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deep mission 2
その施設は一見すると普通の研究所のような建物であった。
外観も白一色の壁とミラーガラスが特徴的な作りで『技術研究センター』という大きな文字も冠している。
一般企業と変わりの無いように見えるその施設の裏手に秘密の入り口がある。草木に囲まれた人目につきにくいそれは、地下に繋がる扉であった。
時刻は十六時過ぎ。日本でいうところの逢魔が時の頃合いである今の時間帯は、昼と夜が交じり合う絶妙な薄くらさを生み出す。それゆえに昔から不吉な時間帯と言われている。明るいのか暗いのか一瞬それらの判断が出来にくいタイミングが生まれるこの時間帯に、IO2エージェント達の突入が開始された。
斥候の班が先に配置され、ルートを抑えたポイントから数人が侵入していく。
フェイトとクレイグも同様に、示されたポイントから突入の合図とともにその研究所内へと入り込んだ。
誘導灯しか灯されてない暗く長い廊下。銃を構えつつ暫く進んでいくと、前方から小さな赤い光が見えた。
「ストップだ、フェイト。何かいる」
「…………」
クレイグの左手によって、フェイトの体は前を進むことを一度止めた。それに僅かに眉根を寄せた彼だったが、すぐに冷静な表情に戻して姿勢を正す。
「こういう時には俺の能力の出番だろ?」
「……光が増えた。四つだ」
小さな赤い光はフェイトの言うとおりに二つから四つに増えた。
それを踏まえてからクレイグが【ナイトビジョン】を発動させてそれを視る。暗闇や今のような暗所などで役に立つ彼の『視る力』の一つだった。
「――ありゃぁ、向こうからの歓迎の一種だな。犬……狼、か?」
クレイグの視力が捕らえたものは犬の影だった。赤い光はそれらの目の光だったらしい。
「くるぞ、フェイ――」
――ドンッ。
クレイグの頬をかすめる距離で、躊躇いもなく引き金が引かれた。
隣に立っていたフェイトが撃ったのである。弾は見事に命中し、前方で一体が倒れこむ。
クレイグは僅かに焦りの表情を見せて、フェイトを見た。
フェイトはいつもと変わりなかった。――否、いつもより冷たい目をしていた。
ゆらゆらとしていた緑色の目に光は宿っておらず、ただひたすら敵を見据えている。
そしてまた、言葉もなく引き金を引いた。三発続けてであった。
「…………」
クレイグは一発打つごとに一歩を進むフェイトの姿を見ながら、ごくりと静かに息を呑む。
「進むよ、ナイトウォーカー」
「あ、あぁ……」
その場に居た四体の犬らしき影は、フェイトの弾丸に全て沈められていた。
横目で確認しながら彼らは先の見えない一本道を進んだ。
「……犬にしちゃ色々規格外だったな。なんだ、あれ?」
「ここで作られている特殊な増強剤の一つだよ。きっとあの犬達も実験体だったんだ。本来の何倍もの力を得られるけど、最後には体が耐えられなくなる」
「詳しいな」
「【虚無】の資料はいくらでも存在するだろ」
そんな会話を続けながらの進行だった。
普通の会話のようであって『そう』ではない流れに、クレイグは眉根を寄せる。
突入前――その少し前から、フェイトは様子がおかしかった。
それはどんどん悪化していってるように思えて、内心で焦りを感じ始めているのだ。
――たとえ何が起ころうとも、お前がフェイトを守れ。
老エージェントに言われた響きが蘇る。
『何が』、とは『何』なのだろうか。
「っ、……フェイト!」
十字路になっている通路を通り過ぎようとした所で、横手から迫る影を見たクレイグはフェイトの名を呼びながら腕を伸ばして銃を打つ。左腕はそれより早く動いていたフェイトの肩を掴んで、自分へと引き寄せた後であった。
傍らでドサリと音を立てて沈み込むのは、先ほどと同じ強化された犬だ。
「……大丈夫か、ユウタ」
「うん……あり、がとう……」
フェイトの体を腕の中に収めたままでそう問いかければ、彼は小さく震えていた。
クレイグが思わずエージェントネームではなく本名で呼んでしまったことすらも、今のフェイトには正す余裕すら見受けられない。
はぁ、と上を向きながらクレイグは息を吐く。
そして神経を研ぎ澄まし耳に捕らえた足音に向かって、彼は銃を向けた。
青白く光る弾が二発。
それらは見事に命中し、暗闇の向こうで『二体』が落ちる音がした。
「今更だが、こっちの動き見られてるなぁ。俺達が来ることも粗方予想済みだったんだろうな」
「…………」
クレイグの言葉に、フェイトは応えなかった。
応えられなかったのだ。
フェイトは自分の呼吸を整えるのと、集中することだけで精一杯のようであった。顔色もあまり良いものとは言えない。
敵を目の前にするたび、奥へと進むたびに脈打つのはフェイトの鼓動。
大きく音を立ててドクンと跳ねるそれは、うるさいと感じるほどだった。
まるで、思い出せ、と言わんばかりの――。
「ユウタ、大丈夫だ」
「……、……」
クレイグの声が耳元に降りてきた。
じわりと染み入るような優しい声音。頭を抱き込んでくれている大きな手。その指がさらりとフェイトの黒髪を梳いて、ゆっくりと撫でてくれる。
「クレイ……」
「大丈夫だ、俺がついてる。どんな時だって、俺がお前を守ってやるよ」
不思議とざわつく心が落ち着いていく。
クレイグの声がそうさせたのか、仕草にほっとしたのかはわからない。でも今は、どちらでも構わないと思った。
――クレイグが、側に居てくれれば。
「さて、ここは真っ直ぐだな。他のポイントの奴ら、大丈夫かねぇ」
彼は立体マップを呼び出しながら改めての位置確認をしてそう言った。
マップは彼らから真っ直ぐの印を示している。その先に一つの部屋があるらしく、まずは進めということらしい。
「ついでだし、ここで弾の補充しとくか」
「う、うん……」
マップを仕舞いつつ、クレイグはフェイトにそう促す。
するとフェイトは少しだけ照れたようにして俯いて、自分の銃の弾の補充をし始めた。
クレイグはナイトビジョンを使い前方と後方を確認している。彼はフェイトの後に補充を行うつもりらしい。
「……ナイト……いや、クレイグ」
クレイグを呼ぶことに珍しくの躊躇いを見せつつ、フェイトが改めて口を開いた。今のうちに、と思ったらしい。
「俺……小さい頃、ここと同じような施設に、居たことがあるんだ」
「…………っ」
静かに言葉を続けると、さすがのクレイグも返事のための声音を詰まらせた。無理もない。
動揺しているかのようなクレイグを上目に、フェイトは小さく笑みを作ってからまた言葉を続けた。
「奴らは研究熱心でね。……ここの犬もそうだけど、俺も似たような事をされた。実験研究っていう名目で、色んな事を強要された。俺の目の色、変わってるだろ? これもその時の名残なんだ」
ガシャン、と銃のグリップ底が仕舞われる音が響いた。一つ目の銃の補充が終わったらしい。
クレイグはそれを確認しつつ、フェイトの顔を覗きこんでくる。彼を心配しているのだろう。
「……何でこのタイミングで俺に打ち明けた?」
「クレイは勘が良いから、そろそろ気づいてるだろうと思って。……グランパに何か言われてただろ?」
「お前はレッドの言葉の意味を?」
「大体、解ってるよ。グランパは俺の『監視役』でもあるからね」
至近距離で交わす言葉に湿り気が無い。
それが何故かとても悲しい物に思えて、クレイグの表情が厳しくなった。
フェイトはそんな彼を見て、自嘲する。
下瞼の頬が、ビクリ、と揺れた。
「クレイグ。……もしもこの先、俺に『何か』あったら……」
「それ以上、言うな」
「聞いて欲しい。正直、もうこれ以上の自信が無いんだ。だから……」
「――だから俺がいるんだろ、ユウタ」
半ば、フェイトの言葉を遮るような勢いでの、クレイグの声が響いた。
彼はそう言いながら手早く自分の銃の補充を終えて、ニヤリと笑った。
「クレイ」
「俺を甘く見るなよ? 何のためにお前の傍にいると思ってる」
クレイグは再びフェイトを片腕で抱きしめる。
腕の強さと安心できる体温に、フェイトは思わず目を細めた。
出来るならずっと、この位置で――。
そう思った直後、二人の無線にジジッと音が走った。
〈こちらグループB。三人やられた。とにかく犬が多い……うわぁっ!〉
「!!」
クレイグもフェイトもそれぞれに無線のある耳に手をやり、顔色を変えた。
無線の向こうで嫌な音がする。
そしてそれはノイズに変わり、ブツンと大きな音を立てて通信を終えた。
すると別の入電があり、クレイグはいち早く反応する。
〈――フェイト、ナイトウォーカー、無事か〉
「ああ、今のところは何の問題もない」
〈既に全体の三分の一が負傷している。無茶はするなよ〉
「了解」
声の主はあの老エージェントのものだった。
どうやら向こうでも苦戦を強いられているらしい。
そんな中で、どうやってフェイトを監視するのか。
そう思ったのは、クレイグだった。
そもそも『監視』とはどういう事だと彼は考えながら苦笑もする。
「……ナイト!」
「ああ、見えてる」
前方から迫ってくる気配を感じて、フェイトが腕を上げた。
それを制するようにして、クレイグが右腕を伸ばす。
「埒が明かなくなってきたな。とりあえず進むぞ、フェイト」
「うん」
ドン、と一発。
クレイグが打ったそれは前方で弾けて、直後にドサリと音がした。
二人は既に駆け出していて、その落ちた個体を見ずに前へと進む。
次から次へと襲い掛かってくる敵。
それらを的確に落としつつも、フェイトの表情は徐々に厳しくなっていく。
過去の忌まわしい記憶が今の彼を揺さぶり続けているのだ。
――もういっその事、全てを蹴散らしてしまえばいい。
脳内で誰かが囁いた。
――自分に向かってくるモノ。邪魔な存在を全て。
「ユウタ」
「!」
瞳の色が曖昧な揺らめきを見せた所で、クレイグの声が飛んできた。
その声音はフェイトの意識にすんありと入り込んで、不安を吹き飛ばす。
「……今は、『フェイト』だろ。『ナイトウォーカー』」
それを言えるほどの余裕を与えてくれるクレイグに、フェイトは素直に感謝した。
「辛かったらいつでも俺に寄り掛かれ。守りながらの戦いってのも悪くない」
「そんなに弱いつもりはないよ、大丈夫」
軽い口調での会話を続けて、二人は前を進む。
暫く走った先に見えたのは、一つの鉄の扉だった。二人は目配せで扉の両側に体を添わせて、フェイトがカード式のキーを銃で壊した。
ピー、と小さな音を立てて、扉が開く。
フェイトもクレイグも、銃を構えて大きく息を吸った。
「……こちらナイトウォーカー。Cポイントの部屋に突入する」
〈了解〉
部屋に進入する直前で、クレイグが無線に向かってそう言った。
そして片腕を上げて、フェイトに合図をする。二人はほぼ同時にその扉の向こうへと駆け込んだ。
「…………!!」
視界に飛び込んできた光景に、フェイトが瞠目する。
薄暗い空間の中、青や緑の淡い光がうっすらと地面から漏れているように光る。
ボゥ……と浮かび上がるように見えるものがあった。それも一つだけではない。
「……フェイト、これって……」
クレイグが信じられないというような表情でそう言う。
彼は【ナイトビジョン】を使い続けているので、この場でもクリアにその光景が見えてしまうらしい。
動物の類ではなく、人のそれ。
大きな檻に入れられた彼らたちは、男女の区別もつかず髪も伸び放題で袖のない検査服を着せられているのみであった。そこにいるのは紛れも無く、『人間』である。
「うぅ……」
「……あぁ……」
前方からそんな声らしき音が聞こえてきた。苦しそうな声だった。
クレイグたちを虚ろな瞳で捉えると、彼らは鉄格子を掴んでガシャガシャと音を立てて唸り立てる。
どんな目にあってきたのか、どのような実験をその体にされてきたのか。
クレイグには想像も出来なかったが、それでも腹の底で何かが熱を帯びるのを感じる。
「こんな……こんなひでぇ事を、お前も……?」
そう言うクレイグの顔をフェイトがゆっくりと見上げれば、彼は額から頬に掛けて汗をかいていた。
唇は引き伸ばされていて、ギリ、と歯がこすれ合う音が大きく響く。
動揺と、怒りの感情が湧き上がる。
「……ク、レイ……」
隣でそれを感じたフェイトだったが、彼自身も酷い汗をかいていてそれ以上を繋ぐことが出来ない。
――ヴィーッ。
そんな電子音が頭上で響いた。
一瞬だけそれに気を取られた直後、ガシャン、と鉄が地面に打ち付けられる音がして、二人は前方を改めて見た。
「ナイト……」
「ああ、わかってる。さっきの犬たちとは桁違い……弱点は固い皮膚の先だ」
クレイグが左手を差し出し手のひらを向こうに広げてから横に引いてみせた。【スライド】の能力だ。
前方の人影が動き出す。
先ほどの音は何かの合図で、その後鉄格子が外れて中から閉じ込められていた人たちが出てきたのだ。
要するに、クレイグとフェイトの行動はどこかから見られているのだろう。
『それ』を探して、クレイグは周囲を素早く見回す。ごちゃごちゃとしている機械の向こう、監視カメラを見つけて、彼はそれ目掛けて銃を打った。
「今更だが、見られ続けられるよりはマシだろ」
「ナイト、来る!!」
フェイトが一歩下がってクレイグの背中にどん、とぶつかりつつ両腕を上げた。そして半ば叫びに近い声でそう言って、両手に収まる銃の引き金を引く。
クレイグもそれと同時にまた引き金を引いた。
相手は人の動きとは思えないほどの足の早さとジャンプ力があった。スライドで予めを見たとはいえ、クレイグは彼らの動きに戸惑いを見せる。
四発打って二発が外れた。当たったほうも僅かに彼らの動きを鈍らせただけで、沈めることが出来なかった。
さすがに焦りが生まれる。
「こりゃぁ……」
と言葉を漏らして浅く笑ってはいるが、余裕は皆無だ。
クレイグは懐から別の銃を取り出してそれを敵に向けた。実弾が入ったリボルバーだった。
オートマチック式とは違って六発しか打てないが彼は弾の威力に期待を掛けた。
一発目は足に向けた。急所ではなく少しでも弾が入り込みそうな部位を狙ったのだ。
「アァァ……ッ!!」
相手は痛そうに一度体を丸めた。そこを狙って、彼は二発目を打つ。次は手の甲を狙った。それも命中した。
だが。
「……っ、ナイト!!」
左腕が開いていたクレイグは、横から迫ってくる別の個体にそれを狙われた。
大きく開いたとても人とは思えない牙の生えた口が、彼の左手をバクリっと咥え込む。
「クレイ……ッ」
「おっと、今は『ナイトウォーカー』だろ?」
フェイトが表情を歪ませながら彼の名を呼ぶ。するとクレイグは口の端だけで笑って、左の銃の引き金を引いた。
近接していただけあって、膨らんで爆発するブラスト弾がよく効いた。噛み付いてきた口の中で弾けたそれに、相手は仰け反り転がり始める。
一体は地に落ちたが、安堵は出来なかった。
この空間の中、クレイグとフェイトを取り囲むようにして既に数十人の人影が見える。
状況から言えば、絶体絶命な状態であった。
「んー、八方ふさがりだな、こりゃ」
クレイグは軽い口調であった。それでも視線は冷ややかで、瞬時に出口までの距離を測る。
次に横目でフェイトを見た。
彼は顔面蒼白になりながらも、銃を構え続けている。
「はぁ……」
わざとらしくため息を漏らす。
そして。
「えっ……!?」
フェイトの視界がいきなり揺れた。
腕を捕まれ遠心力でクレイグが立っていた位置から体を投げられたのだ。
「――ほら、邪魔すんじゃねぇよ。俺の『運命』に触れるな」
クレイグはフェイトの傍の個体を手早く銃で牽制した。二発をそれぞれに打って、僅かであるが動きを止める。
「クレイ……!?」
「そのまま走って表に出ろ、フェイト!!」
するり、と人の輪から抜け出せたフェイトは、クレイグの言葉に瞠目した。
そしてゆっくりと顔を上げて彼を見やれば、自嘲気味に笑うクレイグの表情が見える。
「早く行け。ここは俺で何とかする」
「……そ、んな……出来るわけっ」
「いいから行けッ!!」
クレイグの怒号に、全身が震えた。
直後、彼に向かって人影が一斉に飛びかかる光景を目にする。
数発の銃の音が聞こえたが、クレイグの姿は一瞬にして見えなくなった。
こんな。こんな所で、彼を――。
そう思った瞬間、ぐらりと視界が歪む。
「――――ッ」
フェイトが唇を強く噛んだ。
直後、チリ……と電気が走ったかのように、青いオーラのようなものが浮かび上がる。
足元に落ちる二つの銃。直後に握りこまれる拳。
自分の体を抱くようにして背中を丸めたフェイトは、次の瞬間にはそのオーラを放つようにして叫び声を上げた。
「うわああぁぁぁ……ッ!!」
ぶわっ、とフェイトの全身が青白く光る。
それに気づいて、人影はゆらりとこちらを向いた。
彼の周囲に次々と生まれるモノがあった。彼の能力を形にした武器の一つである。青く光るそれは槍状へと姿を変え、無数に人影へと打ち込まれていく。
『念の槍』と呼ばれるそれの威力は凄まじいものであった。
どんなに強化された体でも、次々と突き刺してしまえる力だった。
――過去、似たような事があった。
あの時も彼は、無数に囲まれた『敵』を目の前にしていた。
極限にまで追い詰められた状態で、襲い掛かってくるそれらを今と同じようにして地に落とす。
繰り返し、繰り返し。
次の瞬間にはいくつもの動かぬモノが足元にあり、そのたびに『勇太』は絶望した。
おぞましい記憶の欠片だ。
「は……はぁ……っ」
フェイトの肩が震えた。
ある程度の能力を放出して、呼吸を整えているのだ。
両膝がガクガクと震えていた。
それを抑えようと手を添えても、治まらない。
呼吸も鼓動も、歪む。早く鎮めてしまいたいのだが、こればかりはどうしようもなかった。
「しっかりするんだ、フェイト……ッ」
ぎゅ、と膝を握りしめて、自分を叱咤する。
心を強くしろ。全てをコントロールしろ、と内心で繰り返して言い聞かせた。
――まだ、ドクン、ドクン、と鼓動が煩いままだった。
このままこの空間で同じようなことがまた起これば、自分はどうなってしまうのだろう。
言い知れぬ恐怖感にぎゅ、と目を閉じるとその向こうに浮かぶのは『グランパ』の姿だった。
彼が自分に向かって銃を向けている。そんな光景が容易に想像出来てしまう。
「フェイト」
「!」
間近でそんな声が聞こえて、勢い良く瞼を開いた。
良く知る声に、フェイトは顔を上げられずにいる。
「大丈夫か?」
声は変わらず優しい音であった。
フェイトの視界が歪む。
「ナイト……」
「全部、なんとなく理解したよ。凄いな、お前のその力」
改めてのその言葉に、フェイトは顔を歪ませた。
彼は――クレイグも『怖い』と思うのだろうか? 自分を『化け物』だと感じただろうか?
そんな考えが過って、ふらりと一歩後ずさる。
「おっと、その体勢じゃ危ないぜ」
「……クレイ」
クレイグはいつもと同じようにフェイトへと歩み寄って、右腕を差し出してきた。
そして当たり前のようにフェイトを支えて、ゆっくりと上体を元に戻してやる。
「なんて顔してんだよ、ユウタ」
「だって……俺は、俺も……あいつらみたいに、化け物で……っ」
視界が歪んだ。
クレイグの困ったような笑顔を見ていると、自然と涙が溢れてくる。
「お前は何にも変わっちゃいねぇよ。俺の好きなユウタだ」
「……クレイ……ッ」
優しい言葉に、フェイトは思わず彼に抱きついた。
クレイグは静かに笑って、背中に腕を回してくれる。
「……お前はお前だ。フェイトでありユウタだ。それ以上でも以下でもねぇし、俺がお前を守ることも変わらねぇ」
「う、ん……ありがとう……」
クレイグは傷だらけであった。
あれだけ無数の人に飛びかかられたのだ、無傷ではいられなかっただろう。むしろ満身創痍と言ってしまったほうが今はしっくりとするほどだった。
そんな彼の腕の中で、フェイトは静かに頬を濡らす。
この空間が暗いことも手伝って、素直な感情の吐露でもあった。
安心できるクレイグの右腕。
僅かな時間の中で、フェイトは静かに瞳を閉じた。
「――させねぇよ、誰にも。俺がどうなっても、ユウタは誰にも触れさせない。レッドにだってな」
フェイトを抱き込みながらそう言うクレイグの言葉には、冗談の意味は一切含まれては居なかった。
黒髪にふわりと唇を押し付けて、フェイトと同じように一度目を閉じる。
そして再び開かれたクレイグの瞳は、氷のように冷たい煌めきが宿っていた。
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