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とある日常風景
〜 平々凡々な1日 〜
1.
「んしょっと…」
セレシュ・ウィーラーは段々と厳しくなる夏の日差しを避けるように、朝まだ早いうちに自宅兼マッサージ屋を出た。
紙袋を両手に下げて、その中には大量の古書。実に重たい。
昨夜かかってきた電話で草間武彦(くさま・たけひこ)から頼まれた品だった。
使い道は…よくわからない。まぁ、おそらくは何か依頼で使うものなのだろう。
「しっかし…取りに来てくれてもええのになぁ…」
女性に重たい物を運ばせて、あの探偵は何とも思わないのか?
…思わないのだろう。というか、そこまで気が回らない自称ハードボイルド探偵だから仕方ない…のか?
やや諦めたように重い荷物を持って階段を上る。あのドアが自動で開いてくれたらいいのに。
キィッ…。
「あ、開きよった」
うちいつの間に超能力を身に着けたんやろか?
そんなセルフボケに「そんなわけあるかい」と自己ツッコミを入れつつ、ドアから顔を出す。
草間か、もしくはその妹である草間零(くさま・れい)がセレシュの気配に気づいて開けてくれたに違いない。
「草間さん? 零さん?」
しかし、予想は裏切られた。奥の方から「はーい」という零の声が聞こえパタパタと駆ける音が近づいてくるし、草間は所長の椅子に座って本に目を通しており動いた気配はない。
「朝早くからすみません。セレシュさん」
零がにこにことセレシュの荷物を半分代わりに持った。
「ん、別にかまわへんよ」
「すまんすまん。ご苦労だったな。零、セレシュに茶を出してやってくれ」
「はい、お兄さん」
零はセレシュに持ってきた本を応接セットの机の上にのせるとパタパタと奥に消えた。
セレシュも机の上に荷物をのせると、肩をグリグリと回した。まさに肩の荷が下りた。
草間はそんなセレシュの荷物を袋から出すと「おぉ」と満足げな声を上げる。
「助かった。恩に着る」
「そらよかったわ」
何をするのかよくわからないが、とりあえず良かった。
『ニャーン』
ふと猫の声がした。視線を感じてそちらを見ると、いつか見た黒猫が棚の一角に陣取って何事もないように座っていた。
2.
「く、草間さん? ネコがおるんやけど…」
セレシュがそう訊くと、草間はちらっと黒猫を見て「あぁ」と頷いた。
「だいぶ前の依頼以来な、時々来るようになっちまって。まぁ、悪戯するわけでもないし、ほっときゃいなくなるから気にするな」
気にするなって言われても…セレシュがもう一度ネコを見ると、ネコは『ニャーン』ともう一鳴き。
まるで『いいから仕事するがよい』とでも言っていそうだ。
まぁ、いっか。
セレシュはネコから目を離してブラブラと手持無沙汰に草間の作業を見守る。
「セレシュさん、お待たせしました」
「サンキューな」
涼しげなガラスの器に入った麦茶に、スイカが一切れ。
「夏やね〜」
ありがたくそれを受け取って、セレシュは草間の向かいの席に座る。
「…あー美味し」
ひんやり冷たいスイカが、事務所の蒸し暑さを忘れさせてくれる。
「………」
はっとセレシュは視線に気づく。今度は猫ではなく草間の視線だった。
「な、なんやの?」
「いいもん食ってるなぁ…と」
そんなじーっと見られなければならないほど、悪いことをしているのだろうか?
「く、草間さんが零さんにお茶出せって言うたやん」
「俺はまだスイカ食ってない。そもそもスイカが事務所にあった事すら知らない」
草間の視線はスイカに一点集中。そのうち穴でも開くんじゃないだろうか。
セレシュは呆れながら零に進言する。
「零さん。草間さんにもスイカあげてくれへん? 食べにくくてしゃーないわ」
「そうだそうだ! 所長である俺にまず食べさせるべきだ!」
的外れなことを言いながら、草間はセレシュの言葉にのっかる。
しかし、冷静な妹・零はにこやかに言った。
「お仕事を終えた後のスイカは格段においしいと思います。セレシュさんはお兄さんの頼みごとというお仕事を終えられたのでスイカをお出ししましたけど、お兄さんはまだお仕事中ですよね?」
神のような笑顔でまさに正論を言う零に、セレシュは納得する。
しかし、草間は引き下がらない。スイカをどうしても食べたいようだ。
「スイカの糖分を補給することによって、作業効率が上がる。仕事がはかどる。次の仕事に早く取り掛かれる。な? 先に食べた方がいいだろ? な? なっ!?」
屁理屈だ。涙ぐましいまでの屁理屈だ。
草間はセレシュの賛同を得ようと、必死で力説するが…
「スイカを今そこに広げますと、本が汚れてしまいます。やはり先にお仕事を片付ける方がよいと思います」
零さん、ちょー正論。責める訳でもなく、ただ笑顔で諭す菩薩の如き零。
「草間さんの負けやな。…うちも仕事手伝うから、一緒にスイカ食べれるようにガンバろ。な?」
草間は能面のような顔で、仕事を再開した。
3.
「ところで、なんでスイカなんてあるんだ? いつ買ってきたんだ?」
本をめくりながら草間はそう訊く。スイカのことが頭から離れないようだ。
零はやっぱりニコニコ顔で答える。
「商店街の八百屋のおじさんに頂きました。いつものお礼だと」
「いつもの?」
セレシュが首を傾げると、零は頷いた。
「商店街の方からよく依頼を受けるんです。…お金は頂いてませんけど、ご近所のお付き合いは大事だとお兄さんが…」
「おい」
零の言葉を草間が遮った。なんだか苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「情報網の確保だ。誤解するなよ」
…あぁ、なんだ。これは不機嫌なのではなくて、照れているのだ。
ハードボイルドを気取ってはいるが、なんだかんだ言って人とのつながりを大事にしているのを知られたくないのか。
「ふふっ」
思わず笑い声が漏れたセレシュを、草間が居心地の悪そうな顔で睨む。
「…なんで笑うんだよ」
「可愛いところあるやない、草間さん」
微笑んだセレシュに、草間はさらに居心地悪そうに背を丸めて本に顔を埋めてしまった。
「照れんでもええのに」
草間の口が閉じたことで、作業は比較的早く進んでいった。
なんだ、スイカ食べなくても早くできるじゃないか。
はぁーっと大きなため息とともに、草間は伸びをした。
「後はこいつをコピーして依頼主に届ければ終了だ」
ちらっと時計を見ればお昼前。ぐるるる〜っと草間の腹の虫が鳴いた。
「…俺は超特急でこの仕事を片付けてくるから、エネルギーの補給と約束のブツを用意しておくように」
かっこつけてはいた台詞であろうが、要は『昼飯とスイカを用意しておけ』と言っているだけである。
「わかったから、はよいってらっしゃい」
草間の背中を押して事務所から追い出す。草間はそのまま階段を下りて出かけたようだ。
窓から外を覗くと、草間が本を抱えて通りを歩いていくのが見えた。
「セレシュさん、折角ですからご飯食べていきませんか?」
零はエプロンの紐を直しながら、セレシュにそう言った。
「ええの? 嬉しいなぁ」
「今日は素麺にしようかと思っています。みんなで食べればきっとおいしいです」
「よっしゃ、なら薬味いっぱい入れよか。手伝うわ」
腕まくりしてセレシュと零はキッチンへと移動した。
4.
きゅうりに生姜に茗荷にねぎに胡麻。
なぜか溢れるほどある野菜の数々を刻んで素麺の具にする。
「素麺を茹でれば完成やね」
「助かりました。ありがとうございます」
包丁などを片付けながら、零はセレシュにお礼を言った。
「こちらこそ、お昼ご馳走になって助かるわ」
ふつふつと沸きたったお湯に素麺の束をばらばらと入れる。素麺は茹で上がるのが早いので、ここからは時間の勝負だ。
「ザル用意しといてな」
「はい」
びっくり水を入れて再沸騰したら水にさらす。夏の涼しいお昼ごはんの出来上がりである。
…だったはずなのだが、草間がいい加減帰ってこない。
「そろそろ帰ってきてもいいはずなのですが…」
時計の針は午後1時を過ぎた。
いくら冷たい水でしめてあるとはいえ、素麺だって次第に伸びる。まずくなる。
「遅い、遅すぎるやろ」
「何かトラブルがあったのでしょうか?」
時計を見つめ心配げな零に、セレシュはふと浮かんだことを口に出す。
「案外、新しい依頼を受けてたりしてな」
「…それだといいんですが」
零が少しだけ笑ったので、セレシュも笑う。あんまりささくれだってもいいことはない。
「お茶入れてくるわ。零さんも飲む?」
「私やります!」
立ち上がったセレシュに、零も立ち上がる。
「えぇよ、うちやるから。たまにはゆっくりしとき」
キッチンに向かうセレシュの後を、零は申し訳なさそうについてくる。
「なんだか申し訳なくて…」
落ち着かないようだ。セレシュは苦笑いして、冷たいお茶を零に渡した。
「人に気遣える人は、人に気遣ってもらってもええねん。情けは人の為ならずってヤツやね」
キッチンでセレシュと零は冷たいお茶を飲みながら話した。他愛もない野菜の話や、料理の話。
そんな話をしていると「今帰った」とドアの開く気配がした。
「お、やっと帰ってきた」
待ちくたびれた昼飯の時間…もとい、草間が帰ってきたようだ。
「おかえりな…!?」
キッチンから移動して草間を出迎えた零とセレシュが見たものは…
「すまん、追加で資料作成を頼まれた」
持って行った本と同程度の紙の束を抱えた草間が苦笑いで立っていた。
「と、とりあえず素麺食べよか。…午後からも手伝った方が良さそやな」
まさかの新しい依頼を持って帰ってきた草間に、セレシュのおなかがぐ〜っと鳴った。
今日という日はまだまだ終わりそうにない。
『ニャーン』
黒猫が棚の上であくびをするように鳴き、体を丸めて居眠りを始めた。
■□ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
8538 / セレシュ・ウィーラー / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師
NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
■□ ライター通信 □■
セレシュ・ウィーラー様
こんにちは、三咲都李です。
このたびはご依頼くださいましてありがとうございます。
日常、日常です! 平和な日常です。平凡は大事です(こくこく
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
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