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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪意の幻惑 黒き断罪

唐突に鳴り響いたスマートフォン。
一瞬の静寂ののち、波紋のように起こるざわめきを背に、その持ち主である白鳥瑞科は少しばかり戸惑った表情を浮かべながら、デスクを離れる。
ざわめきが残る職場から背を向け、離れた瞬間、その瞳が鋭い輝きを帯びていることに誰一人として気づかない。
だが、それで構わない、と瑞科は思う。
鳴り響いたスマホは仕事用に配給されたもので、クレームか何かと思われているが、事実は違う。
古来より人の世界の裏側で跋扈する魑魅魍魎や悪意をなす集団・組織を殲滅し、人々を守る秘密組織・『教会』。
その『教会』において、実戦部隊・武装審問官―それが白鳥瑞科のもう一つの、否、真の顔。
先ほどのコール音は『教会』からの任務を告げるものであった。

「早かったな、白鳥審問官」

地下に広がる礼拝堂で待ちかまえていた司令は少々驚きの表情を見せ―すぐに引き締め、口を開く。

「先ほど送った資料にあった通りだが、事は急を要する……すぐに向かってもらいたい」
「了解しました、司令」
「相変わらずの即答で、こちらも手間が省ける、が、何か聞きたいことはないのか?本件は情報部でも手を焼いた案件だ。最大限、情報は提供するように上層部からも言われている」
「では、確認を……本件はビジネス街の一角にあるビルで行われている悪魔崇拝の下部組織の殲滅に間違いないのですね?」

やや甘いな、とぼやきつつも、その瞳が研ぎ澄まされた刃のような冷やかさを抱いていることを素早く見抜き、瑞科は艶やかな微笑を絶やさずに質問した。
根深く裏で暗躍する悪魔崇拝組織の殲滅は相も変わらないのだが、『下部組織』という限定に違和感を覚えた。
その質問に司令は感心した表情を見せ、にやりと口の端を上げた。

「良い質問だ、白鳥審問官。先ほども伝えた通り、情報部でも手を焼いていた案件というのは、この組織の規模が果てしなく広く、巨大だということなんだ」
「それはどういう」
「中核を担う組織、と思って、調査を進めると、そこが単なる捨石の下部組織だった、ということが数十件続いてな。中々、心臓部にたどり着かん。かといって、彼らを放置しておくわけにもいかず、他の武装審問官たちを派遣し、一気に手がかりをつかもうとしたんだが、全く手がかりがない。この数週間、イタチごっこに成り果てているのだ」
「結果的に言えば、こちらの審問官たちの負担が増大するだけで組織の全容がつかめないということですね」
「ああ。そうだ……が、その『下部組織』は拠点を変え、逃げ回っていた節がある組織で、そこを抑えれば何かがつかめると情報部は判断し、精鋭である白鳥武装審問官を派遣になった、ということだ」

他の者では逃げられる可能性が高いからな、と念を押す司令に瑞科はふぅと息を吐き出すと、居住まいを正し、敬礼した。

「ただちに任務へ向かいます。この『組織』、仰る通り、見逃しておくには危険すぎます」
「うむ、任せたぞ」

絶対の自信を滲ませた司令の言葉に無言で答えると、瑞科はくるりと踵を返して礼拝堂を足早に後にした。

わずかな音さえも飲み込んでしまうほどの恐ろしい静けさがビジネス街を支配していた。
昼間ならば、仕事熱心なビジネスマンやOLたちの熱気に包まれ、独特な賑わいを演じていただろうが、深夜にもなると人影はまばら―いや、今夜は人の気配すら全く感じられない―ある一角を除いては。
そこは中堅貿易会社の本社ビルで、昼間ともなれば、海外相手の取引で賑わい、どんな会社だと問われれば、中堅だが優良会社、と誰もが答える。
だが、それが人目をはばかる隠れ蓑であるとは誰も気づかない。
いや、気づかれないように細心の注意を払いながら、息をひそめ、じっと時期を待っていた。

「星が騒ぐな」
「何かが起ころうとしている。良からぬ気配だ」
「力の奔流が断ち切られておる。なんということだ」
「今宵は何もせず、このまま去った方がよさそうだ。皆に急ぎ伝えよ」
「しかし、今宵は待ち焦がれた宴。少々勿体ない気がしますが……」

ビル最上階に集結した数百人の信者らしき人々。
その視線の先には、五芒星を描いた祭壇とそれを囲むように漆黒のローブに身を包んだ四人の姿。
彼らは呻くように、囁くように、辺りに満ちた空気を読み取りながら苦々しい表情で話し、決断を下すも、そばに控えていた小太りの男がおずおずと口をはさむ。
その瞬間、一斉に突き刺さる鋭い四人の視線に男は震え上がり、慌ててひれ伏した。

「愚か者め。深淵の闇を切り裂く一条の光が見えぬとは」
「まこと、眩き光よ。我らが主を苦しめかねんおぞましき力」
「結は決した。今宵は皆、主が生み出せし大いなる闇に抱かれ、落ち延びよ」
「いつもの通り、あとは残すな。万が一気づかれようとも、主の元にたどり着かせてはならん」
「全て消して行け。良いな」

四人の声が唱和されると、控えていた信者たちは一斉にひれ伏し、音もなく闇に消えていく。
数分もしないうちに、その場に残されたのはフードを被り、ローブをまとった四人と小太りの男だけであった。

「ああああああの、司祭様。御帰りにならないのですか?」
「愚か者が。まだ居ったか」

崇め奉る信者たちが消え失せたと一緒にさればよかったものを、と吐き捨てる一人に小太りの男はあっという間に青ざめた顔をして、あからさまにうろたえる。
あまりに小物な姿に四人のうちの一人は憐みと侮蔑の眼差しを向けた。

「さっさと去れ。お前がいたところで変わらぬ」
「その通りよ、己が分をわきまえればよかったものを」
「だが、見逃して貰えるかは分からぬがな」
「さて、我らに何の用かな?『教会』の武装審問官殿」

唄うように問いかける四人―司祭と呼ばれた者たちにゆったりとした足取りで、闇の中から姿を見せたのは、一人のうら若き女性。
美しくも色っぽい身体のラインを強調し、腰丈まで深くスリットの入ったシスター服。その隙間からほっそりとした美脚を覆うのは白いニーソックスと膝丈まである編上げのブーツ。胸を強調しつつも、ガードを高めたコルセットの上からは純白のケープとヴェール。
一見、どこにでもあるようなものだが、全て最新鋭の強化素材だとは誰も気づかない。
踵を鳴らして近づいてくる女―白鳥瑞科の発する研ぎ澄まされた鋭い気配に、小物と称された小太りの男はあっという間もなく、それに飲まれ、気絶して床に転がる。

「全く……どこまで無能だ」
「いやいや、気絶してくれただけ有難い」
「戦いに紛れて始末しやすいからな」
「無礼を許されよ、武装審問官殿。そなたの用向きは分かっている」

リーダー格らしき司祭の言葉に瑞科はあら、と微笑みながら小首をかしげて見せるが、それ以上は下手に踏み込まなかった。
若いのか、年寄りなのか、全くつかめない司祭たちを前に何の策も建てずに踏み込むほど、瑞科は愚かではなかったし、何よりも彼らの話に興味はあった。

「お話が早くて助かりますわね……では、どういう用向きというのでしょうか?」
「我らが率いる組織の殲滅と父なる御方がいます場所を暴くこと…であろう」
「白々しいの、武装審問官」
「早々に教えるわけにはまいらん。お帰り願いたいところだが」

苦々しげに言葉を切り、ギロリと睨んでくる6つの瞳をものともせず、瑞科はあらあらと苦笑して見せた。
息をひそめ、集っていた信者たちまで見逃しただけの価値は十分すぎる。
何よりもこれだけの殺気を放ちながら、平然と話してくる時点で、只者ではないのは一目瞭然。
見逃すわけに行かない、と瑞科の本能が告げていた。

「審問官殿には、世界よりご退場願おう。末端とはいえ、我らが組織をいくつも壊滅させてくれたのだからなっ!!」

冷静と憎悪と激怒が入り混じった司祭たちの声が見事に唱和し、瑞科の周辺の床がぐにゃりと歪み、いくつもの漆黒の渦が浮かび上がる。
ゴウッという風の音ともに、渦の中から姿を見せたのは異形なる姿をした2メートルはあろう巨大な炎を纏ったトカゲ・サラマンダーに巨大なる翼を持った怪物・ガーゴイル。その数、実に数十体。
何の詠唱もなしに、これだけの数を召喚するとは大したものだ、と思いつつも、瑞科は全く焦りを見せず、一歩前に踏み出した。
それを合図に牙と爪を振りかざし、巨大なる翼を広げて襲い掛かってくる数十体ものガーゴイル。
無防備な瑞科の背を切り裂いたかに見えた瞬間、彼らの頭上にぐにゃりと空間を歪めるほどの透明な弾が出現し、そのまま押しつぶす。

「ほう……重力弾か。さすがというべきか」
「それはこちらもですわ。でも、邪魔ですわ」

感心したように身を乗り出した司祭たちの余裕はそこまでだった。
にこりと瑞科が微笑んだ瞬間、その姿は掻き消え、重力弾からなんとか逃れようとしていたガーゴイルたちをふわりと舞い踊るような瑞科の鋭き剣が切り裂き、断末魔の叫びも残さずに消滅させてしまう。
それを見ていきり立ったサラマンダーたちが大挙して、瑞科に炎を浴びせるが、軽くステップを踏むかのように全てかわされる。
驚愕し、もう一度炎を吐き出さんとするサラマンダーたちだが、その暇は与えられず、ガーゴイルと同じく一刀のもとに切り捨てられていった。
あまりに圧倒的な力の差を見て取った司祭たちはフードの下に隠した唇をきつく噛むと、迷うことなく次々と祭壇の五芒星へと飛び込んでいく。
禍々しい真紅の光を発し、その中へと消えていく司祭たちを目の端で捉えながら、瑞科は冷静に周囲を見渡し―ふっと口元を緩めた。
優雅に、けれども鋭く剣舞を舞い、全ての魔物を屠ってしまうと、瑞科は司祭たちの消えた祭壇へと歩み寄る。
刻み込まれた五芒星はすでに輝きはなく、ただの飾りと化し、何の反応もなさない。
手を保護するために嵌めていた手首まで覆った革製のグローブと二の腕まで覆った白い布製のグローブを一緒に脱ぎ捨て、五芒星に触れてみるが、結果は同じだった。

「どうやら逃げられてしまったみたいですが……さて、どこへ行かれたか、お教え願いますかしら?」

凍り付くような眼差しで柔らかな微笑みを浮かべた瑞科に腰を抜かして、小太りの男は動けなくなる。
気が付いた時点で司祭たちについて逃げ出せばよかったというのに、召喚された魔物たちに恐れて、情けなくも身を小さくして震えていた。
向こうにとっては厄介なことになっただろうが、瑞科にとっては幸いだった。

―これでようやく手がかりがつかめそうですわね

司令への報告が出来そうと胸の内で喜びながらも、瑞科は一部の隙も与えず、小太りの男を見据えるのだった。

to be continue