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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


交わらない矢印

 初めての仕事内容を聞いた庵はため息をついて、視線を送るのは最後の元生徒会役員。初等部からの付き合いである長身の男性は桜に目もくれず、お稲荷さんをマイペースに食べていた。
「あなたは風情というのを知らないの?」
「桜を見ても満腹にゃならんだろ」
 呆れつつ隣に座る庵に、長身の男性、夜見は食べていたものを飲み込み豪快に笑う。
「全く……変わらないわね」
「おまさんもな」
「ミーもいいかしら。お稲荷さん」
「おぉ。ままさんの手作りじゃて。美味いぞ」
 紙皿にお稲荷さんを数個乗せて庵に渡す夜見と受け取る庵。
 その時、ふっと指先が触れた。
「あっ、ごめんなさい」
「ん?なんじゃ?」
 指が触れた事に謝る庵に首をかしげる夜見。
「なんでもないわ」
 気にしてるのはミーだけみたいね。そんなことを思いながらお稲荷さんを口に運ぶ庵。
「美味いやお?」
「……ええ」
 燃えるような真っ赤な瞳で見つめてくる夜見。その真っ直ぐな視線に何かを見透かされそうで、不自然にならないように視線を外しながら、庵は頷いた。
 切れ長の瞳のせいで目つきが悪い、見た目が怖いと言われている夜見だが、庵は一度もそう感じたことがなかった。それは、庵が人ならざる者ゆえか、彼の内面を知っているせいか、それとも、また別の何かが関与しているのかはわからない。が、庵は彼に一度も恐怖を抱いたことがなかった。それどころか……
「そうそう、お土産ちゃんとあるわよ」
「ほがなこと気にしのうてもいいがやき」
「そういうと思ったわ。はい」
 そう言って小さな袋をひとつ夜見に渡す。不思議そうに夜見が袋を開けると革製のシンプルなブレスレットが入っていた。
「ほぉ。えいが?こがなもんもろーて」
「いいわよ?夜見ちゃんに似合うと思って買ってきたんだもの」
 早速着けようとする夜見だが慣れないのかなかなか着けられない。
「不器用ねぇ。貸して?」
 そう言って慣れた手つきで夜見の腕にブレスレットを着ける庵
「思ったより似合うじゃないの」
 彼の髪と同じ黒い革と留め具のところにわずかに青みを帯びた赤い石が1つ付いているだけのシンプルなデザインは彼の健康的な小麦色の肌によく似合っていた。
「この石はなんじゃ?」
「ピジョンブラッドよ。まあ、お守りのようなものね」
 ピジョンブラッドはルビーの中でも最高級品の呼び名。ルビーは7月の誕生石としての他、「災難から身を守るお守り」や「大切な人との変わらない愛を願う」、「不屈の精神を育む」等パワーストーンとしてもそこそこ有名な石。愛を司り、女の子の相談をよく受ける庵としてはそういう類には多少なりと精通している。まさか自分にその知識を使うことはないと思っていたけれど。
 街でこれを見つけた時、夜見の顔が真っ先に浮かんだ。黒と赤の組み合わせが読みの髪と瞳を連想させたのだろうとか、この石がピジョンブラッドであるとか、パワーストーンとしてルビーがどうこうとか、そんなのは全て言い訳にしかならないだろう。
 敢えて説明するなら石が庵を呼んだ。もしくは、運命の出会いだったのかもしれない。勿論、庵は値段を見ることもなく、即断即決で買った。最初、自分が着けようかとも思ったが、喧嘩好きで騒ぎには必ず首を突っ込む彼のお守りになればと、そして、自分の思いが変わらない、不変のものであるというある種誓いにも似た気持ちを込めて夜見に持っていて欲しいと思った。だから、お土産として渡したのだ。
「ぴじょんぶらっど?おまさんはたまに難しいことをゆうな。まあお守りというんならずっと着けていようかぇ」
「そういう素直なところもスキよ」
「おらもおまさんのこと、好きやか」
「そう。ありがと」
 率直な感想だった。返事など求めない、素直な感想。なのに、返事などされるから少し困ってしまう。しかも、その回答は最も困る類のそれだった。一応笑って好意を受け取ったが、少しだけ胸が痛んだ。
「でも……『すき』のベクトルが違う気がするわ」
 ため息まじりに小さく小さく呟きは夜の闇に消えて夜見には聞こえなかったのかそれに対する返答はなかった。別にそれでよかった。ベクトルの違う好意の矢印が交わることはないことくらいわかっているし、このままの関係で庵は満足だったから。

「そういえば、間に合うのかしらね……」
 ため息混じりにそう言う庵になんとかなるだろうと楽天的に夜見が笑う。夜見が言うにはデザインと下書きは終了しているので後は切り抜いてカラーフィルムを貼り、窓に貼り付けるだけだという。
「だけって……重労働なところだけ残ってるじゃない」
「ほりゃあそうだ。それが終わっちょったら全部終わっちゅう。それにおらはこういうの嫌いじゃなか」
 そう楽しそうに笑う夜見。
 庵はそんな彼や大好きな元生徒会役員のみんなとまた、こうして時間の共有が出来るのだからそれは幸せなことなのだろうと思った。
「まあ、確かにね。でもまあ、高いところは夜見ちゃんくらいしかできないわね。一番重労働になるわね。お疲れ様」
「おうよ。任せとき」
 そう言って心から笑い合う2人だった。


Fin