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<東京怪談ノベル(シングル)>


あれはいつかの孤島の夏


 かろん、と手元から涼やかな音がした。
 テーブルに置いたグラスの中には、夏の海をぎゅっと詰め込んだようなブルーハワイと揺らめく炭酸の泡。
 氷が少し溶けてバランスが崩れたのだろう。昼間ならばグラスが汗をかくのも早いだろうし、溶けるのも早い。空調のきいた部屋は夏の夜の静けさに包まれている。
 心地よい深さと傾きのチェアに身を沈めて雑誌に目を通していたセレシュ・ウィーラー(8538)は、グラスのストローに少し口をつけたあと、掛けていたメガネを外しテーブルに置いた。
 目をこする。
 少し眠い。
 ここで部屋の反対側に気付いた。
 テレビの画面がついたままだ。音は無音にほぼ近い。特に見たい番組があったわけではなかったから。
 が、目を凝らした。あわててメガネを掛け直す。
 画面ではちょうど海水浴のニュースをやっていた。波打ち際でたたずむ人々が映っている。中にはビーチバレーを楽しむ姿も。空はどこまでも高く、海は遙か遠くまで青い。
「あのときみたいやなぁ……」
 セレシュ、思わずつぶやいた。
 深呼吸をすると、眼鏡を掛けたまま深くチェアに沈んで瞳を閉じた。



「セレシュ、セレシュったら」
 誰かの呼ぶ声がする。
「ん……」
 目を開けると青い空と自分を揺すっているクラスメイトが飛び込んできた。
「あ、起きた?」
「まったくもう。フィールドワーク終ったからってすぐ居眠り……」
「ああ、セレシュは夜のあれやらこれやらで忙しいから仕方ないんでない?」
 口々に学友達が言う。
「ちょい待ち。その、夜のあれやらこれやら、てなんや」
 がば、と起き上がり掛けていた眼鏡の位置を直すセレシュ。
 見ると、青いワンピースやらホルターネックのビキニやらえらく幼い感じのフリル水着やらを着た女学生たちが集まっていた。フィールドワークは終わって皆で海水浴を楽しんでいたのだ。
「あら、セレシュったらフィールドワーク好きじゃない? 夜もどこぞに出掛けて妖しくやらしくたっぷりフィールドワークしてるとか?」
「濡れ衣や。見たんかい!」
 意地悪そうに大きな胸を反らして言う女友達に至極真っ当なツッコミを入れるセレシュ。
「あ、見たよ。見た見た!」
 幼女っぽい女学生が手を上げているぞ?
「ちょい、何をあることないこと……」
「ほらっ。セレシュちゃんがよだれ流して寝てる姿で〜すっ」
 幼女ちゃん、テント近くに置いた荷物から一枚の写真を取り出し掲げた。
 そこには見事にだらしなく口を開いて寝ているセレシュの姿が映っていた。
「アンタ、いつの間に〜っ! っていうか、全然関係ないやん〜」
「だってセレシュちゃん、お勉強忙しいって夜遅くまで頑張ってるじゃない。朝ちゃんと起こしてあげてる時にかわいいなーって、ぱしゃりと……」
「どこが可愛いねん!」
 セレシュ、写真を没収。
 ここで新たな人影が。
「……まあ、そういうことだ。皆が遊んでいる時に一人寝てたくらい勘弁してやれ」
 ざ、と近くに立ったのは、見た目学生だが実は年齢は結構……げふげふ、とにかくセレシュたちに教鞭を振るう背の低い女性教師がやって来て指摘する。どうやら夜の町に繰り出して妖しくやらしくフィールドワークしているのは濡れ衣だったらしい。
 それはそれとして。
「……センセ、そないな水着よりこないな方が似合わへん?」
 セレシュ、余計な一言を言った。しかも横にいるロリ学生を指差してしまった。「わあい、それだとロリ先生とお揃い〜」とかきゃいきゃいはしゃぐロリ学生。一方、チューブトップの黒いビキニ姿のロリ先生は自らのぺったんこな胸を見て真っ赤になっている。
 この様子にはっ、とセレシュは我に帰るがもう遅い。
「セレシュ、何か言ったか?」
 ごごご……とセレシュの着ているビキニの真ん中の隙間に下から指をかけるロリ先生。
「ちょ……そないしたら結び目がほどけてまう〜」
「ほー、なら下か? この蝶々結びがええのんか?」
 今度はパレオの結び目に指を引っ掛ける。というか、もう解いた。はらりと赤いパレオが落ち、両腰に結び目のある、まるんと腰を美しく包んだボトム姿が現れる。今度はここに指を掛けた。
「ひぃぃ〜。やめて〜」
「いや、今からビーチバレーするのに呼びに来たんだけどね。パレオ、邪魔でしょ?」
 いやんと身をよじるセレシュに、比較的真面目な女友達がセレシュを起こしに来た理由を説明した。



「はよ言うてや」
 というセレシュの突っ込みはまあ、楽しみの前とあってどうでもいいようで。
「それじゃいくよ〜」
 ちょっと前までは水着で浅瀬や岩場など探っていた浜辺も、今は女の子たちの夏景色に。
「そー、れっ!」
 ビーチボールをサーブして揺れる胸。
 自陣で腰を落とし構える女性たちの胸の谷間はよりはっきりして無防備に近い。
 ボールがネットを越える。
「行ったよ〜」
「しっかり〜」
 敵陣にいるのも女性ばかりなので無防備でも問題ない。というか、ここは無人島だったりする。
「はいっ!」
「よっ、と」
 レシーブした球をそのままツーアタックするセッター。これがセットポイントになり陣地を替える。
「あー、しっかし失敗したなぁ。ビキニじゃポロリしそう。……セレシュもポロリしそうじゃない?」
「うちのビキニは紐やのうて布をしっかり結んでるしなぁ」
 チームメイトから話を振られて胸を気にするセレシュ。
「ここは離島で無人島だ。気にせずポロリすればいい」
 ちょっと前の件にまだこだわっているのか、ロリ先生が冷ややかにセレシュたちに言う。
「というわけでセレシュちゃん、ポロリな〜」
「ちょ、抱きついて手を掛けんといてぇな。本気で緩んでまう」
 とかなんとか揉みあいになるが試合再開を知らされすぐに定位置に。
「それじゃ、行くよ〜」
 柔らかいサーブ、来た。
 後衛のレシーブ。セッターに優しく返る。
 そして前衛のセレシュが海老反りに跳ぶ。大きく持ち上がる胸。中心の水着の結び目も弾む。
 が、これはフェイント。速攻ではなくオープンにトスしてチームメイトがスパイク。
 これを敵方、拾った。
 セッターに返ってきたところでセレシュに声が。
「セレシュ、ブロック!」
「任せとき!」
 再び飛ぶセレシュ。
 この時、誰が予想したろう。
 セレシュがポロリすることをッ!
「それっ!」
 敵方の渾身のスパイク。
「あっ!」
 その時、全員が固まった。
 セレシュの顔にスパイクが当ったのだッ!
――ぽーん、ころころ……。
 球は無常に転がった。だれも拾う者はいない。
「や、やってもうた〜」
 唯一、セレシュだけが動いている。
 手を当てて確認した額は、少し火照っているが怪我はない。
 ただ、眼鏡がポロリしてしまった。
 セレシュの石化の視線は眼鏡状の魔具がなくなり、しっかりと威力を発揮している。
 周りの女学生や先生は、バレーをしている格好のまま全員石化していた。



 ふと、目を開けた。
 周りは夏の夜と空調の聞いた部屋。
「あれから大変やったなぁ」
 しみじみ呟くセレシュ。
 あれから石化解除したものの、怒ったロリ先生に人形化されてランタン持ったまま照明役として浜のテントの前に立たされたり。
(虫が、虫が寄ってきてぶつかって痛い〜。なんで虫は走光性っちゅうもんがあるんや〜)
 とか酷い目にあったとか。
(ちょ……水着の結び目が外れそうなんが肌伝いに分かる〜。あれだけいじられたらいつかこうなる思うたんや〜)
 とかいう目にも。
 はらっ、とポロリもしたようだが、もちろんここは無人島で事なきを得たそうな。
「懐かしいなぁ……」
 少し頬を赤らめたが、充実した顔をする。
 なぜなら、「少しやりすぎた」とロリ先生が謝り、お詫びとして幼女向きワンピース水着を着てくれたから。
「……久しぶりに学園戻って先生と飲み明かすかな」
 むにゃ、と再び目を閉じるセレシュだった。


●おまけ
――がばっ。
 おや。セレシュ、身を起こしたぞ?
「そういや、うちもロリ先生も写真撮られてたな……」
 没収し忘れてた、などと大切なことも思い出す。