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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


テロリストの休暇の潰し方

■opening

 何か、物凄く意外な事があったような顔をした少々人目を引く風体の少女が、月刊アトラス編集部室の前でドアの枠に右手を掛けて――そちらに体重を掛けるようにしてゆらりと立っていた。
 歳の頃は中学程度、黒髪はショートで、金と白のオッドアイに、トライバル系の文様が左頬と右腿辺りに見える。タンクトップにホットパンツの上にサイズが大きめな派手な色のレインパーカー。ドア枠に手を掛け佇むやや崩れた感じの仕草。…一見して、少し何かが不自然な――引っ掛かりを覚えた気がした。直後、袖に包まれている筈の少女のその左腕が丸々無いらしいと気付く。そしてオッドアイと言う訳ではなく左目が白いのは失明している為だと言う事にもやや遅れて気付いた。…左の瞳が全く動いていない。
 あまりにも堂々としているので却って気付くのに遅れる。
 と、部屋の中の者――偶然入口近くの休憩用スペースに居たアジア系の美丈夫にして実は仙人だったりする鬼・湖藍灰とその弟子にしてアトラスで書いてるライターでもあったりする空五倍子唯継――が気付いたのに気付いたか、少女の方でもドア枠から手を離してそちらを向いていた。
「…まさか俺みたいなのがこんなに簡単に入って来れるもんだとァ思わなかったんだがね?」
 今現在、少女が居るのは既に白王社ビル内、月刊アトラス編集部室前。
 わざと中の者に聞かせるようにしてぼやきつつ、少女――速水凛はそこに居た。
 凛の姿を認めるなり、湖藍灰は、げ、と声を上げつつ、手近にあったB4の封筒で顔を隠すような――でも目から上だけは隠さずに凛の様子を確認しているようなわざとらしい仕草を見せている。…知り合いらしい。
「…なんで俺ここに居るの凛ちゃんにまでバレてんの?」
「あー…つか居たんだな、湖の旦那。いや、別に旦那探しに来た訳じゃないから気にしない気にしない」
「そなの? …んじゃ凛ちゃん何でここ来たの??」
「やー、最近の『ウチ』の状況は旦那ならよく知ってるよね。ひょっとするとそっちの兄さんも気付いてんじゃないかな」
 と、凛は湖藍灰に空五倍子を続けて見る。
 いきなり振られた空五倍子は目を瞬かせた。
「俺?」
「そう。察するに兄さん旦那の弟子か何かだろ? で、旦那…湖藍灰さ、最近あんたんトコよく居るんじゃねぇ? つー事はだ、今の俺たち結構暇なんだよ、要するに」
「…て、つまりどういう?」
「最近虚無の境界動いてないと思わない?」
「…はい?」
「特に血の気の多い実働部隊は相当腐ってる感じでさァ…エヴァ姐さんなんかそろそろ限界かなぁって感じなんだよね?」
「…ひょっとして…アナタ虚無の境界の方?」
「ん、おう、一応な」
 あっさり凛は受け答え。
 と、湖藍灰がおーい、と呑気な制止の声を上げている。
「…いやあのそーゆー話ここでするの止めない? アトラスの愉快な仲間たちが取材に殺到しちゃうよ?」
「望むところだ。…つーかな、来た理由それなんだよ。エヴァ姐さんに頼まれちゃってさあ。最近仕事無くて暴れ足りないからいっちょ思いっきり戦り合いたいとか何とかで、ここだったら付き合ってくれる奴居ないかなぁって来ただけなんだけど」
「…それでよりにもよってここに来るってどーなのかなー…」
 月刊アトラス編集部と虚無の境界とは基本的にあまり宜しい関係ではない。と言うか有態に言って敵対と言った方が近い。…湖藍灰個人についてはあくまでプライベート、空五倍子と言う養子のような弟子のような相手がここでライターをしている事も多いので何となく居付いているような…あくまで特殊な例外になる。
 …そんなところに来て、ここだったら付き合ってくれる奴居ないかな、と言うのはどうなんだ。
 アトラス側の誰からともなく暗黙の内にそう思っていると、察したように凛はにやりと笑って見せている。
「…あー、つまりな? 軽い手合わせっつーか模擬戦、なんて野暮な事は言わねぇさ。直球で殺し合いで良いってよ。…どうせ自分が負ける訳はないからってね。エヴァ姐さん曰く「本気でわたしを殺したい奴」が来てくれても全然構わないってさ。ただ、思いっきり戦りたいんだってよ」
 それだけ。
 俺はただのメッセンジャー。
 文句があるなら行った先で直接本人に言ってくれ。…つか、誰か来るよな? 場所も別にそっちで指定してくれていいし。その方がそっちでもまず安心だろ? …ああ、もしそれで罠掛けてIO2に通報、とかそういう手を使われても多分こっちは全然へーきだから。…今エヴァ姐さんそーとー溜まってる感じだからな、そんな事されたら単に死体が増えるだけになると思うぜ。
「…まぁ、そんな訳なんだけどな。我こそはって奴が居たらいつでも俺に言ってくれ。ちゃあんと責任持って伝えるからよ?」



■ここってアトラスの――怪奇雑誌の編集部だった筈だよね。

 そして、碇麗香女王様もとい編集長は心当たりの関連各調査機関――念の為IO2除く――にあちこち連絡をしてみていたのだが。
 気が付いた時には、そんな麗香のデスクのすぐ前に、金髪青瞳の王子様――もとい、王子様気質のイタリア人が赤い薔薇一輪を何故か麗香に向けて捧げるようにして持っていた。更には薔薇を持たない方の手を感極まったように胸に当て、ああ、と感嘆の声を漏らしている。

 麗香、何事かと電話の受話器を耳に当てたまま一時停止。

 それでも突然その場に居た王子様(仮)は止まらない。
「…ああ、なんて美しいひとなのだろう。あなたの仕事をしている姿は凛々しく美しい。ただ美しいとしか言えないボクの語彙の無さが恨めしい! 美しいあなたのその邪魔をしてしまう事になるのはとても不本意なのだけれど…ボクはそれでもあなたの名を知りたい! そう、あなたの美しさに見惚れるしかない憐れなこのボクの名はバルトロメオ・バルセロナ! どうか寛大なる慈悲を以ってこのボクにあなたの名を聞かせてはくれないだろうか?」
 と、そこまで唐突かつ情熱的に畳み込まれて、麗香は受話機を耳に当てたまま無言で下方に――二人の間にあるデスクの天板上、バルトロメオのすぐ前に当たる場所を取り敢えず指差す。
 そこには名札が置かれていた。『月刊アトラス編集長・碇 麗香』…。
 バルトロメオは、おお、とばかりに大袈裟に驚いてみせ、これは気付かなかった、と改めてその名札を見直す。

 …。

 …読めない。
 日本人の名前は難しい。
「…ああ、もう最終日だと言うのに、ボクはまだ日本での研修が足りていないようだね! でもそれも都合が良かったのかもしれない。あなたの口から直にその名を教えて貰う機会が得られるんだから!」
 何やらキラキラとしたお花を背景に背負って、バルトロメオは再び麗香を見て目を輝かせている。
 麗香の方はと言うと――何やら勢いに圧倒されてどう反応したものやら良くわからなくなってしまっている。

 いや、褒めちぎられてる――口説かれているらしいのはわからなくもないのだが、何にしてもいきなりの事だったので。



 バルトロメオ・バルセロナ。何者かと思えば、歴史を辿ればイタリア貴族の流れを汲むと言うバルセロナ家の子息であり――誇り高きイタリアIO2のエージェントだとか何とか当然のように名乗られた。曰く、日本には研修として訪れていて、今日はその最終日なのだと言う。…それでこの東京の怪奇系関連各所を巡っているのだとか何とか。
 が、本人の様子を見る限りはいったい何を研修していたのやらわかったものではない。…女の子の口説き方だろうか。そんな事ならここ日本より彼自身の祖国の方が余程心得ていそうだが――まぁ、そのくらい日本での研修とやらから脱線しており、彼はそれでも許されていた――と言う事だろう。
 許されていた理由は「特権で」か「諦められていて」か。どちらの理由かによってこのバルトロメオと言うIO2エージェントの『格』も違って来るのだろうが――どうやらそもそも彼の所属するイタリアIO2自体が本部のアメリカやら大きな支部のある日本と比べると、派出所的な扱いになってしまっている小さな小さな支部、と言う事になるらしい。その時点でどっちでもいいやと名目だけの研修をさせられていた可能性は否定出来ない――とは言えバルトロメオ本人はそんな事を気にしたりはしない。むしろ美しい女性を口説ける時間が持てる時点で好都合と前向きに考えられるくらい。…何と言うか、大らかで開放的な国民性だからそれで済んでいる、と言う事もあるのかもしれない。
 が、それでも目下イギリスIO2にだけは負けたくない! とか何とか、聞いてもいないのに一人語り続けているバルトロメオ。…どういう訳かイギリスIO2に対してだけは、何か、余程の屈託があるらしい。

 と。

 そんな話が一段落着いたところで――バルトロメオ以外のその場に居合わせていたアトラスの面子は誰からともなく顔を見合わせた。…IO2。それは今日の場合、何となく連絡を避けていた組織、でもある。
 何と言っても事の相手が虚無の境界なので――虚無構成員もメッセンジャーとして直に来てるので。しかも話を持って来たメッセンジャーとアトラスのライター…とその師匠こと湖藍灰(一応虚無関係者らしい)とのグダグダなやり取りも一同としては目の当たりにしていたところである。そして何より――今回の話は虚無の境界の本道であるテロ活動とはどうも関係無さそうな気配しかしない。
 …そんなこんなでアトラス側の面子では正直どう扱ったらいいのか反応に困っていたのだが――ここでIO2など出て来てはその名前だけでも話の流れが物騒な方向で完全に固まってしまいそうではないか? と、そんな懸念も浮かんでしまう。

 が。

 バルトロメオと言うこの人物個人を見る限りは――むしろグダグダやってるメッセンジャーらと同様、微妙に扱いに困るような――同時に、余程の下手を打たない限りは物騒な方向で話が固まる事も無さそうな人物像でもあり。
 まぁ、あくまで第一印象での話だが――その印象通りと見て然程間違っている気がしない。

 なら、むしろちょうどいいか、と編集長は結構あっさり頷いた。

「? どうしたんだいレイカ? 何かボクがあなたにしてあげられる事でも?」
「ええ。実はね――」



 ――虚無の境界製・最新型霊鬼兵であるエヴァ・ペルマネントからの、暇潰し――憂さ晴らしの為の戦闘依頼。

 今、アトラスにそんな話が舞い込んでいる事を聞かされたバルトロメオは、それはそれは、と目を丸くして大袈裟に驚いて見せる。
「…どうかしら?」
 日本での研修の最後の仕上げに、エヴァと手合わせして来るのも悪くないと思うんだけど。
 麗香のそんな話を受け、バルトロメオは暫し思案。やがて――そうだね、イイ土産話になるかもしれないね? と麗香に片目を瞑って見せた。
「了解した。このバルトロメオがその依頼にお付き合いする事にしよう」
 美しいあなたの為だ――何を厭う事があるだろう! バルトロメオはまたもや情熱的に言い切り、麗香に特上の笑顔を向ける。

 と。

 麗香とバルトロメオのその間の空間、横合いから首を突っ込んでそのキラキラした笑顔をまじまじと覗き込んでいた別の人物がいきなり居た。民族系の服を纏った、何処か中性的な印象の人物。…先程、唐突にバルトロメオの方が編集長を口説き倒していた時――に匹敵する唐突さでその人物はそこに居る。こちらは金髪青瞳では無く黒髪緑瞳で、恐らくはバルトロメオより五歳前後若いだろう年頃。…但し、性別や人種がいまいちはっきりしないので、歳の頃もはっきりは言い切れない。
 そんな人物が――何やらバルトロメオの様子を興味津々で覗き込んでいる。

「…これが伊達男とか言う奴か。中々見ないぞ特に怪奇雑誌の編集部などではな。…いやこういった存在が居る事自体が日本ではある意味怪奇とも言えるのか。日本では確かにここまでわかりやすく思い切ったイイ笑顔の伊達男は中々見掛けんしな…さすがイタリアIO2と言ったところか。イタリアのIO2では女を口説くのが仕事なのか。…それは確かに女は魔物だとも言うな。ともすればIO2の管轄でもあるのかもしれん。うん」
「おや。そういうあなたも女の子だとお見受けするけど? なら、ボクの管轄だと思っていいのかな?」
「…ふむ。私はあなたでは無くラン・ファーと言う。世界に数多居るだろう面白いモノどもとの良き出会いを求める為に今日は久々に月刊アトラス編集部を訪れてみたのだが…一目で私の性別を女と見分けるとはさすがだな伊達男。だが私は伊達男の管轄では無い。私は人様の管轄に含まれる程小さな存在では無いのだ! 寧ろ私が管轄を設定する方だ! 私の管轄は私が決める。私の管轄は面白い人物に出会える状況全てだ。…いや、ならばこの伊達男こそが私の管轄下の存在か」
「おや。断られてしまったかと思ったのに、良き出会いを求めるなんて…逆にボクを口説いて来るのかい、ラン? 積極的なお嬢さんだね、そんなあなたもまた素敵だ。ボクの思いも付かない事をたくさんしてくれる!」
「? 私がいつ何を断った。…「私が伊達男の管轄では無い。伊達男が私の管轄だ」と訂正を入れただけだろう。私はただ良き出会いを求めているだけだぞ? 口説くも何もあるまい。どんな功徳が積めると言うのだ。仏教徒かイタリアIO2の伊達男。それは随分イメージと違う気がするぞ?」
「…。…ああ、やはりボクはまだ日本での研修が足りていないよ! あなたはきっとボクの事を褒めちぎっているのだろうけれど、残念な事にその言葉の意味がわからない! どうか教えておくれお嬢さん。知的なあなたのその声をもっともっと聞かせておくれよ!」
「…なんだ、私の声がもっと聞きたいのか。ならばもっと聞かせてやろう。さて何を聞かせるか――ひとまず歌うのは雑草蔓延る今の時期色々面倒になりかねん気がするから止めておこう。知的と言うのは全くその通りだが…仏教徒とは伊達男にとっては褒め言葉になるのか。寡聞にして知らなかった。覚えておこう」

 …。

 どういう訳か初対面でいきなりそこまで会話が弾む(?)。このラン・ファーと名乗った人物とバルトロメオ、ベクトルが違えどある意味では似た者同士と言う奴かもしれない。…他人の話を聞かないいや聞き入れないだけで聞く事は聞いており、自分の都合の良いようにうどんどん解釈して好き放題発展させていく、と言うところが。
 そして、ツッコミ不在のまま二人の噛み合っていない謎の会話がひたすら続いていたかと思ったら――。

「――…ところで仏教徒な伊達男は何やら日本での研修が足りていないとの事だが。…それでエヴァ・ペルマネントとやらの憂さ晴らしに付き合って戦闘か」

 唐突にずばり核心を衝いて来るラン。かと思うと、ランはちらりと編集部室の入り口近く――休憩スペースに視線を向ける。そこには空五倍子やら凛やらと元々複数の人物が居はしたのだが、ひとまずランが目を止めたのは超絶美形のアジア系こと鬼・湖藍灰。
 何故なら、ランにしてみればこの男、虚無の境界の名と繋がる件で少々見覚えがあったので。
「…虚無の境界と言う事は話を持って来たのはそこのやたらと美形なアジア系か? 私の記憶が確かなら虚無の構成員だった気がしているんだが――の割にはこの場に物凄く馴染んでいる気もするがアトラスは虚無の境界と和解したのか? いやその割には編集長は陽気な伊達男のイタリアIO2とも普通に仲が良いな。ここは中立地帯か? それともそっちの超絶美形は虚無は辞めたのか? 辞めた方が賢明だぞあんな根暗な組織」
 視線を向けた先こと明らかに湖藍灰に向け、当然のようにそこまで続けるラン。その時点で――だああちょっと待ったあっ!! と目に見えて慌てる超絶美形こと湖藍灰。
 テーブルの天板を叩くようにして慌てて立ち上がり、取り敢えず「話を持って来た」事は否認。
「俺じゃない俺じゃない俺じゃないって! 今日の話持って来たの凛ちゃんだからっ!」
「…つーか虚無虚無言われるのはどうでもいいのな、湖の旦那」
「…いや、それ以前にそこの御二人さん――バルトロメオさんにランさんですか?――の噛み合ってない会話に突っ込みどころが多過ぎる気がするんですが編集長ですらガン無視ですか…」
「あぁ、こういうのは色々キリがないから放っといた方が良いのよ。貴方も湖藍灰で慣れてるでしょうに」
「…。…それもそうですね」
 言われ、空五倍子はあっさり納得。したところで――ランが湖藍灰に振った事で一同の視線が向いたからか、バルトロメオもまた休憩スペースに意識を向けていた。
 …と言うか、バルトロメオの方でも休憩スペース付近に居た「少女」――凛の存在に今更ながら気付いたらしい。…この凛、結構目立つ人物である筈なのだが。
 そしていつの間に移動していたのか、編集長とランの前に居た筈のバルトロメオは――今度は凛の前へ。
「ああ、このボクの不覚を許して欲しい! こんなに魅力的なお嬢さんが居たのに見逃して素通りしてしまったとは…ここアトラスにはどれだけ麗しい花が多いのか! ここ東京の怪奇に明るい民間機関は素晴らしい!」
「…。…その前に。てめぇイタリアIO2、っつって無かったか?」
 よりにもよってIO2が虚無の境界のメッセンジャー口説きに掛かるってどうなんだ。え?
「…ああ、ああ! その通りだ! 何と言う運命だろう! ならばボクはあなたをこの手で捕まえる事に尽力すべきなのだろうか! ああ、なんて悲しい事か――」
「…いや、もうどうでもいいや」
 律儀にも一応まともに突っ込んでみた凛は――ある意味予想通りの意味不明な返答にうんざりと天井を仰ぐ。バルトロメオのお花畑な口説き文句にまともに付き合っていたら日が暮れる。と言うかそもそも自分に会った程度でこれならエヴァに会ったらどうなる事やら、と言う気もしたが、その辺まで自分が考えておく義理も無いか、とあっさり投げる事にした。
 と。
 その休憩スペースのすぐ側、編集部室の入口に新たな影が差すのに凛は気付く。神聖都学園の制服を着た小柄な女子学生。姫カットの長い黒髪をそのまま靡かせ、小さな金の蛇の首飾りを下げている――アンティークショップ・ラン経由で話を聞いてここに来た石神アリス。
 凛と目が合い、その時点でアリスは今回の関係者かと卒無く会釈――は、したのだが。

「…」

 その後にアリスが目の当たりにした現在のアトラス編集部内の状況。典型的、と言うかイメージ先行ステレオタイプなイタリア人伊達男にしか見えない陽気な謎の青年と、その伊達男に迫られているようだがほぼ無視でこちらの存在に気付いていた左腕の無い――その割に何だかオーラが派手なネコ科の獣めいた、滴り落ちそうな闇色を纏っている、たった今自分が会釈をした相手。そのすぐ側、編集部室の休憩スペースに陣取っているのはやけに美形なアジア系の青年に、ライターであるらしく原稿を前にしている青年の二人。それから、何やら話に来ていたと思しき様子でそれらの状況の側に居るアトラス編集長・碇麗香。

 そして――ラン・ファー。

 …アリスにしてみれば、なんか何処かで見た顔が、とそれだけで微妙にぐったりと疲れてしまう相手である。そんなランの顔まで、何故かちゃっかりと当然のようにそこにあった。

「…何だか模擬戦闘でも何でも無くなりそうな気が」
 下調べして来た場所についても無駄に…。

 アトラスに着いて早々、アリスは俄かに途方に暮れる。…ランが居る時点で色々と予定は狂うのが目に見えている。その上に――何だろうこの伊達男。何と言うか、今見た時点でもう――アリスの知るランに匹敵するエアブレイカー振りを発揮していそうな気が。
 頭痛を堪えるようにしてアリスは思わずこめかみを揉む。と、なんや落ち込んどるんかー、と聞き覚えのある声がアリスの背後から聞こえて来た。かと思うと、ぽむ、と宥めるようにして肩に手が置かれる。続いてひょっこりその肩口から顔を覗かせて来たのは、ふんわりした金髪に赤いカチューシャ、白衣を羽織り、眼鏡を掛けた少女――ぱっと見アリスと同年代に見えるが、公称二十一歳のセレシュ・ウィーラー。
「…ああ、セレシュさん」
「おー。アリスさんも多分うちと同じ件で来たんやね。宜しゅうなー」
 と、にっこり笑ってアリスを見、セレシュは改めて編集部室内を見る。
「にしても何や賑やかになっとるなぁ」
「…そうですね。セレシュさんは…どう思います?」
 アレを見て。
「んー、楽しそでえぇんやないの? …あんま深刻にならへん方がうちとしても都合ええし」
「そうなんですか?」
「ああ、そや。憂さ晴らしの暇潰し――て話やろ。フツーに戦うちゅうより、うち、ちぃと提案あってなぁ」
 と。
 セレシュがそうアリスに返したところで――二人の前に不意に背の高い影が差す。差したかと思うとその影はまた、ああ、と大袈裟に感嘆。それから二人と目線を合わせるように上体を屈めて、片目を瞑って見せる。
 初めましてシニョリーネ! ボクはバルトロメオ・バルセロナ! ああ、レイカやランに彼女のみならず、こんな可愛らしい方たちとも同席出来るなんて今日のボクはなんて幸運なんだろう――…

 …――何と言うか、女性と見れば手当たり次第なバルトロメオのこの行動は、本当にキリがない。



■状況調整。

「…へぇ。悪くないんじゃねぇの」

 アリス同様アンティークショップ・レンから話が回ってここに来たセレシュの提案。警備用ゴーレム試作品の実戦データを取りたいから、それと戦ってはくれないか、との話。エヴァだけでも良いし他のメンバーが参加してくれても構わない。戦うゴーレム自体は壊しても構わない――この、壊しても構わない、と言う辺りが八つ当たりには向きじゃないか、と凛は判断したらしい。
「つっても、エヴァ姐さんがどう思うかってのもあるがな――あんまり弱ぇと駄目かも」
「いやいやいや、セレシュと言ったな、中々面白そうな提案だと思うぞ? 要はそのゴーレムとやらでモグラ叩きをすれば良いのだろう。…そう、暴れ足りないのなら何も物騒な事を言い出さずとも健康的にスポーツをすればよい! それでも力が有り余っているのなら解体予定のビルを美しく解体し、それを利用して新しく建てるのもいいだろう。何なら私の別荘にしてやってもいいぞ!」
 びし、と材質不明の扇子を何処へとも無く指し示しつつ、ランは意気揚々と言ってのける。
 と、でしたらこちらはどうでしょう、とすかさずアリスが一枚の紙を指し出した。地図。幾つか印が付けられているその中の一点を指し示し、自分の携帯電話からもその場所の情報を呼び出し提示する。…最早ランの軌道が読めない発言には動じていない。…と言うか、ラン相手の場合はいちいち下手に突っ込まない方が話を進めるに当たって楽であると認識している。…そろそろ慣れた、と言うか諦めもついた。
「解体予定のビル、となるとこことここに最適と思われる物件がありますが」
「おお、用意が良いな石神アリス」
「…エヴァさんと戦う場所も選定しておいた方が良い、と思って下調べをしておいただけですよ」
「うむ。それでもさすがと言うものだ」
「ちゅうか何で廃材で別荘やねん。どんな前衛芸術作る気なん」
「…面白そうだとは思わんか?」
「んー、否定はせえへんけど色々難しそうやない? 権利関係とか」
「そういう事ならボクに任せてよ! 別荘の一つや二つの権利くらい、あなたたちの為ならどうにでもして見せよう!」
「本当か! それは素晴らしい。では場所は…見たところこちらのビルの方が壊し甲斐がありそうだな。うむ、ここが良いだろう!」
「…バルトロメオさんに任せてそれでホンマにどうにかなるもんなんやろか。…まぁ細かい事はどうでもええか。じゃあ、うちはゴーレムの用意して来るわ。…直接現地行った方がええやろ?」
 …うちのゴーレムぎょうさんここ連れて来てもアレやろし。とセレシュ。肩を竦めてそう残すと、言葉通りにアトラス編集部室から出て行く――出て行こうとする。

 話が纏まったと見たところで、凛は何やら器用に右手だけで携帯電話を取り出し何処ぞヘ連絡を入れていた。恐らくはエヴァの元――どうやら程無く繋がったようで、何やら話している。
 暫くそうしていたかと思うと、凛は携帯電話を耳に当てたままアトラスの――エヴァの依頼に乗る事を前提として話していた面子をそれとなく見渡した。
 そのままで、送話口を押さえる事も無く――その場の皆に向けて話し出す。
「…エヴァ姐さん、何かもう始めちゃってるんだと」
 つー訳で、こっちで纏まった話も姐さんの方に伝えとくが――その場所まで行くのちぃっと遅れるかもしれねぇとか何とか。
 あと、姐さんらが今現在居る場所も一応こっちに教えとくとさ。

 …あー、なんか、工事途中で放置されてるっぽいショッピングモールって話で――ってうわ今凄え音したけど? いやまぁ姐さんがどうこうなったとは思わねぇけど――は? へいへい。切りますよ。…いっくら飛ばしのったってケータイ壊されちゃ後が面倒だ。じゃ、後は御当地で。
 切。

 通話を終えるなり、凛は小さく肩を竦める。

「聞こえたな? まぁこっちは場所も手段も纏まった話通りにして良いっつー事らしいが、何か向こうも向こうで先に始めちまってるらしいから、その辺覚悟して合流してくれや」
 ちぃっと予定は狂っちまうだろうが、まぁ、細かい事は気にすんな。大した問題じゃねぇ。

 宜しく頼むぜ、皆さんよ。



■調整完了、戦闘開始。

 石神アリスが提案し、ラン・ファーが独断で選んで決めた戦闘場所こと解体予定のビル。

 エヴァ・ペルマネントの憂さ晴らし。…その依頼を引き受けてアトラスに居た面子がそこに来た時には――どうやら既にしてエヴァと何者か――黒毛の狼男こと道元ガンジ――は戦っているようだった。ビルの階下に入っただけで、階上からと思しき凄まじい破壊音や吼える声が時々聞こえる。殆ど吹き抜けに近い形になっているところから、それらしい姿が見える時まである。…そして考えてみれば――ここに到着する途中の道で、何やら妙に緊急車両のサイレンが喧しかったところもある。
 先程、速水凛が電話で話していた内容と合わせて考えるに、どうやら彼ら二人が元居た場所――工事途中で放棄されたと思しきショッピングモールからここまで、何だかんだで戦いながら移動して来たと言う事になるらしい。

「…あぁ、それでその辺緊急車両とか出てたんやな…」
 うちのゴーレムがその辺の一般人に見付かったんかと思てちょっと焦ったわ。
 はぁ、と安堵の溜息を吐くセレシュ・ウィーラー。…いや、安堵している場合でもないのだが。そもそもそれで既にこの場所が警察だの消防だのと言った治安絡みの公共機関に目を付けられていたら色々問題が。
「…ひとまずその心配はなさそうですが…」
 携帯を弄りつつぽつりとアリス。…一応、今のところは近隣の緊急車両の出動はそれぞれ個別の案件――建物が突然壊れただの車の横転事故で火が出ただので騒いでいるだけ、のようであると裏表両面の伝手から調べは付いた。…原因がエヴァとガンジであっても、ひとまずその原因までが表沙汰になっているようでは無い。ついでに、この解体予定のビルについては――それら公共機関の方ではまだ触れられてもいない。…ただの幸運か、こう見えてエヴァとガンジも考えて行動していたのかは不明だが。
「ならええんやけど」
「にしても。何処から手を出したら良いのでしょう、これ」
「んー、確かにあれに割って入るのは至難やろなぁ…ここからゴーレム仕掛けたるか」
「それもアリだろうが先程メッセンジャーがしていたように普通に電話で呼んで貰えばいいのではないか? こちらが指定した場所に来てくれたと言う事はああ見えても聞く耳はあるんだろうに」
 それとも――。
 と、ランはそこで切ったかと思うと暫し上方の異音を窺う。エヴァとガンジが戦っていると思しき地点。時折見える姿の位置からも鑑み――おもむろにその下方に向かうと、結構重要な支柱と思しき辺りをとりゃっとばかりに勢い付けてブッ叩く。…いつも所持している材質不明でやたらと重くて頑丈な扇子で。
 叩いた途端、その支柱からめきりと不吉な音が。したかと思ったら――見る見る内にその支柱が折れた。続いてどしゃーんと凄まじい轟音が鳴り響き、数秒と持たずにビルの一角がその場に崩れ落ちる――。

 ついでに、エヴァとガンジも落ちて来た。



「…ランさんランさん、ちぃと無茶過ぎへんこれ?」
「うう…咄嗟に守って頂き有難う御座いましたセレシュさん…と言うか、あの瓦礫に巻き込まれて何で平然と無事なんですか、ランさん」
「ん? 加減はしたぞ。ビル全部が壊れそうにないちょうど良さそうな、けれどある程度は崩れそうな支柱を選んで折ってみただけだ。それにあの仏教徒な伊達男もエヴァ・ペルマネントらしき娘も黒狼もどうやら無事では無いか。アリスもメッセンジャーも無事のようだし、大した事はあるまい」
「いや、充分大した事だと思うんですが…」

 と。

 アリスがぐったりと言ったところで。
 何なのよ。と心底不機嫌そうなエヴァが瓦礫の中からむっくり起き上がって来た。唐突なビルの崩落。苛立ったように声を上げつつ、辺りを見回す――と、今の崩落の元凶であるラン、咄嗟に防御魔法で瓦礫から身を守っていたセレシュとそんなセレシュに庇われたアリス、邪妖精で作った防御壁らしきもので身を守っていた凛の姿を見付け――そして何やらこの状況にも拘らず場違いなくらいにキラキラと輝く瞳で自分を見つめているバルトロメオと目が合った。
「――――――ッ、モルト カリーナ!!!」
「…!?」
 エヴァ、何事かと反射的に身を引く。…ちなみに『モルト カリーナ』とはイタリア語で『とても可愛い』と言う意味になる。バルトロメオの口から思わず零れてしまったのだろう母国語――感極まったその科白。残念ながらエヴァには通じていないのだが、バルトロメオは気にしていない――と言うより気付いていないのかもしれない。ああ、こんな可愛らしい方と戦えるのならこのバルト風に舞う花びらの如く散り去っても本望! と陶然と続け、バルトロメオはエヴァへと手を差し伸べつつとっておきの微笑みを見せ付ける。

 数瞬、間。

「…何?」
 コイツ。
 殆ど反射的にエヴァは凛に目で問う。…連れて来た以上、そいつが何者であるのか承知している筈の彼女に。問われた凛はと言うとどう言ったものか暫し言葉に迷っていたが――結局、当人についての説明は諦めた。
「あー、さっき電話で言った…」
 その中の一人。
「…。…そう。じゃあこいつも倒して良い相手って事ね。…わたしが楽しめるだけの力量を持ってればいいけど――?」
「おやおや、せっかちだね。まだ舞台も整っていないと言うのにもう始めようと言うのかい? …いいだろう、ボクの力を見せてあげるよ!」
 嬉々としてそう言ったかと思うと、バルトロメオは、フッ、とばかりにウェーブがかった柔らかな髪を気障な仕草で手で払う。途端、バルトロメオのその身がめりめりと膨らむように大きく、形まで変化し始めた。鼻や口先の辺りがイヌ科の獣のように尖って張り出し、元の身体より一回り大きくなっている――絞られた筋肉で覆われたその身は白金に近い毛並みで包まれている。まるで人狼。…とは言え、黒狼――ガンジよりはずっとスマートな姿。このバルトロメオ、人狼と化しても、何処か毛並みの良さが見出せる。
 その姿を見、あら、とエヴァは艶やかな――それでいて何処か凶暴な笑みを浮かべる。人狼。それは由来は違って来るのかもしれないが、先程まで戦っていたガンジも似たようなもの。即ち、それなりに楽しめる手応えのある相手。エヴァとしてはそう見た訳で――。
 相手にとって不足無し。
 エヴァはバルトロメオが白金の人狼に変化し終えるや否や、嬉々としてその白狼に突っ込んで行く。怨霊をその細腕に纏わせて手甲にし、直接弾丸のように撃ち抜こうと迷いなく地を蹴っている。

 が。

 そこでむっくり起き上がったのが黒狼こと道元ガンジ。そこに至るまで瓦礫に埋まり倒れたままでいたのだが、別に落下時点で目を回していたりした訳では無く――エヴァの隙を待っていた。そして今。バルトロメオを狙った時点でエヴァはガンジに背中を見せている――ガンジとバルトロメオではガンジの方が居る位置が近い――俺が先だあッ!! とガンジはエヴァの後方から牙を剥く。
 そのままガンジの牙はエヴァの背中に到達――したかと思うと、同時にぞっとする程の怨霊の想念がガンジの身に絡み付いて来た。当然のように用意されていたカウンター。…エヴァは背中を見せてもそれだけやってのける。物理攻撃ではなく精神攻撃――と言うより、魔障を狙った攻撃か。
 但し、その時点でエヴァは微妙に顔を顰める――どうやら想定していたより使役した怨霊の効果が弱いと思ったらしい。そしてそのせいでか、ガンジの牙もガンジの狙い通りエヴァの身にそのまま食い込んでいる。飛沫く赤。悔しげなエヴァの舌打ち。そのままガンジとエヴァで俄かに取っ組み合いになる――叩き付けられる爪に更に赤が飛沫く。と、俄かに置いて行かれた形になったバルトロメオの方が、何をしているんだい!? と血相変えてそこに割って入って来た。そしてエヴァを庇いガンジから引き離す形――いや多分これは「女の子が襲われてる」と見てしまっての殆ど反射の領域の行動なのだろうが――にし、大丈夫かい!? と慌てたようにエヴァを気遣う。
 そんなバルトロメオの間近で、ユー、やっぱり莫迦なの? とエヴァの呆れた声が響く。次の瞬間、バルトロメオに至近からエヴァの拳が撃ち込まれていた。…先程の手甲装備のままの弾丸めいた拳。無防備なところに直撃したなら人狼と言えど無事では済みそうにない拳だったが――バルトロメオはすかさずその拳をがっちりと止めていた。
「散り去っても本望とは言ったけど。…でも痛いのは嫌なので抗わせて貰うよ?」
「あら、良かったわ。ただの莫迦じゃなさそうね――」
「勿論さ可愛いひと。そうだ、ボクが勝ったらデートしてくれるかい?」
「…」
 やっぱりただの莫迦な気がして来た。
 エヴァのそんな内心も知らず、バルトロメオは――さぁボクの胸に飛び込んでおいで! とか何とか、戦闘なんだか口説いているんだかよくわからない態度でエヴァと対峙している。そんなバルトロメオを躊躇い無く盾にしたり踏み台にしたりしつつ、一人まとも(…)にエヴァを襲っているガンジの姿。当然、エヴァもそう簡単にやられる様子は無く、傍で見ていると本気なのかふざけているのかいまいち判断し難い三つ巴がひたすら繰り広げられている。

 そんな様子を見、ああもう何や収拾付かんなぁ、と嘆くセレシュ。…なお、先程エヴァがカウンターで使役した怨霊の効果が想定より弱かったのは恐らくこのセレシュの持つ『魔除け』の性質が関係していると思われるが――セレシュ当人以外は多分誰も気付いていない。
 実戦データを取らして貰えるて打ち合わせの話は何処行ったんやろ。と三つ巴を見ながらセレシュは溜息。が、まぁええわ、と結構あっさり立ち直り、ぱんぱんと膝や白衣に付いた埃を払う。それから、みんなこっち来ぃやー、と何処へとも無く呼び掛けた。
 と、何やらのそのそわらわらとガーゴイルや狛犬、獅子、シーサーのような――各地の賽の神的な外観のモノが瓦礫を乗り越えセレシュに近付いて来る。それを見て、おお、とランが感嘆。良かったみんな無事やなー、とセレシュもほっとする。…いや、実戦データ取る前にビルの崩落に巻き込まれて壊れていたとしたらただ勿体無いだけなので。…いやいや、それでも強度のデータくらいは取れるかもしれないか。どちらにしろ無事だったのだからいいけれど。
「…中々愛嬌のある連中じゃないか。これがモグラ叩き用のモグラか。勿体無い」
「モグラ叩き用ちゃうて。警備用ゴーレムの試作品や」
 それぞれの個体でステータスの振り分けも色々パターン変えてみてあるんやけど…。
「取り敢えず…ランさんこの子らと戦う気あらへん?」
「私か? 私はモグラ叩きならやる気満々だったのだが」
「…。…ならモグラ叩きでええわ。取り敢えずみんなをその辺にバラけさせるから、見付けて叩ければランさんの点数になる、て事でどうやろ」
 ビルの支柱を叩き折る打撃の持ち主相手なら、それで充分耐久データは取れるやろし。…一応、あの三つ巴にも仕掛けるつもりやけど、あっちはどの程度打ち合わせの件を頭に置いといてくれとるんかようわからんし――ちゃんとデータ取るには保険掛けとかんとな。

「ふむ…それなら承知した。中々面白そうな提案だ」
 ならば見せてやるぞこのラン・ファーの華麗なる扇子捌きを! 覚悟しろモグラども!

 …いや、だからモグラじゃなくて警備用ゴーレム試作品。



 狛犬が瓦礫の隙間から顔を出し、ガンジを狙って力強い動きで躍り掛かっている。かと思えば上方からガーゴイルがエヴァを狙い鋭い軌道で急襲しており、やけに頑強なシーサーが足元にぬっと現れた事でバルトロメオが躓き掛ける。そのシーサーを狙って、ランが扇子の一撃を入れるが――入れようとしたが、派手に外して床を突き砕いてしまった。ちなみにそのシーサーのステータス振り分けは耐久値が最大で敏捷値は最小。…何故攻撃が外れたのかわからない。
 そんな動きが鈍い筈のシーサー相手に、くっ、素早い奴め! と歯噛みするラン。と、その後頭部に獅子が飛び付いて来、今度こそとばかりにランはそちらを叩こうとする――が、叩いた時には己の後頭部を足場に獅子はガンジの方へ突進しており――それを目で追っていたランは、当然の流れでその獅子を叩くべく扇子を振るう。
 が、また外れて――外れた結果、あろう事がガンジの背中に扇子が命中。ガンジは全く予期していなかった攻撃に、ぐはっと血反吐を吐いて膝を突かされている。そんなガンジを見、おお、済まんな黒狼、とあっさり謝るラン――ああん? とガンジはそんなランに思い切り威嚇して見せるが、その時にはランの視線は最早ガンジから移動している。…そして今の攻撃をした筈のランからは殺気も攻撃の意思も何も感じられない。ガンジとしては怒るに怒り切れず、何だか反応に困る。
 ランは次には近場に見付けた狛犬を狙ってまた扇子をフルスイング――それは今度はちょうどエヴァに当たってしまいそうな軌道の動きだったのだが、エヴァの方はすかさず避ける事が出来ていた。そして、今の攻撃――と言うか扇子のフルスイング――がランの手によるものと認めると、エヴァは剣呑に目を眇めてランを見る。
「…あら。ユーもわたしと遊びたいの?」
「ん? モグラ叩きなら付き合うぞ。どちらの点数が上か勝負しないか?」
「は?」
「だからモグラ叩きだ。遊ぶなら今モグラ叩きをやっている真っ最中なのでな、付き合わんか?」
 ほらそっちに行ったぞ! とランはまた扇子を振り回す――振り回した先からはガーゴイルが逃走している――今のランに狙われていたのだと見てわかる。そして、狙われていないのに――戦いを挑まれている訳でもないのに、そんな相手からの攻撃(?)でエヴァもガンジもバルトロメオも何やら普通に危ない。ランと警備用ゴーレム試作品が少し噛んだだけで、本気(?)の三つ巴組の方まで色々と混迷の度を深めて行く。

 いったい何やってるんでしょうね…とその様子を見て深々と溜息を吐くアリス。…ある意味で予想通りの眼前の状況。ランが絡んだら訳がわからなくなるのがいつもの事。それはやっぱり今日も同じだった。
 が、今日の場合は――アリスにとっては少々好都合かもしれない。魔眼を使うにはこのくらい状況から離れられている場合の方が上手く行き易い。あわよくばエヴァの石像を拝めるかもしれない――そんな思惑もあり、アリスはこっそりとエヴァを狙って魔眼を使い始めた。
 瓦礫とも壁とも付かない位置に隠れ、視界ギリギリの距離から催眠効果を狙ってエヴァを見つめる――ふ、と不意にエヴァの身体が傾いでよろめいた。成功。そこに気付いたバルトロメオとガーゴイルがそれぞれの方法でエヴァを強襲――いや、むしろバルトロメオの方はよろめいたエヴァを介抱でもしようとしていたのかもしれないが――エヴァはそんな二人の肉迫にも慌てる事無く、すぐさま怨霊を手足の延長、撓る鞭のように用いて打ち付ける。…それで二人を吹っ飛ばしている。
 エヴァはそのまま、何かしらの不調を感じたように頭を押さえる――それから辺りをゆっくりと見渡している。視線。催眠。魔眼――アリスのそれに気付き、今度はエヴァの方がアリスの視線を感じた方向へと問答無用で周囲の怨霊を嗾ける。気付いた時点でアリスは密かに移動。まだ自分の姿がはっきりエヴァに視認はされていない――自分の居る位置は気付かれていないと見て、今度は石化の魔眼をエヴァに向ける――向けようとする。

 が。

 その時にはエヴァを囲むようにしてどす黒い怨霊が荒れ狂い、エヴァ自体をまともに視る事すら出来ない状態で。…何処。と冷ややかな声音で今の催眠を掛けた者を――即ちアリスをエヴァは探している。が、大人しく探させて貰える訳でもない。エヴァの使役する怨霊渦巻く中でも警備用ゴーレム試作品は果敢にエヴァへと飛び掛かっている――その飛びかかっているゴーレムを叩こうとランもまた飛び掛かっている。ガンジもまた同様エヴァを噛み砕こうと狙っていて――つれない素振りも魅力的だね、とか何とかバルトロメオもまた、エヴァへと新たなアプローチ(?)を懲りずに続けている。…そして当然のようにそのアプローチは物理的に拒否され続けている。
 やっぱり再び大混戦。手の出しどころに困りつつ、それでもアリスはエヴァに魔眼を使える隙が出来ないか窺い続ける。対象を見つめられなければどうしようもない――思い、暫くの間意識を尖らせてはいたが、やがて、はぁ、と溜息を吐いて、アリスは軽く諦めた。
「ここまでですかね…」
 むしろ、軽くだけ催眠が効いた時点で、一気にガードを固められてしまった節がある。こうなってしまったら仕方が無い。そう思っていたところで――大丈夫かー? とセレシュがひょこりと顔を覗かせた。
「…セレシュさん」
「今エヴァさんが警戒バリバリになっとる魔眼てアリスさんのやろ」
「ええまぁ。わたくしにはこのくらいの事しか出来ませんので」
「ホンマはそうでもないんやないの?」
 もっと前に出て戦っても行けそうちゃうん?
「さぁ。どうでしょうね。…私はとことん搦め手を使うタイプですので」
 返しつつ、アリスは再び大混戦なエヴァ周辺を見遣る――自分一人が退いたとしても、やっぱり状況、変化無し。むしろ少し間を置けば、また魔眼で狙える隙が出来るんじゃないかと思えるくらい。

 何だか本当に、どうやっても収拾が付きそうにない。



■たくさん動けば腹も減る。

 そして、収拾が付かない戦闘なんだかゲームなんだか恋のさや当てなんだかよくわからない、時々破壊された警備用ゴーレム試作品まで飛び交う大混戦のそんな中。

 ――――――ぐーきゅるるるるう〜、と派手に誰かの腹が鳴る音がした。

 その時点で、大混戦だった状況が俄かに止まる。
 音の源。誰のものかと思えば、ガンジの腹。そんな腹の虫が鳴き終わったところで――ちっ、とガンジは派手に舌打ち。
「クソ、こんな時に――」
 …正直、気が遠くなる程腹が減って来た。エネルギーが足りていない――何だかんだでやられ過ぎたか。幾ら回復するとは言え、回復させるには大量のエネルギーが要る。そういう身体に造られている。…だから腹が減る。今日エヴァの八つ当たりに付き合おうと思ったそもそもの目的もメシの為。…そう、メシの為なのだ。
「くあー、ハラ減ったぁあああ!」
「おお! 奇遇だな黒狼! 私もだ!」
「…あン?」
「餡では無いランだ! 私も些か腹が減った! いやあいい汗もかいたしな、暴れるのはここまでとして、ここは皆でぱーっと食事にでも行かんか? きっと美味いぞ楽しいぞ!」
「ああ、それはいい考えだね! エヴァのような可愛いコとなら拳で語り合うのも悪くないけれど、一緒に食卓を囲む方がより素敵な時間を過ごせるに決まってる! エヴァだけじゃない、ランに、アリスに、セレシュに、凛…こんなに魅力的なお嬢さんたちに囲まれての食事なんて、夢のようだよ!」
「…なんか、わたくしたちも勝手に員数に数えられてしまっていますが」
 バルトロメオさんに。
「…まぁええんやないの? つまり奢ってくれるちゅう事やろし」
「奢りだと!? マジか? 好きなだけ食っていいのか!?」
「ああ。黒狼も存分に食うが良い! 全て仏教徒な伊達男の奢りだ! 奢ってくれると言うのだから集ってやると言うのが筋と言うものだろう!」
「そうかそうかそうかよ! くうぅ! 来た甲斐があったぜ! メシメシメシ!」
「…って、何かユーたち話が噛み合ってないわよ…?」
 バルトロメオは女性陣については言われなくとも全員含めているが、一番飯を食いたがってると思しき男についてはむしろ眼中にないような。
「フッ、細かい事は気にするなエヴァ・ペルマネント! この私が黒狼も来いと言っているのだ! 反対などさせん! お前も是非に来い! 憂さ晴らしには美味いものを食うのも悪くないぞ!」
「…そんなものかしらね?」
「そんなものだ。なぁ仏教徒な伊達男?」
「ああその通りだ。美味しいものは人を幸せにする! ぜひあなたにもこの喜びを味わってほしい!」
「…ところで。どうでもいいっちゃいいんだが、そこの伊達男はいつまで仏教徒扱いなんだ?」
「違ったのか? 本人が否定してないぞ?」
 むしろ褒め言葉と受け取っているくらいだ!
「いや、多分それって意味を理解してないからなだけじゃないですか…?」
「…あー、帰国前に訂正しといてあげた方がええんちゃう?」
「? 何か訂正が必要な事なのかい? ランはボクへの褒め言葉だと言ってくれたのだけれど?」
「…って完璧にランさんのせいやないか。ちゅうか何がどうなってそないなったん」
「それはな。功徳を積むのは仏教徒だろうと思ってな――…」

 と。

 何処に向かって行くのかわからない会話をひたすら重ね、気が付けば済し崩し。
 エヴァの憂さ晴らしの為に集められた筈の一同は、この後、何故かイタリア貴族の末裔の奢りで腹一杯食事をする事になる。結果としてIO2と虚無の境界の構成員が仲良く同席している事にもなったのだが――それでも特に問題は起こらず、奇跡的に和やかで奇妙な食事の時間は過ぎていく。

 たまには、こんな日があってもいいのかもしれない。
 …まぁ、本来の目的は何処に行ったのか、と言う気もしないでもないのだが。

【了】

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■6224/ラン・ファー
 女/18歳/斡旋業

 ■8756/道元・ガンジ(どうげん・-)
 男/25歳/警備員

 ■7348/石神・アリス(いしがみ・-)
 女/15歳/学生(裏社会の商人)

 ■8752/バルトロメオ・バルセロナ
 男/24歳/IO2エージェント

 ■8538/セレシュ・ウィーラー
 女/21歳/鍼灸マッサージ師

 ※表記は発注の順番になってます

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 …以下、登場NPC(□→公式/■→手前)

 □エヴァ・ペルマネント/今回の依頼人(暇人)

 ■速水・凛/今回の依頼代理人。オープニングより登場(未登録NPC)

 ■鬼・湖藍灰(湖藍灰)/オープニングより登場(登録NPC)
 ■空五倍子・唯継/オープニングより登場(登録NPC)

 □碇・麗香/アトラス編集長

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          ライター通信
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 道元ガンジ様、バルトロメオ・バルセロナ様には初めまして。
 セレシュ・ウィーラー様には再びの発注を頂けまして。
 そしてラン・ファー様と石神アリス様にはいつもお世話になっております。大変御無沙汰しております。もっとこまめに依頼出さなければと思いつつ実行出来ておらず…それでも今回もお付き合い頂けまして本当に感謝です。

 皆様、今回は発注有難う御座いました。
 そしてやっぱりと言うかいつも通りと言うか(汗)、大変お待たせしております。
 特に初めに発注頂いたラン様の方は日数上乗せの上に(ライター側の納期が)一日程過ぎてしまっていたり、道元様に至っては初めましてなのにぎりぎりもしくは少し過ぎるかと言ったところで…本当にいつもいつもお待たせしておりまして…!
 こんな輩ですが、初めましての方もどうぞお見知りおき下さいまし。

 内容ですが、何故か最後に食事で終わりました。そこに至るまでの本題ことエヴァとの戦闘(?)では色々あって大混戦です。皆様のプレイングはだいたい反映出来ているとは思うのですが…同時にプレイング外だらけの発展に発展を重ねた長文になってしまってもおりまして(汗)。いつもの事と言えばいつもの事なんですが。
 プレイング外のところは当方的に皆様のキャラクター性からしてやりそうか、と思えた事をやらせて頂いております。イメージから逸れてなければいいのですが、如何だったでしょうか。

 あと、他の皆様もそうですが、特に初めましてになる道元ガンジ様とバルトロメオ・バルセロナ様、それとシチュエーションノベルでのみお世話になった事のあるセレシュ・ウィーラー様。
 PC様の性格・口調・行動・人称等で違和感やこれは有り得ない等の引っ掛かりがあるようでしたら、出来る限り善処しますのでお気軽にリテイクお声掛け下さい。…他にも何かありましたら。些細な点でも御遠慮無く。

 それから、今回は前半部分に個別・少数描写が幾分ありますので、一応その件も書き記しておきます。

 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 では、また機会がありましたらその時は。

 深海残月 拝