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<東京怪談ノベル(シングル)>


殲滅のコンダクター―潜入

都心より数百キロ離れた山間の村に、彼らは潜伏していた。
無数に建てられた学校の体育館並みのプレハブ小屋。
その間を行き交う人間たちと数台のトラックをスコープ越しに確認すると、シートに身を沈めると、それに応えるように愛車を走らせた。

 話は3時間前に遡る。
―山間部の村がテロリストたちに占拠され、村人たちが人質にされている。
上官から告げられた情報に琴美は数瞬、呆気にとられ、すぐに表情を引き締めた。
「以前から不穏な動きのあった企業だったんだが、最近になって彼らが裏で糸を引いていると判断された過激活動が多発したのを不審に思い、調査した結果だ」
大きく息を吐き出し、上官はソファーに深く座り込むと、天を仰いだ。
調査結果は最悪だった。
反政府・反社会を掲げ、海外でいくつもの事件を起こしたテロリストを招き入れ、自らが抱える武装組織に組み込んだ偽装貿易会社。
凶悪さを増した彼らは人目に付きやすい都心を避け、訓練施設と拠点を兼ねた場所を求め、何の罪もない素朴でのどかな山間の小さな村に押しかけ、占拠した。
しかも女子供をいの一番に人質にとり、老若を問わず、下僕のごとく無理やり働かせていると。
「人間の風上に置けない連中ですわね」
「全くだ。こういった輩にはきっついお仕置きをして、社会の常識を叩き込んでやるのが一番だ」
不快感を露わにする琴美に上官は凶悪をにじませた聖人の笑顔で微笑んだ。
こういう笑みを浮かべた上官の怒りは並大抵ではないことを琴美は十分に承知していた。
「手加減・慈悲は一切無用。村人たちを無傷で保護、解放したのち、組織は徹底殲滅。誰一人とも逃がすな」
「了解しました。彼らの痕跡も髪の毛一筋も残さず消し去ってきます」
上官に負けず劣らず、背筋が冷たくなるような笑顔で琴美は敬礼すると、軽やかな足取りで身を翻した。

スコープ越しに見えた村は本当にのどかで素朴な山間の村で、過激派を名乗る愚かな集団が占拠していい場所ではない。
ふつふつと沸き起こる怒りを押し殺し、琴美は手早く戦闘服を身に纏う。
革製のグローブをきつく嵌め、ロングブーツを高らかに鳴らすと、愛車を山道の脇に隠し、鬱蒼とした森の中に身を翻した。
不格好なまで大きいライフル銃を肩に背負い、迷彩服姿の男たちはあくびを噛み殺しながら、閑散とした村の中を巡回する。
制圧―否、愚民どもから解放した拠点は都心から数百キロ離れた田舎で、これといった娯楽はない。
上層部はひたすら会議を繰り返し、一般兵にはサバイバル訓練―山の中を駆け回り、食物を見つけ、生き延びること―のみ科してくるので面白みに欠ける。
先日、都心最大の港湾で取引をし、最新鋭の銃器を手に入れ、海外から歴戦の勇士を指揮官として招き入れたのだ。
ここで一気に仕掛けるべきだと、一般兵の男たちの誰もがそう思っていた。
愚かで無能な政府を打倒し、新たなる政府を立ち上げる真の革命を打ち立てる。
悪の政府から解放された人々から称えられ、英雄と呼ばれることを夢想する。
そんな連中を古い物置小屋から暗いまなざしで睨んでいる数人の少年たち。
「暇そうだよな。間抜け面晒してさ」
「あんな奴ら、どうにか追い出せないかな?あいつらのせいでうちの畑がめちゃめちゃだ」
「俺だって同じだ。牧場の牛や鶏、全部取られたんだぞ!じいちゃんがどんだけ悔しかったと思ってんだ」
「でも、どうする?追い出すったって、向こうは銃持ってんだぞ?」
相手に気づかれぬように、息をひそめ、物陰に隠れて話し合う少年たち。この春に中学に上がったばかりで、幼さが目立つが、故郷である村への思いは大人たち以上に強い。
ほんの二週間前、突然押しかけてきた異邦人―過剰武装した男たちによって、平穏な村の生活は一変した。
学校は男たちの手によってアジトに変えられ、手にした銃器に村人たちは脅され、昼夜問わずに働かされて、倒れる者が続出している。
子ども、という理由で見逃されてはいるが、いずれは奴隷扱いだ。
―何とかこの状況を打破したい!
幼い正義感と義憤に駆られ、少年たちは大人たちが気にも止めない古い物置小屋に集まって話し合っていたが、今日まで良い手は浮かばなかった。
 いや、一つだけ彼らは手を打っていた。
 可能性は限りなく低いだろうが、思いついた中では最も確実で最も有効な手段。誰かが武装集団に気づかれぬように、街まで助けを求めに行く―という手段。
 あの日、やつらが村を占拠した最中、たまたま沢へ降りていた小学生の兄弟がいた。
 村人の人数を確認していた連中に気づかれなかったことから、村人しか知らない山道を使って、街へ駆けていった。
 うまくいったのか分からないが、それだけが唯一の頼りだ。
「結局、愚痴だけだよな、俺たち」
「あいつ、無事着いたかな?」
「でもちゃんと信じてもらえるか。ただの家出、って思われないか?」
「そうだよ。警察の」
「警察がなんだって?」
突如、古びた小屋の扉が破られ、室内に強烈な日の光が差し込む。
まぶしそうに眼を細め、手をかざす少年たちの前に現れたのは、数人の男たち。
 太陽を背にしているため、表情までは分からないが、その肩に担いだライフルが誰であるかを物語っていた。
 「うわぁぁぁぁ!!」
 悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す少年たちを男たちは容赦なく銃を振り回して、殴り飛ばす。
 逃げ回る子供を捕まえるなど、鍛え上げている男たちにとって容易く、暇つぶしのゲームのように追い立てて回す。
 「おらおら、早く逃げねーとあっぶないぞ?」
 「そーら、逃げろ逃げろ」
 笑いながら空砲を撃ってくる男たちに対し、少年たちは必死になって逃げた。
 捕まった仲間が3〜4人。逃げている自分たちも捕まった後、楯突いたという理由で、殴る蹴るの暴行を受けるのは確実だ。
 そんな目に遭いたくはないし、遭わせたくない。なら、捕まらないよう必死で逃げ回るしか道はなかった。
だが、力の差は歴然で、少年の背よりも遥かにでかい背丈の男が面白そうに手を伸ばしてくる。
「おーら、捕まえた」
 手近にいた少年の襟首を掴み、引き上げた瞬間、男の視界が反転した。
「子供相手に何をしますの?恥を知りなさい」
涼やかな女の声が聞こえたと同時に強烈な激痛が走り、男は意識を手放した。
「あら、だらしがないこと」
くすりと笑いながら、女―琴美は額にかかった髪を払うと、少年たちを背にかばい、男たちを向き合った。

見えない何かに圧せられるように、男たちはその場から一歩も動かない。否、動けなかった。
 まるで重力がないかのように、樫の大樹からふわりと舞い落ちたかと思うと、軽い動きで仲間の足をはじき飛ばし、容赦なくその首筋に手刀を決めてくれた女。
 半袖丈の着物に帯を巻きつけた上着に身体にフィットした黒のインナーを纏い、ミニのプリーツスカートを履き、すらりと伸びた足は編上げのブーツで固めている。
 ちらりと覗いた太腿は黒いスパッツに覆われ、数本のクナイがくくりつけられていた。
 それを見た瞬間、目の前にいる女―琴美が並の人間ではなく、その実力が自分たちよりも遥か上であることも気づいた。
 「子供相手に追いかけっことは大したテロリストですこと……そんな方たちには、容赦入りませんわね」
 彼らと相対した琴美はにこりと笑いかけると、地を軽く蹴った。
 そのわずかな動きで一気に間合いを詰めてくる琴美に男たちは慌てふためき、反撃に転じようとするが敵わない。
 鋭く、全体重を乗せた拳が正確に男たちの鳩尾を貫き、どうにか反撃に転じて、殴り掛かってきた男の一撃を寸前でかわすと、勢いを殺すことなく身体をひねり、その横面に強烈な蹴りを食らわせる。
一瞬、顔面が変形し、そのまま大きくバウンドして転がっていく男を無視し、琴美はヤケクソとばかりに首を絞めてきた男の腕を掴むと、身を沈めて拘束を解くと、思い切り転がっていった男の仲間めがけて投げ飛ばす。
 時間にして、わずか数秒。
 追いかけてきた男たちが全員地に這いつくばったのを目撃した少年たちは尊敬と憧れの熱いまなざしを琴美に向けた。
 軽く手を叩いていた琴美は少年たちの視線に気づき、笑いかけた。
「この村の子たちね。危ないから、どこかに隠れていなさい。すぐ終わるから」
艶やかに笑って、優雅な足取りで村に向かっていく琴美の背を少年たちはまっすぐに見つめた。