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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


依頼なんてもう、後回し。

 本日。
 魔法薬屋を営むシリューナ・リュクテイアの元に、知人の女性から依頼が舞い込んだ。
 …と言っても、魔法薬屋に舞い込んだ本流の仕事の依頼、と言う訳でも無い。
 どちらかと言えば、シリューナ個人の魔法の腕――を見込んでの私的な頼まれ事、と言う方向の話になる。

 その依頼内容は、端的に言えば泥棒退治。

 シリューナの知人であるその依頼人は――多くの銀細工や銀製品の展示を行っている、とある美術館の館長である。そしてここのところ、その彼女が運営している美術館の所蔵品を盗んで荒らす魔族がちょくちょく現れるようになっていて困っている――との事で。
 そんな話がつい先日シリューナに聞かされた。シリューナは、それは大変ね、と軽く彼女の話に相槌を打っていたのだが――彼女はそんなシリューナにここぞとばかりに、そうなのよ! と力一杯泣き付いてまで来た。
 仕方無し、成り行きのままにシリューナは彼女の頼みに応じる事にする。確かに、魔族が相手では魔法の腕が物を言う。腕の立つ者でなければそもそも「退治」など出来まい。…とは言え館長自身は――勿論魔族などと言う言葉が即出る以上、自身もその筋の事柄をよく知る者ではある。そして、それなりの魔法の腕もあるのだが――同時に美術館などと言う「そういった施設」を維持して行くとなれば、他にも仕事は山とある訳で。降って湧いた余計な仕事こと泥棒退治に時間を割いていると他の通常業務が疎かになりかねない。泥棒退治に専念するのはさすがにちょっと難しい――ならば別の頼れる手が欲しい、とシリューナ辺りに泣き付いて来るのもわからないでもない。
 …まぁ、泣き付かれたシリューナもシリューナで、自分の趣味にも合う素敵な美術品のある施設だし、そこの館長に恩を売っておいて損は無い、と言う頭もある。

 結果、シリューナは依頼を引き受けて当の美術館に出向いている。一人で――では無く、同族にして魔法の弟子でもあり妹のようなものでもあるファルス・ティレイラをも連れて。このティレイラの方は元々配達屋さん――と言うかなんでも屋さんである以上、「出来そうな事ならば」何でも業務の内。と言うか、シリューナが弟子である彼女の修行がてら連れ出してみた、と言う面もある。…それら両方を兼ねていたとも言えるか。

 ともあれ、そんなこんなで――二人は美術館に出没する泥棒退治、の依頼に取りかかる事になる。



 まずは見回り。シリューナとティレイラは二人で手分けして、それぞれで美術館の中を見回る事にする。

 当の泥棒さんな魔族はちょくちょく来るとは言え、今日もまた律儀に来るとは限らない。最近の傾向からして多分今日も来るだろうとは館長から言われているが――今のところ、確り警備を続けているティレイラの方の視界にはそれっぽい姿は入って来ない。
 むー、と難しい顔で唸りつつティレイラは館内を歩きながらきょろきょろ辺りを見渡しその泥棒さんな魔族を捜す。何かしら不審な行動を取っている魔族は居ないか。ティレイラはお姉さま――シリューナと手分けして担当する事になった展示スペース側をある程度見てから、今度は裏方側、管理スペース側の方に移動して捜索を続ける。こちらもまた見回った方が良いと言われているので。…実際、館長の話では修復中のものや倉庫にあった筈のものも幾つか持ち出されているのだとか。

 …取り敢えず、銀製品の美術館にある所蔵品を盗むって事は――銀が苦手な類の魔族では無いって事だけは言えそうだけど。
 ティレイラはつらつら考えつつ、まずは管理スペース側の一番近場にある倉庫に向かう。何も起きてなければいいけど――思いつつも、ひょっこり中へと顔を覗かせて、ささっと視線を巡らせる。それからそぉ〜っと足を踏み入れて、抜き足差し足こっそりと捜索。…どっちが泥棒なんだかわからないような態度だが、ティレイラとしては真剣である。そして確かに今の時点では捜す方としても泥棒に気付かれないようにこっそりひっそり行動すべきではあるだろうから、別に悪い訳では無い。

 …無いが。
 そうやって倉庫の中を見回り始めたその時に。

 手頃な大きさの銀細工のオブジェをそーっと持ち上げ、小脇に抱える少女の姿が不意に視界に入って来た。銀細工を扱う手付きは丁寧だが、どう見ても美術館維持の為の裏方のお仕事をしている様子では無い。オブジェをがっちり確保しつつも、その少女は辺りを警戒するようにきょろきょろ。見たところで――倉庫にこっそり入って来ていたティレイラとばっちり目が合った。
 瞬間、空気が止まる。お互いの頭の中ではそれぞれフル回転で状況判断。…「目の前の相手は何者か」。その答えを出すまでに一瞬は置いたがすぐさま弾かれるようにお互い気付き、殆ど同時に目の前の相手へと魔法発動。ティレイラの咄嗟の火の魔法と、少女の姿を取っている泥棒さんな魔族の衝撃波の魔法。
 そのまま俄かに撃ち合いになるが、出くわしたこの場所が所蔵品が多くて狭い事と――自分の使う魔法の性質とを考えてティレイラは撃ち合いを続ける事を少々躊躇った。…こんな場所で火の魔法連発したら危ないかも。それは威力はある程度抑えてはあるが、予期せず避けられてしまったら燃やしちゃいけないものを燃やしちゃうかもしれない――そんな躊躇いが隙になったか、泥棒さんな魔族はいつの間にやら魔法を撃つのを取り止めて倉庫から飛び出し逃走を開始。やや遅れてそれに気付いて、やばっ、とばかりにティレイラも後を追う。
 追い掛けるといってもただ走って追い掛けるのでは無く、竜族ならではの翼を生やしての推進力も咄嗟に利用する――ティレイラは別世界から異空間転移して来た紫色の翼を持つ竜族と言う本性を持っている。ティレイラが泥棒さんな魔族を追い倉庫を飛び出すのと、人の姿の背に竜翼を生やして――角と尻尾も生やして半竜半人の姿になって、床を蹴り美術館の回廊へと飛び立つのが同時。そしてそのままロスなく高速飛行で館内を突っ切り、強引に泥棒さんな魔族の先回り。したところで えっ、なんでそこにっ! とばかりに驚くその魔族へとティレイラは間、髪入れず体当たりを仕掛ける。きゃっ、と短い悲鳴が響いた時には、ティレイラは泥棒さんな魔族の少女を確り取り押さえていた。
 …泥棒さんな魔族の少女はそのままの状態でじたばたと暴れている。
「! ッちょ、あんた、離しなさいよっ!! ちょっとぉっ!!!」
「へへーん。逃がさないよ。折角捕まえたんだもん♪」
 逃がす理由も無いし。得意げにそう言ってのけると、ティレイラはこれからの事を考える。…泥棒さんな魔族はこれで捕まえられた。と言う事はお姉さまの知り合いの館長さんの役にも立てた事になるし、多分お姉さまにも褒めて貰える。何より、お姉さまより先に見付けて捕まえたと言う大金星。それだけでもティレイラにしてみればとっても嬉しい。この魔族の子は姿もちっちゃいし、このまま捕らえておくのに難しい事も無い。事実、じたばた暴れるだけで本当に逃げられはしそうにないし――と。
 そこまでつらつら考え、さてこの子を館長さんやお姉さまのところへ連れて行こう、と決めたところで。

 いきなり銀色の液体がティレイラにぶちまけられた。

 …え? 何? と今度はティレイラの方が何事かと驚く。いきなり掛けられた水と言うか液体。銀色の。何処から。目の前。…捕まえていた泥棒さんな魔族の仕業だとやや遅れて気が付いた。どうも先程倉庫で小脇に抱えていた銀細工を触媒に、何やら魔法を使って作っていたらしいものを浴びせ掛けて来たらしい。
 驚いた拍子にティレイラの取り押さえる腕も緩んで、泥棒さんな魔族はそのままティレイラの腕の中をすり抜け再び逃走。…したが、ティレイラが我に返るのも早かった。今の液体を掛けられた程度では大した隙にもならない。んもうっ、とむくれて頬を膨らませながらも、ティレイラはすぐさま泥棒さんな魔族を追う。浴びせ掛けられた液体で全身ずぶ濡れなままなのも構わず、再びすぐに身柄を確保。何はともあれそっちが先。…ずぶ濡れになったってこの程度の事ならどうでも良いから。ただ、ちょっとびっくりさせられただけだし。

 と。

 ティレイラは高を括っていたのだけれど。
 再度取り押さえられている泥棒さんな魔族の肩がくつくつと揺れているのに気が付いた。…どうやら、堪えられないとでも言いたげな様子で笑っている。…捕まっている立場の態度じゃない。
「…ちょっとっ。何笑ってるのかなぁ。今度こそ絶っ対逃がさないんだからねっ!」
「えー? それはもう難しいと思うわよお? こうなっちゃったらもう時間の問題なんだから♪」
「へ? 何言ってんの?」
「ホラ。あんたなぁんにも気付いてない。んじゃしつもーん。あんたが被ったその液体はなんでしょう?」
 銀色の。
「…」
 ティレイラは思わず己が身を顧みる。…全身に浴びせ掛けられた銀色の液体。髪の先から服の裾からぽたりぽたりと落ちる滴。その滴が――気のせいか少しずつ重く、硬くなっている。
「フフ。ちょうど良い触媒が手元にあって良かったわー。やっぱり銀って素敵よね♪ 観賞用にも実用にも適したすっごい素材なんだもん♪」
 今日みたいに『両方』を兼ねられるなんて、なんて素敵。
 クスクス笑いながら、ティレイラに取り押さえられている筈の泥棒さんな魔族は完全に余裕の態度。そんな魔族を懲らしめようとティレイラは取り押さえる手に更に力を籠めて動きを封じる――封じて黙らせようとするが。

 …そう動かそうと試みたその手が、何故か、妙に軋んだ。

 ぎしり、と何処か金属めいた擦るような音が続く。それが、すぐ近くから――ティレイラ自身から響いている事にやや遅れて気付いた。その時点でティレイラは、はっ、とする。…全身に浴びせ掛けられた銀色の液体。泥棒さんな魔族の少女の科白――その内容。今の自分自身に生まれた軋むような違和感。そして、ティレイラ自身の過去の経験からして――察しが付く事はある。この泥棒さんな魔族の少女は、「待って」いる。
 ティレイラの竜の尻尾が揺れる――何となく動かしたところで、また、ぎしり。形容するなら、やっぱり金属めいた音。殆ど無意識の内に更に確かめるように竜翼を煽ぐ――思ったように煽げない。そしてまた、動きに伴い、軋みと耳障りな金属質の音。
 そこまで来れば、ティレイラもさすがに悟る。

「!」
「あ、顔色変わったー。やっと気付いた? おっそーい♪」

 先程被った銀色の液体。その正体は――泥棒さんな魔族の少女が恐らくは銀細工のオブジェを触媒に魔法で作った封印の液体。…つまり、それを浴びせ掛けられた者を――そのまま銀の塊として封印してしまう魔法が掛かった、液体。
 ティレイラとしてはその手の魔法の餌食にされるのは初めてでは無い。と言うか、何だかんだでお姉さまやその他の知人友人仕事相手等似た者同士な皆様に良くこんな感じで遊ばれてしまう事は多かったりする――つまりは馴染み深く良く知っている傾向の魔法である分、ここまでなってしまった時にはもうどうしようもないと経験上知ってしまってもいる訳で――…

 …――何と言うか、余計、諦めるのが早い。

「え、わ、ちょ…嘘…やっ…やだあ!!」
 己の状態を悟るなり、泥棒さんな魔族の少女を拘束するティレイラの手が再び緩む――と言うか、ティレイラとしてはそれどころでは無くなる。最早液体だけじゃなく自分自身の肌や髪に服まで銀色一色に鈍く光っている事にも気付いて、うわあああん、と身も世も無く泣き喚く。折角、泥棒捕まえたと思ったのにこれじゃ逆。…どうしようどうしようこのままじゃ逃しちゃう。大金星どころか大失態。でももう身体も満足に動かないしうわあああん!
 と、嘆いてはみるが、液化した銀を使った封印の魔法によるティレイラの銀化は当然、止まらない――ティレイラは泥棒さんな少女魔族を捕らえておく事も忘れてあたふたする方が先になる。
 結局、泣き喚いているその情けない姿のままティレイラは銀の塊として封印されてしまう事になって――…



 …――そしてティレイラが銀の塊と化した事で、不意に訪れた静寂。

 そんな中、んふふ、と、ほんの微かな含み笑いだけが響く。…泥棒さんな魔族の少女。彼女は泣き喚きあたふた慌てている姿のまま銀の彫像と化したティレイラを、どんな出来になったかなー? とじっくり物色する。当然と言うか何と言うか、とても生き生きした造形。館内の光を受けての具合も綺麗で、美術館の所蔵品と比べても見劣りしない。これもこれで、悪くない。
「んふふ。コレも戦利品として持って帰ろっかなぁ〜♪」
 折角だから。

 と。
 口に出して言ってみたところで。
 …まるで応えるようにして、別の誰かの声がした。

「――――――それは困るわ」

「!」
 これまでは居なかった筈の声。…誰が来たのか何者か――騒動を聞き付け、いつの間にかこの場に駆け付けていたシリューナの声だった。その声を聞くなり、魔族の少女は弾かれたようにびくりと振り返る――が、動けたのはそこまで。振り返ってシリューナの姿を認めたその時には魔族の少女はもう、動けない。
 …魔族の少女が振り返って来るのと同時、そこで効果が出るだろうタイミングでシリューナはすかさず拘束魔法を放っていた。そして当然のように魔法は命中、魔族の少女はその時点であっさりと動きを封じられてしまっている。魔族の少女に残る自由はと言えば、もがく声を上げる事くらい。…それ以上の抵抗は全く意味をなさない状態で。
 シリューナはそんな魔族の少女を冷たく一瞥してから、銀化したティレイラの元へと近付く。そして改めてティレイラの姿をじっと見つめてから、はぁ、と小さく嘆息。
 それから、そ、と手を伸ばし、撫でるようにしてその頬へと指先で触れた。

「…全く。ダメじゃない。こんな相手に後れを取るなんて」

 油断し過ぎよ。ティレ。
 囁くように告げると、シリューナは触れた指先を、す、とそのまま滑らせる。本来のティレイラの肌とは全然違う、冷たい銀の質感。…出来としては悪くない出来。と言うより、素晴らしい出来。
 ただ一つ、手掛けたのがこの魔族の少女だと言う事だけが引っ掛かるけれど――まぁそれはそれとして。ここは、お仕置きが必要な場面。シリューナはそう決めて、暫くこのままで反省しなさいな、とティレイラに言い渡すようにして囁く。と、そのまま魅入られたようにして――シリューナは銀のオブジェと化したティレイラをじっくり堪能し始めた。
 銀化した状況を物語るその姿。慌てて泣き喚いている情けない姿なまま固まってしまうのもまた――ティレイラらしいと言えばティレイラらしい。そのティレイラならではの造形だからこそ、館内の――周囲の光を受けての反射、光沢ある輝きの加減も、絶妙の質感も生まれる訳で。いや、その上に、今の場合は美術館の回廊と言う鑑賞するには絶好のロケーションであるから余計に見応えがある、と言う面もあるのかもしれない。
 勿論、シリューナにしてみれば何の悪戯も仕掛けていない素のままのティレイラ単体であっても何者と比較するべくも無く可愛らしいのだが、今この場では場所の力も多分ある。銀製品を美しく見せる場所だから、きっと、更に素敵に見えている。
 そんな場所で、そんなティレイラを素材にした銀のオブジェに触れるたび、眺めるたびに――シリューナはつい、溜息にも似た感嘆の声を漏らしてしまう。

 …そして結局、いつも通り。
 即ち、気持ちの方が高揚してしまって――捕まえた魔族の少女そっちのけで、シリューナはティレイラを素材にしたオブジェ鑑賞の趣味に没頭してしまう事になる。
 依頼なんてもう、後回し。

 …そう、知人から受けた依頼の事など、多分、もうシリューナの頭には無い。

【了】