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<東京怪談ノベル(シングル)>


―― ゆっくりと、堕ちていく ――

「……ふぅ」
 ミネラルウォーターを飲みながら、松本・太一はパソコンに視線を落とした。
 あれからも彼は定期的にLOSTで遊んでおり、少しずつ情報を仕入れていた。
 その中で分かったことは『ゲームを進める』や『キャラクターを強くする』ことで、侵蝕――……松本の場合は、女性化が進んでしまう、らしい。
「進めない、強くしない、この2つが侵蝕を防ぐ方法……か」
 松本はため息を吐き、再び画面の前に腰を下ろす。
 彼の装備は初心者レベル、メインクエストを進めていないため、強さも初心者並だ。
 もちろんそんな状態だから、万が一の事が起こりえる戦闘系のクエストも受けておらず、お使いなどの安全系クエストをこなしながら、LOSTを楽しんでいた。
 フリーシナリオをこなしているせいか、経験値は稼げず、その代わりにアイテムやお金を得ており、それで回復アイテムなどを買い溜めていた。
「けど、確実に私を侵蝕しているんですよね」
 松本は自分の手を見ながら、何度目になるか分からないため息を吐いた。
 会社などで感じる妙な居心地の悪さ。松本自身を『男性』としてではなく『女性』として見ているんじゃないか、そんな不安に何度も駆られた。
「……綺麗な、爪」
 自分の爪を見ながら、松本が呟く。
 少し前まで、松本の爪はこんな感じではなかった。汚いわけでもなく、良くも悪くも男性らしい手、男性らしい爪だったのだが、今では妙に艶を帯びている。
 手入れをしているわけでもないのに、爪は綺麗になっており、恐らくそこらの女性よりも綺麗な手、綺麗な爪をしていることだろう。
(メインクエストを進めていないから、まだこれだけで済んでいるんでしょうね)
 これでメインクエストを進めてしまったら、恐らく今まで緩やかだった反動も兼ねて、一気に女性化が進んでしまうんじゃないか、という恐怖もあった。
「態度や、仕草……それにまで、最近は女性らしさが出るようになってしまった」
 そのせいか、会社でも松本が重い荷物を持っていると同僚や後輩達が「自分が持ちますから! 松本さんは重い物を持っちゃダメですよ」と、まるで妊婦のような扱いを受けている事も少々困っていた。
「私は男ですよ、と何度言っても荷物運びをさせてくれなくなったんですよね」
 松本さんに重い物は持たせられません、と誰かしらに荷物を奪われてしまうのだ。
「……この前は、上司から荷物を奪われた時は、さすがに居心地が悪かったなぁ」
 LOSTをプレイする前は、こんな事なんて絶対にありえなかった。
 むしろ、松本の人の良さを利用して、雑用を押し付けられる事の方が多かった。松本自身も、雑用を押し付けられる事を嫌がっていたわけではないが、その逆になってしまうと、どうしても居心地悪く感じてしまうのだ。
「私自身、特に自分の態度を変えているわけではないんですけどね……」
 自然と女性のような仕草が出てしまったり、と自分の知らない所で『自分自身』が書き換えられているんじゃないか、という不安もあった。
 そして、松本が一番恐れているのは、それに慣れきってしまった時の自分、だろう。
(このまま、もし私が完全に女性化してしまったら……その時の私は、どうするんだろう。男性として生きてきたのに、突然女性になってしまうなんて……想像も出来ませんよ)
 松本は強く拳を握り締めて、心の中で呟く。
 一番良いのは、これ以上LOSTをプレイしない事なのかもしれない。
 けれど、すべてはもう動き出してしまっている。ここでLOSTをプレイするのをやめても、精々現状維持が良い所だろう。
 元の自分を取り戻すためには、やはり進むしかないのかもしれない、と松本は心の中で呟いた。
 けれど、進む以上はリスクも伴うわけだから、すぐに決める事は出来ない。
(とりあえず、しばらくは現状維持のままでいて、これからどうするかは……もう少し、時間を掛けて考えて行こう)
 簡単に決めてしまうには失うものが大きすぎる。
 色々な場合を想定して、ちゃんと自分が納得した時に進めなければ、きっと後悔する。
(……さて、今日はもう少しLOSTをプレイしてから寝るとしましょうか)
 大きく伸びをした後、松本は再びキャラクターを動かし始めたのだった。


―― 登場人物 ――

8504/松本・太一/48歳/男性/会社員・魔女

――――――――――
松本・太一 様

こんにちは。
いつもご発注頂き、ありがとうございます。
今回は締切ギリギリになってしまい、申し訳ございませんでした。

話の内容はいかがだったでしょうか?
気に入って頂ける内容になっていれば幸いです。

それでは、またご機会がありましたら
宜しくお願い致します。

2014/9/1