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<東京怪談ノベル(シングル)>


甦る9・11


 巨人の腐乱死体のような機械の怪物が、ニューヨークの街並を破壊・蹂躙している。
 その映像を背景に、1人の上院議員が熱弁を振るっていた。
『国民の皆さん、これはハリウッドの新作映画ではありません。現実に起こった出来事なのです。かつての9・11以降、我が国は常にテロの脅威に晒され続けてきました。それらをことごとく退けた結果、今日のアメリカ合衆国があるのです』
「初耳だなオイ。この国って、テロ組織に勝ったのか?」
 病室のテレビに向かって、同僚が毒づいた。ベッドの中からだ。
 退院は間近である。
 フェイトは女性上司と共に、見舞いに訪れていた。
『そしてこの度も、我ら合衆国政府はテロリストとの戦いに勝利しました!』
 上院議員の語りに合わせて、映像が切り替わった。
 ナグルファルが、機械の怪物を引きちぎり、持ち上げ、ニューヨーク湾に放り込んでいる。
 同僚が、ベッドの中で目を丸くした。
「こ、これ……お前が動かしてんのか? フェイト。すげえシンクロ率だな」
「声が大きい」
 女性上司が、厳しい声を発した。
「ナグルファルの操縦者に関しては、全てがトップシークレットだ。本来ならばフェイト、お前がこのように外を出歩くなど、あってはならない事なのだぞ」
「ええと……俺、ひょっとして監禁とかされちゃうんですか?」
「そういう事態に、ならないとも限らないのだよ。このような人物がいる以上はな」
 女性上司が、テレビ画面を冷ややかに一瞥する。
『これが、これこそが、合衆国が手にした新たなる力なのです! テロを根絶し国民の皆様を守るための、正義の力! 平和の力! その名は』
 ナグルファル、ではない名前を上院議員は口にした。
 アメリカ政府が正義と平和と国民のために行使する力となれば、ラグナロクを引き起こす戦船の名前では確かにまずいであろう。
 いや、それよりも。フェイトとしては、確認しておかなければならない事がある。
「ナグルファルって……アメリカ政府の所有物、になっちゃうんですか?」
「難しいところだ。ナグルファルが我らIO2の、法的に認められた所有物であるかと言うと……いくらか怪しいところがある、のは事実だしな」
 女性上司が、難しい顔をしている。
 考えてみれば、いや考えるまでもない事であった。虚無の境界からの押収物を、IO2が勝手に使っているだけなのである。
 それが法的に認められないとなれば、今度はアメリカ政府がIO2から押収する事となる。
「あれを動かせる者が1人しかいないとなればフェイト、お前の身柄も狙われるぞ。力でお前を拉致出来る者など、政府関係者の中にも、そうはいないだろうが」
 下手をしたら、アメリカ政府を相手に事を荒立てる事態となる。
「とにかく、シンプルな力が大好きだからな。この国の人間は」
 同僚が言った。
「シンプルな力が、豪快に悪者をぶちのめすのを、みんな見ちまったんだ……ナグルファルがあれば、9・11のリベンジが出来る。強いアメリカが復活する。そんな事を考える奴、これから大量に湧いて出て来るだろうな」
 フェイトは思い出した。
 錬金生命体の軍事利用。そんな計画が、かつてあったが潰えた。そのはずであった。
 だが今回フェイトは、巨大な錬金生命体とも言うべきものに、派手な戦闘行為をさせてしまった。
 大勢のアメリカ人が、それを目の当たりにする事となった。
 ナグルファルが、アメリカ政府の管轄下に入ってしまったら。
 米国民の圧倒的な支持を得て、ナグルファルが対外戦争に投入される。
 フェイトが、ナグルファルを使って大勢の人々を殺戮する事となる。
(虚無の境界の、思惑通り……ってわけか?)
 心の中で、フェイトは問いを呟いた。無論、答えなど返って来ない。
「私は以前、IO2ジャパンの者どもに強く言っておいた。フェイトはアメリカ本部の人材だ、お前たちには渡さん……とな」
 女性上司が、腕組みをしている。
「だが、このような事態になってしまっては……フェイト、お前はこの国にいるべきではない、のかも知れんな」


 少し前に1度だけ、日本に帰った。感覚としては、一時的な里帰りのようなものである。
 その後アメリカに戻るや否や、今回の事件である。
 これがきっかけとなって自分はもう、この国には居られなくなってしまうのか。本当に日本へ帰る事になってしまうのだろうか。
 同僚や女性上司と別れて1人、病院内の通路を、フェイトは歩いていた。考え事を、しながらだ。
 なので、声をかけられても気付かず通り過ぎてしまうところだった。
「おーい工藤! やっぱり工藤だ」
 松葉杖をついて危なっかしく通路を歩く、1人の患者。
 日本人の、若い男である。
「お前……」
 旧友の、月刊アトラス新人記者。
 そう言えばアメリカに来ているはずであったが、今の今までフェイトは、彼の事をすっかり忘れていた。
「どうしたんだ、その怪我……まさか、あの現場にいたんじゃないだろうな?」
「現場には行くさ、そりゃ。そのためにアメリカまで来たんだからな。いやあ、いい絵が撮れたよ」
 戦闘中のナグルファルに、かなり無茶をして近付いたようである。
「モバイル・アトラスで絶賛配信中だぜー」
「無茶し過ぎだろ、まったく……死ぬぞ、いい加減にしないと」
「おお、撮ってる最中にうっかり瓦礫の下敷きになっちまってなあ。この様だよ」
「よく助かったな」
 IO2の部隊が、救助活動を行っていた。もしかしたら教官たちに助けてもらったのかも知れない。
 だが、アトラス記者は言った。
「それが聞いてくれよ工藤。天使が、俺を助けてくれたんだ」
「……頭、打っちゃったみたいだな。お大事にしろよ」
「いや本当だって! 翼の生えた美少女が飛んで来てさ、すげえ力で瓦礫を持ち上げてくれたんだ」
「美少女ねえ」
 誰の事であるのかは、明らかだ。
 天使、美少女。本人に聞かせてやりたい、とフェイトは思った。
 少なくとも外見は美少女で、空を飛べる。馬鹿力である。
 確かに、救助活動にはうってつけの人材ではある。
「うちの編集長に、ちょっと似た感じだったな。こんな所うろついてんじゃねえぞ腐れ×××ジャップ……なぁんて罵声まで浴びせてくれてさあ。た、たまんねえよ」
 アトラス記者が顔を赤らめ、息を荒くしている。
「も1回、会いたいなあ。瓦礫の下敷きとかになって死にかけたら、また助けに来てくれるかなあ」
「やめとけよ」
 切り刻まれるかも知れないぞ、とフェイトは心の中で付け加えた。