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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


酔っ払いボニーと草食系クライド


 ナグルファルが正式に、法的に、IO2からアメリカ政府へと移管されつつある。
 その流れは、どうやら止められそうにない、と上司の女性は言った。
 元々、IO2に正式な所有権があったわけでもない。虚無の境界から奪ったものを、勝手に使っていただけだ。
 政府からの圧力に、IO2が屈した……と言うよりも、両者の間で何かしら取引のようなものが交わされたのではないか、とフェイトは思っている。
「どっちにしても同じ事……ですけどね」
 IO2上層部にしても、米政府にしても、信用出来ないという点においては同じだ。ナグルファルの所有権がどちらにあろうと、安心・安全とは程遠い状態である事に違いはない。
「あんまり、うぬぼれたくはないんですが……ナグルファルの操縦者っていうのは、やっぱり?」
「お前以外には考えられん。政府関係者にしてもそれは同じだ、フェイト」
 女性上司が、難しい表情と口調で言った。
「もちろん、お前は虚無の境界からの押収物ではなくIO2の正式な職員だ。政府としても、無理矢理に身柄を奪うというわけにはいかんだろうが」
 アメリカ政府は今後、あの手この手でフェイトを引き抜きにかかるだろう。彼女は、そう言っているのだ。
 あの戦いを、フェイトは思い返した。いや思い返さずとも身体が、脳が、感覚を忘れてはくれない。
 自分がナグルファルを操縦していた、などというものではない。むしろナグルファルの方が、操縦者たるフェイトを支配しかけていた。
 あの機体の中枢を成すヴィクターチップ……錬金生命体たちの荒ぶる魂の集合体と言うべきものが、フェイトの精神を、ほぼ乗っ取っていたのだ。
 最終的に辛うじて乗っ取られずに済んだのは、1人の少女と、彼女が一時的に解放してくれた少年のおかげだ。
 つまり自分は、運が良かったのだ。
「……何を考えている? フェイト」
 思いの中に沈みかけていたフェイトの顔を、女性上司がじっと見据えてくる。
「当ててやろうか。ナグルファルは、自分が最後まで責任を持って管理しなければならない……たとえアメリカ政府に引き抜かれてIO2を辞める事になったとしても。そんなところだろう?」
「俺は……」
 ためらいがちに、フェイトは言った。
「約束……したんです。あいつらの怒り、憎しみ、全部俺が受け止めてやるって」
「その責任感を利用され、お前は結局、政府の意のままにナグルファルを動かす事になる。いや政府と言うより、あの上院議員殿のな」
 女上司はそこで、軽く溜め息をついた。
「……実はその議員殿から、お前に名指しで依頼が来ている。ボディーガードの要請だ」
「名指しですか。前もありましたね、そんな事」
 あの時の依頼人は、フェイトの個人的な知り合いでもある、英国の大富豪だった。
「まあ、それはともかく……ボディーガード、ですか?」
「あの議員殿、どうやら命を狙われているらしい。蜜月関係、と思われていた相手にな」
「……虚無の境界、ですか」
 かの組織は、あの上院議員を、傀儡政権のような形で擁立しようとしている。
 傀儡が、しかし自分の意思を持って、勝手な事をやり始めたとしたら。
 例えばナグルファルを私物化しようとしている、としたら。
 傀儡など取り替えてしまえば良い、と考える者も、虚無の境界からは出て来るだろう。擁立出来るような政治家など、他にいくらでもいる。
「でも俺、あの人には嫌われてますよ。日本人がボディーガードとして四六時中、傍にいるなんて……あの人すごく嫌がると思うんですけど」
「要はナグルファルの操縦者を、破格の待遇で手懐けておきたいのだろう。で、ここからが本題だが」
 女性上司の口調が、改まった。
「フェイト、お前に長期の休暇を与える。オレゴンあたりで、ゆっくり休め。しばらく帰って来るな」
 自分を、あの上院議員から遠ざけようとしてくれている。それはフェイトにも、よくわかった。
 わからない事が、1つだけある。
「あの……何でオレゴン」
「話は終わりだ。即、休暇に入るように」
 女上司の言葉と同時に、凄まじい力が、背後からフェイトの腕をガッチリと拘束した。
「よう……今回は、御活躍だったじゃないか」
 耳元で囁かれた。男の口調の、女の声。
「ずいぶん疲れただろう? しばらく休むがいいぜ。遠慮すんな、あたしが付き合ってやる」
「あ、アリー先輩……」
 茶色の髪を、ポニーテールの形に束ねた美少女……のような、30代の女性。
 その細く鋭利な五指が、フェイトの二の腕を捕えている。それなりに鍛えているはずの男の力でも、振りほどけない握力だった。
 まるで、猛禽の爪である。
 その力で、アリーは容赦なくフェイトを捕え引きずった。
「ち、ちょっと先輩、どこ行くんですか……」
「上司様のご命令、聞こえなかったのか? オレゴンまで長距離ドライブだよ」
 猛禽の如き五指が、フェイトのネクタイを掴み寄せる。
 牙を剥くかのように、アリーは微笑んでいた。
「ボニー&クライドばりのドライブデートさ。嬉しいか? 嬉しいよなあ?」
「……強盗も殺人も、無しですよ」
 フェイトとしては、そう答えるしかなかった。


「ぶろぅおぅおぅおぅん……らぁうん、ばいざぁうぃいん、ときたもんだ」
 ハンドルを転がしながら、アリーは上機嫌で歌を垂れ流している。
 オレゴンへと向かう、ワゴン車の中である。
 両手で耳を塞ぎながら、フェイトは少し大きな声を出した。
「好きですね、その歌」
「高く舞い上がってから落っこちる。最っ高じゃんか」
「飛行機に乗ってる時とかはNGな歌ですよね。出来れば車の運転の時も、勘弁して欲しいですけど」
 そんな事を、フェイトは言いたいわけではなかった。
 この先輩に訊いておかなければならない事が、1つあるのだ。
「……そろそろ、教えてくれてもいいんじゃないですか」
「あたしの3サイズ? あっはははは、おませなフェイト君だにゃー。まあ想像しとけ」
「そうじゃなくて! どうして、オレゴンなんですか。バカンスなら、フロリダでもハワイでもラスベガスでも別にいいじゃないですか」
「ラスベガスはやめとけ。お前、絶対ギャンブル弱いから」
「……オレゴンに、何かあるんですか?」
 休暇というのは真っ赤な嘘だろう、とフェイトは確信している。
「何か……仕事が、あるんでしょう? 俺に押し付ける仕事が。他に人がいないわけでもないだろうに」
「行きゃあわかる」
 アリーは、肯定も否定もしなかった。
「それとな、他に人がいないわけでもない……ってワケでもないんだにゃーこれが。IO2アメリカってのは基本的に人材不足でさあ、使い物になるエージェントって本当お前くらいしかいないわけよフェイト君。他は、あたしみたいな出来損ないばっか」
 そんな事を言いながらアリーは、ウイスキーの小瓶を口につけて傾けた。
 細い喉をグビグビと震わせた後、ぶはぁーっと息をつく。
「IO2ジャパンが羨ましーぜ、ったくよぉ。あそこはイカイゲンショーだか何だかの本場で、人材も揃ってんだろ?」
「どうなんですかねえ……って言うか先輩、普通に飲酒運転しないで下さい」
「かてー事言うなって。おめぇとあたしなら、事故ったって死なねえし」
「そういう問題じゃありません。いいから運転、代わって下さいっ!」
 子供を叱るような口調で、フェイトは言った。
「お巡りさんにでも見つかったら、同乗してる俺の責任にもなっちゃうんですからね」


 こういう時、アメリカという国の広大さを痛感せざるを得ない。
 荒野の真ん中で、日が暮れてしまったのだ。
 テントの設営をフェイトに一任しつつ、アリーは草むらに座り込んで、何本目かのウイスキーを呷っている。
「まったく、フェイト君は真面目っ子だにゃー……この国のポリスは、どいつもこいつも忙しくて飲酒運転なんざぁ相手にしてくれないっての。何しろ凶悪犯罪の国ぃ、ひっく」
「……お酒、いい加減にしといた方がいいですよ」
 テントの支柱を立てながら、フェイトは言った。
「飲み過ぎは、駄目です……本当に」
「……聞いてるよ。お前って確か、親父が飲んだくれだったんだよなぁ」
 別に、隠している事でもなかった。
「酒で何もかんも駄目にして、子供に当たり散らすようなクソ野郎……アメリカにだっているさ。まとめて切り刻んで鳥葬してやりてぇーくれえになあ、ひっく」
「アリー先輩がそんなふうになる、とは思いませんけどね」
「にゃっははははは。何しろ子供に当たり散らそうったって子供がいねえ……こんな身体だ。ガキなんざぁ生めねえっての」
 アリーは新しいウイスキーの小瓶を開封し、一気に中身を飲み干した。
 それを、フェイトは止められなかった。
「ま、試した事ぁねえけどな……試してみっか? なあフェイトちゃあん」
 圧倒的な柔らかさが、フェイトの背中と腕に押し付けられて来る。
 アリーの、胸だった。
「……冗談は、やめて下さい」
 密着してくる先輩を、フェイトはやんわりと振りほどいた。
 振りほどかれたアリーが、そのままテントの中で尻餅をつく。
「あぁん、フェイト君ってば堅物……草食系っての? ひっく」
「昔から、そう言われてましたよ。ほら、もうお酒はやめて」
「ま、子供なんざ別に欲しかねえ。あたしが欲しいのは……」
 アリーの手の中で、小瓶が砕け散った。
「虚無の境界……あの×××野郎どもの、クソッタレな命だけさぁ……ひっく」
「先輩……」
 かける言葉を、フェイトが見つけられずにいる間に、アリーは寝息を立て始めていた。