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<東京怪談ノベル(シングル)>


宝石の乙女


 何でも屋さん、と言っても、犯罪行為まで引き受けているわけではない。はずであったのだが。
「あの、これって……泥棒? じゃないよね?」
 ファルス・ティレイラは、声を潜めた。
 人里離れた、とある場所に敷地を広げる、大邸宅。
 その倉庫、と言うか宝物庫の前に、ティレはいた。
 今回の仕事の依頼人と共に、忍び込んだところである。
 忍び込んだと言うより、ティレが依頼人を抱えて空を飛び、塀も罠も飛び越えて侵入したのだ。
「泥棒は、このお屋敷に住んでる魔女の方。言ったでしょ? あたしはね、母さんの形見を取り戻さなきゃいけないの」
 宝物庫の大扉。その鍵穴に何やら針金らしきものを差し込みながら、依頼人が言った。
 ティレと、同じ年頃の少女である。忍者をイメージした、あるいは黒猫を模したと思われる、短い衣服を身にまとっている。この少女いわく、変化の魔力を秘めた衣装であるらしい。
「とんでもない性悪な魔女でね。人の大切なもの、盗んじゃあ貯め込んで……よぉし、開いた」
 鍵穴の奥から、カチャリと微かな音が聞こえて来る。
 大扉が開いた瞬間、光が溢れ出した。ティレは一瞬、そう感じた。
 光源は、ティレが手にしているLEDトーチライトのみである。
 その微かな光を、きらびやかに反射し、まるで発光しているかの如く輝く金銀財宝の山。
 主に装飾品である。12星座のイメージを彫り込んで繋げた、純金のネックレス。エメラルドの瞳を埋め込まれた、人面の指輪。ルビーの花弁を何枚も重ね合わせて作った、薔薇の髪飾り。防具としての実用性が疑わしくなるほど大量の宝石を散りばめられた、全身甲冑。
 豪奢である、だけではない。ほぼ全てが、何かしら魔力・呪力を秘めている。
(すっごい……お姉様の、お店の品揃えにも……負けない、かも)
 ティレはまず、そう感じた。
 この邸宅の主である魔女が、盗んだり奪ったりして貯め込んだもの。依頼人の少女は、そう言っている。
 母親の形見である宝物を、魔女に盗まれた。取り返すのを手伝って欲しい。それが、今回の依頼である。
「それで、お母様の形見って?」
「ん〜……っと、これ。だったかな」
 依頼人の少女が、ルビーの薔薇の髪飾りを手に取って大袋に放り込んだ。
 そうしてから、サファイアの腕輪を拾い上げる。
「それとも、こっち?」
「いや、私に訊かれても……」
 などとティレが言っている間にも、少女は宝物庫のあちこちに手を出している。12星座のネックレスを、エメラルドの瞳の人面指輪を、宝石の兜を、次々と大袋に詰め込んでゆく。
「これ、だったかも知れないなぁ。いやいや、こっちかも。うん、これっていう可能性も」
「ちょっと!」
 ティレはつい、大きな声を出してしまった。
 依頼人が慌てて振り向き、人差し指を立てる。
「しーっ! 声大きいって」
「お母様の形見なんて、もしかして嘘!? 泥棒に来ただけじゃないでしょうね、まさか!」
「こ、ここまで来て堅い事は言いっこなしだよう。ほらほら、ティレにはこれなんか似合いそう」
 愛想笑いを浮かべながら、依頼人の少女が、ティレの愛らしい耳に小さなイヤリングを取り付けようとする。
 見ただけでは種類のわからない宝石が、丸まった竜の形に加工されている。そんなイヤリングだ。
(あ……ちょっと、可愛いかも……)
 そんな事をティレが思ってしまった、その時。
「やめておきなさい。それは竜の呪いを宿した耳飾り……付けた瞬間、鱗だらけの醜い怪物に変わって、炎を吐く事しか出来なくなってしまうわよ」
 涼やかな、女性の声。
 ほっそりと優美な姿が、そこに佇んでいた。
 上品な和服姿の、美しい女性。ランタンを片手に、婉然と微笑んでいる。
「あら……? 貴女、もともと竜族なのねえ。呪いで変化した紛い物とは違う、本物の竜のお嬢さん。ふふっ、私の家にようこそ」
「は、初めまして。私たちは、ええと、そのう」
 言い訳を思いつかぬまま、ティレは慌てふためいた。
 この女性が何者であるのかは、尋ねてみるまでもなかった。たおやかな美女の姿をしているが、明らかに人間ではない。人間では有り得ない禍々しい魔力が、香気の如く漂っている。
 この邸宅の主である、魔女。人間の女魔法使いではない、魔族の女性という意味での魔女だ。
 ティレの足元を、小さな黒いものが駆け抜けて行った。
 1匹の黒猫だった。風のように宝物庫を飛び出し、邸宅敷地内の夜闇の中へと走り去って行く。
 ティレは見回した。
 依頼人の少女が、いつの間にかいない。
 魔族の女性の眼前に、ティレ1人が残されてしまった。
「そ、そんな……」
「みすぼらしい泥棒猫ちゃんは、放っておきましょう。貴女のように空を飛べるならともかく、足が速くて身軽なだけではね……この敷地から逃げ出す事など、出来はしないわ」
 魔女が微笑んだ。
 これほど美しく冷酷な笑顔を、ティレは見た事がなかった。
「いろいろ罠を仕掛けておいたつもりだけど、空からの侵入に対しては不充分だったみたいね」
「そ、そうですね。それじゃ私はこれで」
 愛想笑いを見せながらティレは、背中の翼を広げ、ぱたぱたと羽ばたいて空中に逃げた。そのまま、宝物庫を出ようとする。
 にょろりと空中になびく尻尾を、魔女の片手が掴んだ。
「まあまあ、お待ちなさいな……艶のいい尻尾ねえ」
 たおやかな手が、凄まじい力でティレの尻尾を引きずり戻す。
 引きずり戻された少女の身体が、そのまま宝物庫の壁にビターンと激突した。
「いっ……たぁああい……」
「あらあら、ごめんなさいね」
 そんな事を言いながらも魔女は、ティレを解放してくれない。恐ろしい力を秘めた細腕で、竜族の少女の身体を壁に押さえ付けている。
 壁にも、いくつか宝石が埋め込まれていた。人の頭ほどの、ルビー、エメラルド、ダイヤモンド、その他諸々。
 それらが淡い光を発しながら、ティレを取り囲んでいた。
 六芒星だった。いくつもの宝石によって構成された、輝ける魔法陣。
 その光の中で、ティレの身体が固まってゆく。宝石の輝きで、塗り固められてゆく。
「あ……あの……」
 気になっていた事を、ティレは口にした。
「ここにある、宝物……全部、盗んで……貯め込んだ、んですか……?」
「さあ、どうかしらね。私自身は、どれも正当なやり方で手に入れたつもりでいるけれど……こんなふうに、ね」
 ティレの身体は、宝石と化していた。
 はためく翼、可愛らしくうねる尻尾、元気良く暴れる手足。乱れ舞う黒髪。
 全てが、そのまま硬直しながら、宝石に変化している。
「運が良過ぎるわね、今日の私……恐いわ」
 出来上がったばかりの、宝石の少女像を、魔女は愛おしげに撫でた。
 ダイヤモンドでも、トパーズでもラピスラズリでもない。既存のものとは異なる、全く新しい宝石の手触り。
 己の呼吸がいくらか荒くなってゆくのを、魔女は止められなかった。
「何の苦労もなく、こんな素敵なお宝が手に入ってしまうなんて……いけない、いけない。幸運を、3000年分くらい使い切ってしまったかも知れないわね。ふふっ、うっふふふふふ恐い恐い、慎まなければ」
 跳ね上がった尻尾の、躍動感溢れる曲線が、指先に心地良かった。