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<東京怪談ノベル(シングル)>


入学準備


「わかっとると思うけど一応、念のため言うとくで」
 セレシュは眼鏡の奥で眼光を強め、まっすぐに少女を見据えた。
 眼鏡がなかったら、石化させてしまっているかも知れない強い眼光。元々は石像であった少女、ではあるのだが。
「生気吸いは、理由関係無しに学校では絶対禁止や。ええな」
「わ、わかっておりますわ」
 少女が、たじろいでいる。
 石像に自我と生命が宿り、今は付喪神と呼ぶべき状態にある。
 そんな少女が、さらに言う。
「けれどお姉様、悪い魔物か何かが出て来たら? あの学校、割と頻繁にそういう事があると聞きますわ。誰かが襲われるのを黙って見ていろとでも」
「生気なんか吸わんでも自分、馬鹿力だけで充分戦えるやろ……ま、その馬鹿力も出来るだけ人には見せんようにな。万が一見られたら、そうやな。事故に遭うて火事場のクソ力が出やすうなっとる、っちゅう感じに誤魔化しとくとええ」
「……誤魔化せますかしら、そんなので」
「要は、上手いこと力加減しながら学校生活せえと。そうゆう事や」
 ウィーラー鍼灸院の、工房である。
 この少女の、身体測定を済ませたところだ。入学のための書類は、それで全て整った。
 後は、この少女が学校で何か問題を起こさぬよう、転ばぬ先の杖を用意しておかねばならない。
「ほら、これ読んどき」
 本を1冊、セレシュは手渡した。
「何ですの、これ……解剖学? お受験勉強が終わったばかりだと言うのに、また勉強をしろと」
「当然。学生になるんやから」
 セレシュは言った。
「それ読んで、生の人体の構造っちゅうもんを正しくイメージ出来るようにしとくんや。自分の身体の中身は、石ではなしに、そうなっとると」
「思い込め……と、おっしゃるの?」
「石像に戻ったりせえへんようにな。自分、思い込みで人間になったようなもんやろ」
「いくら思い込んでも私、魔力が尽きたら石像に戻ってしまいますわ」
「そこはまあ考えといたる」
 身体測定のついでに、魔力の測定もしておいた。
 この少女の魔力量が、いささか心もとないのは確かである。
 ならば、しておくべき事は1つしかなかった。


 翌日。セレシュは再び、付喪神の少女を工房に呼んだ。
 そして、作っておいたものを彼女の髪に差し込んだ。
 うねる蛇の形をした、あまり目立たぬ髪飾りである。
「外付けの魔力タンクや。……普段から、こん中に魔力を貯めとくとええ」
「何これ、また蛇ですの? 私、身体じゅう蛇だらけになってしまいますわ」
 ぶつぶつと文句を言いながら少女が、ちらりと視線を動かした。
 工房の、机の上。セレシュの目の前に、もう1つ、蛇を象った装身具が置いてある。
「お姉様、それは? 腕輪に見えますけど、まさかそれも着けろと」
「これは、うち用や」
 細い手首に、セレシュは蛇の腕輪を巻き付けた。
 ちょっとした変化が起こった。
 付喪神の少女が、目を丸くしている。
「お姉様……そ、その格好は……?」
「石の性質を強めて、一時的にあんたと同じ体質になれる腕輪や。身体も固うなって、馬鹿力も出せるでえ」
 今まで付喪神の少女に任せていた力仕事の類を、セレシュが同じように出来るというわけだ。
「自分、学校行くようになるさかいな」
「私と同じ体質……って……」
 元石像の少女が、セレシュを指差している。その綺麗な指先が、わなわなと震えている。
「あんまりですわ、お姉様……私がそんな、は、破廉恥な……」
「ああ、これ……耐薬品性っちゅうもんを考えてな。石英ベースにしたら、こうなってもうたんよ」
 セレシュの服は、あられもなく透けていた。
「女所帯の中でしか使えへんのが、まあ難点は難点やな」
「……本当に、私と同じですの?」
 少女の細腕が、セレシュの身体に巻き付いて来た。
 ストーンゴーレムの怪力を秘めた繊手が、半裸と言うべき全身を触り回す。
「あら本当、固くなっておりますわ……柔らかそうに見えて、これは石の手触り」
「こ、こら! やめえ、くすぐったいやろ」
「……胸は、変わっておりませんわねえ。相変わらず石と言うか、胸骨と肋骨の感触しか」
 今度はセレシュの細腕が、元石像の少女に絡み付いていた。まるで蛇のように。
「不景気やからなあ。鍼灸だけやのうて、整体もやってみよかと思うんよ。どないなもんやろ?」
「お、お姉様。これは整体ではなく関節技……いたっ、痛い痛い痛いいたたたたたたたたたたた」
 悲鳴を上げる少女の身体を折り畳み、その手足を奇怪な方向に極め上げながら、セレシュは微笑みかけた。
「……ま、何にしても合格おめでとさんや。しっかり勉強するんやで」