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<東京怪談ノベル(シングル)>


とばっちり?!

「えーっと……。ここよね?」
 ティレイラは、薄暗く重たい雰囲気の大きな屋敷の前に、一枚のメモを手にしたまま立っていた。
 彼女はここに、貯蔵している魔法品を盗み荒らす魔族がいる為、捕獲するよう依頼されて来たのだ。つまり、ここは依頼主の館である。
 さすが魔法使いと言うだけあって、その館の風貌たるやいかにもな感じだ。
 常人ならば近寄りがたく思えるこの館も、ティレイラにしてみれば別段問題など無い。平然とした表情のまま門を押し開けて堂々と中へと入って行った。
 ギギギギィ……とドアの軋む音を聞きながら玄関を開くと、中は暗いままところどころでろうそくがゆらゆらと揺れている。
「……お化け屋敷みたい」
 臆したのかと思えば、ティレイラの顔はどちらかと言うと楽しんでいるようにも見える。
「すいませ〜ん。どなたかいらっしゃいますかぁ?」
 玄関先でそう声を上げると、館のメイドと思しき女性が暗がりから現れた。
 メイドは屋敷には不釣合いなほど普通で、人懐っこそうなにこやかな笑みを浮かべてティレイラを出迎える。
「ご主人様より賜っております。魔族捕獲を依頼された方ですね?」
「あ、はい。そうです」
「どうぞ。お部屋へご案内致します」
 促されるまま、ティレイラはメイドに付いて館の奥の部屋へと案内された。
 その途中、魔法品を貯蔵している部屋とトイレなどの簡単な説明を受けて部屋へと通された。
「では、何かございましたらお呼び下さいませ」
 メイドは部屋の前でぺこりと頭を下げると、その場を後にした。
 ティレイラは部屋のソファに腰を下ろし、ふぅっと短く息を吐く。
「魔族が出るのは深夜だっていうし、少し休んでおこうっと」
 緊張感もあまりなく、ゴロンとソファに横になったティレイラはうとうととし始めた。


 その日の深夜。
 ティレイラは屋敷の人間達が完全に寝静まった頃に部屋をそっと抜け出して、案内された貯蔵庫へと足を運ぶ。そして扉にそっと耳を押し当てると、中からはガサゴソと遠慮の無い物色している音が聞こえてくる。
 そっとドアを開いて中を覗き込むと、部屋の四隅に山と詰まれた箱の中に身を乗り出して漁っている少女の姿が見えた。
 開いていたドアを、音を立てないように注意を払いながら閉めて、少女の傍に忍び寄ったティレイラはすぅっと息を吸い込む。
「観念しなさい! 泥棒さん!」
 突然背後から声がかかったことに驚いた少女は、ビクリと体を大きく震わせて上体を起こした。と、同時にバランスを崩し、派手な音を立てながら箱ごと地面に転がってしまった。
「アイタタタタ……っ?!」
 お尻を強打した悪魔は、目の前に立ちはだかるティレイラの姿を見つけるなり血相を変えて慌てて逃げ出した。
「待ちなさいっ!」
 バサッと隠していた翼を生やして飛行し、ドアへと手を伸ばした少女に背中から体当たりを食らわせる。そしてよろめいた所をガッシリと捕まえることに成功した。
「ふふん。他愛ないわね。観念して荒らして行った物全部返しなさい!」
「……」
 余裕を見せ、ずいっと手を差し出したティレイラを魔族は睨み上げた。そして彼女に見えないようにそっと忍ばせていた封印玉を握り、それを思い切り振りかぶってティレイラの背後の床に投げつけた。
 一瞬の出来事に目を見開いて驚いたティレイラは、背後でパンッと何かが弾ける音に気付き咄嗟に振り返った。
 そこには黒い煙が上がり、異様な雰囲気をかもし出している。
「さぁて、どんな姿になるかな」
 くっと口元を歪めて楽しげに話す魔族に、ティレイラは眉根を寄せた。
 黒い煙に巻かれると、体が黒光りの黒曜石の塊と化し封印されてしまう魔法品だ。
 うろたえながら魔族を振り返ると、魔族は全身を使ってティレイラを煙の方へ突き飛ばす。
「……っ!!?」
 ティレイラは煙の手前ギリギリで翼を羽ばたき、その勢いで体を回転させて逆に魔族の腕を掴んで煙に押し飛ばした。
「なっ!? ちょっ、な、何するのっ!!? やだぁああぁーっ!」
 煙に巻かれた途端、魔族はパニック状態に陥り泣き喚き慌て出した。
 その瞬間、ズズズズズ……と、地を這うような不気味な音が響き渡り、その音にただならぬ予感を感じてティレイラは逃げ出そうと魔族に背を向けた。
 刹那、煙の中から魔族の腕が伸び、ティレイラの尻尾の先を掴まれた。
「わっ……!?」
 短い悲鳴を上げた瞬間、ティレイラは思い切り前のめりに倒れ顔面を打ち付ける。
「ちょっとっ!? 何すんのよ! 離しなさいよ!」
「はぁ?! それはこっちの台詞よ! 人のこと押し込んどいて酷いじゃないっ!」
「元はといえばあなたが仕掛けた事でしょ! 人のせいにしないでっ!!」
 まるで子供の喧嘩のように言い合いが続く。が、その間に二人の体は綺麗な黒曜石の像に変わってしまったのだった……。


 翌日、依頼人の女性が館にやってきて黒曜石となった二人の姿を見つけるとふっと微笑む。
「まぁ、一応依頼は達成されてるわね」
 と、満足そうに呟いたのだった。