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<東京怪談ノベル(シングル)>


フェイト、出撃


 巨人の腐乱死体。最初は、そう見えた。
 身長50メートルほどの人骨が、肋骨の内側に、脊柱の周囲に、様々な臓物をまとわりつかせ、蠢かせている。
 いや臓物ではない。巨大なチェーンソーである。大型の、ドリルである。バチバチと放電光を発する、長大な電線鞭である。
 様々な凶器類を、溢れ出した臓物の如く胴体から生やした、巨大な金属製の骸骨。
 そんな怪物が、ニューヨークの街中を歩行しているのだ。
 1歩、その巨大な足が踏み出す度に、大量の瓦礫が舞い上がる。自動車が宙を舞う。
 間違いなく、人死にも出ている。
(こんなのまで……IO2の管轄、なのか……?)
 呆然と、フェイトはそんな事を思った。
 思っている場合ではなかった。
 舞い上がった瓦礫の1つが、こちらへ向かって飛んで来る。
 ビルの破片。巨大な怪物と比べれば小石のようなそれを、フェイトは室内から睨み据えた。
 念動力で弾き返す。それしかない。
 瓦礫が、この家を直撃する寸前で止まった。
 まるで目に見えない壁にでも激突したかの如く、そのまま地面に落ちてしまう。
 フェイトは何もしていない。
 何かをしたのは、2匹の仔犬である。
 いや、今は白い服を着た小さな男の子の姿をしていた。相変わらず、耳と尻尾は隠せていないが。
「こ、ここは我らに任せておくと良いのだぞ」
「ゆう太は、はやく行くのだ」
 言葉に合わせて、目に見えぬ壁が発生し、この家を包み込んでいた。
 そこへ次々と瓦礫が激突し、ずり落ちる。
「貴方たち……」
 教官の奥方が、呆然としている。
 仔犬たちの正体が発覚してしまったが、そんな事を気にしている場合でもない。
 言われた通り、行くしかない。
 あの怪物と戦う力が用意されているであろう、IO2本部へと。
「生きた賢者の石……だからって、いい気になっているつもりはなかったけど」
 呻いたのは、奥方と寄り添いながら赤ん坊を抱いている、1人の少女である。
「あたしは何も出来ない……あの化け物には、魂がないから」
 巨人の腐乱死体のような、機械の怪物。
 人が乗って動かしている、わけではないようだ。遠隔操縦か、自動操縦か。
 中に操縦者がいるのであれば、この少女の力で、いかようにも出来るのだが。
「……貴方に、わけのわからない戦いをしてもらうしかないのね」
 生まれて間もない赤ん坊を、ぎゅっ……と抱き締めながら、少女は微かに唇を噛んだようだ。
「あたしの家族を守って……お願いよ、フェイト」
「約束する。怪我、治してくれてありがとうな」
 フェイトは微笑み、片手を上げ、リビングからベランダへ出た。
 任意の誰かを外へ出す事が出来る、便利な結界である。
「死ぬのは許さないわよ、フェイト」
 少女の声が、追いかけて来る。
 それを約束する事は、出来なかった。


「来たか、フェイト」
 女性上司が、振り向いた。
「一時はどうなる事かと思ったが、傷は治してもらえたようだな」
「あんまり、あの子を便利屋みたいに扱いたくはないんですけどね」
 フェイトは苦笑し、すぐに表情を引き締めた。
「回りくどい話は、無しでいきましょう。要は俺が、あれに乗るって事ですよね?」
 あれ、と呼ばれたものが、格納庫の奥に佇んでいる。威容を、露わにしている。
 出撃準備を終えた、人型の巨体。
 ナグルファル。神々に挑む戦船の名を冠した、機械の巨人。
「ちなみに俺、動かし方なんて知りませんよ。車の運転と同じ要領で、いけるんでしょうね?」
「もっと簡単だ。何しろ、あれにはヴィクターチップが搭載されている。起動させれば、あとは勝手に動いてくれる」
 フェイトは耳を疑った。この女性上司は今、さりげなく何を口にしたのか。
「ヴィクターチップ……って言いました? あれ、最初にデータ消去してくれたんじゃないんですか」
「消去しきれなかった。と言うより、中枢と言える部分がヴィクターチップそのもので成り立っている。お前が破壊してくれたマスターシステムと、ほぼ同じものでな。これを取り外せば、ナグルファルは動かなくなる」
 女上司は、溜め息をついた。
「私個人としては、それでも一向に構わん……と言いたいところだが、巨大な怪物が実際に暴れている現状を考えるとな」
 ヴィクターチップでも何でも、使えるものは使わなければならない。それは、言われるまでもない事だった。
「無数の錬金生命体が経験値として取得した戦闘データ……それを全て、このナグルファルは生まれながらにして持っているという事だ。言ってみれば、機械仕掛けの巨大な錬金生命体だな」
 起動させれば、あとは勝手に動く。まさに彼女の言う通りだった。勝手に動いて、破壊活動を開始する。
「勝手に動く怪物を、上手く操って敵との戦闘のみに向かわせるのが、操縦者の役目となる。わかるだろうフェイト、お前でなければならない理由が」
「わかりたくも、ありませんが……」
「錬金生命体の調教。そんな事が出来るエージェントは、あれらと最も激烈に戦った、お前だけだ」
「観念しなよフェイト君。いろいろと、ね」
 同僚が1人、歩み寄って来た。
 ナグルファルの整備・開発班、その主要スタッフ2名の片方である。
 もう1名は実戦試験にまで駆り出され、現在は入院中だ。
「な……何だよ、これは……」
 歩み寄って来た同僚に手渡された、何やら黒いもの。それをまじまじと見つめ、フェイトは訊いた。訊くまでもない、という気もした。
「何って、強化スーツに決まってるじゃないかああ」
 思った通りの事を、同僚は言った。
「これを着ていれば、ナグルファルがどんなに激しい動きをしても大ダメージを受けても大丈夫。パイロットは無傷で、いざとなれば脱出して等身大のバトルも出来ると。そういうわけさ」
「等身大のバトルをやろうって気はないけど……これ、何か妙にピッチリ……してないか?」
 畳まれていた黒いものを広げ、しげしげと観察しながら、フェイトは呻いた。
 同僚は、得意気だ。
「カラーリングは間に合わなかったけど、まあ黒でいいよねフェイト君なら。黒がリーダーの戦隊だって、あるんだから」
「別に……リーダーをやるつもりも、ないんだけどな……」
 フェイトは途方に暮れた。
「確かに、安全装備は必要だけど……着るのか、これ」
「逃げちゃ駄目だよフェイト君。逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃダメだってね」
「……お前、ロボアニメ嫌いじゃなかったっけ?」
「あの作品だけは認めている。特撮の原点・怪獣映画への、限りないリスペクトを感じるからね」
 同僚が、語りに入った。
「僕が許せないのは、あれ以降に大量生産された模造品・類似品の群れだよ。引きこもり系の主人公、自分探し系のストーリー展開、美少女とワンセットの巨大ロボ、結局何がやりたいのかよくわからない敵……あれのコピー&ペーストに少し手を加えたものばっかりじゃないか。だいたいロボアニメって、元々は子供たちのものだったはずだろう? そこへ大人のオタクどもが群がって色々いじり回した挙げ句ワケわかんなくなっちゃったのが日本のロボアニメで、ああでも実は特撮も同じ道を歩みつつあるわけで」
 同僚の話を、フェイトはもう聞いてはいない。
 話しておかなければならない相手は、別にいる。
 フェイトは、見回した。
「……教官は?」
「部隊を率いて、救助活動に出ている」
 女性上司が言った。
「……家族の無事なら、私が伝えておこうか?」
「お願いします」
 フェイトは頭を下げた。
「あとは、俺が出撃するだけですか……ちょっと更衣室、行ってきます」
「一刻を争う事態なのは理解しているはずだ。ここで着替えろ」
「それってセクハラ……あ、いや何でもありません」
 女上司の目の前で、フェイトは仕方なく服を脱いだ。
 同僚は、まだ何やら延々と語り続けている。