況故に、だろうか。或いは、腹を括ったとでも言うべきだろうか。

 半ばヤケクソめいた想いで、男達は戦場で死ぬ自分達に悔いが残らぬように、それぞれに故郷や家族に向かって言葉を口にしていた。

 ――そんな中、ファングだけが沈黙を貫いていた。

 寡黙な男ではあったが、ファングとて想いは一緒だ。
 だが彼には、帰るべき故郷も、帰るべき家族の温もりも存在していなかった。
 だからこそ、彼だけが語ろうとはしなかった。
 語るべき言葉が見つからなかったのだ。

 そんなファングに、故郷への想いを口にした一人の若い東洋人が歩み寄った。

「なぁ、ファング。俺の故郷に一緒に行ってみないか? 小さな山間の村で、経済的な発展を遂げた日本らしくはねぇんだがよ。長閑で平和で、良い所なんだ」

 男の言葉に、ファングは逡巡して頷いた。

 ――生きていれば。
 そんな安請け合いの返事ではあったが、それでも東洋人の男は嬉しそうに頷き、ファングに故郷を語った。



 それから数時間後。彼らは皆、命を落とした。
 たった一人、ファングだけを除いて。



 ――――日本へとやって来たのは、それが理由だった。

 飛行機と長距離バスを乗り継ぎ、一時間に一本あるかないかというバスに乗って、ファングは東洋人の男の遺髪とドッグタグを手に握り締めながら、浅い眠りの中であの夜を思い出していた。

 男が言う通り、そこは実に閑散としているが美しく、不便ではあるが趣のある小さな村だった。
 山間に囲まれ、都市部に行くにも一日をかけて往復するハメになりかねないような、そんな不便な場所に村はあった。

 拙い日本語を駆使して、ファングは東洋人の男の家族を探した。

 今までファングは、同じ部隊にいた者達の故郷に遺髪や遺品を届けるなんて真似はしなかった。
 自分もまた戦場に生きる人間であり、血に染まった男だ。
 そんな人間が現れて、良い顔をされる訳もないだろうと感じていた。

 同時に、そんな弔いに一切の意味も見出していなかった、と言うべきだろう。

 家族はすぐに見つかった。
 名前を出した途端に、村の人間が訝しげに自分を見上げつつも案内してくれたのだ。
 遺髪と遺品を渡し、死ぬ前夜に語らった様子を伝えると、家族は「あの馬鹿が……」と呟きながら涙を流し、遺髪とドッグタグを掻き抱くように崩れていく。

 その姿を見つめていられずにすっと目を逸らしたファングは、その先に見た不思議な人々の列に目を奪われ、同時に目を瞠った。

 ――そこには、たった一人の少女を神輿のような、それでいて檻のような何かに入れて進む人々。
 それを拝んでいる人々の姿があったのだ。

 もちろん、民族によって宗教的な行動はいくらでも見てきた。
 ファングとて、そんな光景に驚いた訳ではない。

 ファングの視線は、その檻に閉じ込められた少女の目に向けられていた。

 ――その姿は、まるで戦場の少年少女と同じ。
 何も希望も夢もなく、ただただ生きているだけの人形然としていた。





 ――――それが、巫浄霧絵とファングの邂逅だった。











 向かい合い、睨み合う二人。
 手を伸ばせば届く位置にまで近付いていた霧絵のその姿に、かつての面影を重ねて見たファングは小さく笑みを浮かべた。

「……そう、泣くな。それが貴様の、選択、なのだろう……」

 無表情で立っている霧絵の手は、黒い怨念が具現化した刃に包まれてファングの腹部を貫通していた。
 無表情の相手に向かって「泣くな」と告げたファングの言葉に、霧絵の瞳から一筋の涙がつつっと頬を伝った。

「……泣いてなんていないわ。耄碌したのね、ファング。ずいぶんと歳を取ったんじゃないかしら」

「……あぁ、そうだろうな。傭兵としては長く戦い過ぎ、もう前線に戻る事もない。
 幕引きを貴様がしてくれると言うなら、それも悪くないだろう……」

 言葉を締め括るか否かといったところで、ファングが吐血した。
 そんなファングの口から流れ出た血に視線を落とし、霧絵は僅かに肩を揺らした。

「……俺も、あの少年に賭けてみるとしよう……。貴様が止められて欲しい、と」

「……裏切るの?」

「いいや、俺は裏切らん……。お前が望んだ未来を、お前が望まぬ狂気で歪まぬように祈るだけ、だ……」

 ぐらり、と身体が揺れ、巨体が後方へと傾き、倒れていく。
 霧絵は慌てて手を引き、逆の手でファングの身体を掴もうと腕を伸ばすが、それは虚空を切り、ファングはそのまま後ろに倒れてしまった。

 地面に倒れたファングの姿が、人間に戻っていく。
 霧絵はその姿を見てぐっと奥歯を噛み締めながら、しばし呆然とその場に佇んでいた。





◆ ◆ ◆





「――【虚無の祭殿】は、この東京のどこかにあるわ」

 IO2東京本部。
 両腕に対霊鬼兵拘束用の呪符を巻かれたエヴァが、武彦と勇太、そして百合に向かってそんな曖昧な言葉を口にした。

 この期に及んでまだ隠し立てするのかと苛立ちを顕にした勇太が詰め寄ろうとするが、百合がそんな勇太の腕を引っ張り、制止した。

「……エヴァ。どこかってどういう意味?」

 百合が勇太を制止しながら尋ねると、エヴァは目の前にあった地図を顎で示した。

「東京都23区。その主要区とも呼べる位置をその姿を上空から見ると、円状に広がっているのは分かるわね。その場所に多くの怨霊を操り、多くの血を流した。
 それによって、『場を整える』のが今回の騒動の本当の目的だったわ」

「『場を整える』?」

「えぇ。日本全国の主要都市を襲っているのも、必要ではあったけれどカムフラージュの一環でしかないわ。全ては、気の流れを誘導する為だもの」

「気の、流れ……?」

 武彦の問いかけに淡々と答えたエヴァへ、今度は勇太が問いかけた。

「詳しい話は聞いていないけれど、必要だとは聞いていたわ。恐らく東京のどこかに【虚無の祭殿】を作る為に、わざわざ行った行為だったんでしょうね」

「……嘘じゃないんだろうな」

「疑っても構わないけれど、そうしている間にアナタ達のお友達が巫女となって死ぬだけよ」

 睨みつけた勇太へ、エヴァはどこ吹く風とでも言わんばかりにあっさりと答えてみせる。

 エヴァが協力する。
 そんな言葉を聞いて、一応はIO2東京本部へと戻って来た勇太達一行であったが、今でもエヴァのその態度には懐疑的であった。
 そもそも、エヴァが協力する意図が一切解らないのだ。

 だがエヴァの心情は、すでに虚無の境界の成就には向けられておらず、正直なところを口にすれば、混乱していると言うべきだろう。

 勇太によって語られた言葉の一つ一つ。
 それに、ファングが自分にそうしろと言っていたあの言葉。

 それらが、エヴァの心情を揺り動かしていた。

 だからこそ、エヴァは今、それら全てを投げ出すように口を滑らせていたのである。
 何がどちらに傾くのか、皆目見当もつかないこの状況で、エヴァは混乱しつつも全てを投げ出すような心情でいた。

 そんなエヴァの気持ちを一切知らず、勇太と百合、それに武彦が地図を見つめて唸る。
 闇雲に探しに行けば、それこそ時間のロスだ。
 今は一刻も早く、【虚無の祭殿】を特定しなくてはならなかった。

 焦りで思考がまとまらない勇太であったが、そんな勇太の横で武彦が突如ハッと何かに気付き、近くの職員に日本地図を用意するように声をあげた。

 何事かと様子を見ていた勇太達の前で、武彦が持ってきた日本地図に赤ペンで線を走らせ、その次に黒いペンで☓印を記入していく。

「……そう、か。そういう事か……!」

「く、草間さん……? 何か分かったんですか……?」

「あぁ。勇太。龍脈だ」

「龍脈……?」

「日本の中心部を走るとされる龍脈を、襲撃しながら意図的に歪ませるんだ。そうする事で、大地に流れた力を強引に捻じ曲げ、東京に呼び込んでいる。
 東京の襲撃された地区で、最も激しかった場所をこうして囲めば……」

 武彦がペンを走らせ、それらを囲む。

「……八角形……?」

「龍脈を呼び込む形と言われる八角形だ。そしてその中心は――ここだ」

 武彦が中心点となっているその場所をペンで囲む。

 そこに書かれていたのは――――。

「――東京、駅……!」







to be continued....