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穢れを知らぬ笑み4
聡い瑞科は、最初から気付いていた。組織のボスが吸血鬼である事も、数えきれぬ程にいた配下の化物達は、吸血鬼が実力を発揮出来る時間までの足止めだったのだという事も。
それでいて、敢えて乗ったのだ。教義に反する怪物と正々堂々と戦い、直々にこの手で駆逐する為に。
吸血鬼は、彼女を自分の得意な夜の舞台へと誘い込めたものだと思っていたのだろう。しかし実際は、誘い出されたのは彼のほうだったのだ。この場所は彼の舞台と見せかけた、瑞科の舞台なのだ。
「なるほど、やはり君は極上の獲物のようだ」
「獲物はそちらでしてよ、時代遅れの吸血鬼様。女性を誘うなら、自分の力量を考えてからにすべきですわね」
向かい合った両者は、お互いを挑発するように笑い合う。それが始まりの合図となった。
瞬時に間合いを詰めた瑞科の太腿が、吸血鬼の視界を覆う。しなやかな蹴り技が、吸血鬼へと叩き込まれる。ぐらり、と彼の脳内が揺れた。それは蹴られた衝撃のせいでもあり、彼女の色香に惑わされたせいでもあった。
細く可憐でありながらも、女性らしい膨らみは豊満な肢体。澄んだ青色の瞳に、艶やかな茶色の髪。長く伸びた睫毛。色っぽい戦闘服は、そんな彼女の魅力を更に色づけている。
今まで見てきたどの女よりも、彼女は美しく、それでいて強い。隠し切れぬ豊満な体をシスター服に包んだ彼女は、恐らく彼が今まで口にしたどの女性よりも美味なフルコースであり、この世のどの食べ物よりも甘いデザートであろう。
男の姿が霧と化していく。もやもやとした霧はコウモリの形へと姿を変え、瑞科の周囲を飛び交う。
自身に向かってくる相手を、瑞科は余裕の表情で避けてみせた。同時に、彼女はスカートの下に隠し持っていたナイフを取り出し、投擲。彼女の狙いは的確であり、迷う事なく相手へと向かっていく。
彼女が投げたナイフが、コウモリの姿に化けていた吸血鬼へと突き刺さる。悲鳴をあげ、コウモリは霧散。再び男の形をとれば、配下のコウモリ達を操り瑞科へと一斉にけしかける。
闇夜に走る、銀色。瑞科が振るった剣の切っ先が、配下達を切り捨てる。風までも味方につけたかのような、鮮やかな剣撃。その動きを目で捉えられる者は、果たして存在するのだろうか。それほどまでに、彼女の動きは――速かった。
スリットの狭間から魅惑的な太腿を覗かせながら、女は今しがた倒した配下を踏み台にし、跳ぶ。白いケープが羽のように揺れる。天使と見紛いそうになる程に彼女の動作は清らかであり、敵であるはずの怪物達が見惚れてしまうのも無理はなかった。
彼女は相手の懐へと見事に着地すれば、腕を振るう。得意の格闘術を、吸血鬼にお見舞いして行く。相手も負けじと自慢の牙を振るおうとするが、瑞科がやすやすと彼が自分の体に歯をたてる事を許すはずもない。彼女の体に歯をたてるなど、神であろうとも許されぬ愚行だ。
故に、その悪に、天罰を。
響き渡る、轟音。落雷。それは自然のものではなく、瑞科の魔術によるものだ。
彼女が放った電撃の魔術は屋敷全体へと走り、化物達の命を燃やし尽くした。
女は、手を組み瞼を閉じる。桃色の唇が開き、麗しい声で言葉は紡がれる。
「アーメン」
灰と化した怪物の為であろうとも、優しき女は祈りを捧げる。
地下室には、もう彼女の姿しかない。戦いは終わった。今日も、瑞科は任務を成功させ、悪を滅したのであった。
◆
瑞科がスポーツカーへと乗り込んだ時に、タイミングよく通信が入る。誰からのものかなど、表示された名前を見ずとも分かった。
「司令、今ちょうど終わったところですわ」
『感謝致します、シスター白鳥。貴女に頼んで正解でした』
神父が微笑んだ事が、機器越しだが伝わってくる。しかし、彼の声色はどこか優れない。察した瑞科は、通信機器の向こうの男に向かい首を傾げる。艶やかな茶色の髪の毛が揺れ、甘い香りを辺りへと振りまく。
「……任務ですわね?」
瑞科の言葉に、神父は頷いた。
『シスター白鳥、緊急の任務です。この通信を終え次第、現場へと急行してください。別の任務を終えたばかりだというのに、申し訳ありません」
「いいえ。少し物足りないと思っていたところですの」
瑞科にとっては、願ってもない事であった。準備運動にすらならなかった今宵の敵に、ちょうど呆れていたところだ。依頼を終えた高揚感、そして次の依頼への期待に、彼女の豊かな胸の奥にある心臓は鼓動を少しだけ早めた。
通信を切る時に、彼女は神父へと告げる。次も必ず、成功の知らせを持って帰ってくる、と。
スポーツカーは夜を走る。穢れ一つ知らぬ、美しい女を乗せながら。
彼女の魅力を更に引き出す新たな舞台へと、聖女を案内するのだ。
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