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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


〜永遠に戻らない時間〜

 壁にもたれかかって、来生億人(きすぎ・おくと)はにやにやと笑ったまま、目の前の情景を見つめた。
 そこには黒いぐにゃぐにゃした物体が、少しずつ元の形に戻っていく様子が展開されている。
 億人にしてみれば、よくもまあそんなおかしな選択をしたものだと、あきれるしかなかった。
「こんなモンが身内やなんて、よう考えるわ。どう見たって、アレな生き物やのに」
 助ける価値など、これっぽっちも見当たらない。
 それこそ、自分の「存在」をすべて投げ出してもいいと思えるような相手ではないはずなのだ。
「けったいなヤツや。幽霊だったからってわけでもなさそうやし、元々そういう思考回路の持ち主やったんやろなぁ」
 ひとり納得するように何度もうなずきながら、億人は腕を組んで壁から身を起こす。
 黒い物体は、ほぼ完成形になりつつあった。
 その物体が変化を終え、すべての動きを止めたとき、赤茶けた畳の上に無造作に座り込んだ姿で、来生十四郎(きすぎ・としろう)は完全な姿で億人の目前に現れた。
 十四郎はゆっくりと目を開けたが、しばらく視点が定まらなかった。
 やがてぼんやりと周囲を見回す。
 その視線が億人の上を素通りしたので、億人はやれやれとでも言いたげな顔で「なぁ、十四郎」と声をかけた。
「…お前か」
 覇気のない気の抜けた声で、十四郎はつぶやいた。
 相変わらず目は合わせないままで、顔もややうつむいている。
 億人はそれ以上は意に介さず、おもむろに口を開いた。
「何があったんか覚えとるか?」
 十四郎は記憶を整理しているかのように黙り込み、しばらくしてからゆっくりとうなずいた。
 それを見て、億人の笑みがますます冷たさを増した。
「元に戻れてよかったやないか。何もかも兄さんのおかげやな」
 その声の隅々にまで嘲笑がちりばめられていた。
 しかし十四郎にはまったく通用しないようだった。
 無表情のまま、何の反応も示さず、淡々と言う。
「用が済んだら、さっさとお前のいるべき場所に戻れよ」
 そんな十四郎の態度に、億人はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「せっかく元に戻ったんやから、拍手のひとつもしたらええのに」
 十四郎は億人にかまう気はないようだった。
 億人は仕方なさそうに肩をすくめる。
「まあ、おもろいモン見せてもろたし、今回の結果はこれからの兵器開発にも役に立ちそうや。おおきに。もう会うこともないやろし、兄さんには食ろたお前からよぉお礼言うといてや」
 皮肉たっぷりにそう言うと、億人は文字通りその場から姿を消した。
 その痕跡にすら目もくれず、十四郎はふっと小さく息を吐いた。
(覚えてるさ、あれから何があったか・・・兄貴が何を見て、どう感じて、何をしたか・・俺の中の兄貴が、全部教えてくれた・・・)
 明らかに自分のものではない、『記憶』と『感情』が心の奥底からあふれ出て来る。
 心の中で、それらをひとつひとつ、痛みとともに手に取りながら、十四郎は何かに耐えるかのようにぎゅっとこぶしを握りしめた。
 自分がドロドロに溶けてなくなっていくその過程の最後に、突然割り込んで来た、温かくやさしい「存在」――押しつぶされ、消えかけていた十四郎の自我は、それが何であるか、十二分に知っていた。
 そう、それは兄だった。
 兄の指輪が兄のすべてを使って「来生十四郎」を再生成し、本能だけの生物と成り果てた自分の「捕食」という能力をも利用して、自分をほぼ完全に元通りに戻してくれたのだ。
 一方で、兄は――兄という「存在」は、どんどんと崩れ、壊れていった。
 それがわかっていても、十四郎には何もできなかった。
「来生十四郎」は、兄が完全に消えたときにようやく、動くことができるようになったのだから。
 それなのに、兄は消えるその瞬間まで、穏やかに笑っていた。
 少しの間、そうやって自分の心の中で戦っていたが、ふと、あたりがいつの間にかオレンジ色に染まっていることに気がついた。
 一人残された十四郎は、夕日の差す部屋の中を無感動な顔で眺め渡し、妙に広い部屋に首を傾げる。
 そこは、自分がやったのではない、整理整頓された、きれいな部屋だった。
 そしてその目が、ある光景を捉えた。
 すっきりとした部屋の奥、開け放したままの押入れの隅に、きれいに畳まれて置いてある自分の服を見つけたのだ。
 ゆっくりと立ち上がり、その押入れに近付く。
 自分がやったときとはまるで様子がちがう、端と端を寸分の違いもなくきちんと合わせて畳んであるその服を手に取り、彼はひとりつぶやき続けた。
「お前、何のために生まれて来たんだよ。俺に何もかも奪われるためか? それでいいのかよ、何とか言ってみろバカ兄貴。一人じゃ喧嘩できねぇだろ、何か言えよ・・・」
 その肩は少し――ほんの少しだけ、震えているようにも、見えた。
 
 
 〜END〜
 
 〜ライターより〜
 
 いつもご依頼、誠にありがとうございます!
 お元気でいらっしゃいますか?
 ライターの藤沢麗です。
 
 とうとう最後のお話にたどり着いてしまいましたね…。
 長い長い旅路の果ての終着駅が、こんな寂しい場所だとは…。
 これからの十四郎さんのことを思うと切ない気持ちになります…。
 彼は今後、何を思って生きて行くのでしょうか…。
 
 それではまた十四郎さんたちのお話を綴る機会がありましたら、
 とてもうれしく、光栄です。
 長い間、本当にありがとうございました。