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<東京怪談ノベル(シングル)>


レッツエンジョイ!デスクワーク


 IO2エージェント、コードネーム「フェイト」。
 彼が過ごしたアメリカ研修時代の4年間、今と変わらぬほど様々な事件を懸命に追った。しかし、そのすべてが無事に解決した訳ではない。時として自分の流した汗が無駄になり、可憐な少女の流した涙に報いることのできない結末を迎える事件もあった。依頼人との出会いと別れを繰り返し、彼はいつも運命に立ち向かう。

 ニューヨーク本部に用意されたデスク。ここはいつも、フェイトが担当する事件ファイルが山積みになっている。
 無論、この状況は本人の優秀さを示す光景だ。課内を取り仕切る上司は、彼に絶大な信頼を寄せており、いつも積み上げられた書類の上に「高い、たか〜い」と言いながら、新たなファイルを載せていく。これが有能であるが故の弊害だ。
 とはいえ、すべて自分が最後まで手がけた事件のファイルではない。超常現象的もしくは霊的な事案であるかどうかの判断を依頼する書類が多く、大半が所見を述べるだけで済む内容だ。
 問題は、すべて書類で返答しなければならない点である。これが非常に面倒で、さすがのフェイトでも飽きを感じるほどだったが、任務に就く必要がないというのは、心に安らぎを与えてくれる。
 彼は誰に言うでもなく、「平和っていいな〜」と呟く。ふと窓を見れば、昼下がりの街の光景が見下ろせる。今日は穏やかな日差しに包まれていた。
「そうだ、ドーナツでも食べようかな。あと、コーヒーも」
 フェイトは休憩がてら、カフェテリアへと向かう。IO2内にあるので、スーツの上は着ない。財布だけを持ち、オフィスを出た。

 しかし、そんな彼を待っているのは、日本で言うところの「食堂のおばちゃん」風味の店員。フェイトは、この人がちょっと苦手だった。
「あらぁ〜ン、いらっしゃぁ〜いッ!」
 まだ現地までかなり距離があるというのに、過度に艶かしいというか、妙なイントネーションの挨拶が飛んでくる。そう、ここのウェイトレスは、れっきとしたオカマちゃんだった。
「こ、こんにちは。本日はお日柄もよく……」
 フェイトはすでに、自分で何を言ってるのかよくわからない。それほどまでに芳しいインパクトを放つ彼……いや失礼、彼女はいちいち腰をくねらせながら話しかけるというか、とにかく絡んでこようとする。
「今日はねぇ、ピーナッツバタークリームを乗せたデザートドーナツがオススメなのよぉ〜、フゥー!」
 最後に付け足される無駄なセクシー乙女強調ポーズを適当にスルーし、フェイトは無言で健全なドーナツを凝視する。
「じゃあ、これください」
「何よ何よぉ〜! たまに顔を見せたと思ったら、アテクシを邪険に扱うなんてェ〜! いけずぅ〜!」
 彼女のご機嫌を損ねたと感じたフェイトは、慌てて身構える。
 というのも、相手は彼の身長・体重を凌駕する肉体の持ち主で、しかも最近まで最前線で活躍していた先輩であり、凄腕のエージェントだったのだ。ところが、ある日突然「料理と女に目覚めた」らしく、そのままエージェントを退職。現在は、このカフェテリアで働いている。まぁ、情報漏洩の危険もないし、身元確認も楽だし、今までの功績も考慮して採用したのだろう。
 こんな人間が店にいたら、仲間はやりにくいと思わなかったのだろうか……日本人のフェイトは首を傾げたが、職場の人間はあまりそんなことは感じなかったらしい。なんとも可哀想な話だ。
「ねぇ、フェイトちゃ〜ん。アテクシ、困ってるのォ。最近ね、キッチンにゴキブリが出るの!」
 要は「構ってくれないと売ってあげないわよ」ってことをアピールしているのだが、これに付き合うのが面倒で堪らない。だが、午後のおやつなくして、楽しいデスクワークは演出できないのもまた事実だ。フェイトは疲れた表情で「わかりました」といい、キッチンに歩を進める。
「はい、じゃあ、退治用のハンドガン渡しとくわね♪」
「ちょ、ちょっと! こんなもの、どこから持ち出したんですか!!」
 そんなことを言って騒いでいると、ゴキブリが呑気にツツーと売り場までお散歩してくる。
「キィィヤアァァァーーーッ! 出たわぁ、悪の権化ェ!!」
 凄腕ウェイトレスは瞬時に敵を発見し、どこからともなく愛用の拳銃を抜き、正確無比な射撃で敵をあっさりと粉砕。この間、たったの2秒である。今すぐにでも職場復帰できるレベルの実力を見せ、フェイトにラブリー猛アピール。
「イヤァーン、怖かったぁ、フェイトちゃ〜ん♪」
 明らかに「怖いのはあんたです」という顔をしたフェイトに、野太き乙女がフライングボディプレスを敢行。この後、熱情のベアハッグをしながら頬擦りするつもりだ……不意にテレパシーで女の心を読んだ彼は、職場では披露することのない体術を駆使し、素早くその場を離れる。
「やっぱり……やっぱり、この展開になるんじゃないか!」
 自分を呼ぶ声は聞こえるけど、もう振り向かない。聞きたくもないし、見たくもない。
 さようなら、ドーナツとコーヒー。さようなら、俺の幸福な午後。できれば永遠にさようなら、ウェイトレスの元先輩。

 フェイトはオフィスに帰るなり、必死の形相で上司に苦情を並び立てる。
「あれはセクハラです! あれはパワハラです! すぐに止めさせてください! 俺はドーナツとコーヒーを買いたかっただけなんです!」
「ふーむ、ハラスメントの恨みを友人の男と晴らしたいのか? 晴らす、男と。はらす、めんと。ハラスメント……HAHAHA!」
 オフィスが静まり返る中、上司の笑い声だけが豪快に響く。さすがはビッグアメリカ、アホのスケールもデカ過ぎる。
「我ながら素晴らしいアメリカンジョークだ! ところで別件だが、シカゴで起きてる幽霊の食い逃げ事件、調査に来てほしいって言われてるんだけど、これどうす」
「はいはい! 行きます! 今すぐ行きます! 俺、任務大好きですからっ!」
 今はここにいるよか、外の方が絶対マシだ。食堂にはドーナツとコーヒーもあるだろう。もしかしたら、その幽霊が俺の愚痴を聞いてくれるかもしれない。悲しい俺の境遇を聞いて、もしかしたら一緒に泣いてくれるかもしれない……
 そんな優しい世界を妄想したら、自然と目から水があふれ出た。
「俺っ……俺、任務大好きですからっ!」
 上着と旅行かばんを抱え、オフィスを後にするフェイトの背中は哀愁でいっぱいだった。

 どうかフェイトの引き受けた依頼に、幸多からんことを。