コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


緊迫の防護

暗い夜の闇に、一陣の風が吹き抜ける。
辺りは物々しい空気に包まれ、そびえ立つ巨大なビルを取り囲むように幾人もの人間達が目を光らせていた。
ここは、虚無の境界。先日、セレシュの元にIO2からの依頼でテロからビルの警備の依頼が舞い込んだ。
何十人もの人間達を派遣していると言うのに、それにかけてセレシュと悪魔にも警備の依頼があるとは、一体どれほどのテロ宣言があったと言うのだろう。
「破壊テロの予告か……。けったいやな」
 暗闇に溶け込むような真っ黒なビルを見上げるセレシュは、ビル風に煽られながら厳しい眼差しのままぽつりと呟く。
 ビルはフロアの電気は全て切られ、外観を僅かに灯すライトの点滅だけがある。
「セレシュ。お待たせ」
 腰に手をやりながら、高いビルを見上げていたセレシュの元に軽食と飲み物を手に悪魔が戻ってきた。
「おおきに。あんたはもう食べたん?」
 セレシュは食べ物を受け取りながら悪魔に訊き返すと、悪魔はこくりと首を縦に振った。
「うん。さっき簡単に食べてきた。それにしても、かなりの厳戒態勢よね」
「そりゃそうやろな。このビルに務めに来る人間はぎょうさんおるし、有名どころのお偉いさん方も多いしな」
 食事に噛り付くセレシュの横で、悪魔もビルを見上げた。
「無差別破壊か……。物騒な世の中になったものよね」
「ほんまやな」
 セレシュもまたもぐもぐと口を動かしながら再びビルを見上げた。
 一体どこから仕掛けてくるのかまでは分からない。上空からなのか、それとも通行人を装って地上からなのか。
 気の抜けない状況で、セレシュは最後の一口を口に含みビニール袋をクシャリと丸めてポケットに捻り込む。
「さて、そろそろ最後の総仕上げしよか」
「そうね。私はここで警護を続けるわ」
「ん」
 セレシュは一旦悪魔と別れると、ビルのメインゲートへと足を向けた。そこにもやはり数え切れないほどの人間が警戒し続けている。
 そんな彼らを横目にみやりながら、セレシュはすっと地面にしゃがみこみ手を押し当てると、瞬間的に淡い紫色の光を放つ大きな魔方陣が生まれた。
 消えていく魔方陣を見つめながらゆっくりとその場に立ち上がると、セレシュは短く息を吐く。
「罠はこれくらいでええな。防護の結界も感知も出来る限り張ってある。何かあってもすぐに動けるはずや」
 セレシュは暗い闇を見据えて、まるでそこにテロの犯人がいるかのように呟く。
 その時、悪魔のいる方向からけたたましい笛の音が響き渡る。
 セレシュは弾かれたようにそちらに目を向けるとすぐさまその場から駆け出した。


                     *****


 ビリビリとした緊張感が辺りに立ち込めている。
 セレシュが急いで駆けつけると、悪魔は大鎌を手に暗闇から向かい来る犯人の攻撃を巧みにかわしていた。
「セレシュ……っ!」
 駆けつけたセレシュに、悪魔が声をかけると無数の鎖の内の一つが大鎌にくるくると巻きつく。
 咄嗟に力をいれ、引き寄せられる力に抗いながら足を踏みしめた。
「くっ……! なんて力……っ」
 悪魔は眉根を寄せ、持てる力の限り抵抗を試みる。
「本来の姿に戻った方が、力出るやろ!」
「そう、だけど今は無理っ!」
 見れば、周りにいる人間達も苦戦しているようだ。
 首に巻きついた鎖を解こうともがいている物も居れば、体中が鎖に巻き取られ吸い寄せられるように断末魔の叫び声を上げながら暗闇に呑まれる者も少なくない。
 セレシュはすぐさま目の前に赤い魔方陣を横にいくつか創り出すと、印を結ぶ。
「動くんやないでっ!!」
 緊張感のある荒々しい声を上げるセレシュと同時に、魔方陣から生み出されたのは鋭い切れ味を持つ刃のような炎だった。
 ヒュンヒュンと空を切るような甲高い音を上げながら無数の炎が暗闇から伸びる鎖の大元目掛けて飛び掛る。その間にもパンッ! と破裂音を上げて悪魔達の動きを封じていた鎖が砕け飛ぶ。
 鎖の大元へと飛び込んだ炎は、犯人を浮き上がらせた。
 体中を鎖に包む無数の大きな男達。巻き付いている鎖を自在に操りながら次々に攻撃を仕掛けてくるが、セレシュの生み出した炎が男達に襲い掛かる。
 ボボボボッと音をたて、あたり一面が一気に炎の海のように化した。
「うちの炎を馬鹿にしたらアカンで。そんじょそこらの炎とはちゃう。あんたらの身を焼き尽くす業火や」
 セレシュはふんと鼻を鳴らして勝ち誇ったようにほくそえむと、悪魔や他の警備に当たっていた人間達は武器を手に一気に地面を蹴って男達に襲い掛かった。
「やぁあああぁぁっ!!」
 地面を蹴り上げ、宙に舞い上がった悪魔は手にした大鎌をビュンっと音を立てながら大きく横真一文字に振り払う。
 男達は断末魔の悲鳴をあげ、切れ味の良い大鎌にあっという間に首を切り落とされた。そして地面に崩れ落ちた体はセレシュの炎に一気に包まれ、点にまで昇るほどの強烈な業火に焼き尽くされたのだった。


                        *****


「結局、あいつらの目的ってなんだったの?」
 一仕事を終えた悪魔が怪訝そうに訊ねると、セレシュは小首を傾げて肩をすくめて見せた。
「ボスを逃がしてしもうたからな。詳しいことはよう分からんねん。けど、たぶん普段から抑え込まれて来た人間達の究極の抵抗の方法やったかもしれん」
「抵抗ねぇ……」
「金儲けして、上に立つ人間ほどどこかで周りに無理強いさせてる事もある。それが度が過ぎてたんやろな」
 ふうっと息を吐きながらセレシュはビルをもう一度見上げた。
「どんな綺麗事言うたかて、影で無理やり力だけで捻じ伏せよう思うんは、間違うてる言う事やんな」
 吹き止まないビル風に、髪を揺らしながらセレシュと悪魔は真っ黒なビルを見上げ続けていた。