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fascination blue
「なぁ、これって海軍の仕事なんじゃねぇの?」
「いや、『出る』んだって。だから、こっちの仕事」
太陽の光が水面に反射してキラキラとしている。その上を一つの小型船が移動していた。
海の上は地上より少しは涼しいかと思ったが、その実はそうでもないものだという現実を今まさに体感しつつ、クレイグとフェイトは海上のとあるポイントに向かっていた。
任務のための移動なのだが、今回は沖合に浮かぶ幽霊船の調査及び掃討が目的らしい。
「…………」
海風に攫われる髪を抑えつつ、フェイトは隣に座るクレイグを見上げた。彼は船の操縦をしている最中だ。
「……こっちって船舶免許いらないんだね」
「こういう小型船まではな。まぁ、免許関係は日本とのルールの差デカイよな。こっちは車検もねぇし、高速道路も無料が殆どだしな」
「そうなんだ……」
何気ないような会話が続く。
フェイトはクレイグを見上げたままでいた。
どことなく、心ここにあらずといった感じであった。
「……ユウタ、どうした?」
「えっ」
そんなフェイトの様子に気がついていたクレイグは、ちらりと視線を動かして問いかけてくる。
素直に心臓が跳ねる感覚を内心で感じ取りながら、フェイトは僅かに焦りの色を見せた短い返事を漏らした後、彼から視線を逸らした。
「昨日、向こうでちゃんと眠ったのか?」
「う、うん」
「…………」
視線のみでフェイトの様子を見て、クレイグは言葉を繋げるのをやめた。そして彼は船のスピードを落として、スーツの内ポケットへと手を伸ばして煙草を取り出す。
「ユウタ、火くれ」
ポン、とフェイトの懐に投げられるクレイグ愛用の銀のZIPPO。片手が塞がっているから点けてくれという理由らしかったが、普段から器用な彼がわざわざそれを言ってくることに疑問を感じてフェイトの表情が若干難しい物になった。
「操縦しながら吸うの?」
「煙はお前に行かないようにするからさ」
既に一本を口に咥えながら、クレイグはフェイトをちょいちょいと人差し指だけで招いた。
そんなクレイグに半ば呆れ顔になったフェイトだったが、ゆっくりと立ち上がって彼の口元にライターを差し出す。
その、直後。
「!」
ぐい、とクレイグに抱き寄せられる。
その勢いで右手からはライターが滑り落ちてしまうが、どうにもならなかった。
「……ちょっと、クレイ?」
「やっと捕まえた。お前、戻ってから微妙に俺を避けてただろ。無意識だったんだろうが、結構分かるもんなんだぜ?」
「…………」
至近距離でそんな事を言われた。
ちなみに彼の咥えていた煙草は既にそこには無く、足元に転がっている状態であった。
意識してなかったといえば、嘘になる。
フェイトは昨日一日、別の任務でアメリカを離れていた。任務を終えた時間が遅かったために移動を避けてその地で一泊してから今日の朝には戻ってきたのだが、現地で会った友人との事を思い出し、なんとも言いがたい後ろめたさのようなものを感じていて、クレイグにはそれが伝わってしまっていたらしい。
「クレイ……その、寂しかった?」
「おっと、その質問が来るとは思わなかったな。俺は昨日はあのじーさんに同行する任務だったけどな、普通に寂しかったぜ。おかげでレッドに浮ついてるだの散々な評価貰っちまったよ」
苦笑しつつもそう言うクレイグに、フェイトは素直に頬を染めた。
自分が居なくて寂しかったと彼は隠さずに言ってくれた。それが嬉しかったようだ。
「……ところで、俺に聞いたからにはお前も聞かせてくれるんだろうな?」
「えっ……」
「なぁ、昨日電話くれた時、誰かと会ってただろ」
「!」
フェイトの表情が一気に崩れた。
何も悪いことなどしてはいない。だが、『友人』のことを詳しく言うのもまたややこしくなってしまいそうで、言えずにいる。
「あー……悪ぃ。なんかお前を責めてるみたいな言い方になっちまったな。ダメだな〜俺も、余裕無くなっちまってよ」
「……クレイ」
クレイグはフェイトを抱きかかえているほうの腕を動かして、彼の髪の毛を梳いた。それからゆっくりと頭を撫でて、そう付け加えてくる。
「ユウタにはユウタの個人的な理由がある。……そんなこと、解りきってる。なのにアレだな、余計なことばっか考えちまってよ。ガキの恋愛かよって……おっと、着いたみてぇだな」
「あ……」
ゆっくりと進んでいる感覚があった船だったが、どうやら目的のポイントにいつの間にか到着していたようだ。
クレイグの言葉につられて周囲を見やれば、お約束のように霧がもやもやと広がり始める。
「なんだっけ、クリスティーナ号? いかにもな感じの海賊船だなぁ」
「映画のセットみたいだね」
眼前に揺れるボロボロの船。二人の言うように映像や漫画の世界などで見られる形の大きな帆船がそこには在った。三本マストのクリッパーのような形をしている。
「取り敢えず、ここからでも『いる』のは見えるが、もうちょい近づいてみるか。大砲とか打たれても困るしなぁ」
「……クレイ、ちょっと待って」
「ん?」
相変わらず片腕に抱き込まれているままのフェイトだったが、ハンドルを動かそうとしているクレイグのスーツの襟を掴んで彼の動きを止めた。
短い彼の返事を聞いてから、半ば強引に服を自分へと引き寄せて、数秒。
「――――」
クレイグの瞳が一瞬だけ大きく開いた。
自分の唇にあるのは、柔らかな感触。触れ合っていたのはほんの僅かな時間であったが、紛うこと無く目の前のフェイトのそれであって、彼はさすがに驚きを隠せないようである。
「ユウ……」
「……ほら、船動かして。後ろ側に回りこんでよ」
クレイグの言葉を遮るようにして、フェイトは彼の胸を軽く押し、顔を背ける。その頬をは真っ赤に染まっていたが、前髪に隠れて表情はあまり伺えなかった。
「今のは反則だぜ……」
と独り事のような言葉を漏らしつつ、クレイグはハンドルを握り直した。そしてフェイトの言うとおりに右側に回りこんで幽霊船へと近づく。
「……ナイト、頭下げて!」
「!」
横付け状態で彼らの船が寄ったところで、フェイトが何かに気づいて銃を構えた。
きちんと思考を切り替えて、クレイグの名をエージェント名で呼ぶところはさすがとしか言い様がない。
ドン、と銃の放たれる音が海上に響いた。数秒後、ボチャンと纏まりのある何かが水面に落ちた音が続いて、二人はそれを確認する。船に飛びかかってきた影をフェイトが撃ち落としたのだが、それは曲刀を手にした骨であった。
「骸骨か……まぁ、そうだよなぁ。しかし、好戦的で助かるな。探す手間が省けるってもんだ」
そう言いながら、クレイグも懐から取り出した銃を放った。船の上からこちらを見ていた骸骨に命中して、先ほどと同じようにボチャリと落ちる。直後、わらわらと甲板上に骸骨が湧き出てくるのを見て、思わず「うぉっ」とそんな声を漏らした。
「……予想外の数だね。乗り込んでる余裕なさそうだし……ナイト、船をゆっくり動かしてくれる?」
「了解」
幸い、船からは大砲を撃ってくるような気配は感じられなかった。それならば不用意に近づくよりも遠距離で仕留めていくほうが効率的かもしれないと判断して、彼らは行動を開始した。
メインの攻撃に回るのはフェイト。クレイグは操縦しつつフェイトが撃ち漏らしたものを拾って撃つという形で、彼らは次々と骸骨たちを海へと還していく。
「フェイト、弾数大丈夫か? 補充するくらいの時間だったら稼げるぞ」
「ああ、うん……じゃあ、頼むよ」
「残り五、六体くらいか。そういや、船長っぽいのまだ出てねぇなぁ。ラスボスか?」
「数的にはかなり減らしたから、そろそろ終わりだと思うんだけどね」
クレイグの言葉を横目に、フェイトは自らの銃の弾の補充を行っていた。
一つ目を手早く変えて、二つ目に手をかける。
その間にも、クレイグの操縦する小舟は海賊船の周りをゆっくりと移動して、隙を見ては彼が左手のみで銃を放ち、カクカクと動く骸骨の海賊たちを落としていく。利き手は右のみなので、左はどうしても命中率が下がるがそれでもきちんと目標を捉えている彼は、やはり器用なのだろう。
「……クレイって器用だよね」
「お前の銃の腕前から見りゃ、レベル的にも足元にも及ばねぇけどな」
「でも、格好良いよ」
「……なぁユウタ、さっきからお前、俺をダメにする気満々だろ……」
珍しく自分の気持をサラリと告げてくるフェイトに対して、クレイグがため息を漏らしつつそう言った。先ほどの不意打ちの件もそうだが、余裕を端から崩されている気がしてどうにももどかしい気持ちが溢れてくる。
戦闘中でもあるために、尚更だ。
そんな複雑な感情を抱えつつ船の操縦を続けるクレイグの傍で、フェイトは再び銃を放つ。
一発一発が的確で、目標を綺麗に仕留めるのは相変わらずの腕前である。
「あ、ナイト。お待ちかねのラスボスだよ」
「そうみたいだな。じゃあ最後は俺にも撃たせてくれ」
それらしい衣服を身につけた骸骨が姿を見せた。眼の部分が赤く光ってこちらに向かって何かを叫んでいるようだったが、彼らは飛び道具を何一つ持っていなかったのでフェイト達にとっては何ひとつの苦労も感じることもなく、同時に銃を構えた二人はやはり同時に引き金を引いて相手を沈ませた。
見る限りはもう骸骨の影が浮かぶことはない。クレイグの視る力でも念のため見てみたが、それらしい気配は感じられなかった。
任務完了である。
「……船が」
「乗員が居なくなったからお役御免って奴か? まさに幽霊船だったな」
周囲から霧が無くなっていくのと同時に、目の前の海賊船も音もなく消えていく。まさに霧に溶けていくと言った感じであった。
「今更だけど、暑いね……」
「ああ……何で俺は今スーツなんか着てるんだよって心で自分に突っ込んじまったぜ」
霧がじわじわと晴れていく一方で、現実に引き戻されるような感覚を得た二人は今が真夏であることも同時に自覚して、項垂れた。自覚と同時に滲み出てくる汗にフェイトもクレイグも言葉を失う。
その、直後。
「うわっ!?」
「……、うぉっ」
がくん、と船に衝撃があった。
バランスを崩して倒れるフェイトを抱きとめつつ、クレイグも後ろに倒れこむ。
数秒してから船が僅か傾いていることに気がついて、「ちょっと外見てくれるか」とフェイトに告げて、船の縁に手を掛けた。
「……クレイ、砂浜だ」
「あー、やっぱりか。霧ん中だったし、いつの間にかルート外れてたんだな」
「小さな砂浜だよ。こんな所あったんだね」
フェイトは半身だけ起こして周囲を見ていた。下にクレイグを組み敷いている形なのだが、まだ気がついてはいない。
「……おーい、ユウタ。手、どけてくれ。起きれねぇ」
「わっ……ご、ごめん……っ」
フェイトの右手が丁度クレイグの肩口あたりにあった。押し付けられている状態なので苦笑しつつそう言ったのだが、フェイトが過剰に反応してしまい慌ててその場で立ち上がる。
「って、おい、危な……ッ」
「う、わ、わ……っ!」
クレイグががばりと起き上がって腕を差し出すが、それは間に合わなかった。
体勢を大きく崩したフェイトは、そのまま船の外に落ちて派手な水音を立てる。砂浜に乗り上げた状態なので浅瀬だろうが、それでもクレイグの顔色が一瞬青ざめた。
「ユウタ!」
「……だ、大丈夫……濡れただけ」
ザザ、と波が寄せる音がした。
その中で尻もち状態でクレイグを見上げているのはフェイトだった。水位を言えばふくらはぎ辺りの位置であったが、見事に全身びしょ濡れになっている。
「あ〜……立てるか?」
クレイグは何とも言いがたい表情で船を降り、フェイトに手を差し出してきた。
そんな彼に、フェイトはにやりと笑みを作った後にバシャリと水をかける。予想もつかない行動にクレイグも最初は驚いていたが、直後に「……やったな」と言って上着を脱いで船の中に投げ入れた。
まるで子供に戻ったかのように、二人は暫くその場で水をかけ合ってはしゃいだ。その砂場はどこかの崖と崖の間に存在する場所であったので周囲にも何もない手付かずの自然空間で、人目を気にすることもなくフェイトにもクレイグにも満面の笑顔が浮かんでいた。
そうして、ひとしきり遊んだ後。
本部に連絡を入れ忘れていたことを思い出した二人は、そこで現実に戻り、船へと足を向けた。
「……ユウタ、携帯濡れてねぇか?」
「うん、なんとか大丈夫」
「そっか。……あー、煙草ダメになってんなぁ」
船の中に戻り、先ほど投げ入れた上着をごそごそとしてたクレイグが、そんな言葉を漏らした。割と多くの煙草を吸う彼にとっては、一服する物がないとやはり口寂しいものがあるのかもしれない。
「濡れちゃった?」
「ああ、一度濡れちまうと乾いてもマズくてな」
彼の右手にはいつもの赤い箱が握られていた。それだけでは水に濡れているかどうかの確認はフェイトには出来なかったのだが、クレイグがそう言うのだからと疑いもしなかった。
「……まぁそんなわけだ。ユウタ、犠牲になってもらうぞ」
「え!?」
何がどういうわけなのかフェイトが理解しきる前に、クレイグは行動に移った。
フェイトの腕を引いて、抱き寄せる。直後に唇が塞がれて、彼の身体はあっさりと傾むき、船の底へと転がった。いつの間にかクレイグの上着が敷かれていて背中が痛むことはなかったが、突然の展開と行動にフェイトは半ばパニック状態になった。
「……、クレ、……っ」
「キスだけだって。……俺に少しの時間をくれ」
間近で紡がれる言葉に、反論が出来ない。「そういう風に言うのは狡い」と伝えたかったが、それは適わなかった。
夏の空がどこまでも広がるその下で、今耳元に届くのは波がくりかえし砂浜に寄せる音と、相手の息遣い。
触れられる度に深くなっていくキスは、どんどん心をかき乱されていくようで少しだけ怖かった。
「……っ……」
言葉を作ろうとすると、それを崩すのはクレイグだ。苦しそうにするフェイトを間近で見て、彼は嬉しそうに口元だけの笑みを象る。おそらくはフェイトが抱える小さな不安や微妙な心の揺れも、読んでいるのだろう。
「!」
思考が追いつくより先に、身体がビクリと震える。
唇を解放したかと思ったクレイグはそのままフェイトの首筋へとそれを滑らせてきた。
ゆっくりと押し付けられる感触に、ひくりと喉が鳴る。
「ク、クレイ……っ」
「悪い、ユウタ。あとちょっと我慢してくれ」
「ちょっ……、っ」
じくり、と僅かな痛みが首元に走った。経験したことのない刺激に、フェイトは表情を引きつらせる。
思わず右手がクレイグの髪に伸びる。力任せに掴んで、ぐい、と引っ張ると彼は苦笑しつつフェイトの首元から唇を離して半身を起こした。
「……俺は謝らねぇよ、お前は俺のものだ」
クレイグのその言葉に、フェイトは首を傾げた。何を言っているのか意味を理解するのにそこから数秒かかる。
「え、……っ、まさか……」
がば、と勢い良く起き上がる。そして彼は辺りを見回して自分の姿を映せるものを探した。
クレイグはそっぽを向いて湿気ってダメになったはずの煙草を咥えて、火を灯しているところだった。その手元に収まっている銀色のライター。それが目に止まったフェイトは、彼に飛びかかる。
「うぉっ、危ねぇな、ユウタ」
「いいから、ちょっとそれ貸して!」
小さな面積しか無いが、ツルツルとしている銀の面を自分へと向けて、首もとを探る。歪みはあるが、鏡代わりになるそれを駆使して、気になる箇所を映した。
「……っ、クレイ!!」
ライターの側面を通して視界に飛び込んできたものは、赤い痣のようなものだった。
「だーから、俺は謝らねぇよ? それにその位置だったらシャツのボタン全部しちまえば見えねぇし、大丈夫だって」
ブルブルと体を震わせて抗議をしてくるフェイトに対して、クレイグはさらりとそう返すのみだ。
そして彼は、にやりと笑みを作る。
「――お前が言いたくねぇ事は無理には聞かねぇ。けど、それなりの反動があるって、そう思ってくれ」
「な、何言って……」
「さっきの話の続きってやつだ。俺はユウタをやっと手に入れた。だから、誰にも渡さねぇし、触れさせない」
「…………」
青い瞳が少しだけ厳しいものになった。
それを間近で見て、フェイトは小さく肩を震わせる。抱いていた怒りの感情も、そこで静かに消えた。
「怖いか?」
「……ちょっとだけ。でも、クレイ……。俺は、その……クレイだけ、だから。本当に」
「わかってる。お前を信用してねぇ訳じゃ無ねぇんだ。……まぁこれは、俺の我儘なのかもな」
フェイトの言葉を受けて、クレイグはその瞳を柔らかいものにして、苦笑する。
そして目の前の彼を抱き寄せて、「ふー……」と紫煙を吐き出した。
さぁ、と海風が二人の頬を撫でる。
それに目を細めつつ、クレイグがまた言葉を作った。
「さて、そろそろ戻るか。ユウタは本部に連絡入れてくれ。俺はその間に船の向き変えとくしさ」
「……あ、うん」
クレイグはフェイトの身体の位置を元に戻して数回頭をなでた後、ひらりと船から降りた。砂浜に乗り上げたままなので、移動させるのだろう。
その場に一人残されたフェイトは、へたりと座り込んでぼんやりと思考を巡らせた。
言葉なくクレイグの残した印へと手を持って行き、頬をうっすらと染める。
明確なことは言われなかったが、クレイグはおそらく昨日のことを気にしているのだろう。だからこそ、こうして目に見える形でフェイトに行動で示してきたのだ。
好きだからこその感情の一つ。嫉妬の延長上のそれをを子供っぽいと感じ取るのは簡単だが、クレイグはその先に『欲』を滲ませている。そんな気がして、フェイトは益々頬を染めて俯いた。
「……まだ、もう少しだけ」
小さく小さく、そんな呟きが漏れた。
直後、かくりと船が僅かに揺れるのを感じて、顔を上げる。クレイグが船を砂浜から沖へと動かしているらしい。
「クレイ、俺も手伝う?」
「大丈夫だよ。それよりお前は連絡、な」
「あ、そうだった……うん」
船の上からクレイグの様子を伺ったが、彼はいつも通りの表情をしていた。
そしてフェイトに再度の連絡を促して、また船を押す。
フェイトは慌てて自分のスマートフォンを手にして、本部へ連絡を入れるために操作をし始めた。
「……あー、ほんと、俺ももうちょい余裕持たねぇとなぁ……」
ぼそりと独り事が漏れる。
両腕で船を動かしている間に、クレイグが吐き出した音だった。
フェイトの呟き同様、その音も、相手には届かずに空気に溶けて消えていくのだった。
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