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<東京怪談・PCゲームノベル>


鳥籠茶房へようこそ

 気がつくと、アリア・ジェラーティは見知らぬ山の中にいた。
「どこだろう、ここ……」
 森だろうか。のどかな陽射しに照らされた木々の葉が、地面に濃い影を描いている。
 自身が営むアイスクリーム屋の休業日である今日は、街をのんびりと散歩していたはずなのに。
 ――明らかに歩いてた道とちがうところに出たけど、きっと召喚かなにかね。
 それなら、自分を呼んだ者を捜さなければ。大して迷いもせず、アリアは雑草の伸びた道を進んだ。暑くも寒くもない周囲の空気を戯れに冷やし、地面から透明なオブジェをいくつも創り出していく。星や動物など、様々なかたちをしたそれらは木洩れ日を浴びてまばらにきらめき、大きなガラス細工のようにも見える。森の小道はひんやりとした氷に覆われ、幻想的な風景が広がっていった。
 そうしてあてもなく歩いていると、不意にどこからか甘い匂いが漂ってきた。
「いらっしゃいませ!」
 目の前には、翡翠色の着物を纏った可憐な少女と、茅葺き屋根の茶屋があった。
 ――もしかして、私はお手伝いに呼ばれたのかな。
 アリアは小首を傾げる。この少女が自分を召喚したのだろうか、と。
 すすめられるまま、紅い野点傘の下の縁台に座る。少女は黄金色の長い髪をなびかせ、少々お待ちください、と笑顔で言い残して店内へ入っていった。
 彼女と入れ違いで、青い髪の青年が現れた。少女と同じ翡翠色の着物姿だ。彼も店員なのだろう。いらっしゃいませ、と彼も物腰やわらかに一礼した。
「ようこそ、鳥籠茶房へ。店長代理のアトリと申します。先程ご案内いたしましたのは、店員のカナリアです。どうぞお見知りおきを」
「初めまして、こんにちは。アリア・ジェラーティといいます」
 アリアも会釈して礼儀正しく挨拶を返す。「……アイス、いる?」と普段通りに営業のニュアンスで尋ねれば、アイスがお好きなのですね、とアトリは爽やかに微笑んだ。この質問をすると、大抵は「欲しい」という回答が即時返ってくる。彼の予想外のそれに、つい目を瞬かせてしまった。確かに自分でもアイスは大好きだけれど。なんだか変わった人だ。
「当店にいらっしゃるお客様には、『条件』があるのですよ。あなたも、何かお悩み事がおありなのでしょう?」
 どうしてわかるのだろう、とアリアは更にまばたきを繰り返す。
「お客様のお悩みを解消するのも、当店の売りのひとつなのです。よろしければ、ご相談ください。お茶菓子はいかがなさいますか?」
「うーん、おすすめはありますか……?」
「ええ、ございます。当店一押しの『鳥籠饅頭』はいかがでしょうか」
「おまんじゅう、ですか。じゃあ、それをお願いします」
「かしこまりました。――カナ、鳥籠饅頭ひとつ頼むね」
「はーい!」
 アトリの指示を受け、カナリアが店内へ駆けていく。
 アリアは周囲の景色を眺めた。蒼い空、風にそよぐ木々の葉、鳥や獣の鳴き声、土や花の香り――豊かな自然に満ちている。
 力を借りたいとか、お手伝いとか、そういうことで召喚されたのではないらしいと悟った。しかも、アトリの言い方から察するに、むしろ自分のほうがこの店に自然と迷い込んでしまったようだ。散歩するうちに小腹も空いてきていたから、茶菓子にありつけるのは幸いだけれど。
 お隣失礼いたします、とアトリが座った。
「ジェラーティ様。先程も申しましたが、当店ではお客様のお悩みの解消に努めております。よろしければ、お話しください」
「悩み……」
 言いづらい。初対面で、しかも神秘的な雰囲気の店ともなると余計に。
 ためらっているうちに、カナリアが饅頭を運んできた。
「鳥籠饅頭おひとつ、お待たせしました!」
「ありがと、カナ。さあ、ジェラーティ様、どうぞ」
「はい、ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞー」
 店内に戻る彼女から受け取った漆塗りの小皿には、てのひら大の焼き饅頭がちょこんと鎮座していた。焼き目の模様が確かに鳥籠風だ。小鳥が羽ばたく様子も、その中心に描かれている。一口頬張ると、こしあんの程よい甘さが口腔に広がった。思わず目を瞠る。
「おいしい……!」
「ありがとうございます。お口に合って幸いです」
 最初の一口を充分に味わってから、アリアはおずおずと本題を切り出した。和菓子を食べながらであれば、多少はリラックスして話せるはずだと信じて。
「私には氷の女王の血が流れてるらしいのだけど、女王らしく振る舞えてない気がするのです。今ここに来る途中も、通ったところを凍らせてみたのだけど、その辺の魔女や氷を使う能力者でもできそうな気がして、あんまり特別感がないっていうか……」
 生物や物を凍らせる力は、ポピュラーな妖怪である雪女のおかげで世に知れ渡っているし、氷の女王を自称したところで好意的な反応も得られない。
「いつもはアイス屋をやっているのだけど、女王らしい格好は場違いな気がするからしてないのです。違和感ない格好で、引かれない感じで、さりげなく女王の風格を出しながらアイス屋を続けるには、どうすればいいのでしょう……」
 奇抜な衣装を着ても場になじめるメイド喫茶のような店ならともかく、一般的なアイス屋で店員が――しかも自分のような年齢の子どもが――やたら豪奢な服を纏っていては、客足も遠のいてしまうだろうとアリアは懸念している。誰もが気軽に立ち寄ってアイスを味わえる、親しみやすい雰囲気作りを心がけて日々営業しているのだから。
 悶々としつつ饅頭を食べていると、黙って耳を傾けていたアトリが、やわらかく問いかけた。
「ジェラーティ様は、氷の女王様というお立場に普段からそぐうようになられたいのですね?」
「はい」
 現状では、自他ともに『アイス屋として頑張っている子ども』という認識でしかないのだとも思う。ごく自然に女王の気品を漂わせながらアイス屋で働くのが一番だと、いつしか考え始めていた。
 ――私には、足りないものがまだまだたくさんある。
 ふと、アトリの視線が前方の森に投げられ、アリアも目でそれを追う。高く伸びた木の枝には、見たこともない不思議な色や形をした果実が、いくつもぶら下がっていた。
「この山は、それ自体がひとつの世界のようなものなのです。たまに様々な異界への入口が開きまして、妖怪や魔物などが迷い込むこともあります。もちろん、人間も」
「じゃあ、私も迷い込んだひとりなんですか」
「ええ。ジェラーティ様とよく似たお悩みをお持ちの方も、たまにいらっしゃいます」
「そう、なんですか」
 他国の王族も、自分のように悩むことがあるのかと想像すると、少し安心する。飲み込んだ饅頭の甘みが、身体中にじんわりと広がっていくような感覚が湧いてきた。
「女王らしく振る舞えていない、と仰っていましたが、ご自身のお考えになる『理想の女王らしさ』と必ずしも一致させる必要はないと私は思います」
「え?」
「むしろ、女王様でありながら、ご自身の能力でアイスをお作りになって販売されるというお立場が既に『特別』で、ジェラーティ様特有のものだと感じます。外見以外で女王らしさを演出なさりたいのでしたら、たとえばお店でお客様に対応なさる際の言葉遣いを丁寧で上品な感じにしてみる、営業用の笑顔の仕方を変えてみるなどの小さな工夫をされるとよろしいかと」
「なるほど……」
 そうかもしれない。自分のあり方を一気に大きく変えようとするのは無茶だ。年齢やそれに伴う容姿の件は、時間の経過がなければどうしようもないことなのだから、できることからやっていけばいいのだと気づく。自作アイスを売る女王という立場も、確かに自分以外の話は今のところほとんど耳にしていない。
 ――私は、私のままでいいんだ。
 山の澄んだ空気を肺に取り入れる。深呼吸すると、なんだかすっきりした。
 アリアは笑ってアトリに礼を言う。
「ありがとう、ございます。ちょっと気が楽になりました」
「こちらこそ、お力になれたようで幸いです」
 彼の優しさに癒されつつ、アリアは饅頭の最後の一口を噛みしめた。

 ▼

 お会計はこちらです、と会計所へ案内される。アリアが財布を取り出そうとすると、スッと差し出されたアトリの手に制された。
「お代はいただきません。ジェラーティ様のお悩みを拝聴しましたので」
「いいのですか?」
「ええ。当店は、お客様のお悩みを随時大募集中ですので。また何かお困りでしたら」
 木製の棚をごそごそと探ったアトリは、小さな紐綴じの手帳を取り出し、アリアに手渡す。
「来店されたお客様にお渡しする粗品です。それをお持ちでしたら、いつでも当店にまっすぐお越しになれます」
「ふぅん……。おまんじゅうもおいしかったですし、気が向いたらまた来たいです」
「ええ、是非」
 手帳を開くと、最初に五十個ほどの升目が描かれた頁があった。アトリがその升目のひとつに、朱肉を付けた判子を押す。楕円の中に『鳥籠』と字の入った判子だ。
「ご来店一回につき、ひとつ押印いたします。何点か貯めますと景品等ございますので、よろしければご利用ください」
 アトリから手帳を受け取った瞬間、茶房の景色が霧に包まれていく。
 あ、とアリアが声をかけようとしたときには、見慣れた舗道に佇んでいた。
 ――帰ってきた、みたい。
 ずっと抱えていた雨雲じみた重い気持ちは、もうすっかり晴れていた。
 ――さて、と。新作アイスをどうするかも、じっくり考えようかな。
 軽い足取りで、アリアはにぎやかな休日の街を歩んでいった。

 ▼

「いつもよりちょっと空気が冷えてるなと思ったら、森の一部が凍ってたのか」
「納得。冬が自分の出番を待ちきれなくて、駆け足で来ちゃった感じ?」
 会計所の来店者名簿に、アリア・ジェラーティの名を筆で記しながらアトリは呟く。食器の片付けをするカナリアが笑った。
「でも、ああいう能力もいいよね。夏場は重宝しそうだし。彼女がどんなアイスを売ってるのか、興味があるよ」
「ほんとにね。かき氷とかパフェとか作るときに手伝ってもらったら、絶対助かるよね。あの子、また来るかな」
「来るよ。悩みがなくても、きっとね」
 ――氷の女王とアイス屋の両立……彼女はこれからどう成長していくかな。
 静かに名簿を閉じ、アトリは密かに笑んだ。
 彼女と再会できる日を待ち望みながら。


 了


■登場人物■
8537/アリア・ジェラーティ/女性/13歳/アイス屋さん
NPC/アトリ/男性/23歳/鳥籠茶房店長代理
NPC/カナリア/女性/20歳/鳥籠茶房店員

■鳥籠通信■
ご来店、誠にありがとうございました。
アトリからお渡ししたアイテムは、次回以降のシナリオ参加の際に必要となります。
なくさずに大切にお持ちくださいませ。
ジェラーティ様のまたのお越しをお待ちしております。