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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪意の幻惑 黒き断罪―黒衣纏う裁きの修道女

そこは外界から切り離された―陸の孤島であった。
通常手段で移動するならば、都心部から高速道路を北上すること2時間。
とある県の県庁所在地に当たる都市に行きつき、そこからさらに山間部を目指すこと1時間半かけてたどり着いたそこは、最後の住人がいなくなって数十年が過ぎ去った廃村。
その中心部に建てられたのは、漆黒に染め上げられた豪奢なゴシック様式の大礼拝堂。
だが、さらに異様さを覚えるのは、打ち捨てられていただろう廃屋が片付けられ、整地されただけでなく、礼拝堂を取り囲むように簡素な小屋が無数に建てられ、まるで敵から守るための城壁のように見える。

この村を見下ろす丘に建てられた古い炭焼き小屋に瑞科は一人身を潜め、夜が明けるのを待っていた。
携帯していたスマホで自身の位置を確認し、改めて感嘆の息を零す。
前述したように、通常手段で向かったならば、まだ車中にいるところだろう。
だが、倒した敵である傀儡使いの男が『特殊な手段』を使って、瑞科をここへといざなったである。

『I県の山奥にある廃村が本拠地だ。司祭たちもそこにいる』

そう言いながら懐を探ると、男は何かを探り当て、瑞科に向かって『それ』を投げ渡す。
思わず片手で掴み、やや戸惑ったように瑞科が手の中を覗き込むと、ちょうど拳大ほどの大きさをした―中心に不可思議な炎が宿った水晶玉があった。

『これは?』
『いわゆる魔法道具ってやつだ。移動用で、額に当てれば村の端っこにある炭焼き小屋に着く。そこで夜明けを待ちな』
『下手に動くのは危険という訳ですね?』
『ああ、そうだ。日の入りから夜明けまで司祭たちが放ったガーゴイルやサラマンダー、グールなんて奴らがうろついてやがるんだ。無駄な戦いは極力避けたいんだろ?だったら、小屋に隠れてろ。連中、建物の中にいる者は襲わない』
『随分と親切に話してくれますのね?何か御心境の変化でも?』

今までとは打って変わって、饒舌に、事細かな情報を教えてくれる男に瑞科はにこやかに尋ねるが、その瞳に一分の隙も見せない怜悧な輝きを潜めていた。
それを見て取ったのか、男は満足そうに視線を天へと向けると、残っていた空気を全て吐き出した。

『分かっていたからさ。俺は戦いに……殺し合いに魅入られた、馬鹿な戦闘狂だ。そういう場を与えてくれるところなら、どこでもいい……だが、あんなモノに魂を売り渡してなんざいない。とっとと滅ぼしちまえ』

いわば道連れだ、と笑いながら吐き捨てると、そのまま男は沈黙した。
物言わなくなったその姿に小太りの男は情けない悲鳴を上げて、腰を抜かした。
瑞科は静かに祈りをささげると受け取った水晶玉を軽く手のひらで転がすと、額に押し当てた。

ぐにゃりと視界が反転し、足元がひどく不安定な物へと変わる。
唸りを上げる風音に耳を傾けたのは一瞬だったのか、永遠とも思えた。
やがて、音が消え、安定した、固い床に足がつくと、瑞科はゆっくりと目を開けると、そこは古びた巨大な炭焼き釜。
男が告げた通り、もう使われなくなった炭焼き小屋だ。
ほっと安堵の息を零すと、朽ち果てかけた天窓から覗く星空を見て、未だ夜明けには遠いことを悟る。
と同時に、異様な気配を複数感じ、瑞科は息をひそめ、壁に嵌め来られた格子窓から外を見て、あらあら、と微笑した。
だらしなく大きな舌を垂らした灰色の身体を持つ食人鬼・グールや紅蓮の炎を纏った火トカゲ・サラマンダーや氷の毛皮を持つ魔犬など、ありとあらゆる種類の魔物がたむろしていた。
まさに悪魔を崇める集団にふさわしい、というべきところか、と瑞科は思う。
単純に殲滅させることも可能だが、ここは男の忠告に従って、無駄な戦闘は避けるべきと判断し―今に至った。

東の空がうっすらと明るくなり、やがて藍色から橙色、そして鮮やかな青空へと変化する。
それと共にあふれていた魔物の気配は波を引くように引いていき、やがて完全に消え失せた。

「本当に情報通りですわね。さて、行きますか」

大きく伸びをすると、瑞科は鋭く礼拝堂を見据え、一気に丘の上から駆け出した。


ゴシック様式の祭壇に掲げられたのは、三対の翼を背に持ち、頭に一対の角を生やした邪悪な悪魔像。
その前に円陣を組むように並べられた椅子に腰かけた四人の司祭たちが床に嵌め込まれた水鏡を見ながら、苦々しく睨む。

「裏切る兆候はあったとはいえ、随分とあっさりとやってくれるものだ」
「全くだ。父なる御方の怒りを買った、ということか」
「面倒なことになったものだ」
「愚痴を言ったところで始まらん。あの者をさっさと排除せよ!」

怒りに震えた拳を肘掛けに叩き付けると、水鏡がぐにゃりと歪んだ。

上空から隊列をなして襲ってくるガーゴイルやワイバーンたちを軽い身のこなしでかわしながら、瞬時に手のひらに生み出した重力弾をその頭上に叩き付ける。
手のひらほどの黒い球体は一瞬、収縮し―次の瞬間、大きく膨らんで炸裂した。
苦痛の断末魔を上げて、地上に叩き付けられる魔物たちを飛び越える。
そこを見逃さず、小屋の影から飛び出してくる数十体のグールやゴブリンたち。
味方の損害など、お構いなし棍棒や長刀を振り下ろしてくるお蔭で、あっという間に阿鼻叫喚の様相を呈するが、瑞科に毛筋ほどの傷も負わせていない。

「数で攻めてくるとは単純すぎますわね」

微笑を浮かべながら、華麗に剣を振い、瑞科は襲い掛かる魔物の大軍を一歩も引くことなく相手をする。
いや、逆に自ら群れの中に身を投じ、次々と倒していくのは圧巻だ。
軽やかに銀の閃光が舞うたびに、ゴブリンやグールたちが呆気なく瞬殺されていく。
今までの経験則からいえば、瑞科の圧倒的な剣技を目の当たりにした魔物たちは本能的な恐怖から逃げ出すのが常なのだが、恐れるどころか一歩も揺るがない。
それどころか、さらに勢いを増している。
頭を殴り飛ばさんと、横に振ってくるゴブリンの棍棒を身をかがめてかわすと、無防備になった脇腹を逆袈裟懸けで切り上げ、次いで後ろから襲い掛かってきたグールたちを振り向きざまに切り倒す。
倒れ伏す刹那、捕えた魔物の目が鮮血を思いこさせる深紅の光が急速に消え、恐れと怯えをはらんだ目にも戻るのをはっきりと捉え―瑞科は悲しげに瞳を伏せた。
尚も襲い掛かってくる魔物たちの攻撃を優雅にかわし、距離を取る。

「これだけの魔物たちを傀儡としているとは……その才能を正しく使われないことが惜しいですわ」

天を仰いで、嘆きながらも瑞科は手にした剣に力を込めた瞬間、刃に青白い雷が帯びる。
長い黒髪をなびかせ、瑞科は二度、三度と打ち下ろされる魔物たちの攻撃をかわしながら、簡素な小屋が立ち並ぶ細い路地へと逃げ込む。
迷うことなく追ってくる魔物たちが路地に殺到したのを見届けると、瑞科は振り向きざまに剣に纏わせた電撃を一気に解き放った。
天を貫く無数の電撃が縦横無尽に暴れ狂い、殺到していた魔物たちの身体を消し炭へと変えていく。
時間にして、ほんの数秒。
だが、そのわずかな時間で魔物たちを壊滅させると、瑞科は高らかにブーツを鳴らして踵を返すと、礼拝堂に向かって駆け出した。
似たような小屋が立ち並ぶ路地を走りながら、瑞科は追いかけてくる傀儡と化した魔物たちを適当にあしらって、周囲に視線を巡らせ―あることに気づく。
小屋の入り口―ドアの部分に刻み込まれた三対の翼をかたどった刻印―ある悪魔を象徴したもの、と気づいた瞬間、全てに合点がいったと言わんばかりの表情を瑞科は浮かべた。

「なるほど。だから『父なる御方』というわけですのね……道理で一筋縄でいかないこと」

やっかいな相手ですわね、と嘆きながら、瑞科は小屋の屋根から飛びかかってきたワイバーンを一刀のもとに切り伏せ、四方の路地から飛びかかってきたオークたちの首を軽々とはねる。
土煙を上げて倒れていく魔物たちを一瞥もくれず、駆けてくと、唐突に視界が開け、目の前にゴシック様式の壁と重厚な鉄製の扉が飛び込んできた。
観音開きとなっているその扉に大きく刻み込まれていたのは、やはり三対の翼の刻印。
ようやくその片鱗を掴んだ瑞科は迷うことなく、その扉を押し開けた。