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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪魔と乙女・T


 ――崇めよ。
 我らがサタンを崇め讃えよ。
 そして恐れよ。
 恐れこそが崇高なり。
 神を信じるものを冒涜せよ。背徳は美しき行為なり。

 祭壇に逆十字が架けられ、ワインの代わりに幼児の血を飲み交わす行為を普通となす集団があった。
 サタニズム主義を掲げる組織の一つである。
 逆十字の向こうには山羊の頭をもった悪魔の像が置かれ、彼らはそれを崇めている。
 彼らは日曜日に陽の光が差し込まない闇の教会で禁断の儀式を行っている。
 神を信じず、悪こそが世の平和なのだと唱えながら。

「――悪魔教団。もっともらしい組織名ですわね」
 礼拝堂での祈りを終えて司令室に足を運んだ瑞科は、頭から被っていた祈りに使う総レースのヴェールをゆるりと肩に下げてそう言った。向かい合うのは神父という名の司令官だ。
「世界的に現存している似たような教会もあることだしな。そういう類の団体が在ってもおかしくはない」
「でも、人の命を奪う行為はれっきとした犯罪ですわ」
「白鳥審問官の言うとおりだ。そして我々はそのような存在を赦してはならない」
 瑞科の言葉に、神父は深く頷いてそう言った。
 そして一度口を閉じてから、再び開口する。
「君には、この教団の殲滅を頼みたい」
「謹んでお受けいたしますわ」
 改めての依頼の言葉を受けて、瑞科は自信たっぷりな表情で応えてみせた。
 その姿を見て神父は満足そうにしながら胸の前で十字を切る。
 すると瑞科も同じようにして十字を切った。任務を受領したという合図の一つらしい。
「教団と名乗るだけあって人数は相当なものらしい。だが君の腕ならば……心配もいらぬだろう」
「ええ、お任せ下さいませ」
「うむ。無事の帰還を祈っている」
 しなやかに微笑む姿を見せる瑞科はいつも通りだった。
 神父はまたも満足そうにして頷きながら、「行きたまえ」と言う。
 瑞科は直後、言葉なく軽い会釈をしてから踵を返した。ひらり、と宙を舞うのは彼女の身につけているシスター服のスカートの裾部分だった。
 司令室を出た後、彼女は自室へと戻り手早く戦闘準備を始めた。
 レースのヴェールをベッドの上にはらりと置き、着ていたシスター服の上からコルセットを身につける。深いスリットが入ったセクシーなこのシスター服は、元々彼女用の戦闘服なのだ。美しいボディラインを際だたせる沿うようなデザインを彼女自身も気に入っているようだ。
 スリットの向こうから覗かせる長い脚を曲げて、オーバーニーソックスのラインを人差し指で直す。太ももに食い込むそれは悩ましいほどに艶めかしい。そのソックスの上から彼女の武器の一つである小型ナイフをベルトと共に装着する。
 純白のケープが取り付けられている上半身は一見すると露出が無いように見えるが中の服がノースリーブなのか、腕を上げれば二の腕と脇の下がちらりと垣間見えて色っぽい。
 腕には白の肘まで越える手袋。その上から手首までの革手袋を装着し、最後に編み上げのロングブーツを履く。そして衣服と同じ生地の真っ白なヴェールを頭に被り、金色のロザリオを首から下げた。
 それから長い髪を両腕で救い上げ、呼吸と同じ速度でさらりと下ろす。
 準備は完了だ。
 全身を映せる鏡の前でくるりと一回転した彼女は、納得したような面持ちで笑みを浮かべて任務先へと向かうために新たな一歩を踏み出した。



 厳かな作りの大きな教会であった。ゴシック様式の建造は美しかったが、雰囲気がどこか淀んでいる。
 広さから言っても教会と言うよりは城というほうがしっくり来そうなものである。
「教皇庁……どこかの法王でも真似ていらっしゃるのかしら」
 瑞科は腰に手を当てながらそんな独り言を漏らした。
 バタバタと吹き付ける横風が彼女のヴェールを靡く。それを左腕で押さえつつ、瑞科は改めて眼前の大きな建物を見据えた。
 彼女は今、堂々と正門前に佇んでいる。忍ぶ行動よりは正面突破が性に合うようだ。
 暫くそうやって眺めていると、背の高い重そうな鉄の門が地鳴りと共に開いた。人気はないので、どこか遠くから瑞科を見ているのだろう。
「…………」
 門が完全に開ききるまで、瑞科は同じ格好で佇んだままでいた。
 眉間に厳しい色があるのは緊張ではなく、これからこの先へと進むための気合のそれなのかもしれない。
 だが、彼女は微塵も恐れなどという弱い感情を抱くことはなかった。むしろ、少しの高揚感すら抱いているほどだ。
「迎えてくださるんですから、そろそろ参りましょうか。どうか、わたくしを楽しませてくださるお相手がいらっしゃいますように……」
 そんなことを言いながら、瑞科はようやく一歩を踏み出した。ブーツの靴底が良い音を出し、歩みを進める度に彼女の気持ちを高めていく。
「さぁ、始めると致しましょう。正しく美しい礼拝を」
 ざぁ、と一層激しい風が彼女を纏うように吹き上げる。
 シスター服のスカートと長い髪、そしてヴェールがぶわりと巻き上げられたが、それにも彼女は余裕の表情のままで一点を見つめていた。
 そして、大きな木造の扉が開かれる。
 瑞科は腰ベルトに装着していた細身の剣に手をかけて、ゆっくりとそれを抜いた。
 開いた扉の向こうから見え始めるのは全てが黒色に包まれた衣服を身にまとう修道士たち。みな、ギラついた瞳で瑞科に襲いかかってくる。数にして二十人ほどだろうか。
「あらあら、なかなかの美丈夫さんもいらっしゃるのね。こんな場所じゃなくて、どこか別の道で出会いたかったですわ」
 そんな、冗談のような言葉を並べつつ、彼女はそこで右足を軸に回転を始めた。ヒュオ、と瑞科の剣が風を切り、一回転するうちに一人の修道士が倒れていく。そして同じようにして一人、また一人。
 まるでダンスを踊っているかのような鮮やかな動きで、瑞科はいとも簡単に敵の修道士を地に沈めていった。もちろん、命までは奪ってはいない。急所を叩き動けなくしているだけであった。
 その動きは華麗にして完璧。奥で見ていた『第二波』らしき精鋭たちも、少し怯むかのような空気を漂わせている。
「……張り合いありませんわねぇ。もっとわたくしを悦ばせてくださる方はいらっしゃらないの? それとも、ここは『数だけ』の教団なのかしら?」
 瑞科の言葉は、完全に挑発のそれであった。
 いつの間にか入り込んでいた礼拝堂の中で、高い天井に向かいよく響く声でそう言った彼女に向かい、バラバラと新たな人影が映り込む。忍びのような動きで革のロープを上からぶら下げ、瑞科に剣を向けて宙から向かってくる。
「奇襲というものは、濃い見せ方がありますのよ」
 四方から飛んでくるロープを見上げつつ、瑞科はその場で垂直にジャンプをした。高く跳躍した彼女に驚きの表情を見せた敵をよそに、彼女はウェストバックから取り出した何かを思い切り床目掛けて投げつける。閃光弾のようなものなのだろう。それが大きく光った後、彼女は追い打ちとばかりに雷撃を放って相手を翻弄とさせた。
 強烈な光で視界をやられた上に雷撃を打ち込まれた者達は、同時に呻きながらバタバタとその場に倒れこんでいく。
 瑞科はジャンプをした時点で右腕からフックロープを天井に向けて放っていて、今は二階席と思わしき場所へと身を翻して場所を移動していた。そこからまた走りだして前方へと目指す。
 豪奢な作りの室内であった。金の装飾に目が眩むほどではあったが、成金趣味丸出しのようなそのきらめきには瑞科は少しも心が動かなかった。
 眼下に祭壇が見下ろせるその先には、螺旋階段があった。瑞科は迷いも見せること無くその手すり腰掛けて、螺旋の円を滑り降りていく。スカートのスリットが少しだけ浮いてその向こうからちらりと見え隠れするのはレースのショーツだった。十字架を模した留め具のガーターベルトも姿を見せていて、色気たっぷりである。
 どんどんスピードが上がりつつくるくると下る瑞科は、その間にも敵の気配を読むことを忘れなかった。位置的に言えば祭壇の奥。関係者以外は入れない場所。手前で相手をした存在とは比べ物にならないだろう存在が待ち受けているのだろう。逆に、そうであってほしいと彼女は思っていた。
 階段の最後の段のところで、瑞科は手すりからヒラリと降りた。
「――これはこれは、お美しいお嬢さんだ」
「!」
 階段を降りた先にアーチ状の開き扉がある。そこからの声に、瑞科は表情を僅かに変えた。予想はしていたが、気配が少しだけ違うものだったらしい。
「我が教団に来ないかね? ……それとも、我らの神の贄となるかね?」
 皺の多い年配の神父だった。ローブも帽子も全て黒。そして首からかけているロザリオの十字は逆である。悪魔を崇拝する何よりの証だ。
 それだけならまだ良かったのだが。
「……あなた、何世紀生きていらっしゃるの」
「はて……三四半世紀生きたところまではしっかり憶えていたのがね……ちなみに元々は、あなたのところの修道士でもあった。知る者などもうおらぬとは思うが」
 一世紀を百年とするならば、その百にすら満たない間のことを今のように言うとことがる。彼が言う三四半とは七五十五年間を指している。それも随分昔の事のように言うその男は、眼の色が赤く光っていた。白目部分が黒く染まり、不気味である。
「どのような手法を使ったのです?」
「なぁに……純粋な血と少々の知識などでね。すべてはサタンの……バフォメット様の思し召しによるもの。生まれたての子供か、あなたのような美しく高貴な存在が我々にはいつでも必要なのだ」
「サタンは貴方に生きよとお告げになったの? 何のために?」
 瑞科は自らの太ももに手を伸ばして、小型ナイフを手にしながらそう言った。
 隙と油断は少しも作れる状況ではない。
 ――あの男は危険だ。
「知りたいかね? 知ってしまえばあなたはもう我々のモノ。まぁ、元より返すつもりは無かったのだがね……」
 ニタリ、と男の口角が上がった。
 背中が曲がり前のめりの姿勢を杖で支えている状態であったが、彼には余裕があるように見えた。
「――主は終末を願っておる。終わらせるモノを欲しておる。そしてあなたは、美しいままで贄になりなさい!」
 男が手にしている杖で床を強く突いた。
 すると次の瞬間には男の背後から黒い影のようなものがゆらりと浮かび出てくる。ゆらゆらと数秒空間で揺れた後、それは瑞科目掛けて物凄いスピードで飛んできた。
「…………」
 迎える側となった瑞科はそれでも、まっすぐと前を見据えていた。冷静な表情をピクリとも動かさず、瞬きすらせずに、影を見つめている。
 両手に手にしていたナイフは全部で六本。彼女はそれを全て指の間に挟み込んでから、深呼吸を一度だけした。
 状況的には不利かと思わせる空気であったが、白鳥瑞科にとってはそれは『有り得ない』現実でもあった。


 続