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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


魔女狩りの時代


 群集心理が、悪い方向へと暴走してしまった結果だろう。
 そこへ権力者や教会の思惑が絡み、最終的には誰にも止められなくなってしまったに違いない。
 それが中世の「魔女狩り」であると、弥生・ハスロは思っている。
 迷信深い時代の出来事。弥生は、そうも思っていたのだが。
「まさか今この時代……日本で、こんなもの見せられるなんてね」
 病院からの、帰り道。
 とある企業ビルの、正門近くの広場である。
 そこに、大勢の人々が集まっていた。このビルに勤めているサラリーマン、だけではなく通行人や近所の住民もいるようだ。
 そんな大勢が、少数の人々を囲み、喚き立てている。
「魔女め! お前ら、日本へ何しに来た!」
「わけのわかんねえ言葉ばっかり喋りやがって、呪文でも唱えてんのか?」
「俺らに呪いでもかけようってのか!」
「有罪! 有罪! 日本にいるのに日本語喋らない罪! 呪文罪だ!」
 取り囲まれ、魔女などと呼ばれ、罵声を浴びせられているのは、一組の家族だった。若い父親と母親、幼い子供。
 母親と子供は抱き合って怯え、その2人を父親が必死に庇っている。
 魔女狩りの時代においては、男性が魔女と呼ばれる事もあったらしい。
 他者と少し毛色の違う者が、魔女の烙印を押され、鬱憤晴らしの対象になってしまう。そういう一面もあったのだろう。
 今、罵声を浴びせられている、この家族もそうだ。
 父親も母親も、よく見ると日本人ではない。
 弥生の頭に、血が昇った。
「やめなさい!」
 怒鳴りつけた。
 裁判の真似事をしていた人々が、一斉に弥生を睨む。
「何だよ、あんた……」
「こ、こいつらは日本を食い潰しに来た魔女だぞぉ、庇うのかよ! 日本人のくせに、このクソどもの味方しやがんのか売国女がぁああ」
「魔女だ! こいつも魔女だ!」
(……まあ、それは間違いないんだけどね)
 溜め息をつきながら弥生は、魔女だ魔女だと喚き立てる人々を見回し、観察した。
 全員、目が異様な輝きを帯びている。外から植え付けられた光だ、と弥生は思った。
 魔力・呪力の類に操られて全員、正気を失っている。
 正気が戻るまで、この馬鹿げた裁判ごっこに付き合ってやる。事を穏便に済ませる手段は、どうやらそれしかなさそうだった。


「俺……何で新聞部になんて入ったんだろ」
 ぼやきながら、工藤勇太は街を歩いていた。
 授業は終わり、今は部活動の時間である。
 何か事件を探して来い。記事は手で書くものではない、足で探すものだ。
 部長に、そう厳命されてしまったのだ。
 おかしな事件なら最近、確かに起こってはいた。
 即席の魔女狩り、とでも言うべきであろうか。
 風変わりな人……主に外国人を「魔女」などと決めつけて大勢で取り囲み、裁判の真似事をして罵声を浴びせ、時には投石を行ったりもする。そんな事件が、この近辺でのみ頻発しているのだ。
 罵声や投石なら、自分も受けた事がある。
 そんな事を思いながら、勇太は足を止めた。
「あなた! た、助けて!」
 いきなり、声をかけられたからだ。
「あの人、助けて! 私たちの代わり、ひどい目に遭ってる!」
 たどたどしい日本語を発する、外国人男性。その奥方と子供らしき2人が、傍らで泣きじゃくっている。
「お、落ち着いて下さい。あの人って」
 言いながらも、勇太自身が落ち着いてはいられなくなった。
 1人の女性が、荒縄で縛り上げられ、大勢に取り囲まれ、罵声を浴びせられている。
「魔女め! 魔女を庇う、売国の魔女め!」
「判決を下す! 死刑だ死刑!」
「ギロチン持って来ぉおおおおい!」
 喚く人々の目からは、正気の輝きが失われている。
 暴徒も同然の、そんな人々に囲まれ、縛られ、だが平然としている女性。
 弥生・ハスロであった。
「弥生さん!」
「あら、勇太君」
 呑気な声が、返って来た。
 このところ家事と育児を頑張り過ぎて体調を崩し、病院に通っていたようだが、今日は元気そうである。
 だからと言って、こんな目に遭って良いわけはない。
「おい、やめろ! 何やってんだ、あんたたち!」
「何だぁ? てめえ、神聖なる魔女裁判を邪魔しやがるか!」
 暴徒の1人が、勇太の胸ぐらを掴んだ。
 少し前までならば、こんな事をされたら、やる事は1つであった。
 あの力を使い、辛うじて死なない程度に叩きのめす。
 そういう事をすると、あの男がどこからともなく現れ、拍手をしてくれたものだ。
 いいぞ、もっとやれ。大丈夫、こんなもの問題を起こしたうちに入らん。俺が、いくらでも尻を拭ってやる。さあ続けろよ……
 そんな事を言いながら、ニヤニヤと面白そうに笑う、あの男の顔。
 思い出す度に、腹が立つ。あの男が面白がるような事など、してたまるか、という気分になってしまう。
(されて、たまるか……あんたに尻拭いなんて)
「あー……まあまあ、落ち着けよ」
 胸ぐらを掴まれたまま、勇太は微笑んで見せた。
「裁判やるなら弁護人が必要だろ? 俺がやるよ、弥生さんの弁護」
「大丈夫なの〜?」
 弥生が相変わらず、呑気な声を発している。
「私が見たところ、勇太君がどんなに頑張っても絶対に就けない職業って3つあるのよね。セールスマンとホスト、それに弁護士よ。どれも詐欺師の才能がなきゃ勤まらないお仕事だもの、勇太君じゃ無理無理」
「だ、大丈夫だって。悪い事してない人の弁護なら、俺にも出来るよ。えー皆さん、この人は魔女なんかじゃありません……いやまあ魔女なんだけど、悪い魔女じゃなくて」
「要するに魔女なんだろーがあああ!」
 勇太の胸ぐらを掴んでいる男が、拳を振り上げた。
 そうしながら悲鳴を上げ、倒れ、顔を押さえてのたうち回った。
 男の顔面に、何本もの傷跡が生じている。引っ掻き傷、のようである。
 黒い小さなものが、勇太の足元に着地した。
 1匹の、黒猫。
 弥生が息を呑んだ。
「使い魔……?」
「って言うより式神。ま、同じようなものだけど」
 応えたのは、黒猫自身だった。聞いただけで可憐な容姿が想像出来る、少女の声である。
「このおバカな魔女狩りごっこの大元……どこにあるか、知りたい?」
「知りたい」
 勇太は即答した。猫と会話をしている、という異常事態を、気にしている場合ではない。
「猫缶あげるから、教えてくれないかな。それとも鰹節の方がいいかな」
「ルージュ、そんなの食べな〜い」
 黒猫が言いながら、ぴょーんと駆け出した。
「スイーツおごってくれるんなら教えたげる。ついておいでよ、お兄ちゃん」


 暴徒の群れの中に弥生を放置しておくのは、いささか心配ではあった。
 彼女ではなく、暴徒と化した人々の身が、である。
 事を速やかに穏便に片付けるべく、勇太は黒猫を追った。
 あの企業ビルから遠くない、とある博物館。その近くの路地裏に今、勇太はいる。
 黒猫は、1人の少女に抱かれていた。
 巫女装束か、あるいは大正時代の女学生か。
 小さな身体を、そんな花柄の衣服に包んだ少女である。
 赤い、と勇太は感じた。花柄も袴も赤く、背負ったランドセルも赤い。
 そして、瞳も赤い。
「ルージュはね、こんな格好してるけど、スイーツは和菓子系よりケーキとかタルトとかの方が好きなの」
 聞くだけで可憐な容姿を想像出来る声が、黒猫を通じてではなく、少女自身の愛らしい唇から発せられる。
 想像以上の可憐さだ、とも感じながら、勇太は言った。
「ケーキでもタルトでも、俺のお小遣いが許す限りおごってあげるよ。だから」
「あわてない、あわてなーい。まずは、あれ見てね」
 ルージュという名前であるらしい少女が、大きな赤い瞳で、博物館の方を見た。
 中世拷問展・期間限定開催中。そんな垂れ幕が掲げられている。
 いくらか話題にはなった。その名の通り、中世ヨーロッパで実際に用いられていた拷問器具の数々が、展示されているのだ。
 血生臭いものをこよなく愛する先輩が、新聞部に1人いる。彼に無理矢理、付き合わされて、勇太も嫌々ながら見に行った事がある。
 魔女狩りで使われていた拷問具・処刑道具も展示されていた。
 思い出しながら勇太は、ある事に気付いた。
「まさか……怨念とか悪霊とか、その類か?」
「うん、魔女狩りで殺されちゃった人の怨念。こわーい」
 にこにこ笑いながらルージュは、ランドセルから教科書を取り出した。
 いや、教科書にしては異様に分厚い。参考書、あるいは辞書か。
 違う、と勇太は直感した。それは魔道書である。
 可愛い手で、巨大な魔道書を保持しつつ頁をめくりながら、ルージュは無邪気に言葉を発した。
「今の日本人って、魔女狩りしたがってる人たちばっかりだから、簡単に取り憑かれちゃうんだよぉ……滅べばいいのに」
 愛らしい無邪気な笑顔が一瞬、ほんの一瞬だけ、とてつもなく禍々しい嘲笑に変わった、ように見えた。
「え……っと、何か言った?」
「ルージュ、何にも言ってなーい」
 少女が、愛らしく無邪気に微笑んだ。
「にわかうよくやあいこくにーとはみんなしねばいいなんて、ルージュ言ってないもーん」
「言ってる言ってる」
 勇太の指摘を無視しながら、ルージュは魔道書を読み上げた。
 謎めいた呪文が、少女の可憐な唇から紡ぎ出される。
 博物館の外壁が砕け散り、垂れ幕がちぎれ飛んだ。
 巨大なものが、館内から姿を現していた。
 否、姿は見えない。姿なき巨大なものが、確実に存在している。博物館の壁を崩落させ、街中へ暴れ出そうとしている。
 拷問展の展示物に取り憑いていたものが、ルージュの呪文によって解放されたのだ。
「魔女の……怨念……」
 姿なきものに、勇太は緑色の瞳を向けた。
「あれを、どうにかして消滅させればいいんだな」
「ルージュ、戦うの恐ぁーい」
 そんな事を言いながら少女がもう1つ、巨大な物体をランドセルから取り出し、勇太に手渡してくる。
 棍棒。いや違う。まだ火が点いていない松明である。
「だから、お兄ちゃんがそれで戦うの」
「これは……?」
 勇太は訊いた。少女は応えない。
 ルージュは、黒猫と共に姿を消していた。
「えっ、ちょっと……」
「破邪の松明」
 ルージュではない誰かが、教えてくれた。
「実体のない悪しきものを、実体あるもののように焼き尽くす武器よ」
「弥生さん……」
 自力で、脱出して来たようだ。縄で縛った程度で、本物の魔女を動けなくする事など出来はしない。
「あの子が待ってる。裁判ごっこなんかに、いつまでも付き合ってられないわ」
「お子さんは……弟さんに、預けてあるんだっけ」
 弥生の夫は現在、海外で仕事中だ。
「……たち悪いのに懐かれちゃったわね、勇太君」
「ええと、今の女の子の事?」
 ルージュは姿を消した。弥生から逃げた、ようにも見える。
「弥生さん、もしかして知り合いなんだ」
「魔女同士、ちょっとした因縁と言うか……ね」
 弥生は苦笑した。
「……まあ、そんな事はどうでもいいわ。勇太君、力を合わせるわよ」
 震動が起こり、街が揺れた。
 アスファルトに、巨大な足跡が刻印されている。
 弥生の言う通り、力を合わせるしかなさそうであった。勇太は、足跡の生じた方向に松明を掲げた。
「ど、どうすればいいのかな」
「待ってて」
 弥生が目を閉じ、念じ、何かを呟いた。謎めいた言語。
 呪文、のようである。
 破邪の松明に、火が点いた。
「黒魔術の炎よ。それを、勇太君の力で増幅するの……嫌な力だろうけど、今は使ってもらうしかないわよ」
「……わかってる」
 燃え盛る松明を掲げたまま、勇太も念じた。
 姿なき巨大なものを見据える瞳が、エメラルドグリーンの眼光を輝かせる。
 燃え上がる、破邪の松明。その炎が轟音を発して巨大化し、渦を巻いた。
 巨大な炎の渦が、空間を焼き尽くすように燃え伸びてゆく。博物館から現れた、姿なきものへと向かって。
 凄まじい、おぞましい絶叫が、響き渡った。
 姿なきものに、姿が生じていた。
 異形の怪物、としか表現しようのない巨大な姿。
 それが炎に焼かれ、絶叫を響かせながら灰に変わり、粉雪の如く舞い散りながら消えてしまう。
 破邪の松明も、灰になっていた。勇太の手から、さらさらと崩れ落ちてゆく。
「やっつけた……のかな?」
「たぶん、ね。くだらない魔女狩りごっこも、これで無くなるはずよ」
 言いながら、弥生が溜め息をついた。
「魔女狩りをやりたがってる人たちの心まで、無くなったわけじゃないけれど……」


 自分たちといくらかでも毛色の違う者を、攻撃する。それは人間の本性の1つと言っていい。
 ヨーロッパの魔女狩りも、そのようにして起こったのだ。
 罪のない大勢の人々が、惨たらしく殺された。それは事実である。
 殺された人々の中に、しかし『本物』が1人もいなかった、わけではない。
「久しぶり〜。400年ぶりくらい、かなぁ?」
 路地裏で這いつくばり、のたうち回っているものに、ルージュ・紅蓮は声をかけた。
 ルージュの真紅の瞳でしか視認する事の出来ない、奇怪な物体。
 先程までは巨大であったが、今は惨めに縮んで、おぞましく焼けただれている。
 それが、言葉を発した。ルージュにしか聞こえない、呪詛の呻き。
 うんうんと頷きながら、ルージュは応えてやった。
「大変だったんだねぇ。自分が辛い目に遭ったから、他の人たちも同じ目に遭わせなきゃ気が済まなかったのよねえ。うふふっ、だけど死んでから400年も経つのに、そこから離れられない進歩無しなおバカさんの気持ちなんて……ルージュ、わっかんなぁ〜い」
 大きな真紅の瞳が、光を発した。
 おぞましく焼けただれたものが、短い悲鳴を発しながら消し飛んだ。消滅していた。
「あーほんと、怨念の強さしか能のないバカって……ネトウヨと同じくらい、うっざいわ」
 禍々しい嘲りの表情を、可憐な笑顔に戻しながら、ルージュは呟いた。
「それにしても、危ない危ない。まさか弥生お姉ちゃんが、こんな所にいるなんて。何にも出来ないお姫様みたく縛られてるんだもん、最初はわかんなかったよ〜」
 この場にいない2人に、ルージュは明るく、可愛らしく、微笑みかけた。
「また会おうね、綺麗な緑色の目のお兄ちゃん。スイーツ、ちゃんとおごってもらうよ〜」