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<東京怪談ノベル(シングル)>


闇に唄う黒き戦姫―高らかに唄う勝利の旋律

わざとらしく、ガシャリと鉄板を取り付けた革手袋を打ち合わせる指揮官に、琴美は笑みを崩さず、内心では冷やかに見下していた。
 大した実力もない者に限って、自分の力を誇示しようと、無駄に拳を鳴らしたり、無暗に振り回した腕で壁や柱を破壊したがる。
 そんな真似をしなくとも、琴美ほどの力の持つ者なら、相手の実力は分かるものだ。
 はっきり言って、この男、実力から言えば並よりも少し強い程度。特務の―戦闘要員でない事務次官補以下。
 相手にするのも面倒であったが、仕方がない。
 野次を飛ばす部下に応えて、無駄にガッツポーズなどをしてみせる指揮官に後ろに控えていた副官が呆れたように片手で顔を覆って、嘆く。
 
「これも任務ですわ。お相手して差し上げます」
「女のくせに笑わせてくれるぜっっ!!」

特に構えるでもなく、にこやかに言い放つ琴美に指揮官は大ぶりに拳を顔面目がけて振り下ろす。
だが、琴美の顔に届く寸前、こつ然とその姿が掻き消え、指揮官必殺の拳はむなしく空を切っただけでなく、派手にバランスを崩して、たたらを踏む。
どうにか体勢を整え、敵を探そうと首を回した瞬間、あからさまに背後へ回り込んでいた琴美は呆れた眼差しで鋭く指揮官の首筋に手刀を振り落す。
威力は十分に殺したつもりだったが、力の差だろう。
無防備だった首筋への強烈な一撃をまともに食らった指揮官はあっさりと白目をむき、そのまま床に叩き付けられる。
がしゃりと盛大な音を立てて、床に敷き詰められた石畳が砕け散った。

凍り付く空気。流れる沈黙が重く、張りつめていく。
集っていた兵の男たちはじりじりと、ふわりと髪を払う琴美から離れる。
たった一撃、しかも一撃と呼べるのかさえ分からないような最小限の動きで、指揮官を沈黙させてしまえば、恐怖するのも当然のことで。
完全に動かなくなった指揮官を一瞥し、さてどうしましょうか、と微笑んでくる琴美に男たちの恐怖は頂点に達した。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
「にぃぃぃぃ逃げろぉぉぉぉぉっっ!!」
「死にたくねーよぉぉぉぉぉ」

我先に要塞の外へと逃げ出していく大半の兵たちを副官と3人の男たちがひどく冷めた眼差しで見送った。
止める気など毛頭なかったが、逃げ出したところで結果は同じ。
外で待機している特務統合機動課の精鋭部隊に捕えられ、叩きのめされるのが目に見えていた。

「あら、やはりお逃げにはならなかったんですね」
「当然だ。ここを突破されたら、俺たちも少々困るんでね……と言っても、あんたの本当の目的は人質救出じゃないだろ?」
「まぁ、さすがですわ。お話が早くて済みそうで、助かります」

ポンと手を合わせて喜ぶ琴美に副官は役者だね〜といなしながら、油断なく琴美の前に立ちはだかり、残った男たちもゆらりと取り囲む。
彼らの動きに合わせて、琴美も太ももに括り付けていたクナイを素早く抜き、油断なく両手で構える。

 「用件はただ一つ。人質と一緒に持ち出されたUSBメモリーをお返しください……あんなもの、世界にとって無用の長物ですわ」

 穏やかに、だが、一瞬の隙も与えない鋭さを織り込ませた琴美の言葉を副官は鼻で笑い飛ばし、腰に下げていた大型の拳銃―パイソンを抜くと、その銃口を向けた。

「返すわけないだろう?『あれ』があれば、この国だけじゃない。世界のどの国も、どの国家も交渉に応じる!それだけの力がある……いわば、『パンドラの箱』だ」
「ええ、分かっていますわ。だからこそ『パンドラの箱』を開けてはならない……襲撃された企業上層部―いえ、会長は回収よりも破壊、消去を最優先事項に、と仰っていましたもの」
「ハッ……価値の分からねージジイだぜ。ただのデータでしかない段階で破壊消去たぁ、よっぽど困ると見える」

くっくっ、とのどを鳴らして笑う副官に琴美は間合いを少し詰める。
同時に取り込んでいた3人の男たちも動くのを見て、琴美の考えはまとまった。
 交渉でどうにかなる問題ではない。実力行使するしかない、と。
 素早く男たちを見渡すと、琴美はコツコツと踵を鳴らす。
 不自然な動きに、3人の男たちは怪訝な表情を浮かべつつも、囲みを解かない。逆に幅を狭め、琴美の動きを封じにかかる。
じりじりと互いの出方を探り合う琴美たち。
張りつめていく緊張の糸が頂点に達した瞬間、ほぼ同時に琴美と男たちは床を蹴った。
 背後から大ぶりのナイフを振り下ろす男。その動きを両側の男たちが気づいて、琴美の行く手を遮り、サバイバルナイフで切りかかる。
 常人には目で追い切ることができない速さの領域。
 だが、3人の刃はむなしく空を切り、琴美の姿は陽炎のように一瞬にして掻き消え、副官の眼前に現れる。
 ふわりと揺れる着物の半袖に視界が覆われる副官だったが、首筋にチリッと焼けるような殺気を感じ、前方に倒れ込むように飛び去る。
 振り向いた副官の目に飛び込んだのは、わずか数秒前まで自分の首があったところに黒く輝くクナイの刃が切り裂いていた。
 
 「全く油断も隙もないな」
 「大丈夫ですか!?副官」
 「噂通り、ふざけた奴だ。とんでもねー腕してやがるぜ」

 ひやりと汗を流す副官に二人の男たちが駆け寄ってくる。
 人数が足りないのは当たり前だ。
 副官が攻撃を避けたと見た琴美は予定変更と、おのれの右横を狙って、かけてきた男に空中で体勢を変えて、その側頭部に強烈な回し蹴りを決めて、舞うようにそこへ降り立つ。
 天性というべき戦闘センスに恐怖を通り越して、賞賛しか浮かばない副官に琴美はにこりと笑いかけた。
 
「あまり時間をかけるのは好きじゃありませんわ。いい加減に覚悟をお決めになられてはいかが?このまま意地を張っても、意味はないでしょう?」
「確かに……な。お前が侵入した時点で俺たちの負けは確定だろう」

やんわりとした―けれども、明確すぎる琴美からの降伏勧告に、副官はいきり立つ部下二人を抑えて、ごくあっさりと負けることを認めた。
 ここで奇跡を起こして、琴美に勝ったとしても、外から大挙して攻め込もうとしている特務の連中から逃げ切れることは不可能。
 政府のおひざ元から、目的のシロモノと人質を奪って装甲車で脱出などいう派手な作戦を成功させ、調子に乗りすぎる、と最初から副官は感じ取っていた。
 己のプライドをずたずたにした連中を許すほど、この国のエリートたちは甘くはない。
 十中八九、警察はプライドをかなぐり捨てて、組織殲滅を図ってくる。そのために最強の呼び声高い自衛隊特務統合機動課たちを投入するように要請をかけることも、その中で最も優れた能力を持つ水嶋琴美という隊員で自分たちを壊滅させようとする、と。
 呆れるぐらい分かり易い図式を組織上層部だけじゃなく、ここの指揮官は決して理解しようとしなかった。
 そのツケを今、払っているだけなのだ、切れ者の副官には分かり易いほどわかり切っていた。

「それでもな……あっさり負けるわけにいかないんだよっ!!」

ギリッと歯を食いしばったかと思うと、副官は一気に間合いを詰め、上段蹴りから回し蹴り、全身を回転させた勢いを殺すことなく突いてくる。
 無法者のテロリスト集団にあって、まぎれもなく正統派な体術に琴美は感心しつつも、全て紙一重でかわし切り、繰り出された正拳づきを左腕で防ぐと、流れるような動きで力を殺すことなく、きれいに払う。
 そのまま無防備になった懐に一歩で琴美は踏み込むと、捻り込むように強烈な一撃を食らわせた。
 重いはずの副官の身体が軽々と浮かび、そのまま壁まで吹っ飛んで、直撃する。
 胃液を吐き散らして、副官はずるりと壁からずり落ちると、二度三度全身をけいれんさせ、意識を失った。
 圧倒的な威力の違いに、二人の男たちは思わず後ずさりそうになるが、逃げても無駄なことは十分に分かっていた。
 
「ちっくしょーぉぉぉぉぉっっ!!」
「どりゃぁぁっぁあっぁ!!」

破れかぶれのような雄叫びを上げて、大きく肩で息をつく琴美に襲い掛かる二人の男だったが、その攻撃は届くことなく―振り向きながら蹴り上げた―黒のスパッツに包まれた太ももが男の身体を反対側に蹴り飛ばす。
派手な音を立てて、壁にめり込み、そのまま気絶する男たちを一瞥すると、琴美は失神した副官の胸ポケットからUSBメモリーを見つけ出すと、それを懐にしまい、背を向けた。
入口の方から賑やかな足音が聞きながら、琴美は最後の仕上げを済ませるべく、中央ブロック地下へと駆けだした。
数分後、要塞から任務完了を告げる蒼い狼煙が打ち上げられるのを指揮官ヘリが確認すると、潜入班と救出された人質たちを全て回収。
十数機のヘリによる縦断爆撃が決行され 、ブレイクプリズン作戦は終了した。
 この作戦により、裏社会では少数精鋭ぞろいの特務統合機動課の名は広く知られることとなる。

「任務完了。ご苦労だった、水嶋隊員」
「いえ、それほどでもありません」

ブラインドの閉じられたオペレーションルームで報告を受けた上官は琴美から渡されたUSBメモリーを握りつぶす。
 バキリッという嫌な音が響き、握り絞められた上官の拳が緩やかに開かれると、粉々に砕けたUSBメモリーが床に落ちた。
 滅多に見ない上官の行動に琴美は思わず息を飲むと、その視線に気づいた上官はいつもの笑みを口元に浮かべた。

「すまんな。こんなもんがあると世の中のためにならんのでな……お前もこの件は忘れろ、水嶋。次の任務も頼む」
「ええ、お任せください」

くるりと背を向ける上官に琴美は艶やかな笑みをこぼすと、背を向け、オペレーションルームを後にした。
 派手な真似をして、特務の存在を知らしめる結果になったことを上官が憤っていたことを理解していた琴美はそれ以上の追及をしようとしなかった。
 ―なすべきは任務遂行。それだけですわ。
特務最強の隊員である琴美の胸にあるのは、ただそれだけであった。