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<東京怪談ノベル(シングル)>


Encounter


「あー、ちょっとぉ! つっきーったらぁ!!」
「!」
 古い自動ドアが開いた先。そこから聞こえてきた声に、みなもはビクリと体を震わせた。
 どう聞いても男性のそれなのだが、怪しげな言葉回しに彼女は訪れる場所を間違えたのかと一歩を引いてしまう。
 だがそこには、【ネットカフェubiquitous】という文字が書かれた看板が紛れも無く存在する。
〈……お父様、お客様みたいよ〉
「あら。あらあら! ようこそ、いらっしゃ〜い! さ、入って入って!」
 一瞬だけ小さな少女のような声が聞こえたと思えば、先ほどの声の主がくるりと振り返り、みなもを目に留めて満面の笑みで駆け寄ってくる。長身の体には不釣り合いだといえる走り方を見て、みなもは益々不安を募らせた。
「あ、あの……お父さんから面白そうなネットカフェがあるよって聞いて遊びに来たんですけど……なんか、一般人は立入禁止な場所ですか?」
「いいのよ、大丈夫。本当の意味で『一般人』なら、ここには絶対たどり着けないようになってるの。あんたは能力者でしょ? とりあえずは座ってお話しましょ」
 みなもはその巨漢とも言える男性に促されて、店内に入った。
 一人向け用にパソコン四台ほど。その奥に個室らしきものが四部屋ほどしかない小さな空間ではあったが、不思議と陰気な感じはなく、清楚な印象を与えられた。
「本棚はこっちよ。ドリンクバーはあそこ。雑誌と新聞、コミックスなんかをそこそこ置いてあるけれど、あんまり必要じゃないかしら。こういう場所は初めて?」
「ゲームの経験はありますが、あまり慣れていないもので……」
「そうよね、真面目なお嬢さんって感じだもの」
 一人向け用のパソコンの前に通されて、そこに座る。
 すると男も隣の椅子を引っ張ってきてしなやかに座った。
 衣服の上に店名の書かれたエプロンを身につけていたが、身の丈に合っていないそれは小さく見える。
「じゃあ取り敢えずはウチの売りであるネットゲームで遊んでみる? そのために来てくれたのよね?」
「は、はい」
「大丈夫、難しい物じゃないから。じゃあ電源入れるわね〜」
 男はそう言いながらみなもの前のパソコンの電源を入れた。
 ヴン、と電子音が聞こえた後、画面が淡く光ってメイン画面が合わられる。
〈コンニチハ、ユビキタスヘヨウコソ〉
「……普通のパソコンとは、ちょっと違うんですね」
 モニターの奥から片言のような言葉が聞こえた。ヒトが喋っているというよりは、ソフトが喋っているような感覚である。
「ユビキタスオンラインしか入っていないのよ、このパソコン。まずは一般サーバーで登録して、遊んでみましょ。名前を入力してみてね」
「はい」
 みなもは男の言うとおりに目の前のキーボードに指を置き、自分の名前を打ち込んだ。普通はハンドルネームなどを使用するが、彼女は本名をそのまま使う。
「海原みなもちゃん、ね。可愛らしい名前だわ。ゲーム自体はね、どこにでもあるRPGよ。普通に冒険して、レベルアップしつつ進めていくの」
 カチカチ、とマウスのクリック音が進んだ。
 画面の向こうでも青く長い髪のユニットを選んだみなもは、無難に剣士となりゲームを進めていく。
 オンラインゲームならではの、どこかしこに存在する他のユーザーのユニット達。それらを見やりながら、みなもはゆっくりと唇を開いた。
「……不思議ですね。これ、一般向けなんですよね?」
「そうよ、ネット環境さえあればお家でもプレイ出来ちゃうわ」
「でもあたしは……初めて知りました。ネットゲームって広告とかで宣伝しますよね」
「ん〜……。そこは、【ダイブサーバー】の存在ゆえかしらね。このゲームの大きな違いは、創始者が存在するってことなのよ。だから宣伝は出さないの」
 男の話はどこか、現実味の無い響きだった。
 みなもは彼をちらりと見やってから、戦闘中なのを思い出し慌ててモニターに視線を戻す。
「みなもちゃんは、呼ばれたからここにいるのよ。さっきも言ったでしょ? 一般人は辿りつけないって」
「呼ばれた……誰に、ですか?」
「それは今はヒ・ミ・ツ。あ、お茶入れてきてあげるわね。アイスティーでいいかしら」
 彼はそう言って、ゆっくりと立ち上がった。みなもは「お願いします」と応えて、ゲームを進める。
 何の変哲もないゲーム内容であったが、つまらないわけでもなくついつい先へと進めてしまう。そうこうしているうちに、一番最初のエリアボスにまで辿り着いた。
 大きなグリフォンの姿がそこにはある。
「あら、いきなりアタリ引いちゃったわね〜」
「え?」
「そこのエリア、普段のボスはゴブリンなのよ。でもたま〜に、経験値いっぱい貰えるグリフォンが出るの。今がそれね。一人じゃ時間掛かっちゃうわよ?」
 男はそう言いながら、みなものテーブルの上にアイスティーを置いた。
 そして彼は、隣のパソコンの電源を入れてまた椅子に座り直す。
「あたしが助太刀してあげるわ。貴重なお客さんだものね」
「店長さん……」
「あたしのことはクインでいいわよ。本当はクインツァイトっていうんだけど、呼びづらいでしょ」
 そう名乗った彼は、手早くゲームの中の自分を呼び出し、みなもがいるエリアへと移動を開始した。
「すぐ着くから、テキトーに戦ってて。あ、そいつは風属性だから気をつけてね」
「はい」
 クインツァイトに言われるままに、みなもは自分のユニットを操作して戦闘を始めた。レアボスなだけあって、攻撃を加えても微々たる数字しか叩き出せない。苦戦していると、みなもの画面にガッシリとした体躯の格闘家が参戦してきた。ユニット名はQUEENだったが、どう見ても男性で褐色で金髪でガチムチだ。
 隣に座る店長によく似ている。
「おまたせ〜! じゃあささっと片付けちゃいましょ♪」
「……は、はい……」
 クインツァイトは陽気な言葉でそう言った。みなもがちらりと彼を見れば、とても嬉しそうな表情をしていた。
 みなもは若干押され気味になりつつも、自分の手にしているマウスを握りなおして操作に集中する。
 QUEENは強かった。助太刀どころか彼の一撃で相手のHPが半分ほど減る。
 だが。
「あ……」
「あ〜……こいつの嫌な特性ね。HPが半分になると回復すんのよ。でも次のターンが溜め行動だから、バンバン叩き込んじゃいましょ。剣士の腕の見せどころよ♪」
 武闘家は一撃が大きい分、行動力も大きく減る。
 剣士は万能型なのでそう言ったデメリットが少ない。みなもは自分のユニットを出来るだけ多く動かし、相手のHPを削っていく。
「みなもちゃん、次はガードしてね」
「はい」
 クインツァイトの言うとおりに、剣士みなもはガードを行った。
 するとグリフォンは溜めた力を放出するための行動に出る。背にある大きな翼を羽ばたかせて、緑色の竜巻を起こしてこちらへとぶつけてきた。HPが半分以上減る。ガードをしていなければ倒れていただろう。
「回復役がいないから、次は食らえないわね〜。そろそろ倒しちゃいましょうか。みなもちゃんは剣士のスキル使ってね」
「は、はい」
「い〜い? 同時に打ち込むわよ? ……それっ!」
 クインツァイトの合図で、みなもはマウスを大きくクリックした。画面の向こうでは自分の分身が地面を蹴ってグリフォンへと斬りかかっている。その側で格闘家が『百裂拳』なるものを繰り出し、クリティカルヒットを炸裂させていた。
 次の瞬間には、『撃破!』の文字が浮かび、見たこともない数字が叩き出され、みなもの経験値となっていく。
 一気に十ほどレベルアップ出来た彼女は、ほぅ、と溜息を吐いた。緊張していたのだろう。
「お疲れさま。次のエリアに行けるようになったわよ。それから、ジョブチェンジなんかも出来るようになってるから、興味があったら転職もしてみてね」
「あの、ありがとうございました」
「いいのよ。どうせいつもはヒマなんだし。……そう言えばもう夕方ね。今日はここまでにしましょうか」
 クインツァイトが店内の時計を見る。それにつられてみなもも顔を上げた。
 時刻は十七時半を過ぎている。
「あ、そういえば、利用料金は……」
 そう言ってみなもは制服のポケットへと手をやった。
 するとクインツァイトは「いいのよ」ともう一度言い、ウインク付きの笑顔を浮かべる。
「でも、お茶も頂いてますし……」
「料金は頂かないのがウチのやり方なのよ。このネカフェ自体、あたしの道楽でやってるみたいなもんだから。それに運営費自体は、別口から貰ってるから大丈夫なの♪」
「そう、なんですか……?」
 うふ、と笑う巨漢に、みなもはまたもや押し切られる形となった。
 みなもがこの場にいる間も一人も来客もなかったのだが、本当に大丈夫なのだろうかと心配にはなってみるものの、店長がそう言うのであればどうしようもない。
「……もしまた、ここに来たいと思ってくれるなら、その時はダイブサーバーの事とか、あたしの自慢の娘たちを紹介してあげるわ」
「は、はぁ……」
 みなもが踵を返して出入口に向かった所で、そんな声がかかった。
 肩越しに振り返ってクインツァイトを見やれば、彼は同じように微笑みながらヒラヒラと手を振るのみだった。
 みなもは力ない返事しか出来ずに、自動ドアの前に立つ。
 ガーッと大きな音を立てながら、そのドアがスライドした。
「またのご来店をお待ちしております」
 クインツァイトはみなもにそう言う。店長が客に対する普通の言葉の投げかけ方だ。
 とある雑居ビルのワンフロワに存在する、【ネットカフェubiquitous】。
 不思議な出会いと体験をしたみなもは、ゆっくりと階段を降りた後、オレンジ色に染まる空を見上げて喧騒の中に姿を消すのだった。