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<東京怪談・PCゲームノベル>


女神様の暇潰し



 ――辺りの空気が妙に重たい、という程度の認識はあったのだが。お使いの途中、ふと目についた神社に立ち寄った夜見が見たのは、どうにも理解に困る風景であった。
「…何じゃ、こいは」
 ぱちくりと瞬いて彼が見上げたのは、社殿の上で退屈そうに、かつ苛立たしそうに組んだ足を揺らす和装の女性である。彼女は夜見を見返し、「視線が合った」ことに気が付いた様子で、鮮やかな藤色の目を瞬かせる。
<あら驚いた。わたくしの『顔』が見えるのね、お前。ご同業かしら>
「ご同業…? おまさん、ここの神さんか」
<ええまぁ、祭り上げられてそんなようなモノをやってるわ。でも今は物凄く退屈だからゲリラ豪雨のひとつでも降らせようかと思っていたところ>
 物騒なことをさらりと言ってのける女の真下から、抗議の声がすかさず上がる。
「やめろよ姫ちゃん! 姫ちゃんのせいでどれだけお天気お姉さんがテレビの向うで困ってると思ってるの!?」
<五月蠅いわねぇ>
 眉を顰めて彼女が諌めたのは、どうやら境内の掃除をしていたらしい少年である。彼は夜見に気が付いて、一度ぱちくりと目を瞬かせて――不思議な程、今社殿の上で退屈そうにしている女神の所作と似ていた――、それからにっこり、人好きのする笑みを浮かべる。
「あ、参拝客だ! どうぞゆっくりして行ってね、あんまりご加護は期待できないけど!」
<…賽銭を強請るのは止めなさいよ、藤>
「参拝っちうか、挨拶に来ただけじゃが…神主か」
「見習いだよ。俺、藤。秋野藤って言うんだ。ここの神主っていうか、神主見習い」
 成程、こちらもご同業といったところだろうか。小さく、決して立派とは言えない神社ではあるが、けれども掃除は行き届いているようだし、商店街の店舗の名前が書かれた奉納品もちらほらと見える。細々とではあるけれども、確かに信仰されている場所なのだろう。
「神主見習いか。おらも似たようなもんやで、よろしくな、藤。おらは神楽塚夜見やが」
「夜見君ね、よろしくー。あれ、似たようなもんってことは、そっちもお家が神社とかそういう感じ?」
「ん、そうじゃが」
 等と挨拶をしている間にも辺りの空気は淀んでいく。仮にも神域であると言うのに清浄さの欠片も無い空気に中てられたか、宙を舞っていた雀が一匹、ふらりとバランスを崩しそのまま夜見の頭に落ちる。ぽてりと落ちてきた雀をしかし動かすでもなく、頭に乗せたままで夜見は目線をあげた。不機嫌そうな女神様は、眉根を寄せて口を尖らせて、退屈そうに和装から覗く素足を揺らしている。気の強そうな女性ではあるが、女性は女性だ。こういう場合は声をかけるのが礼儀だろう、というのが夜見の考えである。
「どうしちゅうか、ええと」
 相手は仮にも社を持つ立派な女神であるから、どう呼んだものか。夜見のそんな躊躇を読み取ったか、ふん、と鼻を鳴らして面白くもなさそうに、姫神はふわりと飛び降りてきた。宙に浮かずに地面に立てば小柄な女性で、190センチという日本人としては図抜けた長身の夜見と並ぶと子供のようですらある。彼女は夜見を見上げて、ふ、と口元に笑みを刷いた――辺りの空気が途端に緩む。
<ふじひめよ。人間にはそう呼ばせているし、『あなた』もそう呼ぶといいわ。夜見と言ったわね、そう呼べばよくて?>
「…? あれ、姫ちゃん、随分と丁寧だね」
<ふん。稲荷神社の系列は人脈が広いのよ>
 丁重に持て成して損はしないわ、と随分あけすけな物言いをする女神に苦笑して、夜見は握手でもしようかと思ったのだが、さすがにそれはやめておいた。軽く会釈だけをして、挨拶を返す。
「さっき藤にも紹介したやき、改めて。夜見じゃ。よろしくな。それで、どうしちゅう、ふじひめ?」
 様、を付けるべきかどうかは逡巡したものの、眼前の女はふわふわ浮いているのと辺りが少しばかり明るい以外はごく普通の佇まいにも見えたし、こちらを真っ直ぐ見据える藤色の視線は対等な立場を表明しているようでもある。わざわざ地上に降りてこちらに視線を合わせたのもその意思表明なのだろう。という訳で、夜見は周りの友人達にそうするように、彼女の名を呼ぶことに決めた。彼女は呼び捨てられたことには頓着した様子は見せず、ただ肩を竦めて、彼の問いに簡潔に答える。
<暇なのよ>
「暇」
<退屈と言い換えてもいいわ。夜見、あなた、面白い話のひとつでもなくって?>
 面白い話なぁ、と、夜見は腕組みして思案する。彼の頭上、少し元気の出てきた雀がちゅんちゅん動き回ったが気に留めないことにする。
「…夜見君、いいよー、こんな無茶振りに応えてくれなくっても。姫ちゃんはしょっちゅうこうやって、自分が見える人に無茶振りするのが趣味なんだから」
「苦労しちゅうなぁ、藤」
「そうなんだよ、何せウチのは元祟り神だから性格悪くてさー。いいよね、お稲荷さん…」
 神職の割には随分と神様に対して物言いに遠慮がないが、ふわふわしているふじひめがノーリアクションな辺り、彼のそれは許されている態度なのであろう。
 それにお稲荷さんの方は、彼らは彼らで、ネットワークが広いだけに色々なタイプが居るものだが、その辺りには触れず、夜見は笑みを浮かべた。退屈、と聴いて脳裏に浮かぶのは彼自身の騒々しい学園生活である。退屈なんて全く思っている暇が無いのだ。
「面白いかどうかは分からんが、おらの周りはいつも賑やかじゃき。退屈ちゅうことが無いのぅ」
<あら、それは面白そうね。見た所学生をしているの?>
「おう。前は生徒会やっとったが、今はそうじゃの、色んな人のお手伝い…ちゅうとこか」
<ふむふむ。いいわねぇ、学生生活、青春だわ>
 どうやらこの話題は神様のお気に召したらしい。彼女は口元を扇子で隠して、けれども隠しきれない楽しそうな表情を見せながら、
<それで、どんな活動をしているの?>
「何でも、やき。頼まれりゃ、備品の修理やら、学園祭の出し物の手伝いやら、この前は恋愛相談なんちゅう依頼もあったな」
 あの時はポストに入っていた依頼書を前に、「面白そうだから愉しもう」派と、「いや、こういうのは本人がきちんとやらないと…」と冷静な意見を述べる派に分かれたので色々な意味で大変ではあった。結果として、依頼主が思い直してキャンセルを届け出たので仕事はしていないのだが。約一名、「えー! やらないの? 色々考えてたのに!」と本気で嘆いている者も居たがそれはそれである。概ね愉快な日常の一幕だ。
 ということを一通り、彼なりに簡潔にまとめて伝えてみたところ、途中から姫神様は若干ご機嫌斜めになったようであった。藤の方は「へぇ、楽しそうだねぇ」とニコニコ聞いているから、
(よう伝えられちゅうろうか)
 といささか不安に思っていた夜見を安堵させたものの、空気が重たくなってきているから、ふじひめが楽しんでいない、ということは明白だ。
「…姫ちゃん、ゲリラ豪雨はやめてね。今日は桜花ちゃん、傘持ってないんだから」
 ウチの巫女さんが風邪引いたらどうするの、と藤が横目に小柄な女神様を睨んでいるから、夜見の感想も的外れではないのだろう。


 それでは、と思い至って夜見は別の話題を持ち出すことにした。幼稚園で人形劇をやるという女の子達の手伝いをしに行ったものの、大柄で色黒な夜見はちびっこには威圧感があるようで、おまけに鋭敏な性質の多い幼子の中には夜見の気配が常人と異なることが分かるのか、「別の意味で」怖がる子も少なくはなく。
「……ぎゃんぎゃん泣きようで、大変やった」
 結果として、人形劇どころではなくなった。友人の一人が集めに集めたぬいぐるみと人形が大活躍して何とか騒ぎは収まったものの、「とりあえずちびっこの居る依頼に夜見は危険」という判断を仲間達が下したのは仕様の無いことだと夜見は思っている。見てくれが怖がられる、ということについては自覚はあるのだ。ただ、夜見自身は幼子や女性を労わるよう主に養母にしっかり言い聞かされて育っているし、子供達の手伝いを出来ないというのは本音を言えば残念ではある。
「あー。夜見君でかいもんねぇ。でも周りの空気綺麗だから、ウチの巫女さんは喜ぶと思うよ」
「巫女さんて、藤の姉なが?」
「ううん、俺の嫁。あ、未来のね! 俺まだ結婚できない歳だから!」
 その発言には隣のふじひめが無言で首を横に振っていたので触れない方がいいのだろう、と夜見は判断することにした。他人の色恋に首を突っ込むのは、仲間の一人に任せて自分は遠慮したい。と考えた所でまた思い出す。部活仲間のうちの一人は、恋愛相談や恋愛関連の依頼に熱心で、一見面白半分のようにも見えるが真摯な対応をするもので一部の女子生徒に大変受けが良い。彼も色々なエピソードがあったな、と思案していると、ふじひめが扇子をぱちりと音を立てて閉じた。その表情はいささか険しい。
<…もういいわ、夜見。充分よ>
「そうか?」
<そうよ>
 と言ったものの、ふじひめの表情は到底「楽しんだ」とは言えないものであったし、夜見の頭上の雀が怯えてまたブルブルし始めている。そろそろ可哀想になったので頭上の小さな生き物は掌で包んでやり(そうすると安心したようで震えは納まった)つつ、夜見は怪訝に首を傾げる。
「まだ色々あるから、遠慮せんでも」
 夜見の提案に、しかしふじひめは今度は扇子で彼を指して、視線を鋭くした。よく見ると口を尖らせて、どこか拗ねている子供のような表情をしている。
<いいの! ああ、詰まらないわ、話だけだなんて我慢できない。あなた今度責任持って、その仲間とやらを連れてきなさい! いえ、わたくしがそちらに遊びに行けば済む話ねーーそちらの神様と話をつけるから、協力なさい!>
 目を白黒させる夜見の横、藤が青い顔をして騒ぎ出す。
「姫ちゃん! 町の守りはどうするんだよ!」
<お前が何とかしなさい>
「うわぁ無茶ぶりだー!?」
<とにかく決めたわ、そうね、いっそのことこれをあなた達の『部活』への依頼にしましょうか? わたくしがそちらの学校に恙なく遊びに行けるよう、そちらの土地神と交渉して頂戴な>
 神職ならば、出来るでしょう?
 無茶で我儘な要求であることを、当の女神本人が自覚しているのであろうことは、愉悦をたっぷり浮かべた藤色の瞳が煌めいていることからもよくよく分かる。無茶苦茶だなぁ、とは思ったものの、夜見は思わず笑ってしまった。多分この話を仲間達にすれば、それぞれに興味を示してくれるのではないかとそんな気もしたのだ。
「まぁ、仕事として引き受けるかどうかは相談次第じゃが」
 笑いながら、さてどうやって仲間達に切りだそうかと夜見は思案する。
(やっぱり、この部活は退屈しちゅう暇が無い)
 さてそれにしても、気の良い仲間達は「神様からの依頼」と聴いてどんな反応を返すのだろう。各々様々な事情を持つ彼らは、少なくとも「馬鹿げた話」と一蹴することだけは無かろうが。
(まずは話のタネにでもしてみるか)
 きっと興味は示してくれるのに違いない。そんな確信だけはあったので、夜見は大事な友人達の顔を思い浮かべながら足取り軽く帰路についた。



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  登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【 8740 / 神楽塚・夜見 】