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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪意の幻惑 黒き断罪―傀儡の暗殺者

哀れなほど全身をガタガタと震わせ、お許しをお許しを、と壊れたCDラジカセのように繰り返す小太りの男に、瑞科は珍しくうんざりとした表情を浮かべ、何度目かになる同じ質問を問いかけた。

「正直答えてくだされば、危害は加えませんわ。残虐非道な真似はしませんのよ?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!許してくれっ、許してくれぇぇぇぇぇ!!司祭様……あいつらの行き先など知らん。本当に知らんのだぁぁぁぁっ!!」

カエルのように這いつくばって、必死に両手を合わせて拝んでくる小太りの男は恐怖に顔を染め上げて絶叫する様子に瑞科は大きくため息を吐き出した。
この様子を見る限り、この男から情報を手に入れるのは難しいか、と思うが、この怯えぶりは異常だ。
そう考えた瞬間、瑞科の脳裏にある考えが閃いた。

―『話したくない』のではなく、『話せない』?

以前、別の悪魔崇拝集団を相手にしていた時、ある幹部が信者たちに呪いを掛け、組織の情報をしゃべれないように封じたことがあった。
集団の異常さに恐怖し、『教会』に逃げ込んできた信者が内部情報を話そうとした瞬間、いきなり肺の機能が止まり、呼吸困難を起こして倒れ込んだのを目の当たりにした。
呪い浄化を得意とする武装審問官が駆け付け、事なきを得たが、あのままでは呼吸が停止し、信者の命がなかったということだ。
それを思い出した瑞科は未だ拝んでくる小太りの男の前に片膝をつくと、しつこいほど同じ質問を―否、別の質問を口にした。

「正直に答えてください。あなたに危害を加えようとする者がいるのですね?」

静かに、だか、的を得た瑞科の言葉に小太りの男が弾かれたように顔を上げた瞬間、二人の周囲に無数の気配が突如、降り立った。
白亜の仮面で顔の上半分を覆い、鋭い白刃を構えた黒フードの男たちが五人。
その出現に小太りの男は声にならない叫び声をあげ、瑞科は狙い通りとばかりにゆっくりと立ち上がると、にこりと微笑んだ。

「やはり愚かだな、貴様は」
「我らの父を汚らわしき『教会』の犬に売りかねん」
「貴様はここで消えてもらう」
「そこの切れ者の武装審問官とともにな」
「すべては偉大なる我らが父の御ために!!」

強烈な殺気を叩き付け、軽々と床を蹴り、瑞科たちに向かって飛びかかってくる。
頭上から一斉に振り下ろされる鋭い大剣の刃。
瑞科は小さな笑みを口元に浮かべると、剣を一気に引き抜き、全ての刃を弾き返す。
ほう、と感嘆の息を上げ、男たちは身軽に距離を取る。体格差を元もせずに弾き返す腕前に心底、感心した。

「いい腕前だ。武装審問官」
「さすがは協会が誇る『戦闘シスター』。我らを赤子のようにあしらうとはさすが」
「面白くなってきた」
「存分に戦わせてもらおう」
「覚悟は良いな?」

楽しげに、唄うように瑞科の周囲を回り出す仮面の男たちに瑞科は小首を傾げながら―だが、怜悧な眼差しで剣の切っ先を彼らに向ける。

「そのお話の仕方……あなた方のくせ、いえ、特徴なんですの?先ほど逃げられた司祭様たちと同じですわね」

なぜかしら、と挑むような瑞科の問いかけに仮面の男ーその中で額に水晶をはめ込んだ男が鋭い視線を向けた。
他の男たちとは違う反応を示した彼に瑞科はあら、と興味深そうに笑みをたたえる。

「そんなことになぜ興味を持つ?貴様」
「気になりますわ。追い詰めた幹部たちとほぼ変わらない話し方をする暗殺者たち……組織の特徴かと思うか……もしくは同一人物でなのかって」
「いや、俺たちと司祭たちは全くの他人だよ。ただし」

にやりと口元を歪めると、男は冷やかな眼差しで一気に瑞科との距離を詰める。
その動きに若干驚いたのか、戸惑ったように動きが乱れ、釣られる様に大剣を構えて瑞科に襲う。
優雅な動きで、振り下ろされる刃を軽々とかわすと、閃光のように剣を閃かせ、切り裂くも、水晶をはめこんだ仮面の男の攻撃だけは弾き返すだけにとどまる。攻撃した手に違和感を覚えた。

「こいつらが俺の玩具だってことだけどな」
「なるほど……精巧な傀儡人形というわけですわね」

肩に大剣を乗せて、にやりと口元に笑みを浮かべた男は瑞科の答えに、へぇ、と感嘆の声を漏らし、楽しげにのどを鳴らした。
心底楽しそうに、けれども、一瞬の隙も与えない男に完全に気圧された小太りの男は精神が限界に達したのか、意識を手放し、その場にだらしなくひっくり返る。
その姿に瑞科はやや呆れたようにこめかみを抑え、ようやく笑いを納めた仮面の男と向き合った。

「良く気づいたな……いや、さすが最強の武装審問官というべきか。こいつらが傀儡だって見抜いたのは、お前が初めてだ。武装審問官」
「お褒め頂きましても、何も出ませんわよ?暗殺者殿」
「いやいや……今まで片付けてきた連中の護衛とかぬかしやがった間抜けた連中なんぞ、足元にも及ばん……それで、いつから気づいた?こいつらが傀儡だと?」

にこやかに微笑んでみせる瑞科に仮面の男は小さく首を横へ数度振りながら、大剣を手にしたまま、両の手を上げてみせた。
仲間―と思わせてきた傀儡たちの正体を正確に、かつ素早く見抜いたのは、目の前にいる瑞科が本当に初めてだった。
倒される寸前で、ようやくからくりに気づいた奴らもいたが、無傷の上にあっさりと倒して見せた瑞科に男は素直に諸手を上げる。
同時に、どこで気づいたか、がひどく気になった。
息の合った―父なる御方に盲目的な忠誠を誓う暗殺者集団が、実体は暗殺者である男が操る傀儡集団なのだ、と。

「単純な話ですわ。司祭たちもそうなのか、は分かりませんが、最初に刃を合わせた時に受けた衝撃があまりにも軽かった……それだけですわよ」

あとは、狂信者的な集団だと思わせすぎなんですの、と綺麗に微笑んでのたまわう瑞科に男の背に冷たいものが流れていくのを感じた。
それなりに力をつけ、闇社会で知られるほどの実力を備えてきたつもりだが、相手である瑞科はさらに上の―まさしく雲の上の存在、ということを改めて感じとり、恐怖を覚えると同時に腹の底から湧き上がってくる衝動に心が躍る。
短く、だが、心の底から楽しそうに男は笑い出す。

「いいね、さすがは闇社会で最強と恐れられる『教会』の切り札。最強の武装審問官……相手にとって不足はない」

奇妙な歓喜に染まった眼差しで男は瑞科を睨むと、冷たく輝く大剣の切っ先を向け、同時に傀儡四体もゆらりと動き出し、剣を構える。

「勝負だ、武装審問官。俺に勝ったら、父なる御方の元への道を開けてやる」

唄うように、囁くように言葉を紡ぎ、男は傀儡を操り、瑞科を円を描くように取り囲む。
そんな状況にもかかわらず、動揺を微塵も見せない瑞科に一層感心したのか、男はだらしなく大口を開けて気絶している小太りの男をちらりと見ると、めんどくさそうに口を開いた。

「もののついでだ。そこに転がってる馬鹿な使い走りも見逃してやるよ。無論、かけられた呪いも解いてな」
「ずいぶんと気前がよろしいんですのね?」
「当然だ。俺が負けるとでも?」
「ご冗談が過ぎますわね」
「冗談じゃねーんだよっ!!」

自らの獲物である剣を構えようともしない瑞科に苛立ちを爆発させた男は大剣を水平に構え、喉元に正確に狙って突いてくる。
その動きに呼応するように、襲い掛かってくる傀儡たち。
ギラリと残虐に血を求める刃が眼前に迫る中、瑞科は小さくため息をこぼすと、素早く半身を翻し、その身に届く寸前だった刃を全て弾き、ある者は勢いを利用して、へし折る。
そのまま、身体を深くしずめ、右足で殺到する傀儡たちの足を思い切り薙ぎ払う。
ただそれだけの攻撃。だが、周囲など目もくれず襲ってきただけの彼らにとって、その一撃は強烈で、額をぶつける、体勢を崩した者の下敷きになるなど、もつれにもつれ―そのまま絡み合って倒れ伏す。

「ちっ!!使えん」
「所詮は傀儡ですもの。巧妙に操ったとしても、動きは単純ですわ」

一瞬早く攻撃に気づき、背後に飛んで避けた男は苛立ちを隠さず、盛大な舌打ちをしながら、袈裟がけに剣を振り下ろしてくる。
だが、寸前でその攻撃をかわすと、瑞科の剣が男のみぞおちに向かって大きく伸びてきた。
自分よりも正確で、より早く、より鋭い切っ先にぞっとする男に瑞科はあら、と小さく小首をかしげて見せた。

「良い反応ですわね。意外ですわ」

避けると思わなかったのか、少し驚くも、その表情に焦りはない。
その余裕の差に男は嫉妬し、怒りを通り越して、その顔を憎悪に染め上げた。

「ふざけるなぁぁぁっぁあぁぁぁっっ」
「見苦しい」

見境を失くし、縦横無尽に剣を振う男の刃を瑞科は軽々と受け止めると、反動を生かして、その大剣を弾き飛ばす。
主の手を失い、空を舞う愛剣の軌跡に冷やかな銀の刃が重なり、一瞬にして振り下ろされる。
大きくのけ反り、大の字で倒れ伏す男。それに反応したか、一糸乱れぬ同じ攻撃を繰り返してきた傀儡たちが突然、自我を持ったようにバラバラの攻撃を仕掛けてきた。
剣をがむしゃらに振り下ろしてくる者、素早く動き回って瑞科の背後を取り、切りかかってくる者。
急所である鳩尾や眉間、心臓目がけて突いてくる者、そして冷静に足や目を狙ってくる者。
四者四様という、なかなかバリエーションに富んだ攻撃だが、狙いはただ一つ―瑞科の命だ。
だが、いかんせん実力の差は圧倒的で瑞科は踊るように攻撃を全てかわしてしまうと、一歩早く背後を取ると、容赦なく剣を振るう。
かわすことも身を守るすべもなく、呆気なく傀儡たちは切り倒された。

「さ、さすがは武装審問官様っ!素晴らしい腕前ですな〜」
「あら?いつの間に気がつきましたの?」
「貴女様がそいつらを全て倒してしまった辺りからでございますよ。いやはや、さすがでございますな〜こいつらは教団の中でも一、二を争うほどの暗殺者でして……今まで何人も―それこそ幼い子どもにさえ、手を掛けてきた残忍な奴らなんでございますよ」

やれやれと、無造作に剣を振う瑞科にいつの間にやら気が付いた小太りの男が擦り切れるんじゃないか、と思うほどの揉み手をして、すり寄り、言いたいように悪鬼雑言を言い募る。
その言い草に不快感を覚えるが、瑞科は余計な反応は示さず、大の字に両手両足を投げ出して倒れる男に近づいた。

「悪いな、権力には弱い―型通りの小物。ただ、教団の深部については知りすぎるほど知っている情報通なんでね」

とてもそうは見えないだろう、と苦笑しながら、男は穏やかに微笑む瑞科を見上げる。

「意外ですわね。でも、あまり役に立ちそうないですわ」
「ああ、だから約束だ……父なる御方―我らの礼堂を教えてやろう」

どこか清々しさをにじませ、楽しげにのどを鳴らす男に一筋の後悔も感じなかった。