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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


怒りのグリフォン


 フェイトは即座に、カーステレオのスイッチを切った。
 思わずハンドルを手放して耳を塞いでしまいたくなるようなニュースが、流れたからだ。
「……死んだ……のかよ……」
 強いアメリカの復活を叫び、米国民の圧倒的支持を得つつあった某上院議員が、ニューヨークの自宅で死亡した。拳銃自殺であったという。
 極度の嫌日派としても知られた人物である。その事を謝罪する内容の遺書が、残されていたらしい。
 フェイトの頭にまず浮かんだのは、いつかのサマーキャンプで出会った少年の顔である。
 父親を失っても彼は、あれほど尊大でいられるのか。取り巻きの少年たちに、見捨てられずにいられるのか。
 まず拳銃自殺でなど、あるわけがなかった。あの人物が、謝罪の遺書など書くわけがない。
 偽装。すなわち、殺されたのだ。
 殺される直前、名指しでフェイトに護衛を依頼してきた。無論、ナグルファルの操縦者を陣営に取り込んでおこうという下心はあったのだろうが、命を狙われていたのは間違いない。
 その依頼から逃げる格好でフェイトは今、オレゴンに向かっている。
 命を狙われ、助けを求めてきた人間を、自分は見捨てたのだ。
 次の瞬間、フェイトが慌ててハンドルを切ったのはしかし、そんな考え事をしていたからではない。
 飛行機が、頭上すれすれの高さを通過して行ったからだ。
「何だ……ッッ!」
 フェイトの目には、飛行機に見えた。旅客機か戦闘機か、とにかく翼ある巨大な鉄の塊が……墜落して来た、ようにしか感じられなかった。
「何だ、おい……」
 助手席で眠っていたアリーが、不機嫌そうに目を覚ます。
 ガードレールに激突する寸前で、ワゴン車は止まっていた。
 墜落して来たはずの飛行機の残骸は、どこにも見えない。
「いや、その……今、飛行機がですね……」
「フェイトてめえ、酔っ払い運転でもしてんじゃねえだろうな?」
 寝ぼけ眼のまま、アリーが迫って来る。
「あたしの酒、こっそり飲んでんじゃねーだろぉなあ!?」
「飲んでません!」
「飲みたきゃ言えよ……口移しで、飲ませてやっから……」
「はいはい。寝てて下さい」
 やんわりとアリーを振りほどき、助手席に寝かしつけてから、フェイトはワゴン車を発進させた。
 ユタ州に入ったところである。目的地オレゴンまでは、まだ遠い。
 だがすでに、怪異は始まっている。フェイトは、そう思った。


 フェイトは、再び車を止めた。
 先程の自分たちと同じような状況を、前方に発見したからだ。
 1台のオープンカーが、ガードレールに激突する寸前で停止している。路面には、ブレーキ跡が焼き付いている。
 カップルであろうか。運転席の男性と助手席の女性が、呆然と空を見上げていた。
「すみません、何かあったんですか?」
 フェイトが声をかけると、男性の方がまず我に返った。
「あ……ああ、ごめんなさい。道、塞いじゃって」
「あの、もしかして」
 フェイトは、思い切って質問してみた。
「……飛行機でも、見ましたか?」
「何だ、貴方も見たんですか。いやあ、続いているらしいんですよ。ここ何ヶ月か」
 航空機が、墜落も同然の高度を飛び、頭上すれすれの位置を通過して行く。
 慌てて車を止め、見上げ見回してみても、そんな飛行機はどこにも見えない。問い合わせ、調べてみても、その時間にその場所を飛んでいた航空機など存在しない。
 そんな事件と言うか怪奇現象が、この数ヶ月の間、頻発しているという。
 怪奇現象。フェイトにも、それ以外の表現は思い浮かばなかった。
 あれほど低い高度で飛行機が通過すれば、衝撃波にも近い暴風が地上を襲うはずである。
 無風状態で、低空を飛んで行く航空機。
 実体がある、とは思えない、まるで幻のような航空機。
(飛行機の……幽霊?)
 助手席で寝息を立てているアリーが聞いたら大いに呆れるであろう事を、フェイトは心の中で呟いた。
 いくらか昔の話だが、ゴーストネットOFFで特集が組まれた事がある。
 ユタ州の南、アリゾナ州。そこには『飛行機の墓場』として知られる空軍基地がある。
 耐用年数の過ぎた飛行機が大量に集められた場所で、航空機の亡霊、とも呼ぶべきものが出没するらしい。
 付喪神のようなもの。ゴーストネットOFFの管理人である少女は、いくらか興奮気味にそう語っていた。
 機械の乗り物でも、ある程度の年月、愛情や情念を込めて使用すれば、自意識のようなものを持ってしまう事が、稀にあるらしい。
 つまり死ねば幽霊になる、という事だ。
 自意識のある乗り物なら自分もつい最近、操縦した事がある、とフェイトは思い出した。
 自分の意識の方が、乗っ取られかけた。
 あれに比べれば飛行機の亡霊など、仮に実在するにしても可愛いものだ。
 ふわ……っと、微風のような気配が漂って来た。
 フェイトはワゴン車の扉を開け、運転席から路上に降り立った。
 そこに、少女は立っていた。
 人形のような美貌。真紅の瞳に、長い黒髪。ほっそりと優美な身体を包む、土偶のような甲冑。
「あんた……!」
 フェイトは息を呑んだ。
 間違いない。いつかグランド・キャニオンの遺跡で、虚無の境界によって量産されたクローンの少女。
「貴女は、何も見ていない……このまま、立ち去って下さい」
 赤い瞳を、じっとフェイトに向けたまま、少女は言った。
「1度だけ警告する事を、あの御方はお許し下さいました……恐ろしい方です。関わってはいけません」
「あの御方って……」
 訊くまでもない事ではあった。
 グランド・キャニオンの遺跡より解放されてしまった、悪しきもの。
 キリスト教が北米大陸に持ち込まれる以前、先住民族によって崇められつつ恐れられていた、禍々しき存在。
「あの御方と、関わり合っては駄目。戦っては駄目……お兄様にも、そう伝えて」
 土偶の鎧で武装した少女の細身が、ふわりと空中に浮いた。
「あ……おーい、ちょっと」
 フェイトがそんな声を発している間に、少女は消えていた。
 消えた、としか思えないほどの超高速飛翔。
 南方向へと飛んで行った。フェイトが目で見て理解し得たのは、それだけである。
 南。アリゾナ州の方角。
「……ガールハンティングか? あたしが寝てる間に」
 アリーがいつの間にか目を覚まし、助手席でニヤニヤ笑っている。
「ま、ものの見事に振られちまったみてえだが」
「アリー先輩……オレゴンまで、急ぎってわけじゃないですよね。あんな人形博物館なんかに寄ってる暇があるんですから」
 フェイトは運転席に戻り、言った。
「もう1つ……寄り道しますよ」


 アリーは別に、呆れたりはしなかった。
「飛行機の幽霊……ね。ま、呑気で平和な連中さ」
「先輩、見た事あるんですか!?」
 ハンドルを転がしながら、フェイトは訊いた。
 2人を乗せたワゴン車は今、アリゾナの砂漠を猛然と突っ切っている最中である。
「空飛んでるとな、いろんな奴を見かけるのよ……にしても、おかしい事ぁおかしいな。のんびり空飛んでるだけのアイツらが、低空飛行で人間を脅かすなんざあ」
 豊かな胸を抱くようにアリーは腕を組み、思案している。
「暴走してる……させてる奴が、いるって事か」
 その声が、静かな怒気を孕む。
「だとしたら許せねえ……ぼんやり気ままに飛んでるだけの無害な連中を、くっだらねえ事に利用するなんざ」
 航空機の幽霊。それはアリーにとって、仲間のようなものなのだろう。
(同じ飛行妖怪として……って事かな)
 そんな事をもちろん口に出したりはせず、フェイトはワゴン車を止めた。
 飛行機の墓場が、見えてきたからだ。
 残骸になりかけた大小様々な航空機が、砂漠の地平線上にずらりと並べられている。
 死せる飛行場。
 そこから、しかし音もなく離陸発進している航空機たちがいた。
 もはや殺戮の任務を帯びる事もないはずの戦闘機。わがままな乗客を運ぶ仕事から解放されたはずの旅客機……飛行機の亡霊たちが、規則的に飛び立って行く。1機の例外もなく、北西の方角へと向かっている。
 向かわされている、と言うべきか。
「まさか……オレゴンの方向?」
 フェイトは呟き、アリーは叫んだ。
「おい、やめろ……やめねえか!」
 助手席の扉を、蹴破るように開き、砂漠へと飛び出しながら、アリーは吼えた。
「クソッタレな人間やら爆弾やら、くだらねえもの運ぶ仕事ばっかやらされてた連中だぞ! それがやっと、のんびり自由に空飛べるようになったんだぞ! ふざけた事に使うんじゃねえ、利用するんじゃねえ! やめろ、やめろったら!」
 その叫びに応えるかの如く。空中に、複数の人影が現れた。
 土偶の鎧をまとう、少女たち。
「来ないで……と言ったのに……」
 天使のように妖精のように浮遊霊のように、ふわふわと砂漠の上空を飛び回りながら、彼女たちは泣いていた。涙が、キラキラと美しく散り漂った。
「あの御方に逆らわないで、と言ったのに……」
「お兄様に伝えて、と言ったのに……」
「……悪いけど、あんたたちを放置しておくわけにはいかない」
 同じく車外へと降り立ちながら、フェイトは言った。
「何だかとんでもないものを、遺跡から叩き起こして野放しにしちゃったまんまだからな」
「貴方は……! あの御方の恐ろしさを、何も知らないから!」
 少女の1人が、叫ぼうとする。
 その前に、アリーの怒声が響き渡った。
「てめえらに空飛ぶ資格はねえ……切り刻んでブチまける!」
 バサッ! と荒々しく羽が散った。
 アリーの背中から、翼が広がっていた。
「鳥葬だ! ハゲタカの餌にでもなりやがれッ!」