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<東京怪談ノベル(シングル)>


闇に唄う黒き戦姫―潜入

唸りを上げる風の音を耳にしながら、琴美はスカイダイビングを楽しみつつも体勢を整え、降下ポイントを定める。
 数千メートルを切った時点でパラシュートを開き、落下速度を減速させ、静かにパラシュートを操りながら苔むした古い要塞の石畳に着地した。
 中世ヨーロッパ時代の城を思わせる広大なバルコニーで、二百人は収容できそうなほどの広さだ。

「大戦時に作られた―忘れられた要塞……にしても、随分と手がかかっていることですわね」

ふわりと舞い落ちるパラシュートを手早く切り離すと、琴美はふうと息を吐き出すが早いか、要塞へと続く通路へと飛び込んだ。
 琴美が中に消えると同時に、何事かと大騒ぎしながら駆け付けたテロリストたちは使用済みのパラシュートを発見し、慌てふためきながら、来た道を駆け戻っていった。
 侵入者発見と指示を仰ぐためであろうが、この時点で彼らが琴美を探し出すために先を進んでいれば、この後の状況は変わっていただろう。
所詮は下っ端、判断能力に大きく損なっているのは致命的だった。が、琴美にとってはまさに僥倖だった。

熱帯特有の湿度の高さから、じめっとした空気がまとわりつき、琴美は少々不快な表情を浮かべるも、慎重に通路を突き進む。
ヘリの中で渡されたこの要塞の内部地図を全て頭に叩き込んでいたが、細かいところまで全て一致していることには脱帽する。

「時間がないので、開発されたばかりのスキャンシステムによる解析から構築された地図です。おおざっぱに作られているので、主要部分だけ覚えればよいと思います」
「了解しましたわ。内部に潜伏していると思われる敵の人数は分かりますの?」

降下少し前、作戦の詳細を伝えてくれた新人隊員は琴美からの問いかけに、ええっっと、とつぶやきながら、タブレットをなぞり、詳細データを表示させ、ほっとした表情を浮かべた。

「敵人数は約50。人質を拉致した際、サブマシンガンのほかにバズーカ砲などの重火器も所持していたとの情報です。また手榴弾やプラスチック爆弾なども使用する可能も捨てきれません」

ここに立てこもる前、裏ルートから大量の爆薬や武器を購入していたことが分かっております、と生真面目に伝えてくれた隊員の顔を思いだし、琴美はふっと笑みをこぼし、薄暗い石造りの通路を突き進んだ。
作りは中世から近代の物だが、設備は完全な最新鋭の設備に切り替わっている。
ここを照らす明かりも一見、ランプだが、中身は蓄電池を利用したLEDで歩くには十分すぎるくらいの明るさがあった。
 角を曲がり、もっとも大きな通りに突き当たった時、高く響く足音が聞こえ、琴美は一瞬足を止め、耳を澄ませる。
 
 ―足音の数から3……いえ、5人というところですね。

くすりと笑みを深めると、琴美は太ももに括り付けたクナイを引き抜き、息をひそめる。

「侵入者だと?まさか、ここは絶海の孤島だぞ」
「一応は警戒しておけ、とのことだ。さすがは首領、というところさ」
「確かにな……で、政府はなんて答えてきたんだ?まさか人質を見殺しってわけでもないだろう」
「そうだ、あいつらの命と引き換えにイージス艦一隻だろ?安いもんじゃねーか、なっ」

ゲラゲラと高笑いをし合う警備の男たち。
軽すぎる警備の男たちの会話に呆れながら、琴美はするりと通路の物陰から躍り出ると、素早く背後に回り込む。
あまりの速さに男たちは何事かと騒ぎ立てるが、遅すぎた。
わずか数秒のうちに昏倒し、通路に倒れ伏す男達。
ふうっ、と息を吐き出し、琴美は額にかかった前髪を払う。あまりの呆気なさに呆れを通り越して、笑いしか覚えなくなる。
予定では彼らに見つかり、大騒ぎを起こして、潜んでいるテロリストたちを引きずりだし、一網打尽にするつもりだったのに、あまりにも弱すぎる上に間抜けすぎる。
手はかかるが、広い内部を手早く当たって敵を引きずり出すしかないと判断し、琴美はくるりと踵を返すと、通路のさらに奥へと踏み出した。

「第37ブロックの同志から報告がない?」
「あのブロックを警備している連中は落ちこぼれ集団だ。10分に一度、連絡を入れ、状況を報告するように命じてあったんだが、もう2度ほどつながらん」
要塞の中央部に設置された本部で警戒に当たっていた指揮官は副官からの報告に眉をひそめた。
落ちこぼれとはいえ、こちらからの連絡を無視するほどの度量は連中にはないことを熟知している。数秒遅れただけで平謝りをする連中が二度も忘れるとは考えにくかった。

「侵入者か」

忌々しげな指揮官の声に副官は軽く肩を竦めた。
苛立つのも無理はない。ほかのブロックならば、まだしも、よりによって37ブロックの落ちこぼれ。
連絡がないところから、すでに全員昏倒させられているのは確かだろう。しかも、時間にして20分以上は過ぎている。
わずか20分だが、あまりにも大きすぎる時間だった。

「緊急警報だ。人質のいる中央ブロック地下の守りを固めろ。侵入者を捕えて、叩き潰せ」
「重火器の使用も許可する。ネズミを炙り出してやれ!」

苛立ちを露わに言い放つ指揮官の言葉に副官の声が重なり、要塞中に響き渡る。
中央ブロックから1つ離れた地点で、警備の男たちを叩きのめした琴美はあら、と楽しそうに小首をかしげた。
 琴美なりに、かなり派手に行動していたつもりだったが、気づいたのが今とはずいぶんとぬるい人たちですこと、と胸の内で思うが、これでいちいち探す手間が省ける。
 数秒も立たないうちに、いたぞ、こっちだっ、という男たちの怒号が通路の奥から聞こえ、我知らず笑みを浮かべる琴美の前にサブマシンガンを構えた男たちが駆けてきた。

「政府の犬めっ!覚悟しろ」
「覚悟なさるのはそちらではなくて?」

男たちがトリガーに指をかけると同時に琴美はクナイを構え、床を蹴って一気に間合いを詰める。
 突っ込んでくる琴美にためらうことなく、男たちはトリガーを引き、サブマシンガンを撃ちまくった。
 前方が見えなくなるほどの硝煙。飛び散る火花。飛び交う銃弾が唯一の光源であるLEDランプが砕けていく。
 激しい銃弾をものともせず、琴美はクナイで自らの身に迫る弾を全て弾き返すと、男たちの眼前に迫る。
 ヒッという短い悲鳴を上げる男に琴美はにこりと微笑み返すと、手にしていたサブマシンガンをクナイで弾き飛ばし、無防備になったところで顔面を殴り飛ばす。
 背後の壁まで吹っ飛んで、そのまま壁からずり落ちる仲間の姿に数人が恐慌状態に陥り、サブマシンガンを琴美に向ける。

「おいっ!止せ!!」

通路の中心に立つ琴美の背後からは武装した別の警備班たちが駆けてくるのが見え、一人が慌てて制止するが、彼らには届かなかった。
 味方に構わず撃ちまくるサブマシンガン。
 悲鳴を上げて、角に隠れてやり過ごす仲間の姿を見て、ほっとする暇など、琴美は与えない。
 手の中で器用にクナイを逆手に持ち替えると、次々とサブマシンガンを彼らの手から弾き飛ばして、無用の長物へと変えていく。
 悲鳴を上げ、接近戦用のサバイバルナイフを構える男もいたが、無駄な努力だった。

「邪魔ですわ」

短く言い捨てると、琴美は編上げのブーツに包まれた美脚で男の側頭部を蹴り飛ばし、床に叩き付け、回転の勢いを生かして、その隣にいた男の顔面に肘鉄を食らわせる。
 その威力に折れた前歯を吹っ飛ばしながら、倒れる仲間を見て、背を向けて逃げ出そうとする男たちに琴美は容赦なく足を払い飛ばすと、クナイを鋭く投げつけ、壁に縫いとめた。
 時間にして、わずか1分弱。無駄のない、手際のいい攻撃にようやく中央ブロックから駆け付けた指揮官たちは息を飲んだ。

「おいおい、ウソだろ?こいつ、精鋭班をものの1分で叩き潰しやがった」
「変わり種の着物に鍛えられた格闘技とクナイ……噂に聞いていたが、まさか本当にいたとはな」
「あら、どういうことかしら?」

冷や汗を流す副官の隣に指揮官は一歩踏み出しながら、にこりと笑う琴美の前に立つと、身構えた。

「自衛隊の精鋭ぞろいの特務統合機動課。その中にたった一人でいくつものテロ集団や武装組織を壊滅させた最強と謳われる忍もどきの女がいるってな……お目にかかれて光栄だぜ」
「まぁ、そんな噂がありますの……でも、迷惑ですわね」

まさかこんないい女だとは思わなかったぜ、と下卑た眼差しを向ける指揮官を琴美は怜悧な瞳で笑顔を向けながら、構え直した。