コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


私は石になりたい


「とぉ〜ちゃんのためぇえなぁあら、えんや〜こぉおらあ、っとお」
 口ずさみながら、セレシュ・ウィーラーは鶴嘴を振るった。
 力仕事は得意ではないが、今は全身に石の属性を持たせてある。
 長い金髪をポニーテールの形に束ね縛る、蛇の形の髪留め。装着者に石の属性を付与する魔具だ。
 これを着けると、全身が衣服もろとも石化する。石化したまま動く事が出来る。
 一時的に、あの付喪神の少女と同質の身体になれるのだ。
 彼女程度の馬鹿力であれば、出せない事もない。
 ストーンゴーレム並みの力で振り下ろされた鶴嘴が、火山の岩石を粉砕した。
 飛び散った岩の破片1つ1つが、今回の目的である鉱物を少量ずつ含有しているのだ。
 セレシュが時折、訪れる異世界の、とある火山。マグマと有毒ガスを噴出させている、火口の付近である。
 こんな所で作業が出来るのは、火あるいは大地や石の属性を持つ者だけだ。
 今までこういう力仕事をさせていた少女が、学校へ行くようになってしまった。だからセレシュが自ら今、ビキニ姿で鶴嘴を振るっている。
 表面積の大きな衣服が石化すると、身体を動かした時に割れ崩れてしまうのだ。
「誰も見とらんし、別に全裸でもええんやけどな……」
 呟きながらセレシュは、鉱物の混ざった岩の破片を、片っ端から大袋に詰め込んだ。
「こないな場所、覗きに来る奴もおらへんし……あたっ!」
 火山弾が飛んで来た。セレシュの、右肩の辺りを直撃していた。
 石化したビキニの、肩紐が砕け散った。肩そのものも、ひび割れて一部が欠けた。
「お山が怒っとるなあ。うちが鶴嘴なんかぶち込んどるから?」
 割れた右肩を、セレシュは左手でさすった。
 拭い去ったように亀裂が消え失せ、欠けた部分も隆起して来る。
 身体は再生しても、肩紐の砕けたビキニは元に戻らない。
「でもまあ堪忍やで。ここでしか採れへん鉱石なんや」
 セレシュは、鶴嘴を振るい続けた。
 鉱物を含む岩の破片が、ザクザクと飛び散った。
 肩紐を失った石のビキニトップが、身体の動きについてゆけず胸から外れ、浮き上がる。
 気にせずに、セレシュは鶴嘴を振り下ろし続けた。どうせ誰も見てはいない。
 見ている者がいたとしても、今の自分は全く気にしないのではないか、とセレシュはふと思った。
 羞恥心までもが、石になりかけている。


 小刻みな噴火が続いている。火山弾が、あちこちに飛んで行く。
 このまま大噴火になる、事はないだろう。この山は、いつもこんな感じなのだ。
「疲れたわー……石でも、疲れるもんやな」
 セレシュは、岩に腰を下ろしていた。
 休憩である。
 あの付喪神の少女であれば、冷たいビールだのスイーツで養分補給だのと言い出しているところであろうか。
「うちは、そんなん言う元気もないわ。ただ疲れた……年なんかなあ」
 呟きながらセレシュは、己の全身を見下ろしてみた。
 石のビキニが所々、ひび割れ、砕け、剥離しかけている。何度か、火山弾の直撃を食らったのかも知れない。全く気付かなかったのは、羞恥心のみならず痛覚まで石化しかけているせいか。
 こうして岩に座り、微動だにせずにいると、まるで石像である。それも裸婦像になりかけている。
 ポニーテールの金髪に、セレシュは軽く片手を触れてみた。蛇の形の髪留め。
 装着者に石の属性を持たせてくれるのは良いが、持たせ方がいささか強過ぎる。肉体のみならず精神にまで、石化が及んでしまう感じだ。
「どちらかとゆうたら、これ……呪いのアイテムやなあ」
 自分で作った魔具に、セレシュはそんな評価を下さなければならなかった。
 呪いのアイテムでも、しかし今この場で外すわけにはいかない。火や石の属性を持たぬ者にとっては、死の領域である。
 あの付喪神の少女は、こんなものを身に着けずとも普通に、こういう場所で力仕事をしてくれたものだ。
「ま、あの子も今はもう学業が本分や。力仕事は、うちが出来るようにならへんと……これの使い勝手、もっと良うせんとな」
 まだまだ完成度が低いと言わざるを得ない魔法の髪留めを、セレシュは軽く指で弾いた。
「まあ何やな。ロボットに二足歩行させようと四苦八苦しとる人らも、こんなふうに失敗と試行錯誤の繰り返しなんやろうなあ」
 私をロボット扱いなさるおつもりですの。と、付喪神の少女が文句を言ったような気がした。
「ちゃうちゃう、あんたの事やない。人型ロボットみたく力仕事、出来るようにならなあかんのは、うちの方やて……ありゃ」
 天地が、ひっくり返っている。セレシュは、そう思った。
 倒れていた。
 一際、大きな火山弾が、頭を直撃したようである。
「石ころみたく転がっとるのが、ええ気分や……価値観まで、石になりかけとるなあ」
 のろのろと、セレシュは身を起こした。
 頭を打ったから、というわけでもないが、ある事を思い出した。
「ドラちゃんの秘密道具に、確かこんなんあったわ。被ると石ころと同じになる帽子……あれみたいなもんやな」
 そんな事はまあ、どうでも良かった。
「さ、もう一仕事せな……かあちゃんのぉ〜ためなぁら、えんやぁこりゃせ! っとお」