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<東京怪談ノベル(シングル)>


人と魔の混在する学園にて


 セレシュは思わず、箸を落としてしまうところだった。
「来よった……来るべきもんが、ついに来よったわ。うちも、とうとう行かなあかんのやね」
「別に赤紙が来たわけではありませんのよ、お姉様。とにかく、お読みになって」
 夕食の席である。
 セレシュの妹分とも言うべき同居人の少女が、学校からのプリントを1枚、手渡してきたのである。
 三者面談のお知らせ。
 何度、目を走らせても、そう書いてあるようにしか見えない。
「まあ無理に来て下さる事もありませんけど、そのうち家庭訪問もありますわよ。どちらかで先生と顔を合わせていただきませんと……私、とても学校の人には会わせられない親がいる、なぁんて思われてしまいますわ」
 元々、石像だった少女である。
 そこに疑似生命と自我が宿り、今では付喪神と呼ぶべき状態にある。
 そのような女の子でも生徒として受け入れてくれる学校に通わせるようになってから今まで、少なくとも保護者に連絡が来るような問題は起こらなかった。
 だからセレシュも、安心しきっていたところである。
「行ったる。行ったるわ。あの学校も、久しぶりやしな」
 厄介事の絶えない学校だ。セレシュのところに何かしら事件解決の依頼が来る事も、しばしばあった。
「で……うちが先生に謝りたおさなあかんような事、しとらんやろな自分」
「私が暴力を振るわなければならなくなる事件など、ありませんわ」
 付喪神の少女は、涼やかに答えた。
「お姉様との日常に比べれば……あの学校、平和そのものでしてよ」


 私立神聖都学園。卒業生にも、在校生にも、それに教員にも、知り合いがいる。
 が、付喪神の少女の担任を務めているのは、セレシュの知らない教諭であった。編入の際に1度、挨拶をしただけである。
 実習を終えたばかりといった感じの、若い男性教師だった。
「新米さんに、あんなん受け持たせるっちゅうのは……鬼の所業やな」
 苦笑しながらセレシュは、戸締まりを確認した。
 三者面談、当日である。
 付喪神の少女は、そろそろ授業を終えた頃であろうか。
「先生を泣かせとらんやろな、まったく……」
 人様に迷惑をかけなければ、本人怪我やむなし。そのくらいの気構えでセレシュは、あの少女を学校に通わせている。
「さてと……行かな、あかんやろね」
 重い気持ちを抱えたまま、セレシュは神聖都学園へと向かった。
 長く生きているが、母親であった事はない。
 自分が育てた生き物を、第三者に評価される。それも、初めての経験である。


「明るくて、とても優しい子ですよ。友達をもう大勢作って、その皆から好かれているようですし」
 若い男性教師が、付喪神の少女の素行を評価してくれた。思ったほど、困らされている様子がない。
「ただその、優しい子ではあるのですが……時々、口より先に手が出てしまう、と言うより口も手も両方出てしまうようなところが、まあ、ないわけでもないと申しますか」
「……あるやろね、それは」
 付喪神としての自我が確立するかしないかという頃から、この少女はセレシュの仕事を手伝ってきた。異世界で何かを採取するような仕事、ばかりではなく戦闘的な力仕事もさせてきた。
 最終的には物事を力で解決する性格を、セレシュが植え付けてしまったのだ。
 そんな少女を、自分の監視のない環境で生活させてみる。賭けにも近い実験である。
「私、手を出す相手はきちんと選んでおりましてよ? 先生」
 少女が、涼やかに言った。
「むやみに頑丈な方々が、この学校には割と大勢いらっしゃいますもの。退魔戦闘の達人ですとか、人の皮を被った魔族・妖怪族の方、それに虚無の境界の生体兵器……私が手まで出すのは、そういった相手だけですわ」
「自分なあ、馬鹿力も出来るだけ人には見せんようにと、あれほど」
「まあまあ。弱い者いじめだけは絶対にしないのが、彼女の美点でして」
 男性教師が、いくらか無理矢理、誉めどころを挙げてくれた。
「成績も優秀ですよ。ただ少し、理数系に偏り過ぎという懸念はありますが」
「すんません。うちが、どっちかと言うたら理系なもので」
「文系、特に英語をもう少し頑張ってくれれば」
 男性教師が意外な事を言っている。セレシュは驚いた。
「あれっ、英語苦手なん? 自分」
「だって……お姉様が教えて下さった古代魔法の呪文詠唱とは、発音も文法も全然違うんですもの」
 元石像の少女は、ばつが悪そうにしている。
「あれなら、まだ魔獣語や幻獣語の方が覚えやすいですわ」
「人間の言葉、覚えなあかんて」
「人間ではない生徒さん、大勢いらっしゃいますからね。この学校」
 男性教師が、にこりと微笑んだ。
「その中では、この子は本当に優等生です。安心していいですよ」


「もっとひどいのが、いくらでもおる……と。そう言いたかったわけやね、あの先生は」
 面談後。やたらと広い神聖都学園の敷地内を2人で歩きながら、セレシュは言った。
「まあ、意外と平和に過ごせとるようで良かったわ」
「だから申し上げましたわよ? お姉様との日常よりは、遥かに平和であると」
 応えながら、付喪神の少女が、ちらりと視線を向けてくる。
「異世界へ連れて行かれて、力仕事をさせられたり……という事もありませんし、ね」
「さてと、2人で外歩いとるついでや。どっかで何か、食べてこか」
 セレシュは無理矢理に、話を変えた。
「何食べたい?」
「焼き肉!」
 少女が即答する。セレシュは、釘を刺した。
「……ビールは無しやぞ」
「そ、それは殺生ですわお姉様。お肉の脂に、何を合わせろとおっしゃいますの?」
「白い飯で我慢せえ。焼き肉と言うたら、白い飯や」
 三者面談が、無事に済んだ記念である。
 後で、自分1人でこっそり酒を飲もうか、とセレシュは思った。