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<東京怪談ノベル(シングル)>


クエスト:異世界での素材集め

1.
「…ありゃ?」
 持ち上げた瓶がやけに軽い。振ってみても音はない。
 セレシュ・ウィーラーが手に取った瓶の中を見ると、そこにあるはずのモノがなかった。
 研究室にこもって実験をしようとしていた矢先の出来事である。
「あかん。ん? ってことは…」
 ハッと思い立ち、他の瓶の中身を見る。こちらも空である。
 あちゃー…とセレシュはため息をつく。
 そういえば前回研究をした時に使い切ったのだった。出鼻をくじかれてしまった。
「しゃあないな。素材がなかったら研究できんしな」
 素材がなければ集めればいい。
 ちょっとした気分転換もかねて、セレシュは素材集めへと異世界の扉を開けた。

 鬱蒼とした森。遠くを見れば火山が噴火している。
 砂煙をあげながら砂原を駆ける巨大な何か。近くを流れる川のほとりにはのほほんと草を食べる巨体の動物?
 異世界…というよりは、どことなく古代の地球っぽくも感じるこの世界。
 ちょこっと危険な場所ではあるが、素材関係はこの場所が一番豊富に採れる。
 …ちょこっと、や。ちょこっと。
 そう言い聞かせてセレシュは素材のある森へと足を踏み入れる。
 チャッチャと行ってチャッチャと帰ろ!


2.
 遠くから見て鬱蒼としていた森は、近づくとなお鬱蒼としていた。
 下草もよく茂り、程よい湿気のためにいたるところに怪しげなキノコも生えている。
 わずかな木漏れ日の中でもこれだけ育っているとは…自然とはたいそうなものだ。
 そんな中でセレシュは足元をかき分けながら慎重にお目当ての素材を探していく。
 背丈の高い草の下に生える小さな赤みがかった草。
「お、あったあった!」
 わずかに採れたそれを、腰にぶら下げた荷物入れにしまう。
 一株では足りないので、辺りを再度探す。どうやらこの辺りにはお目当ての草の群生しているようだ。
「ラッキーやな♪」
 群生してくれていればその方がありがたい。探し回らなくて済むのだから。
 半分ほど荷物入れが埋まったので、赤い草はここまでにすることにした。
 次は…あーそや。青いヤツや。
 赤い草はそこそこ手に入りやすい素材であるが、青い草はここよりも奥に行かないとなかなか手に入らない。
 正直めんどいなぁ…と思うのだが、研究のことを思えば仕方がない。
 …まぁ、今のうちなら大丈夫やろ。
 木漏れ日を見つめ、セレシュは奥へと進む。
 日はまだ高いが、時々その日の光を遮る何かが空中を舞っている。いくつもの影が空を舞っていたが、どの影も降りてくる様子はない。
 危険は少ない方がいいに決まっている。
 セレシュは空中で舞う影を横目で見ながら、足早に奥へと進んでいった。

 青い草は点々と飛び石のように生えていた。
「…めんどくさいなぁ」
 いやいや、研究のため。研究のため。
 腰をかがめては草を抜いて荷物入れへ。また立ち上がっては腰をかがめて草を抜き荷物入れへ。
 数度繰り返すたびに段々と腰が痛くなってくる。
「いくら若いっちゅーたかて、これは腰痛なるわ」
 うーんと背筋を伸ばして腰をトントン。思わずハッとして周りを見回してほっと溜息をつく。
 あかん。ババくさいことしてしもた。
 うら若き乙女として反省…していると、ガサッと茂みが揺れた。
 み、見られたんか!?
 振り向いたセレシュと目が合ったのは、鋭い牙がずらりと並んだ二足歩行の肉食獣であった。


3.
「!?」
 明らかに食べ物を見つけたと思っている肉食獣に、セレシュはもしもの時のために持ってきた剣を抜いた。
 重心を低くし、注意深く肉食獣との間をあける。素早く結界を張ることも忘れなかった。
 できれば使いたないんやけどな…あちらさんはそう思ってないよーやな。
 苦笑しつつ、涎を垂らす肉食獣からは目を離さない。
 と、1匹の肉食獣がよほど腹が減ったのかセレシュに襲いかかってきた!
「ま、待ちっ!!」
 剣でいなして、前転回避で距離を置く。だが、1匹が襲いかかったのを機に残りの肉食獣も勢いよく突っ込んできた。
「ちょ、ちょちょっ…!!」
 結界に弾き飛ばされ、はたまた剣の切っ先に怯み肉食獣はセレシュを取り囲むようにじわりじわりとあいた間を詰めていく。
 剣には肉食獣の体液が光る。あとでしっかりお手入れしておかねば錆びるだろう。
 どうしたらええんかなぁ…。
 肉食獣の合間を縫って逃げたいのは山々だが、目の前にあるご馳走をそうみすみす逃がしてくれるような優しい目はしていない。
 前足のかぎづめでセレシュの結界や剣を何とかはねのけたい肉食獣も、セレシュの隙を見逃すまいと必死である。
 少々荒っぽいかもしれんけど、気絶させるくらいならええやろ。
 今更怪我のひとつやふたつ増えたところで、肉食獣も命に係わるまい。
 セレシュが小さく呟くと、紅い弾がいくつか浮かび上がる。剣の上を滑らせて、その紅い弾を肉食獣めがけて放つ。
『ギャッ!』
 紅い弾を喰らった肉食獣が後ろに吹っ飛ぶと、他の肉食獣は一瞬の怯んだ。
 セレシュはその一瞬で間合いをとると、さらに紅い弾を生み出して肉食獣へと放つ。
 次々に吹っ飛ぶ肉食獣に、セレシュは荷物を抱えて退散しようとした。

 しかし、それは目の前に降ってきた大きな影により阻まれた。

 大きな赤黒い翼、口には燃える炎を宿すこの空の覇者。まるで、おとぎ話のドラゴンのような…。
「あかん…これ、逃げられん」
 選択肢はたったひとつ。

 戦うしか!!


4.
 剣はもはや盾の役割しか果たさない。
 いや、結界と合わせてもこの体躯の違いではこちらが完全に力負けしている。
 ならばとにかく距離を取って攻撃していくしかない。
 幸い、セレシュの攻撃は魔法。遠距離でも全く問題ない。
 空の覇者は肉食獣にカウンターを喰らわせながら、セレシュに襲いかかろうとする。
 肉食獣の攻撃が空の覇者に向かうと、空の覇者はそれを大きな翼で吹き飛ばす。
 まさに風の前の塵のように空に散る肉食獣に、セレシュは戦慄すら覚える。
 …勝てるんか?
 しかし相手が向かってきている以上、勝ち負けよりも前に戦う以外ないのだ。
 セレシュはより鋭く大きな紅い弾を作り上げ、それを空の覇者へと叩きこむ。
 ガチン! と響く鋼のような音。
 ダメやん。効いてない。
 空の覇者が口から大きな火炎を吐き出そうとしている。セレシュは慌てて斜めに前転回避する。
 ゴォォォ! っとすごい音が耳の間近で聞こえ、血の気が引く。
 何か、何か考えんと。長引いたら負けや!
 炎を避けつつ、必死に思い出そうとする。何か、何かあったはずなのだ。
 炎では埒が明かないと思ったのか、それとも直接攻撃をすることにしたのか。
 空の覇者はセレシュに体当たりせんとその巨体を揺らして地面を駆けてくる。
 いくら結界を張っていたって、全体重かけられたらアウトだ!
 その時、きらりとセレシュの目に空の覇者の体の一部が光ったように見えた。
「あそこや!」
 地面をけって全力で体当たりを回避し、振り向きざまに紅い弾を作りだして光ったと思しき場所に無数に叩きこむ。
『ガァァァァ!!』
 勢い余った空の覇者はそのまま前のめりになり、倒れ込んだ。動かないが息はしている。どうやら気を失ったようだ。
「はぁ…ここはこんなんばっかや…」
 セレシュは今のうちにと、荷物を抱える。
 紅い弾を撃ち込んだ場所は逆鱗と呼ばれる『急所』だった。
「堪忍なー。うちもできれば、あんたとは闘いたくないわ」
 苦笑いしてセレシュはふと空の覇者の口元に何か落ちているのを見つけた。
 それは、青い薬草が少々消化されたもののようだった。
「そうか。ここはあんたの餌場やったんやね」
 セレシュは少し考えた後、空の覇者に手を合わせた。

「ほな、帰ろかね」
 そう言って、セレシュは素材をたんまり手に入れて帰途についたのであった。

 クエスト クリアー !!