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<東京怪談ノベル(シングル)>


闇色の報復 裁きの刃

ブレイクプリズンより一週間。
残務処理も終わり、何事もなく日々平穏の時が流れていた。自衛隊特務統合機動課宛に届いた―命知らずな書状が届くまでは。

「報復……だと?」
「はい。一方的な逆恨みとしか思えませんが、警戒するに越したことはありません」
「下らん。しかし、『傲慢なる権力を振いし者たちに天より裁きを下さん。我ら亡国の徒。偽りの正義に終焉をもたらす者なり。我らの意思を示すために、極悪非道なる特務統合機動課の悪魔・水嶋琴美に血の鉄槌を』だぁ?馬鹿にしているのか?こいつら」
「全く持って愚かです。愚の骨頂、極みです。あの『水嶋』にケンカを売るなんて馬鹿です。あほです。真正のマゾヒストですか?」
「それは俺が訊きたいところだ……が、一応、注意を促しておいた方がいいか?」

無造作に放り出した三つ折りの書状を前に呆れた表情を見せる上司に対し、悟りの境地に達したらしい情報隊員は無表情に切って捨てていくから、おもしろい。
が、特務統合機動課のトップにして最強たる隊員・水嶋琴美に命が狙われている、と警告を出すのはどうかと考えてしまう。
身の危険に備えろ、と言えば、敵を探し出して殲滅するだろうし、危険だから護衛をつけようと言っても、水嶋本人以上に強い者はいないので、意味はない。
どっちにしても当の本人に知らせることはすなわち敵の死でしかない。
むざむざ命を散らすのは嫌だなと思い、悩んでしまう上司に情報隊員は大きくため息を吐き出すと、はっきりと言った。

「この際です。水嶋に命じて、この脅迫者を炙り出して捕えたらどうです?犯人の命も守れますし、水嶋がいたずらに力を振うこともないわけですから」
「水嶋に……か?お前、おもしろがっているだろう」
「まさか!そんな訳」
「あるな。我が特務のエースにケンカ売ってくる馬鹿がどんな末路をたどるか、楽しくて仕方がないって顔してるわ」

にこりと笑ってみせる情報隊員にうんざりとした顔で上司はぼやくと、億劫な動きで内線をつないだ。


「私を……ですか?」
「ああ、随分と命知らずな報復犯だ、と噂になってる。とはいえ、どこで仕掛けてくるか分からん。お前なら何事もなく対処できるだろうが、万が―いや、億が一、一般市民が巻き込まれるのは避けたい。悪いがやってもらえるか?」
「了解しました。私個人を狙ってくる不逞の輩、殲滅させて見せます」
「一般市民を巻き込まなければ、どんな手段を使っても構わん。一応、プロファイリングをやってくれた担当官の話によれば、虎の威を借りる狐のよーな小心者らしいからな。少しばかり痛い目に遭わせる程度でも構わん」

琴美にケンカを売ったバカがいる〜と笑い転げまわりながら、プロファイリングを引き受けた心理分析官はさらに爆笑して報告してきた挙句、どうせならぶちのめされるところが見たい、とのたまわっただけでなく、特務全体に言いふらしてくれた。
お陰で『水嶋にケンカ売ったバカの顔を拝みにいこう』などという企画まで出来たくらいだ。
さすがに立場上、笑ってもいられず、水嶋本人に対処させたのだが、内心では、お馬鹿すぎる報復犯に手を合わせた。

カフェで一番眺めの良いテラス席に座り、琴美は優雅にハーブティーを楽しんでいた。
一応、任務という形の警告を受けた琴美の行動は素早く、その日のうちに休暇届を出すと、翌日から街へとくり出した。

「わざわざ狙われやすいように街へ出るとは……さすがは水嶋」
「その方が早いでしょう?こちらが分かり易いかつ狙われやすい場所にいれば、狙う好機はいくらでもありますわ。もちろん、反撃する気は十分にありますけど」
「どっちかと言えば、それが楽しみなんだけどね。私としては」
「ずいぶんとお暇なんですね。情報部は」
「普段が陰惨としてるから。これくらいの楽し……もとい、分かり易い事件がないとやってられないの」

穏やかだが、隙なく周囲を警戒した笑みを浮かべる琴美に情報隊員はしきりに感心しつつも、状況を楽しみまくっていた。
朝からずっと琴美と行動を共にしていて分かったのだが、本当に狙ってくださいとばかりの場所を移動していた。
通りから見えやすいショーウィンドウのある店や人の通りが少ない大通りに面したカフェのテラス席。
いつでも狙えるというのに全く仕掛けて来ない。
気配を必死に殺しているのだろうが、こちらからバレバレな視線が四方八方から複数。
今、この瞬間にライフル辺りで狙いをつけて撃って来ればいいのに、と思ってみるが、無駄だろうなと頭の隅で思う。
目の前でハーブティーを楽しんでいる彼女相手にそんな真似をしても、即座に返り討ちにあう。
それどころか、狙撃位置を特定して反撃しに行くのが関の山だ。

「ホント、無駄のない子よね〜水嶋って」
「お褒めに預かり光栄ですわ。でも、分かり易い相手と戦うのは、多少疲れるんですよ」

カフェで1時間。たっぷりと狙ってください、と座り込んでいたというのに、仕掛けて来なかった時点で琴美はさらに狙われやすい場所への移動を開始した。
勝手に同行している情報隊員は仕掛けてくる根性もないくせに、しっかりと後を追ってくる複数の視線をきっちり引きつれていく無駄のなさに感心したが、琴美の言葉にああと納得する。
超一流の腕前を持つ琴美に気づかれていないと思わせるのは、かなりの気苦労だ。
どっからでもかかってくれば、手っ取り早いのにな〜と思うが、小心者集団らしい連中にそれを望むのは酷なんだろう。

「けっこう苦痛ね〜じゃぁ、陰ながら見守らせてもらうわ。私がいない方が仕掛けやすいでしょうし」
「そのようですわね。貴方を気にして攻撃してこないようですもの。でも、ブレイクプリズンであれだけ非道かつ非情な真似をしてきたというのに……ホントに小心者の皆さまですわね」

感心しているのか呆れているのか、おそらく両方なんだろうなと思いながら、情報隊員は片手を上げて琴美と別れると、物陰に潜んで見物していた特務の仲間に混ざる。

―随分、分かり易いところにいますわね〜

琴美から見れば、実に分かり易い場所から見物している仲間たち。
だというのに、報復犯たちは全く気付いていないらしい。いや、気づいていない。
その証拠に情報隊員の彼女が消えた途端、琴美に向ける殺気が倍増しているのだから、面倒さが更に増している。
こうなると、つくづくと上司の言葉が思い出された。

「命じて置いてなんだが、かなりやっかいな任務だと思うぞ?今回は」
「それはどういうことでしょうか?」
「お前が相手にしてきた連中は良くも悪くも一流の相手……だが、この報復犯たちは三流も三流、過去最低レベルのド三流。しかも小心者だから中々攻めてこない」
―じっくり攻めるのはやめて、自分から仕掛けた方が存外早く片がつくかもしれんぞ?

冷静沈着で知られる上司が半ば投げやりな物言いに、その時は驚いたが、今になってみると、それが一番得策と思う。
大きく息を吐き出すと、琴美は足早にその場から歩き出すと、路地の細い道をいくつも通り抜け、その最奥に拓けた―児童公園ほどの広さの庭を持った廃屋とかした洋館にたどり着いた。
その瞬間、必死になって後を追いかけていた複数の気配が一気に躍り出ると、琴美を取り込む。

「水嶋琴美っ!!この時を待っておったぞぉぉぉぉぉぉっ!!」
「傲慢なる権力者の犬めっ、我ら亡国の徒、その正義の一撃を思い知るがいいっ!!」
「抵抗はむだとしれぇぇぇえぇぇっぇぇっ!!」

絵に描いたような負け犬の遠吠えというか、分かり易い小悪党の叫び。
どこかの任侠映画に出てくるような、鎖鎌に木刀などを手にしているから、言葉もない。
定番中の定番としか言えない、まさにド三流なセリフに琴美はかすかな頭痛を覚え、視線を滑らせると、廃屋の影で声を殺して笑い転げている特務の仲間たちの姿が見え、余計に力が抜けた。
報復犯たち当人は真剣そのものなんだろうが、琴美たちから見れば隙だらけもいいところ。
真面目に相手をしているだけ、時間の無駄というのを充分に痛感させられた。

「どうした?恐ろしくて声も出ないか?」
「いいえ、逆ですわ」

面白がるような報復犯の問いを琴美はばっさりと切って捨てると、冷やかに見下した。

「先日殲滅させた組織の生き残り、というので、警戒していましたが……その必要は全くなかったようですわね。放っておくのもやっかいですので、片付けさせていただきますわ」

辛辣すぎる言葉で断じると報復犯たちの間に、これまた分かり易い動揺が走り、琴美の姿が掻き消える。
次の瞬間、眼前に琴美が現れ、鋭い拳が振り下ろされた。
防御する間もなく、ふっとばされていく報復犯たち。
ある者は顔面を殴られ、ある者は思い切りよく腹を蹴り飛ばされて、ある者は顎を殴られて、その場に崩れ落ちる。
傍目から見物していた特務の仲間たちは呆れを通り越して笑うしかなかった。
単純明快な、極めて分かり易い攻撃をしているだけの琴美に驚き、恐怖する報復犯。
バカバカしいことこの上ない。
あれだけ仰々しい書状を叩き付けた報復犯が沈黙するのに5分と掛からなかった。

「とりあえず全員連行。ホント、被害が出なかったわ」
「そうですわね。上官のおっしゃる通り、ストレスだけ貯めこみましたわ。あまり感心できませんでしたが、力技で決着をつけて良かったと思いますもの」
「そうね〜こいつら、水嶋を追い込んだと思ってたみたいだけど、逆だもんね〜ここに誘い込まれてたこと、全く気づいていないんじゃないの?」

気絶したまま、縛り上げられ、さっさと運ばれていく報復犯を眺めながら、琴美はやれやれと肩を落とし、見守っていた―否、見物していた情報隊員は苦笑いを浮かべるしかなかった。
なかなか仕掛けて来ないこいつらが仕掛けやすいように、わざと琴美が路地最奥にある洋館まで誘い込んでやっただけなのに、笑えるほど大真面目な物言いから、自分たちを恐れて逃げ回った結果、ここに来たと思い込んでいたようだ。
誇大妄想というかなんというか、もう笑うしかない。
ここまで自分たちを過大評価できる連中なんてそうはいないから、逆に感心してしまう。
まぁ最後は呆気なさ過ぎたのは当然。
なんだか疲れをため込んでしまった琴美に同情を寄せるが、一件落着したので良しとしよう、と情報隊員は勝手に納得した。

「ま、これでブレイクプリズンの後始末は終わり。水嶋には明後日まで特別休暇出すから、どっかで遊んで来いって命令出てるから好きなところ行ってきなさいな」
「有難く受けますわ」

片手を振って歩き出す情報隊員に琴美は苦笑交じりに応えると、くるりと背を向けて、大通りへと歩き出した。

FIN