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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


そう簡単には許しません。

 ここに、後がとっても怖い話がある。

 ある魔法使いの女の子が、「同好の士である知人」こと竜族の師弟――であると同時に姉妹のような関係の二人を「依頼」と言って上手い事引っ掛けて、結果として真珠の塊製なオブジェにしてしまってから、早一週間近く経ってからの事。
 勿論、女の子は女の子で、当初はちょっと楽しませて貰おう、とばかりにその竜族の師弟――要するにシリューナ・リュクテイアとファルス・ティレイラの二人――を「素材」とした真珠塊のオブジェを思う様愛でていたのだが、ここまで時間が経てば、さすがに『現実』が見えても来る。
 …そしてそうなると、これからどうしたものか、と結構深刻な迷いも出て来るもので。

 元々、「二人を引っ掛ける道具」に使った魔法の書物を使えば真珠の塊からの解放は――封印の解除はすぐにも出来る。

 …出来るが。

 今現在のこのオブジェ状態な二人を見れば見る程――愛でれば愛でる程、戻してしまうのが勿体無くて先延ばしにした結果がこの一週間。
 …そして勿体無いのと同時に、元に戻したとして――戻るのと同時に今回の悪戯が「素材」の二人にバレるのが怖くてどきどき、と言う気持ちも心の何処かにある。
 その両方の想いが拮抗して、結局何も決めずに時間だけが過ぎて…いた訳なのだが。

 さすがにそろそろ、タイムリミットが間近でもある。

 何故なら――当の「二人を引っ掛ける道具」に使った魔法の書物の方の問題で。
 元々、二人を引っ掛ける為に使ったこの魔法の書物の封印魔法。完全な形で使えたならばそれは術者次第で封印も解除もどうとでもなるものだが、今回の場合は「引っ掛ける事それ自体」を優先した為に不完全な形で発動せざるを得なかった訳で――このままでは放っておいてもそろそろ自然に封印が解けるだろう頃合い、なのである。

 実際、愛でている最中でも時々微妙に動く――ように見える時がある。…恐らくはまだ錯覚で済む段階だが、これは実際に封印が解ける兆候でもあると施術者である女の子は知っている。

 そうなると。

 幾ら勿体無いとは言え、さすがにそろそろ自発的に元に戻さないとヤバいなぁ、と言う気もひしひしとして来る。
 何と言っても、このまま二人の――特にシリューナの方の封印が解けたら、何だか後が怖過ぎる。シリューナの事だから恐らくは女の子のした事にはもう気付いている――と言うか元に戻った時点でまず気付く。そうなったら――女の子がシリューナに放っておかれる可能性は著しく低い、と言うか、有り得ない。まず仕返し――と言うか、お仕置きが待っている。
 …それでもそんな危険な相手にこういった悪戯を仕掛けたくなってしまうのは美を追求する者としての性なのよ! とか女の子は一人陶酔気味に嘆いてみたりもするが、勿論、それで事態が解決するものでもない。

 で。

 女の子は改めて二つの真珠の塊を見直して、しょうがない、とばかりに今度こそ覚悟を決めた。



 が。
 覚悟を決めた割には、女の子がまず封印を解いたのは本性である紫色な竜姿のままでオブジェと化していたティレイラの方だけ。

 …いや、何となく…立場的に自分と近そうな――相談出来そうな相手の気がしたから藁にも縋る思いで一応先に相談を、と言う理由もある。…往生際が悪い。
 ともあれ、そんな事情で先に封印を解かれたティレイラは――元に戻って動けるようになるなり、あれ? とばかりにきょろきょろと辺りを見回す。何やら要領を得ていない様子で、今の自分の状態がよくわかっていない――取り敢えず、自分が本性の竜姿を取っている事はわかっているようだが――目の前に居る見覚えのある女の子の姿に、そのままの姿で首傾げ。
 女の子の方はと言うと、仕掛けた封印時の顛末からして想像はしていたながらも――実際に竜姿のまま動いているティレイラにびっくり。しながらも――びっくりしているだけではティレイラの封印を先に解いた甲斐が無いので、お願い、相談があるのっ! とここは本音で泣き付いてみる。



 で。
「…ふーん。これ、事故じゃなくって貴方が仕掛けた事だったんだー…もお」
 女の子に泣き付かれて人型に戻ったティレイラは、事情を聞くなり――ぷくーと頬を膨らませて怒ってるんだぞと女の子にアピール。…でもそれでも女の子の気持ちがわからなくもないので、女の子に対してあまり本気で怒っている訳でもない。
 頬を膨らませて見せつつも、相談された内容を素直に、結構本気で考えてみる。
 …確かに、このままお姉さまが元に戻ったら、とっても怖い事になるのは目に見えている。…勿論、この女の子については当然だろうが、封印される前の状況からして――まずティレイラ自身もお仕置き対象になると見て間違いない。
 それら諸々を、何とか穏便に済ませられないか、と泣き付かれても。

「う〜〜〜〜ん」

 …幾ら長考しても解決策が思い付かない。
 と言うか、そんなやり方があるならむしろティレイラの方こそが教えて欲しい。…お姉さまに――シリューナに対しては、いつもやられっぱなしだから機会があれば遣り返したい、と思うような事はティレイラにはよくある。故に、女の子の気持ちは他人事では無い。…だから本気で怒れない。が、だからと言って良い解決策も無い。色々頭の中で何とかお姉さまを宥める方法をシミュレーションしてみるが、最終的にはこちらが遣り込められて終わる結末しかどうしても思いつかない。
 そんな中、女の子から短く切羽詰まったような叫び声がした。…何事かと思えば――ついに、シリューナの封印が解け始めている。女の子だけでは無くティレイラの方も、わわわっ、と反射的に慌てる。…シリューナの表面に表れていた真珠そのものらしい色がまず元に戻る。そして、硬質ながらも滑らかだった質感も戻り、柔らかい生物らしい姿に――人型をして、生きている元のままのシリューナに戻ってしまう。

 程無く完全に元に戻ったシリューナは、そのまま何やら思案げに佇んで、周囲をそれとなく見渡し観察。

 …その事実に、沈黙が落ちる。
 女の子にもティレイラにも、最早何をどうする事も出来ない。

 ただ、シリューナの裁可を待つのみで。



 …まずシリューナが確かめていたのは周囲の環境。それと視界内に居る二人の様子。自分が再び動き出す前――封印される前までの状態や記憶と考え合わせ、すぐさま状況把握。
 そして、ちらりとティレイラを見た。

「さて。事態の直接の引き金は貴方だったわね、ティレ?」
 真珠の塊として封印される切っ掛けになったのは。
 そう指摘され、うっ、とばかりにティレイラは言葉に詰まる。…予測出来ている事でも、実際にそうされると、やっぱりダメージは来る。
 そんな反応を見、シリューナは、はぁ、と嘆息。…こちらもこちらで、予想通りの反応。
「全く。どうしてそんなに警戒心に乏しいのかしら。未知のものにはもっと気を付けて接するようにしなきゃダメ、っていつも言っているでしょう。いきなり触れてみるなんて論外よ。いつ何処で誰に足下を掬われるかわからないんだから――これ見よがしに在る未知のものはまず罠だと思いなさい」
「は、はいっ! …ご、ごめんなさいお姉さま…」
「それから。貴方」
 と、シリューナは依頼人の女の子に視線を流す。途端、そうされた女の子の方は見るからにぴくりと身体を震わせる。その反応に、シリューナは僅かに目を眇めた。…明らかに後ろめたさのある反応――ただの未熟故の事故、その原因と言うだけにしては、やや過剰とも思える反応、の気がした。
 なら、魔法の封印効果が出て来てから、様子を見るように間を置いて声を掛けて来ていたあの発言は――明らかに意図的な時間稼ぎか。思い、シリューナは口元に微かな笑みを浮かばせる。
 その笑みを見て、女の子は反射的に固まった。…怖くて。シリューナは元々感情の起伏を表に出して見せる事は少なく、笑う事もあまり無い。あるとすれば――それは、何かしらの企みがある時。女の子はそれも知っている。

 と。

 どうしようどうしよう、と焦燥が頭の中を何度もぐるぐる駆け抜けたところで。
 不意に、女の子は自分の手の中にあった筈の感触が無くなっている事に気付いた。
 そして、それがとても重要で、決定的な事だとも、感覚の方でわかっていた。背筋にびしっと寒気が走るような、絶望的な緊張感が圧し掛かって来る。
 そこまで感じていながら、頭の方での理解はどうしても拒否してしまう。

 女の子の手の中にあった筈の感覚。それは――今回使った、魔法の書物を「持っていた」感覚。
 書物を持っていた筈のそこから、当の書物だけが自分の手から忽然とすっぽ抜けている事にこそ女の子は青褪めた。唐突過ぎる無くなり方。つい今し方まで間違いなく持っていた。取り落とした訳でもない。ただ、無くなった。

 ………………シリューナの魔法で、だろう。多分。
 そしてそうなれば当然、今、魔法の書物があるのは。

「どうやら貴方も放っておけないわねぇ…さて。どうしようかしら」
 ゆったりと弄うように話しつつ、シリューナは手許でぺらり。紙のページを捲る音――案の定、シリューナが読むようにして捲っていたのは、女の子が持っていた筈の、魔法の書物。
「折角だからここはティレと一緒に、貴方もきっちりお仕置きと行きましょうか」
 満足そうにそう告げると、シリューナは当然のようにその場から歩き出す。何事も無かったように、二人を置いて一人で部屋を出る為に移動する――え? 待ってお姉さま! と慌ててその後を追おうとするティレイラ。が、シリューナを追う為に踏み出そうとしたその足が、縫い付けられたように動かない。
「え? あれ? 何これっ!?」
「…あら、結構応用が利くのね。ちょっとアレンジしてみただけなのだけれど」
 意外そうに言いつつ、シリューナは魔法の書物をこれ見よがしにまたぺらり。

 …その時には、ティレイラの足先が――あろう事かまた真珠色に煌き始めていた。
 同時に、女の子の足の方も同様に。

「って。えええ!? また!?」
 真珠の塊に逆戻り!?
「あら、察しが良いわね。でもダメよ。お仕置きはお仕置きなんだから、きっちりしないとね。観念なさいな?」
「で、でででも、私、元に戻ったばっかり…!」
 しかも何かコレ、女の子がやった遣り方と違うしっ!?
「ええ。この魔法の書物、面白そう。今程度のアレンジで貴方たちの足が止められると言うのなら、部屋自体を閉じる事をしなくてももっと色々趣向を変えて出来そうよね。ポージングも自由自在ってところかしら。ふふ。楽しみだわ」
「ちょ、ちょっと待ってぇぇ! お姉さまああ〜っ!!?」
「だぁめ。もう待てないわよ? …ティレ。早く、可愛い姿をお姉さまに見せなさい?」



 と、そんなこんなで暫し後。
 結局、部屋を閉じての一手間すら惜しんで、シリューナはティレイラと女の子が真珠の塊と化す結果…だけでは無く経過までもを間近でじっくりと眺めて味わう事になる。女の子に仕掛けられた時の――自分と二人閉じ込められた中での必死で何とかしようと足掻く竜姿なティレイラも良かったけれど、今現在の、ごめんなさいー、と泣いて懇願してくる人型のティレイラもまた悪くない。
 どうやらこの魔法の書物。部屋を閉じる大掛かりな遣り方でなくとも、アレンジの仕様で真珠の塊に変化するペースが変えられたり、部分的な封印解除や後退も可能そうであるらしい。…これなら、ある程度進めては止め、戻しては進めと「素材」の反応を見、こうしてああして、と「素材」当人に施術者が色々注文も付けられる。うわーん、と泣きながらもティレイラは「お仕置き」と観念してその注文に素直に応え、シリューナの意のままにじわじわと真珠の塊と化して行く。

 そして仕上がったティレイラのオブジェは、思わず溜息が出てしまうような素晴らしい出来で。…まぁ、いつもの事と言えばいつもの事だけれど――シリューナにとってティレイラはどんな姿もこの上無く可愛らしいものだから。
 他人の手では無く自分の手で再び真珠の塊と化したティレイラに触れ、シリューナは感嘆の溜息。触るだけでは無くじっくりと眺めもし、今だけの愉悦に浸る。

 勿論、女の子の方の処遇も、ティレイラと同様にする予定、である。
 …まぁ、オブジェにしてもティレの可愛さには劣るだろうけれど、それでも。

 そう簡単には、許しません。

【了】