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<東京怪談ノベル(シングル)>


●魔物の楽園

 あれっ? ここ、どこだろう。
 来た事があるような、無いような……何となくだけど、いつも見ている風景と違う気がする。
 ――あぁ、分かった。今あたしは、鏡の中にいるんだ。だって景色があべこべ、ぜんぶ逆さまなんだもの。だから、いつも右へ曲がる道は、左へ曲がると……ほら、逆さまではあるけど、知ってる景色が出て来る。だからここは、鏡の中なんだ。
 でも、変だなぁ。何で鏡の中に入っちゃったんだろう。大通りなのに、誰も歩いていないのもおかしいし。
 パラレルワールド? ……違う気がする。じゃあ、夢? あたしは今、夢を見ているの?
 ……駄目ね。自分の声が空しく木霊するだけ。誰も応えてくれない。だって、誰もいないんですもの。

 考えていても仕方がない、とにかく歩いてみよう。逆さまになってはいるけど、ここはいつも通っている道。ならば、ここを左に曲がるとアーケードに出るはず。
 ほら、当たった。そしてここを抜けると、駅に出るんだ。いつもは通らない道だけど、通らずにいられないの。いや、誰かが呼んでいるような気がして……

 あれ? こんな所に、アミューズメントパークなんかあったかな……ここはショッピングモールの筈なのだけど。やはり何かおかしい。でも、誰かが誘っている。この中に入れと。導き手に従えと。
 ――導き手って、誰? 誰も居はしないのに……でも、誰かが私を呼んでいる。さっきから頭の中に直接届く、女の人の声。その誘導に従って、あたしはここまで歩いて来た……そしてポツンと建っている、カーテンで仕切られた小さな部屋。プリクラのボックスみたいに個室になっている。謎の声はこの中から聞こえている。
 ああ、声はここから聞こえていたんだ……画面の中に、目深に被った帽子で目元を隠した女の人が写っている。彼女があたしに呼び掛けていたんだ。
「何か御用ですか?」
 声を掛けてみる。我ながら滑稽だと思う、だって画面の中の女の人に声を掛けているんだもの。返事なんかある筈が……
「その体、ちょっとだけ私に貸して。その間、代わりの体を貸してあげるから……一度でいい、外の世界を歩いてみたかったの。必ず返すから。ね、お願い」
 驚いた。画面の中の彼女が、あたしの問いに答えたのだから。しかも、何故だろう……その声に逆らってはいけない気がした。
「どうすれば良いのですか?」
「簡単よ。画面に出る指示の通りに選択肢を選べばいいの」
「選択肢……どれでも良いのですか?」
「ええ、構わないわ」
 彼女は目を見せないまま、薄笑いを浮かべる。気味が悪い……けど、逆らってはいけない気がするの。
「……ラミア?」
 あたしはその文字に惹かれて、その一コマを選んだ。これは種族を現しているらしい。そして順に出てくるメニューにも、スイスイと答えて行った。
「『生来武器:爪』『生来防具:鱗』『格闘』『身体強化』『熱感知』……」
 ゲームのようだった。そう、まるで自分をモデルにした魔物を作り出す、アバターデザインのような……そして入力が終わってフイと顔を上げると、目の前にあたしが立っているのが見えた。おかしい、あたしは今ここに立っている筈なのに。
「――鏡?」
「いいえ? 体を貸して……私はそう頼んだ筈よ。そして、その為の儀式はいま終わった……貴女自身の手によって、ね」
 えっ? と思い、あたしは自分の体に目線を落とす。するとそこには、ありえない姿の自分がいた。大きな胸を小さな布地のブラで覆っただけの上半身から、すらりと伸びた長い腕。オトナの女の体だ。手には長く強固な爪。そして、腰から下……脚が無い。蛇のように長く、鱗を持った下半身があるだけ。
「貴女は今、神話の中に出てくる魔物の一つ、ラミアになっているの。ゲームのキャラクターとしてね」
「!! ……じゃあ、画面の中の貴女が外に出て、あたしが中に……?」
「そう、貴女の体を借りて私は外に出られた。これで、気になっているあの人に逢いに行ける……ゴメンね、本当にゴメンね。一声だけで良い、話し掛けたい人が居るの。その人はいつもゲームの中の私を選んで、勝ち続けた……お蔭で私は強くなれた。そのお礼を……感謝の気持ちを伝えたいの」
「待って! 外には誰も居ないわ、あたし、ずっと無人の街を歩いて、ここまで来たんだもの!」
「それは貴女の視界……私には見えるの、行き交う人々が。賑わう街並みが。ああ、これであの人に逢えるのね……」
「ま、待って!!」
 制止の声は、彼女には届かなかった。あたしは空しくゲーム画面の中で、数あるキャラの一体として出番を待つだけの存在となっていた。そしてスポットライトが当てられ、自分の体が荒野に躍り出た。目の前には、斧を携え鎧を纏った、人間の戦士が立っている。相手の名前は分からない、とにかくこの男性と戦わなくてはならないらしい。
(や、やめて! 怖い、戦い方なんて知らない!!)
 あたしは叫んだ。でも戦いは進んでいった。ひとりでに動く腕、繰り出される攻撃。相手の攻撃を防ぐ、強い皮膚。こんなのあたしじゃ無い……そう思った。だが、気が付くと戦士は目の前に横たわっていた。あたしが勝ったらしい。
(……あたしは何も考えなくて良いみたい……体が勝手に動く……)
 ラミアは人気があるらしい。次々と違うフィールドに出現し、相手を倒していく。時折、腕や脇腹に傷を受ける。バーチャルな世界の中に居るはずなのに、痛みを感じる。こんなの嫌だ、早く元に戻して……あたしは必死に念じた。しかし声にならない。
(下手な人がプレイすると、動きが鈍くなって……ああ、意識が遠のく……負けるんだ、あたし……)
 意識を失っても、ゲームが終わると元の場所に戻される。画面の外が見える、小さな部屋だ。そしてまた呼び出され、戦って、勝って、負けて……これを何回繰り返しただろう。
(何時間、経ったのだろう……疲れはしないけど、気が遠くなっていく。あたし、本当に元に戻れるの……?)
 不安が頭をよぎる。もし、ずっとこのままだったら……あたしの体で走り去って行ったあの人が、帰って来なかったら……
(段々、この世界に溶け込んでいくような気がする……あたしはラミア、人間の上半身に蛇の下半身を持った魔物……)
 既に意識を支配され始めているらしい。人間として過ごした記憶が、どんどん消えて行く。ああ、あたしはこのままずっと、このゲームのキャラクターとして過ごさなくてはならないの……? と、そんな考えがチラリ、チラリと顔を出す。
 あたしは誰? ――あたしはみなも、海原みなも――ラミアじゃない……

 ――ハッ!?
 ふと、周りを見渡す。街行く人波、差し込むような太陽の光……そんな中に、あたしは立っていた。
「……夢? どうして……こんな道の真ん中で、意識を失っていたの?」
 自分の体のあちこちを、自分の手で探ってみる。柔らかな皮膚、スカートの中から延びる脚。蛇の下半身なんか何処にもない。
(白昼夢……?)
 そんな事を考えながら、先程歩いた道筋を辿ってみる。すると、そこにはショッピングモールがあった。
(まさか、ね……)
 ふと、先程の女性の事を思い出す。彼女はちゃんと、彼に逢えたのだろうか……
(あたしが考えても、どうにもならない事なのに……)
 でも、彼女の事を思い出さずにはいられない自分がそこにいた。滑稽だとは思いつつも……

<了>