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<東京怪談ノベル(シングル)>


必見!魔力の鍾乳洞

人のよさそうな―温厚篤実を絵に描いた中年の商人は少しばかり後悔して、頬を掻いたが、もう遅い。
瞳を輝かせて、その話を聞いていた好奇心旺盛な竜族の配達屋・ティレイラの好奇心を大いに刺激してしまったのだから。

「それで?それで?その鍾乳洞の泉って、なんなんですか?」

ぐいぐいと身を乗り出して聞いてくるティレイラに諸手を上げて降参すると、商人は自分が聞いた話―不思議な魔力を秘めた鍾乳洞の話を包み隠さず話す。

「とにかくバカでっかい鍾乳洞でな。その奥にある泉の水は魔力を帯びてるって話なんだよ。ただ」
「わっかりましたっ!ありがとうございます」

一言一句聞き漏らさないように、メモを取り終わると、ティレイラはお礼もそこそこに、文字通り飛んで行ってしまう。
ちょっと待て、と呼び止める商人の制止など聞いてはいない。
あっという間にいなくなった元気のいい配達屋を見送りながら、商人は参ったな、と頬をかいた。
一つだけ、ティレイラに―しかも、ものすごく重要なことを伝え忘れたのだ。
鍾乳洞の泉は魔力を帯びている。だが、誰も持ち出すことはできない。なぜなら、そこを縄張りとしている者が必ず邪魔してくるということを。

人目に触れることなく静かに過ごしてきた、その鍾乳洞は緩やかに、だが確実に清らかな水を滴らせながら時を刻んでいた。
天井から長く伸びた鍾乳石に皿状にくぼむ床の鍾乳石。
魔法の光を浴びて、艶やかにきらめくその様子にティレイラはほぅと感嘆の息を零しながら、翼を広げ、ゆっくりと最奥へと飛んでいく。
いや飛ぶ、というよりも、浮いていると言った方が正しいだろう。
飛び出した勢いよろしく、一気に滑空するよりも、ふわりふわりと翼をはためかせて、進んでいるのは、目の前に広がる光景があまりにも美しく勿体なく思えた。

「うわぁ〜ほんと広ーい。すっごく涼しいし、夏にもってこいかな?」

つららとなっている鍾乳石を差し引いても、高さも広さも十分。
拓けたところでは、街の教会がすっぽりと収まるほどの広さがある。
通路もティレイラの翼が思いっきり伸ばせるくらいなので、圧迫感もない。
しかも魔力を帯びた泉付きとなれば、冒険者たちが放っておかないな〜とティレイラは考えなら、魔力の光を頼りに警戒心もなく突き進んでいく。
そんなティレイラの姿を岩陰から覗く一つの影。
鼻歌でも歌いだしそうなティレイラに吹き出しそうになるのを必死でこらえると、影は人目には分かりにくい、人一人がやっと通れそうな別れ道へと飛び込んだ。

―いい度胸してるわ、あの竜族。目にもの見せてやろうじゃない。

一変の光もない細い道を影は軽やかな足取りで駆けて行った。

ゆらゆらと浮かぶ魔力の光が前触れもなく止まり、そのまま上へ上へと登っていく。
その様子にティレイラは足を止め、思わず光を追いかけると、そこは大聖堂が3つほど重なるほどの高い天井。
ドーム状に開けたその空間の地面中央には、自然の力で円状になった鍾乳石に囲まれた泉。
ひどく透明度が高く、覗き込むと、どこまでも蒼く透き通り、底が見えない。
だが、その中心部分からは、水がこんこんと沸き立つためか、水面が絶え間なく盛り上がり、いくつもの波を生み出していた。

「うわぁ〜すっごーいっ!!ここが魔力を持った泉」

自然の作り上げた美しさにティレイラは感動に瞳を輝かせると、さっそくとばかりに背負ってきたリュックから水筒を一つ出して、水を汲もうと、泉に沈める。
その瞬間、天井から影が舞い降り、水面を滑るように、手のひらから放たれた青白い光球がティレイラの手にした水筒を弾き飛ばす。
くるくると空を飛んだ水筒は放物線を描きながら、地上に叩き付けられ、見るも無残に砕け散った。
呆気にとられるティレイラの耳に届いたのは、気持ちいいくらい馬鹿に仕切った高笑い。

「あ〜ら、残念。お気の毒様ね〜竜族のお嬢ちゃん」
「な……なんで魔族がここにいるのよっ!!」

全身を逆立たせて、噛みつかんばかりに怒鳴り返すティレイラの視線の先にいたのは、影―いや、漆黒の翼を持った魔族の少女。
気持ちよさそうにティレイラを見下ろすと、魔族の少女は音もなく、泉の上に舞い降りた。

「なんでも何もないわ。ここは私の縄張り―天井や地面に生えた鍾乳石にアンタが図々しくも汲もうとした、この魔力の泉もぜぇぇぇぇぇんぶっ、私のもの。持ち主、所有者、権利者、地主―そういった権利を表すありとあらゆる言葉が示す者がこの私」

うっとりと自己陶酔したようにくるくると回りながら、話す魔族の少女にティレイラは心底あきれ果て、思わず出そうになった欠伸を噛み殺すのに必死になる。
そんなティレイラに気づいたのか、魔族の少女はびしぃっと、鼻先に指を突き付けた。

「要するにっ!ここにある物は全部私の所有物になるの。でもって、勝手に入ってきて、図々しくも私の泉の水を汲もうとしたアンタは泥棒、盗賊、強盗ってわけ。理解できたかしら?頭のにぶそーな竜族さん」
「だ、誰が頭の鈍いですって?!冗談やめなさいよねっ、強欲魔族」
「ごごごごごごごごごご、強欲魔族ですってぇぇぇぇっぇぇ!!どういう意味よ、それ!!」

ふん、と胸を張り、逆切れを起こした魔族の少女を花で笑い飛ばすと、ティレイラはいいこと、と、人差し指を少女の鼻先に突き付けてやった。

「じゃぁ、聞くわ。この鍾乳洞とその内部の所有権を認めたの?街の有力な商人?領主様?それとも国王様かしら?」

痛い、というか、ティレイラの勢いに飲まれて、黙りこくる魔族の少女。
それに気をよくしたティレイラはさらに追及する。

「誰からも許しをもらっていないで、勝手に『自分の物だぁっ!!』って叫んでるのは、ただの押し売り、強盗よ。だから、泉の水を汲んでも何の問題もなし。私が貰っても文句はでないわ」
「いいえっ!あるわ。私は魔族、偉大にして崇高なる一族っ!矮小で貧弱で愚民集団の人間、その長である王などの許可など必要としない。だから、ここは私のものなのよぉぉぉぉぉぉっ!!」
「どういう理屈よっ!!」
「とにかく、私の泉から水を奪おうとした罪は重い―とてつもなく重い。万死に値するわ」

ティレイラの追及を図太―いや、誇り高い精神で弾き返した魔族の少女はビシッと指さし返す。
というよりも、水を汲んだ、汲まないでここまでやり合うっていうのは、バカバカしい限りなのだが、当人たちは全く気付いていない。
それどころか、完全に頭に血が上ったのか、きぃぃぃぃぃぃっと歯ぎしりしたティレイラは傲慢な態度を取りまくる魔族の少女に向かって、宣戦布告もなしに、手のひらに生み出した炎の球を投げつける。
眼前に迫った炎に驚き、慌てふためきながら、魔族の少女はそれをかわすが、体勢を思いっきり崩し、派手な水柱を立てて泉に落下した。

「まぁぁぁぁ、ごめんなさい。大丈夫ですかぁぁぁ?」
「ふっ……やってくれるじゃないっ!!このバカ竜族っ!!」

白々しさ100パーセントの可愛らしくのたまうティレイラに、全身濡れネズミとなった魔族の少女はゆらりと泉の中から立ち上がると、怒りを爆発させた瞬間、出現する無数の氷の槍。
その圧倒的な数の多さにティレイラは顔を青くさせ、あわあわと後ずさりするが、魔族の少女が見逃すわけがない。

「やられたら、敵が沈黙するまでやり返せ。それが魔族の生き様よぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「何よそれぇぇぇぇっ!!」

にやりと思い切り口元を釣り上げた魔族の少女は叫ぶが早いか、氷の槍をティレイラに向かって放つ。
悲鳴を上げ、慌てふためきながらティレイラは炎の球を作り出し、解き放つ。
氷と炎。ぶつかり合えば、消滅するのは必定で、たちまち辺りには分厚い水蒸気が立ち込め、一センチ先さえも分からなくなる。
普通なら、この隙をついて逃げ出してしまうのだが、両者は竜族と魔族。そうは簡単に終わらない。

「よくもやったわねっ!!」
「それはこっちのセリフよっ!!覚悟しなさい」

お互いの気配を捕えると、そこへ向かって得意の魔法を打ちまくる。
もはや収拾不能な状況―混沌と化すが、自らの魔力を使って、物質に干渉をかける魔法を得意とする魔族の少女に対し、自然界の魔力を自らの力に変えることが出来る竜族であるティレイラの方が力の消費で圧倒的な有利となっていく。
徐々に押され始め、数を減らしていく氷の槍に数を一層増していく炎の球。

「勝負は見えたわね。降伏したらどう?」

腹立たしいくらい、にっこりと白々しく微笑んでくれるティレイラに魔族の少女は心の底からブチ切れた。
とにかく切れた。たかが竜族の小娘―いや、自分も小娘なんだが―ごときに負けるわけに行かない。
なんとか反撃を、と攻撃を続ける魔族の少女の頬にぶつかる一滴の水―鍾乳石から滴り落ちた水滴。

「いーこと考えた」

にたりと魔族の少女は笑うと、ティレイラの攻撃をかわしながら、そっと近くに生えた鍾乳石に手を触れ、魔力を送る。
変化はすぐに起こった。

「あ、れ??なんか、変」

決着をつけようとばかりに攻勢を強めたティレイラは動きがだんだんと重くなってきたことに違和感を覚え、ぐるりと首を巡らせ―えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!と悲鳴を上げた。
見ると、背中や翼、尻尾にかけてうっすらと氷がベールのように張り付き、だんだんと分厚くなってく。
気が付かなければ動けるものだが、気づいてしまったが最後。
ずっしりと全身にかかる重さにティレイラは耐え切れず、べしゃりと地面に這わされる格好になる。

「何よ、これ???」
「まぁぁぁぁ、良いザマねぇぇぇぇっ!竜族」

情けない声を上げて、手足をバタつかせるティレイラを見下ろし、魔族の少女は気持ちよさそうに笑うと、ぽたぽたと天井から滴り落ちる水滴が激しくなっていく。
それに気づいたティレイラはまさか、と表情を青ざめる。

「うん、そう。鍾乳石から落ちる水に魔力を送って、氷結の封印に変えた。そぉぉぉぉぉぉんなことに今頃気づくなんて、どれだけ間抜けなのよぉぉぉぉぉぉぉ!!」

ぐいと胸を張ってふんぞり返り、気持ちよさそうに高笑いしてくれる魔族の少女をティレイラは恨みがましそうな目で睨みつけながら、何とか逃げようと手足のみならず、翼や尻尾も動かすが、徒労に終わる。
それどころか、さらに重さが増していき、気が付けば、全身のあちこちに2〜3メートルはある氷の柱がしっかりと根を張って生えていた。

「うわぁぁぁぁん、悔しいぃぃぃぃ」
「きゃはははははははははは、ホーント良い眺め。良きに計らえって感じよ」

悔し泣きしながら、なすすべもなく凍り付いていくティレイラを乱暴に蹴り飛ばしながら、どこぞの悪党よろしく笑い続ける魔族の少女の声がいつまでも鍾乳洞内で響き渡っていた。

数日後、領主の命により調査隊が正式編成され、最奥の泉の間へとたどり着いた。
自然が生み出した巨大かつ壮大な空間に圧倒された調査隊は口々に感嘆の声を上げていた。

「おおおお、素晴らしいな!この眺めは」
「本当ですね、隊長……って、この氷柱、おもしろいですね〜」
「ふむ、まるで生きているようですね」

砂糖に群がるアリのように群がる調査隊の視線の先には、半泣きで這いつくばったまま氷柱に閉じ込められた竜族―ティレイラの姿。
物珍しい、自然の奇跡などと言ってくれる調査隊の人々の声を氷の中で聞きながら、ティレイラは早く出して〜と心の中で絶叫するのだった。

FIN