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<東京怪談ノベル(シングル)>


穢れを知らぬ笑み2
 教会にて佇んでいる、一つの影がある。ステンドグラスの光がその影を照らし出すと、長い茶色の髪を持つグラマラスな女である事が分かった。
 瞳を閉じ祈りを捧げている姿はさながら一枚の絵画のようであり、見る者はそのあまりの美しさに息を呑む事であろう。神聖であり秀麗。それでいながらも、その豊満な肢体は人々を誘い、どこか背徳的な感情すらも孕ませる。
 彼女、白鳥瑞科を呼ぶ声が教会の中に響いた。長いまつげを揺らし、瑞科は瞼を開く。澄んだ青色の瞳は、自分が次に向かうべき場所を見やった。
 教会にある司令室。神父が、厳粛な面持ちでそこに立っている。彼は瑞科の姿を見やると、落ち着いた声音で告げた。
「任務です、シスター白鳥。教義に反する組織の拠点が分かりました。直ちにその場へと向かい、その組織を壊滅させてください」
「了解いたしましたわ、司令」
 恐らく、先日屠った悪魔達の拠点だろう。聡明な彼女はすぐにそれを察し、彼女が察した事に付き合いの長い神父は気付く。
 迷わず頷いた優秀な部下に、彼は笑みを返した。
「シスター白鳥、貴女に神の御加護があらんことを」

 ◆

 長い茶色の髪を風に遊ばせながら佇む彼女の顔は、自信に満ち溢れていた。
 凛と立つその姿は美しく、芸術品のようだ。彼女を飾る権利が存在するとしたら、世の富豪達はこぞってそれを求める事だろう。
 しかし、何人にも彼女を縛る事は出来ない。飾られているだけの退屈な人生などを、瑞科が求めるはずもない。
 第一、教会随一の実力を持つ彼女を飾っておくだけだなんて、世界にとってももったいのない事だろう。
 それに――

 小気味の良い音を立てて、膝まである編み上げのロングブーツが地面を叩く。
 ボディラインを浮き出させるように彼女の豊満な体を包み込む、ピッタリと張り付いた腰下まで深いスリットの入ったシスター服は、最先端の素材を使った戦闘用の特製のものだ。
 すらりと伸びた美脚は大きく晒され、太腿に食い込むニーソックスが彼女の色香を更に深みのあるものにしていた。
 純白のケープとヴェールが聖女の清らかさを彩る一方、コルセットが豊かな胸を強調し女性らしさにも華を添える。二の腕を覆うのは、白い布製の装飾があしらわれたロンググローブ。その上につけられた手首までの革製のグローブにも、同じく装飾がつけられている。
 綺麗なものには、刺や毒がある事が多い。彼女の姿はまさに、妖艶であり目に毒であった。
 女の手には、小型のナイフ。丁寧に手入れのされたその刃が、麗しい彼女の微笑みを映す。

 ――それに、瑞科の美しさは、戦場では更に引き立つのだ。

 彼女をまとう雰囲気が変わる。瑞科が動き始めた今この瞬間から、この場は戦場と化す。
 眼前にある目的の拠点に向かい、彼女は疾走。突然の襲来者に気付いた黒い翼を持つ異形達が、彼女を迎え撃とうする。しかし、遅い。そんな速度では、瑞科を止める事など夢のまた夢だ。
 彼女のしなやかな手がナイフを功みに操り、その切っ先は悪魔達の体に血の花を咲かせる。躍動感に溢れる動きで、息をつく間もなく彼女は悪魔に蹴り技を叩き込む。服から覗く色っぽい彼女の肢体が、血に濡れた戦場へと晒される。
「どうしまして? わたくしはこちらですわよ」
 悪魔が反撃しようとするが、その手は瑞科には届かない。純白のヴェールに汚れ一つつける事も叶わず、悪魔達は悔しげに歯噛みする。
 瑞科は、全ての攻撃を完全に読み、避けていた。それでいながらも、自分の攻撃は着実に決め、悪魔達の数を減らしていっている。圧倒的なまでの力の差が、彼女と悪魔達の間には在るのだ。
 増援を呼んだのか、場には次々と悪魔達が集まってきていた。多数の悪魔に対し、こちらは天使のように美しい女ただ一人。しかし、数えきれぬ程の異形に囲まれようとも、瑞科が退く事はない。
「あら、数だけはご立派ですのね」
 余裕の笑みを浮かべ、彼女は再度ナイフを構える。悪魔の放った魔術弾を軽々と弾き返し、瑞科は少しだけ残念そうに苦笑した。艶やかな唇が紡ぐ言葉には、落胆の色が混ざっている。
「全く、芸のない方達ですこと。これでは、今回もわたくしの独り舞台ですわ」
 音もなく距離をつめ、彼女は悪魔に回し蹴りを浴びせる。スリットから覗く太腿が、彼らの視線をさらった。彼女の美しい笑みを前にすると、悪魔達はまるで心臓を掴まれているかのような錯覚に陥る。彼女の魅力は、異形すらも惑わすのだ。
「さて、次はどなたでして?」
 闇雲に近付いても無駄だという事に気付いたのだろう。数体の悪魔が、離れたところから弓を構え彼女に狙いを定める。
 しかじ、放たれた矢は瑞科に届く事はなく、彼女の手から放たれた電撃に撃ち落とされた。彼女は近接格闘術だけではなく、電撃を操る術も持っているのだ。
 遠くから狙おうが、近付こうが、瑞科に傷をつける事は容易な事ではない。否、この悪魔達の力では、不可能であった。
 服を身にまとっていても隠し切れぬ色気を振りまきながら、聖女は戦場を駆ける。一体、また一体と敵を屠りながら、彼女はその圧倒的な鮮やかさと強さを、彼らに知らしめていく。
 鬼神の如き力を持つ、女神のような外見の、神に仕える女。白鳥瑞科にとっては、どれだけ数が増えようとも、悪魔など敵ではなかった。