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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜支える手〜

 白鳥瑞科(しらとり・みずか)が開発部隊のアジトとも言える、研究室棟に呼び出されたのは、午後の早い時間帯だった。
 普段なら司令書を受け取って出かけているはずの彼女であったが、そろそろ戦闘用のシスター服を改良したいと開発担当からの要請があり、それに協力するため、こうして本拠地に残っているのだった。
 とはいえ、彼女が出撃しなければならないようなレベルの敵の情報も、今のところ皆無であるし、好都合と言えば好都合だった。
 彼女自身はあまりシスター服を破損するようなことはないのだが、他の武装審問官たちからすれば、戦闘用シスター服の改良はまさしく命綱とも言えるものである。
 何をどの程度強化したかによって、その後の戦果に影響が出るからである。
 瑞科も、他の人たちの身体や命が少しでも守られるのであれば、その開発協力もやぶさかではなかった。
「白鳥瑞科、参りましたわ」
 機密を守るために作られた鋼鉄の扉の前で、声紋認証システムに向かって声をかける。
 その後、網膜と指紋の照合を経てようやく、扉は重々しく開かれた。
「待ってたのよぉぉおお、瑞科!!」
 入るや否や、小躍りせんばかりの狂喜を声の端々に漂わせて、開発部隊随一の実力者であり、主任でもある部門長が瑞科に飛びついて来た。
 当初はそれに面食らっていた瑞科だったが、今は完全に慣れてしまい、まったく驚かずに冷静に答える。
「新しい戦闘服の試着に参りましたわ。どこにありますの?」
「あれよ、あれ! 今回のはすごいのよぉぉ!」
 喜色満面の笑みを浮かべ、研究以外に興味のない彼女は、あまり手入れの行き届いていなそうな茶色の長い髪を振り乱すようにして、部屋の隅に駆けて行った。
 瑞科もゆっくりとその後を追う。
 この開発部の部門長は、瑞科よりも5歳も年上だ。
 それなのに、瑞科よりもずっと幼く見える。
 それは見た目もそうだが、何より言動が無邪気だからだった。
 彼女は本当に研究だけをして毎日を生きている。
 その結果、その手が生み出すものは本当に素晴らしいものばかりで、瑞科たち武装審問官は安心してその身を任せているのだった。
「見てよ、これ! すごく軽いのよ! 裏に金属貼ってるんだけどね!」
 瑞科は部門長から新しいシスター服を受け取った。
 見た目は変わっているところはあまりない。
 彼女の好みなのか、多少レースが繊細な柄になっているとか、表面が少々光沢を持っているとか、その程度のものである。
 しかし、裏返して見ると、内側に薄く何かが貼られていて、その上を特殊な糸で編まれたレース生地が覆っている。
 レースの隙間からその素材を見てみると、確かに金属のような気もする。
「耐久性を上げたのよ。格段に守備力が上がったわ。それでもって、動きを制限しないのよ。裾さばきも悪くないわ」
「着てみてもよろしいかしら?」
「もっちろんよ! ぜひいろいろ動いてみて! データ取るわ!!」
 全速力でモニターの前に陣取る彼女を横目で見やって、瑞科は部屋の隅に設けられた着替えのための小部屋に入った。
 着てみると、明らかに軽かった。
 今までは鋼板のごくごく薄いものを布地の間に入れていたのだが、今回は樹脂に近い手触りになっていて、金属だとは言われなければわからない。
 それが表面に出て来る素材のすべてに組み込まれているので、しっかりと全身が守られているような形になっていた。
「素晴らしいですわね…」
 ロンググローブも、一見絹のようだが、その金属が裏地に貼られている。
 これでくり出した一撃は、今までの数倍の威力を伴うことだろう。
 瑞科は感心したまま、部門長のところに戻った。
「既に対戦相手のデータは入力済みよ。あなたが今までに戦った相手の中でも、一番強かったヤツにしたわ」
「望むところですわ」
 瑞科は肩から髪を払いのけると、嫣然と微笑んだ。
 一瞬にして、目の前が岩場を模した仮想空間に変わる。
 そこに以前見たことのある、人間の5倍の大きさの異形のモノが現れた。
 すぐさま咆哮とともに瑞科のところへつっ込んで来る。
 瑞科はいつものようにひらりと宙に飛び上がった。
「これは…!」
 彼女としてはほんの少し地面を蹴っただけのつもりだった。
 しかし実際には3メートルほど飛んでいたのである。
 素材全体が軽くなったことと、ブーツの底の強化も同じ素材で行われたために、飛躍的に跳躍力が上がったようだ。
 降り立ったとたんに、敵の背中に拳の一撃を入れると、あっという間に敵が仮想空間の端まで吹っ飛んだ。
「いつもどおりですのに…」
『そのグローブ、あなたの力を感知して増幅するようにしてあるのよ』
「面白い改良ですわね」
『科学の力も伊達じゃないでしょ?』
 得意げな彼女の顔が見えるようだ。
 瑞科はにっこりと笑って、向かって来る敵に蹴りを加える。
 敵の全身が地面にもんどり打って倒れ、そのまま動かなくなった。
「あら、終わってしまいましたわね」
『瑞科、あなたの戦闘データ、この前のよりずっと数値が高くなってるけど…』
「日々訓練は欠かしませんわ」
『それにしても…』
 どこか納得がいかないような部門長の言葉に、瑞科は唇だけで微笑んでみせる。
「次回からは、想定の倍の強さの敵にしていただかないと困りますわね。きちんとしたデータが取れなくなりますわ」
『…そうさせてもらうわ。ところで』
 今回の戦闘服についての感想を求める彼女に、瑞科は消えて行く仮想空間の映像の中心で、満足げにうなずいた。
「素晴らしいですわ。あなたの腕にはいつも感謝しておりますのよ」
 心の底からそう述べる瑞科に、いつもの研究室の真ん中で、部門長の彼女がうれしそうにたたずんでいた。
 
 
 〜END〜