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<東京怪談ノベル(シングル)>


ガラスの誘惑

 幸運をもたらすと言われる魔法のガラス細工を置く特殊な店が存在する。女性店主が営むその店は、展示用レンタルを主にしていることで業界内では有名な店でもあった。
「それじゃあティレイラさん、今日は宜しくお願いますね」
「はーい。えっと、この花のガラス細工を百個作ればいいんですよね」
「そうです。夕方には業者さんが受け取りに来ますのでそれまでに何とかお願いします」
 眼鏡の女性店主は忙しそうにチェックシート片手にそう言った。
 明後日から開催される大きな展示会の為に、彼女にはあまり時間が無さそうでもあった。
「それじゃ、私はちょっと最終打ち合わせに行ってきます」
 店主はそう言い残して店を後にする。
 店の奥で残ったティレイラは「行ってらっしゃ〜い」と彼女を見送った後、よし、と気合を入れた。
 ティレイラは店主からの依頼を受けて、今日はこの店内でのガラス細工の製作を行うようである。
 木製の丸椅子に腰掛けて、傍においてある手描きのマニュアルに改めて目を通しつつ、魔法道具と睨み合った。
「これを、ここに入れてっと……」
 ティレイラは球体のガラス膜に花を一つ入れた。シャボン玉のようなそれに吸収された花は一瞬だけその姿を消し、次の瞬間には球体自体が中心に向かって萎んでいき、ガラス状の花になるという仕組みである。
「わぁ、これ、面白〜い!」
 その仕組を見てティレイラは上機嫌になり、楽しそうにどんどんガラスの花を作り始めた。人差し指に収まる程度の可憐な花ばかりだが、それがガラス細工になっていくのが面白いようであった。
 ポンポン、と不思議な音を立ててティレイラの足元においてある箱のなかに花が精製され、落ちていく。
「音も可愛い♪ まさに幸運のガラス細工って感じ!」
 クスクスと鈴のように笑いながら、ティレイラは花を作り続けた。最初は大変そうな依頼だと思ってはいたが、楽しい気分で製作を行えるなら、これほど楽なことはない。
 彼女はそれから暫くの間、鼻歌を歌いつつガラス細工製作に興じていた。

 時間にして二時間ほど。
 全体の三分の二くらいは製作出来ただろうと思えたティレイラは、そこで休憩を入れた。
「ん〜、さすがに同じ姿勢はちょっと疲れるかも〜っ」
 座ったままであったが、彼女はそこで軽く伸びをする。
 カチコチ、と壁掛けの時計が音を立てているのを見やって、目一杯吸った息をゆっくりと吐き出した。
「でも、この球体ガラスって不思議だなぁ……大きい物とかも入れられるのかぁ?」
 魔法道具の台座の上には、新しい花を作り出すための球体があった。一つを作り上げると台座の中心からまた球体が出てくるという動作に感嘆しつつ、少し別の興味を抱いてみたりもする。
 まずは、目に留まるものを球体に入れてみることにした。ティレイラが持参したメモ帳だった。
 それも、花と同じようにして萎んでいき、同じようにガラスのメモ帳を作り出した。要するには中に入れたものをパックするような感覚である。
 彼女は次にボールペンを入れた。次の瞬間にはガラスのペンになった。
「おお〜……」
 思わずパチパチ、と手を叩く。
 そしてティレイラはその魔法道具の脇にあるスイッチに気が付き、手を伸ばした。
「これ、なんだろ?」
 ポチ、とお約束の音がする。
「あ、あれ?」
 目の前の新しい球体が大きくなったような気がした。
 風船のように膨らみ、ティレイラは顔色を変える。
「え、これ……触ったらダメなやつ……!?」
 どんどん膨らみ続ける球体に、彼女は逃げ腰になった。
「や、やだ、これいつ止まるの?」
 ガタン、と腰掛けたままだった椅子が後ろに倒れこんだ。それと同時に彼女の身体も傾き、床に転がってしまう。その間にも球体は膨らみ続けて、まるでティレイラに襲いかかるかのようにして迫ってきた。
「い、いや〜〜っ」
 そんな悲鳴が上がる。
 膨れ上がった球体はティレイラの身体を飲み込んで、花やメモ帳などと同じように一度形を崩す。
「あ、あぅ……えいっ」
 そして彼女の身体のラインを沿うような形を形成し始めて、ティレイラは無意識に背中に翼を生やす。勢いで脱出しようと試みるが、萎んでいく球体は張り付くようにして動きを鈍らせた。
「う、う〜っ」
 ぞわりと背筋で嫌な音がした。翼と一緒に出していた尻尾が締め付けられる感覚におかしな声が出る。
 ガラス球体の膜は綺麗にティレイラの全身を包み込み、程なくしてそれは竜少女のガラス細工となって形成された。
「ただいま〜! ティレイラさん、お店任せっきりでごめんなさ……あら?」
 打ち合わせを終え、店へと戻ってきたらしい店主の声が響いてきた。
 勢い良く開かれる扉。
 その先にいるはずのティレイラの姿が見当たらず、女性店主は慌てて辺りを見回した。
「あ、あら……これはもしかして、ティレイラさん?」
 数歩進んで魔法道具の傍に転がっている少女の形をしたガラス細工が目に止まる。名を呼ぶと、か細い悲鳴のような声音が聞こえた。
「…………」
 店主はそこで膝を折り、美しいラインを醸し出しているそのガラスに手を伸ばして、数回撫でた。
 手のひらに伝わる滑らかな感触。
「あぁ……これはこれで素敵な作品ですね。何しろこの道具は幸運をもたらすんですもの……」
 ほぅ、と溜息がこぼれる。
 彼女はティレイラが放つ触り心地の良い手触りと造形美にうっとりとしているようであった。
(て、店主さん、助けてください〜〜)
 ティレイラはガラス細工の向こうで必死に助けを求めるが、それは店主には届いてないようであった。
「花もある程度出来てるみたいですし、このガラス細工も明後日の展示会に出しちゃいましょうか〜」
 女性店主は幸せそうな表情でそう言う。
 ティレイラが拒否の悲鳴を上げ続けるが、もう彼女には届かない。
(なんでこうなっちゃうのよ〜〜!)
 悲壮感いっぱいの声。
 ティレイラが今出来るだけの抗議は、空しくガラスの中だけで響いて消える。

 それから彼女が元に戻れたのは、魔法効力が消える五日後のことであった。