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<東京怪談ノベル(シングル)>


殲滅のコンダクター―解放

緊張しきった表情で鬱蒼とした森の中を駆けながら部隊長は小さく舌を打った。
小屋に隠れていた子供たちを追い立ていった馬鹿な一般兵達が巡回の時間になっても戻らず、探し回って見つけたのは、白目をむいて倒れ伏した姿。しかも、ご丁寧に銃器を全て潰されていた。
それを目の当たりにした瞬間、背筋に冷たいものが流れ落ちていくのを感じた。
並外れた戦闘能力を有し、武器を使用不能にできるだけの知識を持つ者。
そんな奴らが、この平和ボケを起こしている国にいるとは考えにくかったが、ふと脳裏によぎったのは、ある噂。
名だたる過激派テロ集団や武装集団を、たった一人で壊滅させた驚異のエージェントの存在―自衛隊が誇る特務部隊隊員。
奴に目をつけられて逃げ切った集団・組織は存在しない、と呼ばれる最強の戦士。
ただの都市伝説だろ、と笑い飛ばしていた昔の自分を部隊長は思い切り殴り飛ばしてやりたい気分だった。
怠け者の一般兵とはいえ、過酷と言われる訓練を突破してきた兵士が全く無駄のない、ただの一撃で倒されていたのだ。
にわかに噂のエージェントが存在感を増し、もし、そいつが自分たちを潰しに来たというなら、すでに本拠地である村に侵入した可能性は高い。
慌てて来た道を引き返し、山道を駆け下りてはいるものの、妙に小石やら木の枝やらが散らばって走りづらい。
一瞬、愚かな村の少年たちの仕業かと思ったが、倒された部下たちの姿を思いだし、即座にその考えを打ち消した。
倒された部下たちの状況を考えて、少年たちをいたぶっていたところを襲われたのだろう。その際、救われた少年たちがエージェントを助けるために、ささやかな嫌がらせをしたのだと。
「全く忌々しい……崇高な理想を持ち、それを実現させんとしている俺たちの邪魔をするなど……言語道断だ!」
山道をようやく抜け、肩で荒く息をつきながら、村を眺めると部下を探しに行った時とそれほど変化はない。
銃を背負い、油断なく警備をしている一般兵たち。次の計画のためにトラックへと荷物を積み込んでいる補給兵たち。それを支持している上官たちの姿。
それを認め、部隊長は安堵の息を零すと気を引き締め、この情報を伝えねば、と森を出ようとした瞬間、首筋に突き抜けるような激痛が走り抜けた。
「ずいぶんと身勝手な論理を振りかざすことですわ。聞いていて、不愉快なことこの上ありません」
ふわりと聞こえる柔らかな女の声。
朦朧としてくる意識、にじむ視界は捉えたのは離れていく編上げのロングブーツ。
気配など全く感じなかった、と思うと同時にぞっとした。
自分たちはとんでもない化け物に目をつけられた、と。

優雅な足取りで近寄ってくる人物を発見した瞬間、兵士たちの顔には緊張が走り抜けた。
大部隊を指揮する侵入者かと思ったのだが、その姿をはっきりと捉えると、一気に下卑た笑みへと変化する。
それもそのはず。逆光を背に現れたのは、豊満で色っぽい肢体を強調するかのようにフットした黒のインナーに半袖丈の着物を上着にし、しなやかな太ももが覗くミニのプリーツスカートを纏った一人の女。
細い脚は膝まで編み上げたロングブーツで覆い、白魚を思わせる両手は黒のグローブで固めている。
はっきり言えば、かなりのいい女―というのが、大半の思考。
だが、ごくわずかな―真に実力を持つ者たちは息を詰めるほどのプレッシャーを感じ取り、ただ者と察していた。
「よぅ、姉ちゃん。ここに何の用だ?」
「ここは俺たち、選ばれた兵士によって解放された地。お前みたいな女が来るところじゃないんだよ」
「バッ……やめろ!!」
下心丸出しの笑みを浮かべ、銃も持たずに女に近づく二人の一般兵に銃を構えた別の―その実力に気づいた兵が慌てて制するが間に合わなかった。
「カンの良い方もいらっしゃるんですね」
おっとりとした女―琴美の声が響いた瞬間、近づいた一般兵二人の身体が音もなく崩れ落ちたのを目撃する。

ほんの数秒の出来事だった。
不用意に肩を掴み、引き寄せようとした体の大きい一般兵を、逆に腕を軽く掴むと、重力を無視したように琴美は軽々と背後に放り投げ、何が起こったか分からず、間抜けた顔をさらすもう一人の一般兵の懐に滑り込む。
にこりと蠱惑的に笑う琴美を間近で見た一般兵は、研ぎ澄まされた刃のような瞳に震え上がった瞬間、みぞおちに激痛が走り、呆気なく意識を手放した。
「あら、呆気ない」
「ふざけるな!体格差2倍の男を投げて隙を作り、あっさりと懐に潜り込んだそいつは急所を獲物で落としたくせに」
楽しそうに笑っていた琴美だが、怒り狂った兵士の言葉にふっと表情を引き締めた。
時代錯誤の戦闘狂集団化と思ったが、小粒だが、なかなかの眼力を持っていると感心する。
先に倒した二人は本当に大したことはないが、こちらは実力者と判断した。
あの一瞬で琴美が袖に隠していたクナイの柄でみぞおちを殴ったのを見抜いたのだから、少々手加減なしでいくべき、と。
「良い目を持っていますのね……残念ですわ。それだけの能力を正しく使わないなんて間違っていますわ」
静かに闘志を燃やすと、琴美は軽く地を蹴った。
間合いを詰めてくる琴美に一般兵たちは自らを鼓舞するかのように、雄叫びを上げ、迎え撃つ。
整列した狙撃部隊が琴美に向かって一斉掃射を放つも、軽くダンスのステップを踏むように銃弾を全てかわすと、太ももに括り付けてあったクナイを狙い済ませ、正確に銃口を潰すと、距離を詰める。
一気に狙撃部隊の一人に狙いをつけると、その銃を思い切りよく蹴り飛ばし、無防備になった瞬間を外さず、その腹に鋭い拳をえぐり込ませた。
短い声を上げて崩れ落ちる仲間の姿を目の当たりにし、恐慌状態に陥った一般兵たちがたった一人の侵入者に殺到し、暴れ狂う。
敵も味方も関係なく暴れ狂う兵士たちを琴美は一歩も引くことなく倒していく。
しなやかな足からくり出される強烈で破壊力のある蹴りに吹っ飛ぶ大男たち。
背後から琴美の後頭部を狙ってきた一般兵の気配を感じとり、素早く身を反転させると、その勢いを乗せて拳を肥えきった腹にえぐり込ませ、数人の兵たちを巻き込んで倒れていく。
数十人を相手に驚異的な動きを見せる琴美の姿に騒ぎを聞きつけて、ようやく駆け付けた上層部たちはその圧倒的な強さにぞっとした。
まるで全身に高性能なセンサーがついているかのように、兵たちの攻撃を全てかわし、反撃する。
実力の違いは明らかだった。相手の格があまりにも違いすぎた。
「このままでは危険です、リーダー。あの女……強すぎる」
後方で混乱を治めようとしていた部隊長の一人が呆然と立ちすくむリーダーに気づいて声を掛け、喘ぐように指示を求めた。
ああ、と乾いた声を上げ、再度リーダーは乱戦を制しつつある琴美を見て、情けなくも及び腰になる。
「て……撤退だ。あんな化け物、敵うわけがない!!」
華麗に舞う琴美を指さし、引きつった声で叫ぶや否や、リーダーは呆然となる部隊長たちを無視して、その場から逃げ出す。
数瞬の間。
正気に戻ったのは、最後の一般兵が倒され、だらしなく地に伏した時。
「あら、情けない。たった一人の侵入者に怯えて逃げ出されるなんて……これだから過激思想の武装集団は愚かですわ。己の身もわきまえず、人々に害をなす」
変わらぬ笑みを浮かべて歩み寄ってくる琴美の言葉に残された数人の部隊長たちはギリリと唇を噛みしめて、睨みつける。
穏やかな言葉の裏に隠された辛辣な挑発を正確に読み取って尚、彼らは安易に仕掛けようと思わない。
まざまざと実力、格の違いを見せつけられた現状で、策もなく仕掛けるのは得策ではないと分かっていた。
慎重に攻撃の機会を窺う部隊長たちに琴美は内心、敬意を表しながらも、その遥か後ろで、己だけ逃げようとジープに飛び乗るリーダー―主犯格を見て、苦笑した。
―組織の要がしっかりとしていないのは、どこも同じなのですね。
今まで壊滅させてきた組織の中で、これほどあっさりと立場を放棄して逃走を図る者はいなかった。が、同時に中核を担う部隊長たちの団結が強いのは未だかつていなかった。
「どうしようもなく愚かですが、その団結力には敬意を払いましょう……覚悟を」
肉弾戦を予想し、それぞれ得意の構えを見せる部隊長に最上級の笑顔を振りまいて、琴美はクナイを構えると、小さな音を残し、姿がかき消える。
一瞬の動揺が部隊長たちに走る。
次の瞬間、部隊長の一人の眼前に鋭い表情を浮かべた琴美が迫り、反撃の間もなく、構えたクナイが脳天に振り下ろされ、そのまま地面に顔がめり込む。
「きっさまぁぁぁぁぁぁっ!」
「かかれぇぇぇぇぇぇっ!!」
激しい怒号と罵声が交差し、四方から取り囲むように襲い掛かる部隊長たち。
拳にアイアンクローを嵌め、狙いすませて、左ほほへと繰り出された攻撃を琴美はゆらりと残像を残してかわすと、身を軽くかがめて身を起こす勢いをつけて、逆に拳を腹へと繰り出す。
避ける間など与えない素早い攻撃をまともに受け、その部隊長は短い声を上げて、その場に転がる。
その彼を踏み越え、左右から大ぶりのサバイバルナイフで切りかかる部隊長二人の刃を一歩下がってやり過ごし、そのまま身を低くして、二人の足を払い飛ばす。
見事な一回転で地面に叩き付けられる二人。
わずかな間に三人を片付けた琴美に残った部隊長たちは手にした銃を構え、一斉に乱射するも無駄なあがきだった。
クナイを握り直すと、撃ち込まれる銃弾全てを叩き落とし、なおも撃ってくる部隊長たちに恐れることなく向かっていく。
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ」
「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

断末魔の叫びというのは、こういうものだろうか、と琴美は頭の隅でそんな風に考えながら、昏倒させた部隊長たちを一瞥すると、なかなかエンジンがかからないらしいリーダーをひたと見つめた。
「いい加減あきらめたらどうですか?村の人々を暴力でねじ伏せ、支配した報いを受けるだけでしょう?」
「し……知るかあぁぁぁあ、化け物めえぇっ」
「化け物?それは貴方の方でしょう。不要な力を振りかざし、平穏な村を苦しめてきた無知で暴力的な化け物……十分ですわ」
鋭い指摘にリーダーは訳の分からない悲鳴と言い訳を上げながら、ジープのエンジンキーを必死になって回す。
どんなにやってもエンジンはかからない。
当たり前だ。なぜなら、ジープのエンジン部分は混乱に乗じて解放された村の男たちによってめちゃくちゃに破壊されていたからだ。
この場からの逃走しか考えていないリーダーにはそれが見えていなかった。
琴美が彼のいる広場に足を踏み込んだ瞬間、いきり立った村人たちがじりじりと取り囲み、手にした武器で今まさに殴り掛からんとしていたことも。
「終わりですわ」
喜劇はここまでと琴美はリーダーの背後に飛び乗ると、鋭い手刀を首筋に落とした。
がくりと崩れ落ちたリーダー。同時に起こる大歓声に琴美はやれやれと小さく肩を竦めるのだった。