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<東京怪談ノベル(シングル)>


―異世界のあたし―

 お盆も過ぎ、暦の上ではもう秋だというのに、ジリジリと照りつける太陽。あたしはそんな中、フラフラと出歩いていた。意味は無い、ただ何となく……家の中で冷房に当たってボンヤリしていてはいけない気がしたのだ。以前も、こんな気分になった事があったなぁ……そんな事を考えながら。
 ――あ!? まただ……一瞬眩暈がして、グルっと景色が反転する。こんな景色を、前にも見た事がある。これは……と、考える前にあたしは駆け出していた。数日前、不思議な体験をしたあの場所に向かって。
「また会ったわね」
「……ご無沙汰、と云うには間が短いですね。お目当ての彼には会えましたか?」
「お蔭様で。でも、彼は私に気付いてはくれなかった……ま、当然よね。でも、ヴァーチャル世界の姿のままでは外には出られないから、仕方がないのだけど」
 彼女は苦笑いを作りながら、応対して来る。相変わらず、目深に被った黒い帽子の所為で、その素顔は見えない。
「貴女は誰なんです?」
「私? 私はこのゲーム『魔界の楽園』の住人の一人、幻獣ラミア。ただ、普段は人の姿を模して、こうして窓の外を見ているの。お客がコインを入れたその時だけ、あの姿になって選ばれるのを待っているのよ」
 成る程、カラクリが分かって来た……と、あたしはあの時の記憶を辿った。確かあの時、彼女は『自分を強くしてくれた彼に逢いたい』と言って、私と体を入れ替えて走り去って行った。そして我に返った時、あたしは道の真ん中でボンヤリと立っていた。つまり……
「今度は、何がお望みなのですか?」
「ん? いや、特に何もないのだけど……どうやら、私と貴女は何処かでシンクロしているみたいね。だから、私が外に出たいと望んだ時、貴女が現れた。そして今は、貴女が自分の意思でこのゲームの前にやって来た。何か忘れ物でもしたのかしら?」
 忘れ物……? いや、元々身一つで入り込んだ異世界に、何を忘れて……と思ったあたしではあったが、そういえば……と思い当たる節がある。
「あの、鎧を纏って激しい水流で攻撃してくるのは誰なんですか?」
「え? あー、ポセイドンね。アイツはワンランク上のキャラだから、幻獣クラスの私では、よほどの使い手に操られないと勝てない相手よ……それが何か?」
 そうか……彼に一度も勝てなかった事が、攻撃を防げなかった悔しさが……あたしを此処に誘ったんだ、と何となく理解できた。そして画面の中の彼女は、こうも語った。
「この端末はね、ネットワークを介して全国に繋がっているの。だから何処の誰がバトルを仕掛けて来るか分からない、そういう楽しさがあるのね。ポセイドンを好んで使うプレイヤー、その名は私も知らない。けど強いよ……もしかして気になる?」
「気になるというか……一度でいいから、あの渦巻きを防ぎ切ってみたいと……」
「奴の最大級のコンボアクションだよ、アレを喰らったら絶対に脱出できない……ゲーマーたちは『ハメ技』と呼んでいるわ。対抗するのは無謀よ」
 ……でも、挑んでみたい、挑んで勝ちたい! あたしは普段見せない闘争心を掻き立てられ、食い入るように画面を見詰めていた。
「……仕方ないわね、今度は私が貴女に体を『貸す』番のようね。いいわ、やって御覧なさい」
 よし! とあたしは奮い立った。これが夢の中の出来事である、それはもう分かっている。それを承知で挑むのだから、あたしも変わり者なのだな、と思う。
 刹那、あたしは自分の体がどんどん変わって行くのを体感していた。まず衣装が飛び、素裸になる。体格と体型に服装が合わない為だ。そして薄いが強固でしなやかな筋肉が上半身を覆い、その豊満な胸を水着のような衣装が覆う。爪は尖り、伸縮自在の武器となる。これがメインの武装であり、格闘ボタンを押されると基本、爪が伸びて引っ掻くようなアクションを展開する仕掛けになっているようだ。
 そして腰から下は、まず脚が消えて強固な鱗を持つ蛇の尾が代わりに現われる。これで変身は完了だ。そして気付くと、彼女が画面の外であたしの姿を纏い画面を覗いている。逆にあたしは画面の中から彼女を見上げる格好になっている。成る程、この帽子はラミアの素顔を隠す為のアイテムだったんだな、と今はじめて気が付いた。
 この姿になったあたし……自分が自分でないみたい。確かに自分の意思は残っているのだが、今度はラミアの能力をきちんと把握している。闘争心が強くなり、完全にゲームキャラとして『変身』しているようだ。以前とはかなり違う印象……これは『慣れ』と云う奴なのだろうか。兎に角、今は怖さは感じない。前回は怖くて仕方が無かったのに。
「じゃあ、楽しみなさいな。貴女が何処かで満足したら、夢から覚める筈だから……」
 そう言い残し、彼女は去って行った。ゲーム台の外には、凄い人だかりが出来ているらしい。勿論、私の目にそれは見えないのだけど。
 スポットライトが当てられる。ああ、出番が来たんだ。誰かがあたしを選んだんだ。フィールドは、何処かの闘技場のよう。水中での戦闘を得意とするあたしをこんな場所で使うなんて、何処の誰よ。相手だってゴリマッチョなモンスターだし。あ、あたしも今はモンスターだっけ。
「……アンタも、ゲームに取り込まれた奴か?」
「!! ……ええ、そうよ。初めまして、と言った方が良いかしら。あたしはラミア、お手柔らかに」
「同じラミアでも、乗り移る奴が変わるとイメージが変わるみたいだな。いまのアンタ、可愛さすら感じるぜ。倒すのが勿体ねぇぐらいだ」
「それは……倒す事が出来てから仰い!!」
 ……今のやり取りで、相手も誰かが乗り移った存在なのだという事が分かった。そうか、このゲームはこういうゲームなんだ。同じキャラを扱っても、乗り移る……キャラに変身する母体となるプレイヤーによって性格や強さが変わる、そういう作りになっているらしい。では、このゲームは一体誰が、何の目的で作ったのだろう……っと、そんな事を考えている場合じゃ無い。目の前に迫るモーニングスターを躱し、その鎖を掴んで相手を振り回す。
 と、ダメージを受けた相手の装備が変わる。コマンド入力で装備を変えられるらしい……と思っている間に、あたしの装備も変わって行く。左腕に盾、右腕に刀身が埋め込まれたアーマーが装備され、剥き出しの腹部にも装甲が施された。色香を武器の一つとしたラミアの魅力を犠牲にした、特殊装備らしいが……これはプレイヤーのレベルによって新たに追加される物らしい。現に、これを一度も使わないプレイヤーが多いのだ。つまり、今あたしを使っているプレイヤーは相当の使い手であるようだ。
 このプレイヤーが勝ち続けたお蔭で、あたしはかなりの相手と相対した。が、以前は散々あたしを苦しめた『ポセイドン』は今日は一度も現れなかった。そして気が付くと、あたしはゲーム台に突っ伏して居眠りをしていた。
「おはよう、彼には逢えた?」
「……いいえ、誰も彼を選ばなかったみたい。今日は日が悪かったのね。でも、なんだかスッキリしたわ」
「またいらっしゃい。今度は彼が出ている時に呼んであげるから」
「ええ……」
 あたしはまた、灼熱の街の中を歩み去っていった。そして、自分でも気づかぬうちに『魔物の楽園』に取り込まれて行く自分に、今はまだ気付いていなかった……

<了>