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<東京怪談ノベル(シングル)>


宝物の罠
「祖母の形見なんです」
 目的の屋敷を目の前に、ファルス・ティレイラに少女が言った。
 分厚いローブに魔法道具を腰から提げた少女だ。歳は私と同じくらいかな、とティレイラは思った。少女は緊張気味に、しかし決意は固いようで身体を強張らせたまま続けた。
「この屋敷の魔女は魔族で、宝物庫に魔具や宝石の類を集めることを至高の喜びとしているんです」
「ただの魔女じゃない、ってわけなんだね」
「はい。わたしの祖母は魔女でしたが、昔ここの魔女に魔具を奪われたと話していました。亡き祖母のためにも取り返したいんです」
「気乗り、しないけれど……」
 ティレイラはそう言って渋面を作っていた。同情はすれど、自分にはいささか肩の荷が重い仕事だ。ティレイラが主に受けている仕事は手荷物の配達が主で、護衛や奪回は範疇の外である。
「空間を操るティレイラさんとお知り合いになれたのは、祖母の引き合わせだと思っています。どうか……」
「わかったわ。ひとまず中庭に入ろう。人里からも大分離れているし誰かを巻きこんだりしないだろうから、お望みの空間転移で行くね」
「ありがとう」
 脇にいる少女をぎゅっと抱き寄せ、「目を瞑ってて」と指示をした。少女が目を瞑ったのを見て、自分たちの周りの空間を捻じ曲げる。ティレイラ自身は慣れたものだが、初めてでは目を瞑っていても軽く酔うだろう。
 ふわりとする感覚、急に重力がかかったような圧迫感、しっかりと地面を踏んでいるのを確認して、ティレイラは少女に囁いた。
「大丈夫よ」
 目を開けた少女が周りを見渡す。手入れのされた中庭に二人は立っていた。見たところ警備をしている人間や使い魔の姿もない。
「どこかしら……」
「確か、屋敷に納まりきらなくなった宝物の類は、離れの一角に置いているはずです」
「あの建物だね。行こう」
 慎重に声と足音を殺して二人は中庭を素早く横切った。
 宝物庫は程なくして見つかった。厳重に閉ざされている鉄のとびらだ。
「鍵……どうしよう」
 少女が、いかにも重たそうな錠前を前にして呟く。ティレイラが少し考えて、
「警備もいないのは、きっと鍵自体に細工がしてあるのよ。魔法がかかってるんだわ。できるか分からないけれど、ここも空間転移してみる」
 ひそひそとティレイラが言い、先ほどと同じ要領で空間転移をすると、あっと少女が声を挙げた。二人はきちんと宝物庫の中に立っており、少女がその中にある水晶に近づく。
「これです、祖母の……!」
 大事に水晶を抱えた少女に、ほっとしてティレイラが言う。
「よかった。これで戻れるね」
「待って、他に同じようにして奪われた人もいるんです。少しでも持ち帰らないと……」
 二人は宝物庫を見渡した。以外に広い間取りで、きちんと整理されているどころか芸術的な展示室のようでもあった。魔女のコレクションとしてのこだわりを感じさせる。
 それらを検分していると、

 カチャン

 と何かが外れる音がした。
「……ねえ。何か聞こえた?」
「聞こえました……。嫌な予感がします」
 ティレイラの言葉に少女も応じた。ティレイラが扉に近づくと、その扉が微妙に開いているのに気付く。
「開いてる……? 警備している人に見られた……!?」
 ティレイラがその扉を開いて外に出ると、
「お待ちなさい」
 と妖艶な女の声がした。ティレイラが慌てて辺りを探すと、目の前に霧のようなものが集まっていく。それらが人の形を取ったと思えば、件の魔女がそこに実態を伴って立っていた。
 尖った耳、人にはない髪の色。魔族の魔女だ。
「いけない子。盗人は相応の罰を受けなければね」
「ひっ……!」
 ティレイラが息を飲んで、竜の翼をばさりと広げた。外なら飛びたててしまえる。
 羽ばたく瞬間に、魔女が手にしていたものをふわりと投げた。何か小さいものが弧を描き、ティレイラに触れるように当たる。
「えっ、なに……いやああっ!?」
 当たった何か……、宝石の核のようなものがティレイラの身体を急激に包んだ。魔法の宝石だったのだ。
 宝石の塊が頭も、手足も、広げた翼すら覆っていく。美しく輝く宝石像の完成に魔女がくすりと笑うと、その細い腕で軽々とティレイラの像を持ち上げた。
「これがむさくるしい男だったら、その場でお帰り願っていたけれど。まさかこんなに可愛い女の子が私の庭に来てくれるなんてね」
 上機嫌で魔女は宝物庫に入り、さてこのティレイラ像をどこに飾ろうかと壁際を眺めた。
「ここがいいわ」
 立てかけるようにしてティレイラの像をそっと横倒しにすると、少し身体を引いて見事なインテリアと化した彼女の像を眺める。
 中々いいものを手に入れたわ、と独り言ちて、「誰もいない宝物庫」を魔女は後にした。
 鍵がかかり、静まり返った宝物庫の片隅で何かが空間から出るように現れた。依頼人のあの少女だ。手には指輪が握られている。
 少女の祖母が魔女だったのは本当だ。指輪は己の姿を隠す魔具で、ティレイラが外に出る前にこの指輪を身に着けて事なきを得たのだった。
 その本当の目的は……。
「気持ちいいくらい上手くいったわ」
 立てかけられているティレイラの像に、懐から取り出した布を取り出してかける。艶めいたサテン生地のように思えるその布に包まれた像が、みるみるうちに小さくなり、両手でなら抱えられるほどの大きさにまでなった。
 布にくるんだまま、少女はその像を大事に抱える。ローブの下から出した魔具で、宝物庫の鍵もすんなりと開いてしまった。
 そう、出入りするのも、盗み出すのも、少女一人で簡単にできてしまうことだった。ただ依頼を受けて同行してくれる人がいなければ、あの魔女が作り出す宝石像が手に入らない。そのための同行者だったのだ。しかも空間転移のできる人物なんて、楽もいいところだったわと少女は笑みを浮かべる。
「さあ。あなたはどれくらいの値がつくのかな?」
 そう手の中のティレイラに囁いて、少女はその宝物庫から逃げ出した。