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Doll&Doll
扉を開いた瞬間、好奇心を刺激する場所だと単純に思った。
戸棚は全て木製で、アンティーク調。所々に金銀と装飾が施されており、いつの時代のものかは分からない。宝石は少なかったが、それがかえって高級感を出している。
売り物を置く棚ですら、そんな雰囲気のもので揃えられているのだ。少女の興味をひくには十分すぎる店だろう。
本日のなんでも屋さん。仕事はこの店の売り上げに貢献すること。つまり、売り子のバイトだ。
ファルス・ティレイラは本来配達屋だが、自らの事情によりこういった、なんでも屋として、日々を過ごす事が多い。
「すごいですねっ! こんなに素敵なものばかり!」
売り子をする店の名前はどこの国、或いは世界のものだろう、少しばかり理解のしにくい店名で、外観は東京の片隅にある為、さほど目立たない。こんなに綺麗な店だというのに勿体無いと、ティレイラは店中を見てまわった。
アジアン雑貨店の香りとはまた違う、香水の如き花の匂いはマジカルオイルであっているのだろうか。この店はもとより『そういった』店であり、魔術、魔道、魔法、呪いに願掛けと品物の数は豊富で、スタイルは西洋の流れを汲んでいるようだ。
商品はどれも光り輝いていて、ティレイラの心をしっかりと掴んでくる。
「あら、そんなことないわ。見て、お客さんはあまりいないでしょう? 手伝ってもらえて良かったわ」
「こんなお店なら一人呼んだら皆さん来ちゃいますよっ! 私も、来れてよかったー!」
紫の混じる黒髪を揺らし、服装のデザインにしてもうつくしい護符の棚で感嘆する。本日着てきた服は黒いワンピースで、魔法に関わる店だと聞いていたせいか、派手な格好を避けたのだが、これでは逆効果な気分になり、自らのスカートの裾を掴んでため息をついた。
(これだったらもっとフリルのついたかわいいスカートの方が良かったな。最近は暑いもの、薄手のブラウスで白系にして、ピンク色のチョーカーをつけて……ああ、失敗したなあ……)
考えている服装とは真逆の格好であり、ティレイラはこの世界でいうところの『魔女』をイメージした服装で、場違いに感じる。
これでも、十五歳の考える魔女像であるので、本物の魔女や、係わり合いのある人間からしてみれば、かわいらし過ぎる方なのだが、少女のファッションスタイルとして今の格好はナシだ。
「店が店だもの、呼び込みはしなくても構わないのだけど、お店の在庫品だけは確認してほしいの。良いかしら?」
店主の女曰く、『普通の人間』はこの店には来ないらしい。呼び込まれた者だけが扉を叩くから、ティレイラの仕事は主に接客と在庫の確認。売れたものは入荷に備えて、出来るだけ紙に書き、彼女へ渡すという事になる。
更に、客はすくないが呼び込みはいらない。理由は店主によると簡単な法則で、二人居る。この彼女とティレイラの魔力に寄せられ、呼び込まれる者の数は増えるそうだ。
一人だと効率が悪いと、妖艶な雰囲気を持つ黄金の髪の店主は微笑む。
「在庫ってそんなにすぐ無くなってしまうものなんですか?」
「同じ物は大体一つしかないものなの。いわく付きのものって大抵そういうものでしょう? だから入荷日もすぐには決まらないのよ」
「なるほど、すぐ入荷にはならないから、私がしっかりメモしてお渡ししなきゃいけないんですね。わかりました!」
頑張りますと大声で言い、ティレイラは店主が案内する店の在庫の殆どを記憶した。
全ては無理があったが、魔法の勉強よりは単純な作業だ。特にこの店は一点物ばかりで、特徴さえ覚えておけば品名が出ずともメモには出来る。
「それじゃあ、わたしは今なくなっている物の入荷手続きをしてくるわ。お店番、宜しくお願いするわね」
言って、店主は店の倉庫よりもっと奥。灯り一つ無い、漆黒の空間に浮かぶような、扉へと入っていった。
魔法、魔術と奥は深く。ティレイラはこの店主がどうやって品物を入荷するのか、こういった異次元の如き空間を作るのか分からない。女らしい後姿が鈍く光る銀色の扉へ消えていけば、感動に似た気持ちが湧き上がる。
ティレイラの空間魔法とは、移転から断裂、更には障壁を作り、身を守ると、なかなか高度なものではあるが、同じ空間を長くとどめて作る、というのはあまり試した記憶が無い。
(私もいつか、あんな風になれるのかなあ……)
手に渡された古いメモ帳を持って、ティレイラは店内のレジへと向かう。
店は既に開店していて、この場に呼ばれた者が各々に気になった物品を手に取り始めている。この、不思議で綺麗な場所で働けることを心から嬉しく思い、元気な声でなんでも屋の一日は始まるのだ。
■
店主の言葉通り、客足はティレイラがこの場に着いてからの方が多くなり、売れ行きは『いつも』がどの程度なのか分からなかったが、売り子としてあまり暇の無い時間を過ごす事になった。
(売れるのは一個づつとかなんだけど、やっぱり品切れはおおいのね……)
たまに商品を指定してくる客がいるのだが、こういう時に限って、奥の在庫は無しと書かれている場合が多い。売った後に別の客が来て、『これはないか』と同じものを欲しがるが、ティレイラが確認しても矢張り無いものは無いのだ。
(ううーん。なんだか申し訳無い感じかなあ……。こんなに素敵なものばかりなのに、買えないなんてさみしいよ)
自分も客として居たなら何か買っていたに違い無い。いや、仕事が終わったら何か探してみるのもいいかもしれない。
魔法、魔術に関する物の専門店だが、先に見た通り、護符も多いがそれ以上に、小物の多さには目を見張るものがあった。特に人形関係がティレイラの目を惹きつけ、ビスクドールの棚は仕事が無ければ一日中眺めていたい気がする。
もっとも、売れてもいる為、少しづつ飾られる物自体少なくなってしまっているが、これならば奥から別の人形を持って来て、並べた方が良いのではないか。ここは店なのだから、棚に売り物が置いていないという事は客への心証を悪くする可能性だってあるのだ。
(私だって売り子だもの、管理はしっかりしないとだよね!)
一大決心をした、ティレイラは客足が一通り無くなり、周囲を見渡して商品がさみしくなってきた頃に奥から、新しい『売り物』を探しに倉庫部屋と戻った。
「あら、どうしたの?」
「入荷、済んだんですか? えっと、お店の物が大分売れてしまって。在庫を取りに来たんです」
在庫部屋には女店主が佇んでおり、彼女の手から新しい何かが置かれたようで、ティレイラは興味を持ちながらそれに近づく。
「今回は少しだけしか手に入らなかったわ。けれど、良いものを仕入れたつもりよ。――ふふ、熱心に働いてくれているみたいね」
目の前に置かれたそれはビスクドールと衣装が一セットになっているものらしい、人形は一昔前のフランス製のものを思わせる、気品に満ちた顔立ちで、衣装は白いレースとピンク色のレースが上手く重なり合う上品な色合いだ。
『セット商品』のもう一つはこの人形と同じデザインで、人間用の大きさで作られたドレスである。人形と同じ服を着て練り歩く少女は通常の人間にも見られるファッションである為、ティレイラの心は大きく動く。
「……それは、もちろん! こんなに綺麗なお店ですから!」
女店主のねぎらいの言葉に、ティレイラは笑顔で答えるが、目の前の新しい商品に釘付けとなり、頬は高揚し、触りたいと瞳で訴えてしまっていた。
「気になるかしら?」
「えへへ、はい! お人形も美人さんで、お洋服もとても綺麗! これ、売っちゃうんですよね」
「そうねえ、もう少しここに置いてもいいんだけれど……」
新しく商品棚に陳列するものを探しに来たのは良いが、ティレイラはすっかり目前の商品に魅入られてしまった。見た目からして値段は張りそうではあるが、自分が購入したい気持ちまで沸いてくる。
無理であろうことは、バイト中に消えていった商品の売り上げで十分過ぎるほど理解出来るが。だからこそ、気に入った品には手を触れてみたくなるのだ。
「あの、これ触ってもいいですか?」
「えっ? ……それは……」
少女の行動を突き動かすものは好奇心である。
言いよどむ女店主を尻目に、ティレイラはセットで置かれた人形の碧色をしたガラスの瞳を覗き込み『いいよね』と一言告げてから、人間サイズに作られたドレスを腕に通した。
触り心地の良い、シルクよりもっと上質な肌触りに思わず震える。これが自分の物であったならどれだけうれしいだろう。
「ねえ、あまり着ていると……」
「す、すみません。でもこれ、とても気持ちよくて素敵なドレス……!」
女店主は言葉を濁しているが、別段ティレイラを怒るような事はせず、『早く脱いだほうがいい』とだけ言いたげであった。が、これが逆にまだ着ていても良いだろうというティレイラの安心に繋がってしまった。
白とピンクの細かなレースが、くるりとターンを決めると舞う。春の花の如き美しさに少女は酔い、自分が蝶にでもなったような気がしたのだ。が、しつこくも、ここは魔法、魔術に関する専門店である。
(あれっ? なんだかおもたい……?)
感じた頃には遅かった。
花びらより軽く思われたスカートの裾から、ティレイラの足までが一気に陶器化していったのだ。
最初はただ重いから始まり、侵食してくる質感に少女の身体がゆっくりと生体から、ただの個体へと成り果てていく。
「たっ……たすっ……いや、ぁ……!」
気づき、足が陶器化し、女店主に助けを求める為、振り向くその数秒で腹までが人形の皮膚と同じ硬質さに変化した。息をするのに苦しく、動く事は困難で、石の塊が擦れる不快な音が響いた。
助けてもらえない。女店主が冷徹というわけではなく、言いよどんでいた彼女はきっと、これを言葉にしたかったのだと、ティレイラは思い、涙を流した。目の前では忠告をしようとした相手が困り果てたという表情でこちらを見ている。
皮膚からは感覚が抜け落ち、ティレイラという名の陶器人形が完成する。この人形は衣類すら布で出来てはいない為、うつくしい少女の銅像のようでもあった。物質でありながら、みずみずしく思える素肌に、長く艶やかな髪が脈動し、混乱した様子を見事に表現し、流れる涙は一滴の宝石となって頬で固まった。
「まぁ……。困ったわ、言うべきだったかしら?」
活発に動き、喋っていたティレイラは陶器人形だ。静まり返った部屋の中で、女店主は少女の姿を見てため息をつく。
どう後悔したにせよ、あの人形と服に手を出してしまったなら、ティレイラの運命は決まっていて、こういった魔術をかける道具の一種であったのだ。迂闊であった売り子の少女に小さく息をつきながらも、女店主は部屋の中央に鎮座する等身大の身体に心を奪われた。
「いつもお人形を扱っていたけれど、こんなに綺麗なまま大きくなった子は初めて……。ふふ、ティレイラさんには申し分けないけれど、暫く解呪は待ってもらいましょうかしら」
呪われてしまった以上、すぐ元に戻す事は不可能だが、女店主の力をもってすれば多少は早く生身に戻す事は出来る。
それでも、いわく付きの品を扱う女店主は彼女なりの趣味というものがあり、ティレイラはその趣向に合う、見事な人形であったのだ。これを逃す手は無い。
命をとるわけでもなく、いつか解ける呪いであるなら、暫しこの甘美な空間を楽しんでいよう。
女店主は細い瞳と唇を微笑ませ、ティレイラの陶器、質感を十分に楽しむ。
いわく付きの人形を作った、女店主の最高傑作であるティレイラを。この後数週間は、コレクションにしておくつもりなのだ。
END
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