コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


盗賊退治は御用入り?

派手な警戒音がけたたましく鳴り響き、急ぎ宝物庫に駆け付けたが、一足遅かった。
口元に余裕の笑みを作り、ふわりと空へと飛びあがっていく黒い影。
いくつかの防犯魔法が発動するが無駄に終わったことを悟り、魔法使いである女主人はため息をつき、頭を掻きながらぼやくしかなった。

「これはもう……警備を雇うしかないか」

高価な防犯対策の数々が一夜にして無残なゴミと化したのを目の当たりにして、主人は腹をくくった。


「魔族の捕獲……ですか?」
「そう。私の館を荒らしてくれる泥棒魔族を捕まえて欲しいのよ。ティレイラ」

不思議そうに小首をかしげるファルス・ティレイラに、依頼人たる魔法使いは額に青筋浮かべながら、『泥棒魔族』に力を込める。
一瞬、周囲の空気がひどく重くなったのを感じ取ったティレイラはその怒りの深さを思い知る。
だから答えは一つしかなかった。

「分かりました。私にお任せください」
「お願いするわ!人の家を荒らすなんていい度胸……自らの愚かさを徹底的に叩き込んでちょーだい!!」

がっしりとティレイラの手を握ると、バックに怒りの炎を背負った魔法使いは楽しそうに笑いだす。
それを見て、依頼を引き受けたのは間違いだったかな〜とティレイラはやや引きながら、胸の内でちょっとだけ後悔するのだった。


夜も少しだけ深まったその日、上空には大きな満月が浮かび、辺りを柔らかく照らし出している。
その光の中を飛ぶ黒い影。
魔法使いの館を目指し、急降下してくる影はやがて、その姿を露わにする。
音もなく、背に生えた大きな黒い翼を広げ、館の屋根に舞い降りたのは、黒と赤が混じった長い髪を持った―まだあどけなさを残す1人の少女。
にぃっと歪めた口元から覗く白い牙が小さくきらめかせ、少女は前転をするかのように屋根に手をつき、壁にはめ込まれた窓ガラスに向かって足から飛び込んだ。
パラパラと輝きながら、舞い落ちていくガラス片。
普通なら、派手な音が響き、あっという間に警備の者たちが駆け付けるだろうが、それはない。
当然だ、と少女は心の中でつぶやく。
この館一帯に消音の魔法をかけて、音を消してやったのだから当たり前なのだ、と。

「エリート魔族たる私には当然だけどね」

誰に聞かれることない傲慢な言葉が空に溶ける……はずだった。
ゆっくりと床に舞い降りようとした魔族の少女に向かって突進する一つの影。
真横からまっすぐに突っ込んでくるそれに気づいた瞬間、もう避ける間も距離もないほどの速さで、少女の横っ腹に直撃し、壁に吹っ飛ばされる。

「いったぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっ!!なんなのよっ!一体」
「うるさーいっ!待っていたわよっ、コソ泥魔族!!人様の家を荒らしていいと思ってるの!!」

頭を強か打ったらしい魔族の少女は後頭部を抑えながら、涙目で怒鳴り散らすが、それに負けじと大声で高速タックルを決めたティレイラがびっしっと言い返す。
一瞬、うっと詰まりながらも、即座に気を取り直し、魔族の少女はティレイラを鼻で笑い飛ばした。

「笑わせないでちょうだい。このエリート魔族の私に説教なんて……たかが小娘がいい度胸じゃない」
「貴女だって私とそんなに変わらないでしょう!それに、仮にも『エリート』がこんなコソ泥のマネしていいと思うの?笑わせないで」
「ああいえば、こういう……なんて生意気っ!覚悟なさい」

しっかりと腰のあたりを捕まえて離さないティレイラに痛いところを責め立てられて、魔族の少女はきつく唇をかむと、大きく翼を羽ばたかせて、ティレイラを振り払うと空へ舞い上がる。
実際のところ、ティレイラの言うとおり、エリート魔族と称するにしては、やることがせこ…失礼、小さい。
エリート―いわゆる高位魔族ならば、魔法使いの館をこそこそと荒らしたりはせず、堂々と配下の魔物を引きつれて攻め込んでくるはず。
それをしないで、こんな泥棒じみた真似をする事態、そんなにランクの高い魔族じゃないな〜と思いつつ、ティレイラは空に舞う魔族の少女を睨みつけた。
ティレイラに負けじと強く睨みつけながら、魔族の少女はごそごそと腰につけた袋から手のひらに載るほどの水晶玉を引っ張り出すと、にやりと笑みを浮かべた。

「うふふふふふ……この私を馬鹿にしてくれた報い、充分に味わいなさいっ!!」

言うが早いか、魔族の少女は手にした水晶玉をティレイラに向かって投げつける。
直撃寸前、後ろに飛んで、ティレイラがそれを躱す。
パリンッ……と乾いた音を立てて割れる水晶玉。その途端、ぶわりと黒い魔力の膜が吹き出し、風船のように膨らむと巨大な球体を作り上げる。
その球体は意思を持ったかのように、ぐにゃりと変形しながら、ティレイラの足元を捕えると、一気にその身体を絡め取る。

「きゃぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっ!!」

悲鳴を上げて、必死に手足をばたつかせるも、抵抗空しくティレイラは頭から球体の中に放り込まれた。
少しだけこすったらしい額がひりひりと痛むも、すぐに起き上がったティレイラは球体の膜を両の手で叩いてみるが、びくともしない。
それどころか、彼女を取り込んだ途端に膜は徐々に小さくなっていくのが傍目からも分かった。

「ええええええ??どうゆうこと??」
「ハッ、それは封印玉。捕えた者を別の姿で封じてくれる、とぉぉぉっっても便利な魔法道具よ。アンタがどんな姿になるか、高みの見物させてもらうわね」

心底楽しそうに高笑いを決めてくれる魔族の少女をティレイラはキッと睨みつけると、自身の翼を大きく羽ばたかせる。
その羽ばたきで膜が大きく歪み、広がるのを認めると、ティレイラは一気に舞い上がり、笑い続ける魔族の少女に突撃した。
封印の膜をものともせずに突っ込んでくるティレイラに驚愕し、魔族の少女は慌てふためきながら、自らの翼をはためかせ、さらに上へととがれようとしたが、一歩遅かった。

「逃がさないんだからぁっ!!」
「え?!!ちょ……いやぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっ」

意地とばかりにティレイラは逃げようとする魔族の少女の足をがっしりと掴んだ。
冗談じゃない、と足をばたつかせて振りほどこうとするが、その瞬間、新たな獲物を逃がさんとばかりに封印の膜が意思を持った波のごとく、襲い掛かり、魔族の少女を身の内に取り込んだ。
二人分の魔力を取り込んで満足したのか、いきなり膜が重さを増し、一気にティレイラと魔族の少女は床に急降下する。
悲鳴を上げ、二人は叩き付けられる衝撃を覚悟するが、幸いというべきか、たっぷりと魔力を取り込んだ膜が衝撃吸収材となり、痛みは全くなかった。

「はぁぁっ助かった」
「そんな場合じゃないでしょ?!だんだんとこの膜、狭くなってきているんですけど!」
「どうやら本格的に私たちを封印するみたいね……って、冗談じゃないわっ!!なんとか脱出しないと」
「脱出の方法があるの?」

だんだんと小さく萎み、行動範囲が狭まってくるのを目の当たりにし、脱出方法を知るだろう魔族の少女をティレイラは希望の眼差しで見上げる。

「そんなもの……あるわけないわっ!とにかく暴れて膜をぶち破るしかないのよっ」
「何の解決策もないんじゃないですかぁぁぁぁぁぁぁっ!!それ、胸張って言うことじゃない!!」

胸を張って威張る魔族の少女にティレイラはあらん限りの声で言い返すが、その間にも膜は萎む速度がさらに加速し、翼や尻尾にぴったりと張り付いてくる。
そのねっとりとした不快感にティレイラたちは半泣きになりがなら、必死にもがくも、逃げる術もなく、ただ飲まれるだけであった。

「一昨日はすごい音がしたっていうけど、一体何があったのかしらね〜全く」

どたばたと大きな動物が暴れるような音が響き渡った宝物庫のカギを開けながら、館の主である魔法使いは不機嫌そうにぼやく。
泥棒の捕獲を頼んだティレイラが顔を出さなくなって二日。
普通なら、騒ぎのあった次の日―つまり、昨日のうちに顔を出して報告するのが筋だというのに、一向に現れない。
ものすごい音がした宝物庫の状況も気にはなったが、何かと立て続けに仕事が入ったため、ようやく様子を見に来れた訳だが、それもこれもティレイラが来ないからよ、と半ば八つ当たり気味に魔法使いは扉を押し開け―呆気にとられた。
少しばかり荒らされたらしい宝物の数々。何かが暴れたらしい床に穿たれた無数の穴。
だが、それよりも何よりも驚いたのは、宝物庫の中央にどんと座した精緻な黒水晶の像。
涙目の翼をもつ二人の少女が必死に空に手を伸ばし、何かから逃れようとしている姿がものすごく生々しく、まるで生きているようだ。
唖然としながら、その像に近づくにつれて、魔法使いは歩みを早め―ついにはダッシュでそばに駆け寄り、まじまじと像を確認して―頭を抱えた。

「全く……来られなかったのは、こういうことだったわけね。まともに使ったこともないくせに魔法道具なんて使うからよ」

やれやれと首を振りながら、魔法使いは見事に封印されてしまったティレイラたちを見上げて、苦笑いを浮かべるのだった。

FIN