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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


−『あたし』と『ラミア』−

 今、あたしの手には一冊の本が握られている。『攻略・魔界の楽園』という、所謂ゲーム攻略の為の手引き本だ。
(あたしは何故か、このゲームの中のラミアと同化する事が出来る……なら、ラミアと云うキャラがどういうモノなのか、客観的に見てみたい。同化せず、プレイヤーとして外から彼女を操ってみるんだ)
 そう考えて、あたしはその本を持ってレジに並んだ。

 ベッドの上で『ラミア』の項を舐めるように眺める。どうやら中級レベルの幻獣キャラで、操作性が良く技の数やオプションが多いのが売りらしい。成る程、人気がある訳だ。
 しかし――やはりと云うか、キャラとの『同化』について謳っている項目は何処にもない。アレは『選ばれた者』のみが体験できる特殊な機能であるようだ。
(あたしは、あの『帽子の女性』に招かれてこのゲームを知った……彼女の事も、何だか他人とは思えない。きっと、何か縁があるんだと思う……だから知りたい、もっともっと……このゲームの事を)
 攻略本が何冊も出ている程の、人気ゲーム。しかも、あたしはそのキャラと同化できる力……と云うか、資格を持っているらしい。同じ『ラミア』に同化できる人は他にも居るようだけど、同化した時に自分を操るプレイヤーは様々。しかし『復活の呪文』と呼ばれるパスワードを入力する事で、レベルアップした時点のキャラを再び呼び出せるようだ。だから以前、遥かにパワーアップした『ラミア』になる事が出来たんだ……あたしはその事を、攻略本を読む事で初めて知った。
(あたしは、あのゲームの中に取り込まれた時に『ラミア』となって戦う事が出来るけど……自分の意思で動く事が出来ない。あの姿で、自分の意思で動き、相手とコミュニケーションを取る事は出来ないものだろうか……)
 その動機は、彼女を『あの場所』に導くのに充分であった。

「あら、今日はどうしたの?」
「あ、あたしも……この『魔界の楽園』を自分で楽しんでみたいと思いまして……い、いけませんか?」
「いやー、悪くは無いけど……難しいんだよ?」
「知ってるつもりです、勉強しましたから」
 あたしは誇らしげにその本を取り出し、画面にかざして見せた。すると画面の中の彼女は、珍しく表情を大きく崩して笑った。いや、彼女の行動にギャグがあった訳でも、その本が幼稚だからだった訳でも無い。単純に、目の前の少女……みなもが、ここまでこのゲームに魅せられている、その様が可笑しかったのだ。
「わ、笑う事ないじゃないですか!」
「アハハ……ごめんごめん、貴女も随分ハマって来たんだな、と思ってね。OK、やって御覧なさい。キャラは……あ、訊くまでも無いわね」
 そう言って、画面の中の彼女は姿を消し、通常のゲーム画面が目の前に現れる。が、画面の裏側にでも隠れているのだろう。彼女の声は聞こえるのだ。そして、パスワード登録を済ませ、マイキャラを『ラミア』で設定して名前を付ける。どうやら各々独自の固有名詞を与える事が出来る作りになっているらしい。ここでみなもは、鏡の世界で体験している今の状況から、自分のキャラを『アミラ』と名付けた。レベル1、標準装備の、最もスタンダードな『ラミア』が彼女の前に表示されている。ここで髪形や目鼻立ち、カラーリングなどをチョイス出来るらしいので、みなもは自分に似せた青く長い髪に優しそうな目鼻立ちの『ラミア』を作り上げた。
「あんまり強そうじゃないね、これじゃ少なくとも相手を威嚇は出来ないよ?」
「いいんです、優しそうだけど強い。カッコいいじゃないですか」
 えへん! と、みなもはまだ殆ど起伏の目立たないその胸をグンと張り、鼻を鳴らしてみせた。
「しかし、良く似せたもんね。似てないのは胸ぐらいなもんだわ」
「そ、そこにツッコみます!? ……いいじゃないですかぁ、架空の世界でぐらい……」
「あー、ごめんごめん。で、どうする? 対戦モードとシングルプレイモードが選べるけど」
「……は、初めてだし……他の人と対戦は怖い、かな」
 OK、と帽子の女は彼女の操作通りに事を進めて行く。そして最後に『入る人が居ないから、私が中に入るね』と言い、それきり声が聞こえなくなった。そして相手をチョイスするのだが、取り敢えず彼女は自分と同じクラスの幻獣から『ハーピー』を選び、戦闘を開始した。画面は自分を周囲から見たアングルと、自分目線が選べるようだったが、彼女はデフォルトのまま……周囲目線で戦闘を開始した。が……開始後30秒。いきなり画面に突っ伏しているみなもが居た。
「……痛かったよ」
「は、初めてなんですもん……」
 言葉少なく、文句に対して言い訳をするみなも。帽子の彼女は、頬に引っ掻き傷を付けられた状態で再び画面に現れた。
「これ、1回100円掛かるのだけど……お小遣いは大丈夫?」
「うっ……」
 顔所は財布の中身を除いて汗をかく。何しろ、あの攻略本を買ってしまった所為で小遣いが既にピンチだったのだ。仕方なく彼女は課金して操作する事を諦め、そう言えば……と、思い出したように昨夜の疑問を彼女にぶつけてみた。
「ふぅーん、面白いトコに気が付いたね。でも、原則的にその望みは『NG』ね。だってそうでしょ? お金払って操作してるキャラが勝手に動き出したら、プレイヤーは立場ないって云うか……面白くないものね」
「あーあ、やっぱりそうなんですね……」
 プレイヤー用の椅子に腰掛け、つまらなそうな顔になるみなも。だが、画面の中の彼女は含み笑いを浮かべている。
「……何か、裏コマンド的なモノがあったりします?」
「残念ね、プレイヤーの操作でそんな事は出来ないわ。でも思い出してみて。最初にこのゲームに取り込まれた時、貴女は自分の意識までも、ゲームに取り込まれそうになった。あれ、実は危ない状態だったのよ」
「え!?」
 その時の状況は良く覚えている。みなもはラミアとして戦ううちに、自らの意識をラミアそのものに取り込まれそうになった事があるのだ。が、気が付いたら彼女はさんさんと光が差し込む街中に立っていた。あの時、どうやってゲームの中から抜け出したのか、それは彼女自身も覚えていない。
「あの時はね、私が咄嗟に介入して貴女と入れ替わって、貴女を外に出したの。強制的にね」
「だ、だからいきなり街中に……」
 そう、と彼女は人差し指を立てて『正解』のジェスチャーをした。だが、そのやり取りの中に大きなヒントがあった事に、みなもは気付いていなかった。
「あら、お客さんだ。常連さんね、上手い人よ。この人ラミア使いなんだけど、入ってみる?」
「ん、折角来たのだし。何だかこの中で戦うと、スッキリするみたいなんです」
 それってストレス発散になってるんじゃあ……と、彼女は苦笑いを作りながら何時もの手順でみなもをゲームの中に招き入れた。そして今回は『入れ替わり』は行わず、彼女の体は『鏡面世界』のゲーム台の前に座した格好で固まっている。まるでマネキン人形が座っているかのような光景だった。

 目の前には、神獣『マース』が立っている。『ポセイドン』と同じクラスの強敵だ。が、今のみなもは相当レベルアップしたラミアであるらしく、鋭い目つきに長い牙を持ち、追加装甲は無いが全身に金色のオーラを纏っている。今までとは次元の違うレベルのプレイヤーが自分を操っているのだな、と云う事がハッキリ分かる程だった。が、相手も流石に神獣クラス、簡単に攻撃をヒットさせてはくれない。が、自分がダメージを喰う事も無かった。そして相手がコンボパターンのモーションに入った時、みなもにも特殊コマンドが打ち込まれたらしい。全身のオーラが激しく輝き、一時的にオーバーブーストのような力を与える効果があるらしかった。その状態を『ラミアクイーン』と呼ぶらしいが、そのコマンドはある一定のレベルを越えないと受け付けないようになっているようで、今までにそれを発現させたプレイヤーは居なかった。が、このコマンドを受けたみなもは激しいショックで意識を失いかけた。プレイヤーのレベルに、キャラとしての精神力が付いて来られなくなったのだ。そしてみなもは、薄れゆく意識の中で、自分がゲーム世界の住人『ラミアガール』として取り込まれて行く様を体感していた。傍らで見ていた帽子の彼女は、咄嗟に強制介入してみなもを外に脱出させようとした。このまま放置しておくと、みなもはゲーム世界に取り込まれたまま脱出できなくなり、隠しキャラ『ラミアガール』として過ごし続けるしかなくなってしまうのだ。つまり、現実世界の『海原みなも』は消滅し、居なかった事になってしまう……それはまずい。だが、何故か干渉できない。このゲームの正式な住人である、彼女が……だ。しかも、プレイヤーから『邪魔しないで下さいよ、良い処なのですから』と注意まで受ける始末であった。今まで、こんな事は無かったのに……と、彼女は愕然とした。だが、みなもが完全に意識を手放す寸前、神獣『マース』は目の前に横たわり、戦闘は終了して、みなもは『控室』に戻っていた。

「……あ、あれ? お父さん!? どうして!?」
「どうして、は此方の台詞だよ。何であんな処に倒れていたんだい?」
 えっ!? と、何時の間にか傍らに占位している父の呼び声で、みなもは目を覚ました。
「いや、女の子がゲームの前で倒れたと皆が騒いでいてね。行ってみたら……いや、あまり脅かさないでくれよ」
「え、あ……ひ、貧血……かな?」
 みなもは白を切った。が、実は彼……みなもの父には、すべてお見通しだったのだ。が、鏡面世界から現実を覗き込む『彼女』は、彼の不思議な力にただ驚くだけだった。
「彼……私の力を跳ね返した。それどころか、現実の世界で私に『話し掛けて』来るなんて……」
 彼女ですら、その力を計りかねる謎の男。彼の正体は一体……?

<了>