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<東京怪談ノベル(シングル)>


信頼関係

 朝。蝉と鳥の鳴き声が聞こえて、いつもと同じ時間に起床した悪魔はいつもと同じようにセレシュの部屋へと向かった。
「あっつぅ……」
 夜にしかエアコンを点けず、明け方には大抵タイマーが切れて寝覚めがいつも悪い。
「セレシュー。朝よ……」
 ドアをノックしてドアを開けた瞬間、悪魔はその場に固まった。
 悪魔の見る先には、ベッドの上に下着姿で、更に石化しているセレシュの姿があったのだ。
 自分ではなく、人を石化させる事は良くありにしても自らが石化状態になっていると言うのは、初めて見る。
「ちょ、セレシュ!?」
 予想もしないその姿に、悪魔はうろたえながらセレシュの傍に駆け寄りその体をゆすってみた。が、まるで微動谷しない。
 石化しているのだからそれもそのはずなのだが、悪魔は更に慌てふためいていた。
「自分が石化したら、どうやって元に戻るって言うのよ!」
 寝覚めの悪さもふっとび、ただ目の前の現状に狼狽する。そしてふとセレシュを見下ろし念話で声をかけた。
『ちょっと、セレシュ! 起きてよ!』
 するとほどなく、小さな呻き声と共に寝ぼけた返答が返ってきた。
『……ん〜?』
『ん〜? じゃないわよ! なんで石化してんの!?』
『あ〜、あんたか。おはよう』
『おはようじゃなくてっ!』
 あまりの動揺から悪魔の言葉が荒々しくなる。
『なんや、そんな怒らんかったってええやろ。昨日あまりの暑さに寝苦しくてパジャマを脱いでみたんやけど、それでもアカンかってん。もう耐えられへんから石になって寝たんよ』
『はぁ?』
『石化すると熱さも感じんし、汗もかかんから一石二鳥やろ?』
『……』
 唖然として言葉もない悪魔を余所に、セレシュは大きなあくびを一つする。
『もう少し微睡んでいたいから、とりあえずあんたにうちをストーンゴーレム化させる術式教えるわ』
 もう一度出そうなあくびを噛み殺しながらそう言うセレシュに、悪魔は戸惑いを見せた。
『え、でも……』
『あんたの事やから、別に変な事に使わんやろ』
 そのセレシュの言葉に、悪魔は小さく頷いた。
 術式を教わった悪魔は、俄かに気後れしながらも教えられたとおりに術式を組むと、セレシュ本人はうとうとしつつも体は刻んだ術どおりに起き上がった。
「とりあえず朝食ね」
 術に従い、セレシュはキッチンへ向かうと料理を作り始める。
 そんな彼女の後姿を見ながら、悪魔は短くため息を吐いた。
『ねぇ……。服着たら?』
 念話で話しかけると、セレシュの体は料理を作り続けながら呑気な返事が返ってくる。
『……別に、あんたしか見てへんし、このくらいの彫像なんか珍しくもなんともないやろ。気になるんやったら術で指示してや』
 微睡みながらそう答えるセレシュに、悪魔はふと何かに勘付いた。
 今のセレシュの体は術に従って動く。それがたとえどんな術だったとしても、だ。という事は……。
 悪戯心がムクムクとわきあがる悪魔に、セレシュは構いもせずうとうととしているようだった。
「……」
 ほんのちょっと悪戯をしてみよう。と、悪魔は術式に手を加えた。すると面白いように指示通りにセレシュが動き出す。
 近くにあった皿を手に取り、それをクルクルと回しながら曲芸を披露し始める。
「………ぷっ」
 悪魔は堪らず吹き出してしまうが、次の瞬間セレシュの怒り交じりの念話が響いてい来る。
『ちょっ、あんた何さすねん!』
『あ、ご、ごめんごめん。つい……』
『……まったく』
 セレシュはそれ以上突っ込んでくる事はしなかった。
 自分が微睡んでいたいからと言った手前、強く言える訳もない。
 やがて朝食が出来上がり、セレシュは元に戻るといつもと同じように悪魔と食事の席に着く。
「やぁ〜、今日はバッチリ、気持ちよく起きれたわ」
「ほんとに? 何か逆に疲れちゃいそうだけど……」
 そう言いつつも、ぱくりとサラダを頬張るセレシュを見れば、すっきりしたような表情だ。
 悪魔はソーセージにフォークを指しながらふと湧き上がった疑問を投げかけてみる。
「ところで……なんでいつも石化なの?」
「魔力効率がええっちゅうのもあるし、あとはゴーゴンの本能も多少あるかな」
「ふ〜ん……」
 気のないような返事を返す悪魔に、セレシュはフォークを置いて言葉を続けた。
「無関係な人間を巻き込むわけにもアカンやろ。それと、石にしても許してくれるあんたにはいつも甘えさせて貰ってるし、感謝してるんよ」
 ニコリと微笑みかけるセレシュに、悪魔は目を瞬かせながら僅かに頬を紅潮させながらぎこちなく目を逸らす。
「べ、別に、感謝されるほどの事じゃないと思うけど……」
「せやけど、死後の魂はさすがにあげれんけどなー」
 さらっとそう言いながら再び食事に手を付け始めたセレシュをちらりと見やれば、彼女もまた少し照れているような素振りがあった。
「……ふーんだ。ケチ」
 悪魔は少しむくれたように口先を尖らせながらそう呟くも、どこか嬉しそうでも照れたようにも見えた。
 それを隠すかのように、二人はそろって黙々と食事に手を付けたのだった。